軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【20】誰ですか、蟻地獄みたいだと言ったのは……あぁ悲しいです……

「ヘレナさーん! そっちに二匹行きましたー!」

山の中腹に、少し窪んでひらけた場所がある。崖というほどではないが、建物一階分ほどの段差があるのだ。

オットー達はその窪地に魔物を追い込み、突き落とすと、窪地に控えるヘレナに声をかける。

窪地に落ちたのは、成人男性より大きなカマキリの魔物だ。

そこで待ち構えるヘレナは、祈るように指を組み、目を閉じていた。

ラス・ベルシュ正教の聖女は、人の子の嘆きと苦しみを一身に背負った表情で、ハラハラと美しい涙をこぼす。

「あぁ、悲しいです……虫は生理的に受け付けないのに、こんな仕打ちあんまりです……」

『キャーッハハハハハハ!! ムシケラドモ! ハゼロ! ハゼロ!』

「残骸が飛び散るのが、ほんと嫌……あぁ、気持ち悪い……これを聖女一人に押し付ける人の子の業の深さよ……悔い改めなさい……」

『シネシネシネシネ!! キャッキャッキャッ!!』

ヘレナの首飾り──古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉が甲高い声で笑い、泡を生み出す。

人の頭ほどの大きさの泡が、カマキリの体を泡の中に取り込み、そして爆ぜた。

小さな泡も同様に、カマキリの関節など、細い体にピトリと張りつき、そのまま泡の中に体の部位を取り込んでは爆ぜ、また取り込んでは爆ぜる。

パァン! パァン! と炸裂音が響く度に、虫の残骸が辺りに飛び散った。

その光景に、オットーは内心肝を冷やす。

(いやぁ、いつ見てもすごい光景だ……)

オットーは魔法剣を得意としているが、今は使っていない。

魔力を帯びた魔法剣を持っていると、〈嗤う泡沫エウリュディケ〉の泡に狙われるからだ。

あの泡は、基本的に魔力を帯びたものに向かって飛んでいく性質がある。

人間も魔力を帯びているので、ある意味攻撃対象だが、魔物がいる場合はそちらを優先的に狙う。魔物は魔力量が人間より桁違いに多いからだ。

(……ただ、いつもより、泡の反応が悪いな)

オットーは、ヘレナの古代魔導具を見るのが初めてではない。

彼は守護室の所属だが、何度か共闘したことがあるので、あの泡のことを多少は知っていた。

あの泡は、もう少し分かりやすく魔物に反応していた筈だ。

(泡は魔力が多いものを優先的に狙う……つまり、今の魔物どもは魔力量が減少している、或いは抑えられてる?)

魔物達は体のどこかに、水晶片らしき物が埋め込まれている。

あれが魔物達の力を抑えることで、魔力濃度の低い土地での活動を可能にしているのだろう。やはり、ヒュッター教室の指摘は正しかったのだ。

(ただ、魔力量が抑えられてるだけで、脅威ってことには変わらないな)

オットーがまだ若かった頃、彼は討伐室に所属していて、何度も魔物と対峙した。

彼は魔力量に恵まれていたので、魔法剣を駆使して、次々と魔物を切り捨てていったものだ。

『オットー。この程度の魔物に魔法剣は必要ない』

若かりし日の彼にそう言ったのは、同期で剣の天才クラウス・メビウス。

あの男は魔術ではなく、剣の天才だった。

『俺ぁ、お前みたいな剣の天才じゃないんだよ。メビウス』

『だが、お前は魔法剣の天才だ』

『じゃあ、俺が魔法剣を使っても問題ないな』

『俺の剣が通じぬ強敵まで、温存してくれ。お前の魔法剣は俺達の切り札だ』

天才様が言ってくれるぜ。と思ったのを今でも覚えている。

メビウスは、ヴァルムベルクの剣聖に匹敵すると言われていた剣士だ。魔法剣に頼らずとも、移動補助の飛行魔術があれば、それで充分強かった。

一方オットーは、なまじ魔法剣の才能があったものだから、多少雑に剣を振ってもどうにかなるという慢心があった。

(……もう若くないんだ。雑に剣を振り回す戦い方はできねぇなぁ)

一際大きなカマキリの魔物がオットーに肉薄した。

オットーはカマキリの大鎌を丁寧に受け流し、体を捻る。

「そらよ、っと……!」

グルリと体を回転させて、虫の背後に回った。そしてすかさず、その体に体当たりをして、窪地に突き落とす。

下の方で泡が爆ぜる音がして、カマキリの残骸が花火のように飛び散った。

(羽虫みたいに、小さすぎる魔物がいないのは救いだな……)

小さくて素早い敵は泡の間をくぐり抜けるので、ヘレナに攻撃が届いてしまうのだ。そういった魔物がいないのは、おそらく水晶片を撃ち込むことができないからだろう。

(つまり、〈水晶領域〉を離れた魔物は、小動物以上の大きさの奴らのみ)

その時、窪地の方でヘレナの悲鳴が響いた。

なんだなんだと見下ろしたら、窪地に大ムカデの魔物が降りていくではないか。

横幅は大人が両腕を広げたぐらい。全長は分からないが、とにかく長い。

〈嗤う泡沫エウリュディケ〉がけたたましく笑いながら泡を飛ばす。その泡は一斉に大ムカデに張りつき、パチンパチンと爆ぜるが、いまいち致命傷にはなっていなかった。

あの古代魔導具は、中〜小型の魔物を倒すのに向いているが、大型の魔物向きではないのだ。

ここは自分の出番らしい。ムカデの上を取れる位置に移動しながら、オットーは考える。

ヘレナが、この手の大型の魔物が苦手なことは分かっていた。

だから、中〜小型の魔物はヘレナの方に回して、〈嗤う泡沫エウリュディケ〉で処理。

それ以外の大型の魔物は、フレデリクが片付ける手筈になっていたのだ。

(もしかして、フレデリクさんの方で何かあったか……?)

嫌な予感を覚えつつ、オットーは剣を片手にムカデの背に飛び降りた。

* * *

外に出たティアは、オリヴァーと組んで、ランゲの里周辺を飛び回っていた。

二人の役目は主に、村の柵に仕込んだ魔物避けの香炉の点検。香炉の中身が燃え尽きていたら、新しい物に取り替える。

それとは別に、二人はそれぞれ携帯式の香炉を手にぶら下げていた。

既に里の周辺にも魔物が現れ始めているので、魔物が近づかないようにするためだ。

「オリヴァーさーん、こっちの香炉。燃え尽きてる!」

「分かった、今取り替える」

目の良いティアが香炉を点検し、器用なオリヴァーが素早く香の補充をする。

村の見回りは、必ず二人以上で組んでするように命じられていた。本来なら、見習い同士で組ませたくはないのだろうけれど、あまりに人手が足りない故の判断だ。

オリヴァーの補充を待ちながら、ティアは訊ねる。

「ロミーさんは、大丈夫だった?」

「あぁ、驚いていたが、きちんと自分の足で家に帰った。空腹だったようなので、俺の携帯食料を渡してある」

先日、村の外を彷徨っていたロミーは、食べる物を探していたのだという。

確かに彼女は痩せこけていて、栄養状態が良くなかった。

「ロミーさん、いつもお腹ペコペコの人なの?」

「……否。久しぶりに会ったら、随分痩せていて驚いた」

いつも堂々としているオリヴァーの声が、少しだけかげる。

それは、良いことも悪いことも、いつも同じ調子で語るオリヴァーにしては珍しいことだった。それだけ、ロミーの身を案じているのだ。

「この状況が落ち着いたら、話を聞いて力になりたい。職に困っているのなら、〈楔の塔〉の下働きを勧めようかと思っている」

「そっかぁ」

ティアが相槌を打ったその時、山の方から轟音がした。

バキバキと木が折れ、倒れる音だ。音が聞こえた辺りからは、もうもうと土埃が上っている。

(あそこは、フレデリクさんが見回りしてるところ……)

土埃の合間に人影が見えた。槍を握った細身の長身──フレデリクだ。

その手から槍が落ちる。槍には白い何かが絡みついていた。あれはおそらく蜘蛛の糸だ。

槍を奪われたフレデリクの姿が土埃の合間に、見え隠れする。

その時、土埃の中から飛来した糸がフレデリクの足に絡みついた。フレデリクが墜落し、木々のかげに隠れて見えなくなる。

「兄者ぁー!」

オリヴァーが槍を握り直し、飛行魔術の詠唱を始めた。

ティアはすかさず、オリヴァーに声をかける。

「オリヴァーさん、待って。助けに行くなら……!」

ティアの視線の先にある物を見て、オリヴァーは詠唱を中断した。