軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【3】かつて蜜月だった二人、だが時の流れとともに愛情は冷めていき……(※ゾフィーの愛読書)

午後の個別授業の教室でティアとレンが着席して待っていると、授業開始時刻ピッタリにヒュッターとセビルが来た。

セビルはいつもと変わらぬ堂々とした態度だが、ヒュッターはどことなくゲッソリして見える。

「あー……午前中の自習はどうだ? 皆、真面目にやってたか?」

ティアとレンはコクンと頷いた。

「ピヨップ! ちゃんとやった! エラとユリウスがいっぱい教えてくれたよ!」

「ロスヴィータは古典魔術の名家出身、ローズさんは他国出身だろ? そういう視点で色々補足してくれて、結構面白かったぜ」

一口に帝国史と言っても、繋がりの深い名家、専門機関、市井学校、更には生まれた地域で内容は異なってくる。

帝国は複数の小国から成り立つ国なので、北部と南部とでは学ぶ内容や方向性が随分と違うからだ。

なお、南部出身のルキエはこう言っていた。

『帝国史って、北部は美化して、南部は恨みを強調するのよ』

帝国における中枢──実権を握っているのは北方貴族が多い。

南方の地域は、北方に占領され、帝国の領地となった地域が多いので、歴史観も随分と異なってくるらしい。

「そんなことよりさ、ダーウォックの王子様が来て、偉い人達が会議してたんだろ? 一体、何があったんだよ? やっぱオレ達見習いは、教えてもらえないわけ?」

レンの言葉に、ヒュッターは「うーん……」と唸り、顎をかく。

「お前達、見習いには明日の朝、ヘーゲリヒ室長から直々に説明があるんだが……どうせセビルが言うだろうから、ここで話しておくか。ダーウォック王城に魔物が現れた」

ここまでは、ティアが昨晩盗み聞きした内容と大体同じだ。

ティアは帝国史の教本の、地図のページを開く。

ダーウォック王国。帝国の北東部にある小国だ。

帝国の北には小国がいくつか固まっていて、それらをまとめて北方連合と呼ぶ。ダーウォックは北方連合の一つなのだ。

レンが慎重な口調で訊ねた。

「それって、城が魔物に占領されたってこと? 王族が人質に取られたとか、その……殺されちゃったとか」

「ところが、そうじゃないらしい」

ヒュッターは首を横に振り、セビルを見る。

セビルは腕組みをし、怒りと呆れの滲む声で吐き捨てた。

「ダーウォックの国王は新しい国教を作るために、魔物の王と手を組んだのだ」

ティアは口を半開きにした。

何が起こったかは分かったけれど、どうしてそうなったかが分からない。

頭の良いレンなら分かるだろうか、と思ったけれど、レンもティアと同じような顔をしていた。

「ピヨ……国教は国の宗教、だよね? えぇと、ラス・ベルシュ正教とか精霊神教みたいな」

「いかにもその通りだ」

セビルが腕組みをしたまま頷く。

ティアは頭の中に浮かぶ「なんで?」を整理した。

分からないのは二点。

「ペヴヴ……ダーウォックの王様は、なんで新しい国教を作りたかったの? あと、国教を作るために、なんで魔物と手を組む必要があるの?」

ティアはハルピュイアなので、讃美歌などの歌を通して、人間にとって神がどういうものかを漠然と理解している。

ただ基本的に魔物には、宗教や神というものはないのだ。

そして、人間が作った宗教は、総じて魔物という物は排除すべき悪であると諭している。

それなのに、どうして国教を作るために魔物と協力する必要があるのか?

人間側と魔物側、双方の意図が分からない。

ティアがペヴヴゥ、ペヴヴゥ……と息を吐いていると、ヒュッターが教本を持ち上げて言う。

「ここで重要になってくるのが、今日の自習の課題だ。いやぁ、我ながら良いタイミングで出したもんだ……」

「ピヨ? 今日の自習の課題って、『クレヴィングとラス・ベルシュ正教の素敵な関係♡』だよね?」

「そう、それだ。丁度良いから、自習の課題発表してもらうか……第一問。帝国とラス・ベルシュ正教の関係を、簡潔に答えよ」

ティアは見習い仲間達に教わったことを思い出す。

そして、自分の中でもっとも簡潔な答えを口にした。

「ピヨップ! 昔はラブラブ蜜月だったけど、付き合っていく内に段々愛情が冷めてきて、それでもお互い、切るには切れない微妙な関係!」

途端にヒュッターが吹き出し、セビルが喉を仰け反らせてゲラゲラと笑った。大爆笑だ。

「ハハッ! 良いぞ、ティア! わたくしが百点満点をやろう!」

「美少年もビックリだよ。皇帝一族の人間が、それ言って良いの? なぁ?」

レンがボソリと突っ込み、ヒュッターが傾いた眼鏡を直しながらティアに訊ねる。

「あー、ティア、今の答えは誰に教わった?」

「ゾフィー! えーっとね、ルキエが『最近読んだ小説に感化されたわね』って言ってたよ」

「……まぁ、雰囲気としてはそんなに間違ってないんだがな。じゃあ次、レン、解答してみろ」

レンが教科書に手を伸ばし、ページをめくろうとした手を止める。

そして、今日の自習内容を反芻する顔で言った。

「えーっと、ラス・ベルシュ正教は帝国が今の形になる前から存在して、各国に絶大な権力を持っていた。で、そのラス・ベルシュ正教を後ろ盾にすることで、今の帝国は帝国になった」

「そうだな。ラス・ベルシュ正教ってのは本来、とんでもない影響力を持ってたんだ。帝国では、ラス・ベルシュ正教に認められないと皇帝が戴冠できないぐらいに」

この辺は、エラとユリウスも説明してくれたことだ。

シュヴァルガルト帝国では、ラス・ベルシュ正教に認められないと、皇帝になれない。

それを前置きして、ヒュッターは次の問題を出す。

「はい、じゃあ、第二問。クレヴィングとは何か?」

「ピヨップ! セビルの名前に入ってるやつ!」

「いかにもその通り! わたくしは、アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィングだ。百点満点をやろう、ティア!」

「わーい!」

喜ぶティアをヒュッターが生温い目で見つめた。

そうして、レンを指名する。

「次、レン。模範解答」

「すげー簡単に言うと、ラス・ベルシュ正教に認められた証? 皇帝一族でもクレヴィング姓を持ってる奴といない奴がいて、認められた奴だけが、クレヴィング姓を名乗れる……みたいな」

レンの解答に、ヒュッターは少し考える素振りを見せた。

どうやら、間違ってはいないが、少し足りなかったらしい。

ヒュッターはチョークを手に取り、黒板に帝国の地図を描く。

「少し掘り下げて説明するとだな、クレヴィングってのは、帝国内にあるラス・ベルシュ正教が所有する土地だ」

帝国の中心よりやや北の方に、ヒュッターが小さな丸を描く。

「この丸が、ラス・ベルシュ正教の土地な」

更にヒュッターは丸の中に、小さな小さな丸を描き足した。

「で、その中にある、この小さな土地がクレヴィングだ」

ティアはペヴヴ……と喉を鳴らした。

実を言うと、ヒュッターと同じ説明をユリウス達もしてくれた。

それでも、ティアにはどうしてもピンとこない部分があったのだ。

「ピヨ……ヒュッター先生、わたし、そこがよく分からなかったの。これ、帝国の地図なんでしょ? この土地全部、帝国の土地じゃないの?」

「そこがややこしいんだがな、小国がまとまって帝国ができた時、ラス・ベルシュ正教がしれっと『帝国の後ろ盾になってやったんだから、自分達の土地も寄越せよー』って言ってきたんだ」

そうしてできたのが、帝国内にあるけれど、皇帝も迂闊に手は出せない、ラス・ベルシュ正教の聖域であるらしい。

黒板に描かれた、丸で囲まれた地域だ。

「で、そのラス・ベルシュ正教の土地の中で、皇帝一族だけが継承できる土地がある。それがクレヴィングな。ラス・ベルシュ正教はしれっと帝国に土地を要求しておきながら、手に入れたその土地の一部を皇帝にくれてやろう、とか言っちゃったわけだ」

ヒュッターの説明に、レンが下唇を捲って呻いた。

「なんかそれって、すげー図々しくね? 帝国から土地貰っといて、貰った土地の一部を帝国に『くれてやろう』なんてさぁ……」

「まぁ、それぐらい、当時のラス・ベルシュ正教は絶大な力を持ってたってことだな」

「ピロロ……つまりクレヴィングは、帝国の中にある、ラス・ベルシュ正教の土地の中にある、皇帝一族の土地……?」

ティアの自信無げな言葉に、セビルが深々と頷いた。

「いかにもその通りだ。このクレヴィングという土地を継承する権利がある者だけが、クレヴィング姓を名乗れる。そして、クレヴィング姓を持っていないと、皇帝にはなれないのだ」