軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【26】余裕の演出は助けられる側の安心感に繋がると思っていたそうです

守護室の魔術師オットーは、炎の魔力を帯びた魔法剣でムカデの脚を切り裂いた。だが、数本切り裂いただけでは、ダメージになっているかも疑わしい。

(……こいつぁ、困ったな)

大型のムカデの魔物の出現で、人間側はジワジワと劣勢に追い込まれていた。

どんなに知性が低くとも、体の大きい生物というのはそれだけで脅威だ。ただ移動するだけで人間は踏み潰され、建物は破壊される。

更にいうと、このムカデの場合、背中を覆う甲殻が硬い。ここに直接攻撃をしてもほぼ無傷だし、隙間から刺しても、なかなか致命傷にはならない。

「悲しいです……あぁ、悲しい……フレデリクは何をしているのでしょう…………昼寝してたら永眠させないと……」

ヘレナがさめざめと泣きながら、物騒なことを言う。

彼女が操る水はロープのように細く伸び、ムカデの体をからめとった。

ヘレナは古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉がなくとも、魔術師として十分に優秀だ。ただ、この敵とは相性が悪い。単純に火力が足りないのだ。

今この場には、そこそこの威力の火や雷の魔術を使える者が数人いる。〈楔の塔〉の魔術師も、ランゲの戦士も皆優秀だ。

それでもなお、火力が足りていないのが現状なのである。

(このままだと、ムカデが山を下っちまう……!)

ムカデは体のどこか──おそらく腹側だ──に水晶片を刺しているのだろう。理屈は分からないが、それを刺した魔物は、弱体化する代わりに〈水晶領域〉を出られる。

ならば、その水晶片を破壊すれば良いではないかとも思うが、地を這う大ムカデの腹なんぞ、そうそう調べられるものでもない。

(こんだけの巨体、フレデリクさんが気付いてない筈がない。それなのにこっちに来ないってこたぁ……かなりヤバい状況だぞ、これ)

ここは自分が状況を打破しなくては──と先陣を切るほどオットーは若くない。

『それでも、全力を尽くさねば、大型の魔物には勝てない』

そう言って先陣を切るのは、いつだって彼の同期クラウス・メビウスだった。

(……やれやれ)

オットーは腹を括ると、ムカデの背中に飛び乗り、甲殻の隙間から剣を刺した。かなり深々と刺したが、それでも致命傷にはならない。

構わずオットーは追加詠唱をして、剣から炎の魔力を流し込んだ。流石にこれは効いたらしく、ムカデが暴れ出す。

振り落とされてなるものか、とオットーはしっかり剣の柄を握り、炎の魔力を流し込み続けた。

「オットー様!」

ヘレナが叫ぶ。

なんだ、どうした、と顔を上げたオットーは背後に気配を感じ、振り向いた。

カマキリの魔物だ。成人男性よりも図体のデカいカマキリが、その手の鎌をオットーの首目掛けて振り下ろす。

オットーは咄嗟に剣を離し、地面に転がり落ちることでそれを回避した。

「くっそ……剣が……!」

未だ剣は刺さったままだが、炎の魔術は途切れてしまった。

次の手は何か──と考えたその時。

「ぽっ……ぽぽ……」

詠唱とは違う奇怪な声が聞こえた。同時に、茂みから飛び出してきた青年が大斧を振るう。

褐色の肌に黒髪の青年──討伐室のリカルド・アクスだ。

大斧がムカデの体に深く食い込む。リカルドは無表情で「ぽ、ぽ」と呟きながら、再度斧を振り下ろした。

魔法剣にも種類はあるが、リカルドが斧にかけている魔術は、一時的に斧を重くすることで威力を増す、という扱いの難しいものだ。

それは、この手の頑丈で大きい魔物によく効く。

「ぽっ……ぽっ……」

リカルドは丁寧に甲殻部分を避けてムカデを切りつける。その間も、何故かずっと「ぽっ……ぽぽ」と声を発していた。

途切れ途切れで聞き取りづらいが、もしかしてあれは歌……だろうか?

リカリドはムカデの頭を落としたところで、ペコリと頭を下げた。

「……救援要請を受けて、アクスの郷から駆けつけました。討伐室のリカルド・アクスです」

知ってはいたが、礼儀正しい青年である。

つくづく、さっきまでの「ぽっぽっ」は何だったのか。

ひとまずオットーは自分の剣を回収して、リカルドに話しかけた。

「正直、助かりました。かなり劣勢だったもんで…………ところで、さっきのかけ声は、魔物狩りのアクスの流儀で?」

「いえ……」

リカルドは首を横に振り、控えめな態度で言った。

「歌いながら登場したら、余裕の演出に見えるかと思ったんすけど……」

途端にヘレナが、両手で顔を覆って膝をつく。

「あぁ、なんと愚かなのでしょう……それは、猟奇殺人鬼の演出です……聖女の同期が、歌いながら斧を振り回す猟奇的な男だなんて……あぁ、同期が 馬鹿(ぶぁか) で悲しいです……」

「……駄目すかね。ぽっぽー……」

「しかも音痴……悲しいです……」

* * *

ティアは足の鉤爪で蜘蛛女を引き裂くと、糸を回避するため後方に跳び、蜘蛛女と距離を空けた。

蜘蛛女は全身を引き裂かれ、至るところから体液を垂れ流している。

一方ティアは、ほぼ無傷。勝敗は誰の目にも明らかだった。

ティアは冷ややかな目で蜘蛛女を見据えて告げる。

「〈水晶領域〉に逃げ込めば、助かるかもよ」

別に逃すつもりはない。ただ、この蜘蛛女が逃げる気配を見せないことが、ティアには不思議だった。

蜘蛛女は傷だらけの体を震わせ笑う。

「ほ、ほ……そうして生きながらえて、何になる? もはや、我ら蜘蛛達だけではない。魔物という種全体が滅びに向かっておる」

その言葉にティアは違和感を覚えた。

この蜘蛛女達は水晶を用いて外に出る手段を得たから、手当たり次第に餌を食い漁りにきたのだと、ティアは思っていたのだ。

だが、蜘蛛女の言葉には、それだけではない重さを感じた。

まるで、この襲撃は魔物という種の存続がかかっているとでも言いたげではないか。

「ハルピュイアもそうであろう? 数年前に大規模討伐があり、もう随分殺されたと聞く」

(……え?)

ティアの全身から血の気が引いた。

数年前に大規模討伐? そんなものティアは知らない。つまり、ティアが人に捕まった後の話なのだ。

ハルピュイアを討伐したのは誰か? そんなの、決まっているではないか。

──〈楔の塔〉の魔術師達だ。

ティアの思考が歪む。

(お姉ちゃん達が、死んだ? もういない?)

仲間のハルピュイア達が大好きだ。同じ群れの大事な仲間達。帰りたい。そのためだけにティアは空を飛ぶ手段を探し続けた。

〈楔の塔〉を利用して、空を飛ぶ手段を得ると決めたのはティア自身だ。ティアは自分の意思で人間の皮を被り、人間に近づいた。

(どうしよう……)

〈楔の塔〉で出会った見習い仲間達が好きだ。

特に同じヒュッター教室の仲間は大好きだ。死んでほしくない。

(どうしよう……)

どうしよう? の答えを、自分で考えろとヒュッターは教えた。

だけど、今のティアには「どうしよう」の答えが見つからない。

(誰だ、どいつだ、わたしの仲間達を殺したのは……!)

せめて、怒りを向ける先だけでも定めようと思考し、その答えにティアは戦慄する。

空を飛ぶ種族のハルピュイア。討伐に一番適しているのは誰か、ティアはすぐに思いついてしまったのだ。

黙り込むティアに、蜘蛛女は告げる。

「のう、ハルピュイア。壁だ。あの忌まわしき西の壁を壊せば、我々はまた自由に外に行ける──魔力濃度の濃い、新しい棲みかを見つけに行ける」

「…………」

「これは、我ら魔物達の存続をかけた戦いぞ。それでも、お主は人の側に立つと言うのか?」

「…………」

ティアは今、選択を迫られている。

魔物の側に立つか、人の側に立つか。

人の皮を被った魔物が答えに詰まったその時、全身に痛みが生じた。キャンディの効果が切れたのだ。

人の皮の中に羽が、鉤爪が収まっていく。痛みに歯軋りをしながら、ティアは追加のキャンディを取り出そうとした──だが、その手が止まる。

腕には蜘蛛の糸がベッタリと張りついていた。

(しまった!)

糸に引っ張られ、ティアの体が宙を浮く。脚の鉤爪で切り裂きたいが、既にティアの脚は少女の素足になっていた。

同時に糸がティアの首にシュルリと絡みつく。それが一瞬で強く引き絞られた。

「ギュェェエエエッ」

締め殺された鳥のように、ティアは叫びながら痙攣する。

(糸を切り裂く手段がない。まずい)

その時、ティアの耳が足音を拾う。この音は──。

「ティア、無事か──!」

茂みから飛び出してきたのは、槍を握ったオリヴァーだった。