軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【2】目玉鳥

「ティア、メビウス首座塔主からの指令だ」

大人達が会議をしている間、ティアはレン、ルキエと一緒に、宿の一室で待機していた。

レンは馬車酔いの名残でソファにグッタリと横たわっており、ルキエは黙々と組紐を編んでいる。会議に参加しているのは、皇妹であるセビルだけだった。

窓辺に座って歌を歌っていたティアは、ヒュッターの言葉に歌を止める。

(あいつが、わたしに指令?)

メビウス首座塔主──古代魔導具の剣で、ティアの羽を切り落とした人間だ。

そいつがティアに何の用があると言うのだろう。

ティアの動揺を察したレンが、ソファから起き上がり、ヒュッターに訊ねた。

「なんで、メビウス首座塔主がティアに? 見習いに仕事なんて、頼まなそうな空気だったじゃん」

「状況が変わったんだよ。まぁ、ざっくり言うと、ダーウォック奪還作戦は終了だ」

ダーウォック国王を殺害した魔物達は、特に何を要求するでもなく、行方を眩ませたという。

故にメビウス首座塔主をはじめ、実力のある魔術師達は、まだこの近辺に残り、国王殺しの魔物を捜索する。行方を眩ませた魔物達が、ダーウォックで何かを企んでいる可能性もあるからだ。

ダーウォックの王妃派は、メビウスの判断を歓迎していて、当面の間は共闘体勢で魔物を警戒するらしい。

そうなると、セビルの「運命の出会い作戦」は不要になるので、セビルは見習い魔術師達と共に〈楔の塔〉に帰すべき、と大人達は判断した。

ヒュッターはそれらの事情をかいつまんで話し、ポケットから折り畳んだ地図を取り出す。

「それに先立って、ティアには南のメルヴェンの町まで伝令に行ってほしいんだと」

「メルヴェン……って、何日か前に滞在した町だよね?」

「そうそう。そこに調査室の人が待機してるから、こっちの経緯をお前が伝えて欲しいんだよ」

飛行用魔導具や飛行魔術は消費魔力が激しく、長距離移動向きではない。今いる国境から〈楔の塔〉までひとっ飛びというわけにはいかないのだ。

故に、伝令は中間地点を設けるリレー形式が一般的だった。

〈楔の塔〉には伝令用の使い魔を飼っている者もいるが、数は多くない。確実性を求めるなら、このやり方が一番良いというわけだ。

ヒュッターが地図をテーブルに広げ、ルキエに問う。

「ルキエ、ティアの飛行用魔導具で、メルヴェンまで行けるか?」

ルキエは地図を睨み、地形を確認した。ティアもペタペタとテーブルに近づき、地図を覗き込む。

この辺りは高低差のある土地が多く、幅の広い川もあるので、馬車での移動だと、大きく時間をとられる。

だが、空から移動すれば、相当時間を短縮できるだろう。

高低差など関係ないし、橋がある場所まで遠回りせずとも川を越えられる。

ルキエはしばし考え、結論を口にした。

「……片道ならいけます。往復はギリギリで難しいかもしれません」

「片道でいい。ティアはメルヴェンまで行って、伝令に手紙を渡したら、そこで待機。俺達が後から到着するのを待っていてくれ」

ピョフッと喉を鳴らし、ティアは言われたことを整理する。

ティアの任務は伝令──ダーウォックの状況を、〈楔の塔〉のミリアム首座塔主補佐に速やかに伝えることだ。

そのために、飛行用魔導具を使ってメルヴェンの町に行き、待機している調査室の魔術師に、状況を伝える手紙を渡す。

後はその魔術師がまた中継地点まで飛んで、手紙を託して……ということを繰り返し、〈楔の塔〉に情報を届けるのだ。

馬車の移動だと、およそ一週間かかったが、このやり方なら一日か二日で〈楔の塔〉に情報を伝えられる。

そして、メルヴェンの町まで行って手紙を渡したら、ティアはそこで待機。

あとはヒュッターやセビル達が追いついたら合流し、馬車に乗って一緒に〈楔の塔〉に戻る。

(……空を飛んでいいなら、お姉ちゃんを探しやすくなる)

飛行用魔導具で飛べる時間は限られているが、それでも空から探せるというのは大きい。

「わかった、わたし、伝令する」

「おう。それじゃ、準備が出来次第すぐに出発してくれ。手紙はこれだ」

ヒュッターは分厚い封筒を取り出し、ティアに差し出す。

ティアは慎重な手つきでそれを受け取り、服のポケットに入れた。

* * *

飛行用魔導具を背負ったティアは、宿の屋根に上る。

今は跳躍用魔導具で高く飛び上がることもできるが、飛び上がるための魔力は節約するに越したことはない。

レバーを引いて、羽を広げる。跳躍用ではない、飛行用の少し大きい羽だ。

(今日は、良い風が吹いてる)

北から南に吹く、冬の風だ。それは、今から南下するティアにとって都合が良かった。風に乗って飛べば、消費魔力を節約できる。

ティアは屋根を蹴り、飛行用魔導具を起動。風に乗った。金属の羽はすぐに風をとらえ、グングン上昇する。

ティアは口を開き、声を発した。

「ルルゥーーーァーーーァアーー……」

人間には聞き取りづらく、ハルピュイアには聞き取りやすい音域の鳴き声は、同族に対する呼びかけだ。

(お姉ちゃん、この辺りにいる? いたら応えて……!)

ダーウォックに現れた魔物は、そのまま姿を消したという。

姉の羽なら、この辺りまで飛んでくることも可能なはずだ。

「ルゥーーーアーーーアーー」

応える声はない。

それを寂しく思いながら、ティアは南に向かい飛んだ。

冬の空は日没が早いが、順調に行けばギリギリで夜までには着くはずだ。

(お姉ちゃん、まだダーウォックにいるのかな。それとも、首折り渓谷に帰ったのかな)

南に向かって飛びながら、ティアは東に広がる森と山々を見つめる。あの奥の奥に〈水晶領域〉や首折り渓谷があるのだ。

(飛んでいられる時間は、いっぱい増えた。首折り渓谷に帰るまで、あとちょっと……)

飛行用魔導具の性能が向上していることもあるが、ティアの飛び方もまた上達している。風に乗る飛び方なら、飛行時間はだいぶ長くなった。

まだ、フレデリクのように瞬間的に速度を上げたり、小回りを利かせたりはできないけれど。

(フレデリクさん、オリヴァーさんと一緒に故郷にいるのかな。故郷のお空を飛んでるのかな)

ランゲの里があるのも、東の方だ。ここから、もう少し南側だろうか。

なんとなくそちらの方に意識を向けた、その僅かな時間に それ(、、) は急接近していた。

風の流れに異変、何かが後方から追いかけてくる。

最初は大きな鳥かと思った。だが、この感覚をティアは知っている。

ギューイギューイと、喉を潰したような鳴き声が聞こえた。

頭上から、何かがティアに飛び掛かる。ティアはすかさず高度を下げ、体を捻った。ティアの横を何かが通り過ぎていく。大型の鳥より更に一回りか二回り大きい、ずんぐりとしたシルエット。ハルピュイアに匹敵する、太い鉤爪。

外側は焦茶色の羽だが、広げると内側には血のように赤い羽が広がっている。そこには無数の目玉模様……ではなく、本当に目玉が生えている。

(……目玉鳥!)

首折り渓谷付近には、ハルピュイア以外にも鳥の魔物が複数いる。目玉鳥もその一種だ。

鳥の魔物は基本的に縄張りに入ってこなければ、互いに攻撃し合うことはない。

だが、ひとたび縄張りを越えたなら──目玉鳥はその鉤爪で獲物を切り裂くのだ。

(でも、なんで……〈水晶領域〉から、こんなに離れたところに!)

目玉鳥は大抵群れで狩りをする。今も、どこからともなく仲間の目玉鳥が五、六匹ほど飛んできて、ティアを追い回し始めた。

逃げ回っていたティアは気づく。

目玉鳥の胴に、何かキラキラする物が刺さっているのだ。

(あれは……水晶? の飾り?)

ティアが知る限り、体に水晶をつけた目玉鳥はいなかったはずだ。それも、一匹や二匹ではなく、群れの目玉鳥全ての胴体に水晶がある。

非常に気になるが、今は逃げることが優先だ。

ティアは比較的木々が多い林の辺りを目指して滑空する。

そうして、地面に着地した瞬間、背後から凄まじい衝撃を受けた。

「ギャゥッ!?」

うつ伏せに地面に倒れたティアは、首を捻る。

飛行用魔導具の羽が──金属製の羽が、数枚もげていた。

その羽を素手で毟り取った人物が、ティアを見下ろしている。

「空を飛んでいたね。〈楔の塔〉の子かな?」

それは服をベッタリと血で汚した、金髪の男だった。

華やかな衣装を着た、端正な容姿の青年に見える──が、ティアはすぐにピンときた。

これは魔物だ。限りなく人に近い形をした、上位種の魔物だ。

「メルヴェンだっけ? あの町にいたお前の仲間は、もういないよ。俺の眷属ちゃん達が、頑張って見つけ出してくれたから……美味しくいただいちゃった」

あぁ、どうして忘れていたのだろう。

目玉鳥は獲物を群れで追い回し、より強い敵が待つ場所に追い込む習性があるのだ。

そうして、より強い生き物に獲物を殺させて、自分達はそのおこぼれを預かる。

金髪の男はベッタリと血に汚れた唇を持ち上げ、微笑んだ。

「若い女の子が来てくれて嬉しいね! さぁ、オレの美貌に酔いしれて賛美していいよ、人間ちゃん。そしたら、少しぐらいは生かしておいてあげる」