軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【5】格好良く名乗った奴の勝ち(但し美少年は無条件勝利とする)

三年に一度の〈楔の塔〉入門試験を終えた後、指導室室長ヘーゲリヒはすぐに自身の直属の上司である、第一の塔〈白煙〉塔主エーベルに、その結果を報告した。

今回の合格者の中には、極めて問題のある人物が二人もいるのだ。

これは自分の手には余る問題だ。三人の塔主と、その上にいる首座塔主が動くべき案件である。

だが、エーベルは合格者十二名の名前を見ても、穏やかな笑顔を崩さなかった。

「ユリウス・レーヴェニヒ……そう。ザームエル・レーヴェニヒの息子ですか。彼の挙動には注視して、随時監視を。担当はゾンバルト指導員が良いでしょう」

「はい……それと、もう一人ですが……」

ユリウス・レーヴェニヒを超える特大の問題案件にヘーゲリヒが触れると、エーベルはニコリと微笑んだ。

「ヒュッター指導員にお願いしましょう」

エーベルが指名した人物の名に、ヘーゲリヒはギョッとした。

〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターは、数週間前、この〈楔の塔〉に派遣されたばかりの魔術師組合の人間だ。

実のところ、外部から派遣された者が見習いの指導にあたるというのは、〈楔の塔〉では珍しくない。

魔術というのは、旧時代に扱われていた古典魔術と、現代でも使用されている近代魔術に大別することができる。

魔術師組合の人間は殆どが近代魔術の使い手で、近代魔術の指導者として理想的なのだ。

だが、今回ばかりはそうもいかない。なにせ、超特大の問題案件なのだ。

「この案件は、外部の人間に任せるには荷が重いかと……」

「だからですよ」

穏やかだが有無を言わさぬ一言に、ヘーゲリヒは言葉を呑みこむ。

つまり、この特大の問題案件で何かあったら、魔術師組合に責任を被せようというわけだ。

(或いは、エーベル塔主は、ヒュッターのことを試そうとしているのかもしれない……)

おそらくエーベルの中では、幾つもの政治的思惑があるのだろう。

だが、彼女がそれを自分に話すことはない、とヘーゲリヒは確信していた。

第一塔主エーベルは古典派の魔術師で、ヘーゲリヒは近代派の魔術師だからだ。

同じ第一の塔〈白煙〉所属でも、総務室のシャハト、財務室のアイゲンはエーベルと同じ古典派。

室長の中でヘーゲリヒだけが近代派の魔術師で、立場が弱い。

ヘーゲリヒはエーベルに逆らうことはできない……が、ほんの少しだけ抗ってみた。

「首座塔主は、どのようにお考えなのですか?」

エーベルの笑みは変わらない。

「『〈楔の塔〉の秩序が乱されることがあってはならない』……それが、首座塔主のお考えですよ、ヘーゲリヒ室長」

エーベルは書類の束をトントンと揃えて、机の端に寄せる。

もう、目を通すまでもないと言わんばかりに。

「もし、見習い達が秩序を乱すのなら、指導室室長である貴方が相応の処置をするべきです。違いますか?」

「……承知いたしました」

それが、ヘーゲリヒに言える精一杯だった。

* * *

〈楔の塔〉入塔試験が終わって、最初の朝が来た。

誰よりも早起きしたティアは身支度を終えると、セビルと共に、第一の塔〈白煙〉に向かう。

立派な城壁に囲まれた楔の塔は、中央に第一から第三の塔があって、その左右に宿舎である西棟、東棟がある。

基本的に就寝は宿舎だが、食事は各々が所属する塔でするらしい。

ティア達は見習いで、今は第一の塔〈白煙〉の指導室所属という扱いだ。だから、食事も第一の塔〈白煙〉の一階にある食堂でする。

セビルと共に、第一の塔〈白煙〉に向かったティアは、塔に入ったところでレンのキラキラの金髪を見つけた。

昨日は背中に下ろしていた長い髪が、今日は高い位置で一つに束ねられ、左右に揺れている。

「レンー!」

ティアが声をかけると、金色の尻尾がフワリと翻ってレンが振り向く。

美少年を自称する顔がパッと輝いた。

「ティア、セビル! おはよー!」

「おはよう、レン。今日は髪が尻尾なんだね」

「おう、どんな髪型でも美少年だからな……昨日ぶつけたところが、ちょっと傷とコブになってるけど、目立ってない?」

レンが尻尾部分を持ち上げる。ティアはじぃっとレンの後頭部を観察した。気になるところはない。

「全然分かんないから、大丈夫!」

「なら良かった。セビルは手首痛めてたけど、平気かよ?」

「うむ。念のために、今朝の剣の訓練は自重したがな」

剣の訓練、の一言にレンがピクンと反応した。

レンはソワソワした様子で、横顔にかかる髪を指で弄る。

「……お前ら同室?」

「そうだよ! わたし、セビルと一緒! 二段ベッドでね、わたし上!」

「ふーん……」

レンの返事には、どこか羨ましげな響きがあった。

セビルがすかさず訊ねる。

「お前の同室者は、一緒ではないのか?」

「オレより早く起きて、剣の訓練に行っちゃってさ。それっきり。そいつ、すげー無口で会話になんねーんだよ。美少年が話しかけてるってのにさー」

レンは唇を尖らせて、ブゥブゥと文句を言う。

きっとレンは、同室の人間とお喋りがしたかったのだろう。

剣を持っている合格者は、セビル以外にもう一人いた。レンより少し年上の、黒髪の少年だ。

前髪を伸ばして目元を隠した髪型が独特で、なんとなく記憶に残っている。

(目線を悟らせない生き物って、手強いよね)

そんなことを考えていたら、背後からティアを呼ぶ声があった。

「おーい! ティア!」

ティアに片手を振って近づいてくるのは、モジャモジャ赤毛のローズだ。隣には薄茶の髪をツンツン逆立てたオリヴァーの姿もある。

思えば試験を合格した後は、書類を書いたり、〈楔の塔〉の説明を受けたりで忙しなく、二人とはあまり話ができなかったのだ。

ティアは、レンとセビルに二人を紹介することにした。

「あのね、レン、セビル。こちら、モジャモジャのローズさんと、再々々受験で〈赤き雨〉のオリヴァーさん!」

「モジャモジャのローズさんだぜ!」

「〈赤き雨〉のオリヴァーだ」

レンが眉間に皺を寄せ、「え、なに……モジャ? 赤き雨?」と小声でボソボソ呟く。

そうして、レンは眉間の皺を指で伸ばし、山ほどある言いたいことをグッと飲み込んだ大人の顔でティアに言った。

「とりあえず、合格したんだから『再々々受験』は取ってやれよ」

「あ、そっか! じゃあ、〈赤き雨〉のオリヴァーさん!」

オリヴァーがキリッとした顔で「あぁ」と頷き、ローズがニコニコしながら言う。

「オレとオリヴァー、同じ部屋なんだ。オレはジョン・ローズ! ローズさんって呼んでくれよな!」

「オリヴァー・ランゲだ。これから共に険しき道を行く同胞……よろしく頼む」

ローズはムキムキで、オリヴァーは長身だ。

合格者の中でも一際体が大きいのがこの二人で、並ぶと迫力があるのだが、話してみると親しみやすい。

レンもすぐに警戒を解いた様子で、自己紹介をした。

「レンだよ。よろしく」

「わたくしは、セビルだ」

合格者は全部で十二人。この場にはティアも含めて五人いるから、あと七人だ。

他の者はもう、食堂に着いているのだろうか。

ティアはなんとなく周囲を見回して、他の魔術師達を観察した。

〈楔の塔〉の魔術師達は、基本的に服装が自由だが、やはりローブを着ている者が多い。

簡素なシャツに膝上ズボンのティア、質は良いがサイズの合っていない服を着ているレン、男物の軍服のセビル、野良着のローズ、動きやすそうな服のオリヴァー──誰一人ローブを着ていない五人組は、それなりに目立った。ローズとオリヴァーは図体が大きいから、尚のことだ。

(そういえば、ローブを着てない人も、みんなどっかに帯してる……)

昨晩出会った飛行魔術使いのフレデリクも、腕に帯を巻いていた。それが〈楔の塔〉の魔術師の証なのだ。

ローブに帯をつけた魔術師がすれ違い様に、「新入りかい」「頑張れよ」と声をかけてくれた。ティア達は帯をしていないから、一目で見習いと分かるのだろう。

やがて、五人の前方に食堂の扉が見えてくる。そのタイミングで、ティアは扉の向こう側から、攻撃的な声が聞こえることに気がついた。そういう声にティアは敏感だ。

「ピロロロ……」

足を止めるティアに、レンが「どした?」と声をかける。

ティアが言葉を返すより早く、オリヴァーが扉を開けた。

第一の塔〈白煙〉の食堂は広く、ゆったりとしていて、長い机がズラリと並んでいる。

席は殆ど埋まっているが、唯一空きの多いテーブルの前で、とんがり帽子を被った少女と、ローブを着た黒髪の少年が何やら言い争いをしていた。

そしてその二人の間では、小柄で少しずんぐりした体型の少年が、オロオロしている。

三人とも帯をつけていない。ティア達と同じ見習いだ。

「精霊を契約で縛りつけるなんて野蛮だわ。ねぇ、今すぐその精霊を解放する気はある?」

「ククッ……野蛮だと? 貴様ら古典派のやり方が、さも洗練されているかのような言い方だな」

「当たり前よ。アンタ達近代派とは積み重ねが違うの。それより、その精霊を今すぐ解放しなさいよ」

とんがり帽子の少女が、ローブを着た黒髪の少年に絡み、小柄な少年が「二人とも、やめなよぉ……」と気弱そうに仲裁している。

だが、小柄な少年の言葉など耳に届かぬとばかりに、二人は言い争いを続けていた。

「古典派は陰険な連中が多いと思っていたが……騒がしい奴もいたものだ」

「陰険? それってアンタのことでしょ? 近代派の方こそ、やることがコソコソと陰険で嫌になるわ」

とんがり帽子を被った少女は、オレンジ色の癖っ毛を二つに分けて結っていた。

年齢はティアより少し上だろうか。

〈楔の塔〉は基本的に服装が自由だが、彼女のとんがり帽子とマントというスタイルは、なかなか目立っていた。

とんがり帽子の少女はマントを翻し、ツンと顎を持ち上げて名乗る。

「アタシは誇り高き古典派魔術師レオナ・オーレンドルフの娘、ロスヴィータ・オーレンドルフ! アンタの名前を覚えてあげる。名乗るがいいわ、近代派」

少女の声が食堂に高らかに響く。とても良い声だ。

怒っているより歌を歌ったら、きっと素敵だろうな、と思いつつ、ティアはレンに訊ねた。

「ねぇねぇ、レン。これってもしかして、格好良く名乗る対決?」

つまりは人間式の威嚇合戦だ。

ティアの言葉に、レンは脱力したような顔で言った。

「そうそう、格好良く名乗った奴の勝ち。あと、美少年は無条件で勝ちだから覚えとけよ」

「なるほどー」

ティアが相槌を打つと、セビルが声をあげて笑った。楽しそうな笑い声だ。

「格好良く名乗る対決か! ティアは実に楽しいことを言う。どれ、わたくしも参戦するとしよう」

「え、馬鹿、やめろよ。ああいう面倒くさそうな連中には絡むなって」

レンが止めてもなんのその。セビルは前に進み出ると、声を張り上げた。

「わたくしの名は、アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィング。ここでは親しみを込めて、セビルと呼ぶことを許そう!」

ハルピュイアであるティアが惚れ惚れするほど、遠くまで響く良い声だった。

食堂がシィンと静まり返る。喧嘩腰だった黒髪の少年ととんがり帽子の少女も、気弱そうな少年も、ポカンとしていた。

「セビル、カッコイイ! すごく強そう!」

はしゃぐティアに、セビルが髪をかき上げ、美しく微笑んだ。

「そうであろう。さぁ、我こそはと思う者は名乗り出るが良い!」

「いや、ちょ、待て待て」

レンが血の気の引いた顔で口を挟む。

美少年が台無しの引きつり顔だ。

「クレヴィング? アデルハイト? え、それって…………皇妹殿下の?」

皇妹殿下ってなんだろう、と思ったので、ティアは正直に訊ねた。

「それって強いの?」

「いかにも、わたくしは強いのだ!」

セビルが胸を張り、レンが頭を抱える。

混沌とした状況の中、ズンズンと前に進み出る猛者がいた。オリヴァーである。

なんだなんだ、と周囲が注目する中、オリヴァーが口を開く。

「我こそは恐怖を知らぬ男、〈赤き雨〉のオリヴァー! オリヴァー・ランゲ!」

「すごいや、オリヴァー! 今の名乗り、めちゃくちゃ格好良かったぜ!」

セビルの「我こそはと思う者は」という呼びかけに全力で応えるオリヴァーと、手を打って喜ぶローズ。

空気を読まない大人二人に、とうとうレンが悲鳴をあげた。

「今、そういう空気じゃなかったろ!!」