軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【おまけ】エラ・フランクの分岐点

見習い魔術師エラ・フランクが、〈楔の塔〉の門を叩く前──まだ、リーデングラン魔法技術大学附属校に通っていた頃、エラは非常に扱いづらい生徒であると、教師からも生徒からも認識されていた。

優秀な学者を多数輩出している名家の人間で、筆記試験は成績優秀。

性格は温厚で真面目。なにより、魔術に対する情熱がある。魔力量も決して少なくはない。

それなのに、魔力放出ができない。

どんなに魔力量があっても、魔術の知識があっても、魔力放出ができなくては意味がない。

自分は周囲から持て余されていることを、エラは自覚していた。

頭は良いのだから、別の道に行けば良い。魔術が扱えなくても、魔術に携わる仕事はある。魔導具研究や、魔術式読解の道に進んではどうか? ──教師や友人達は、そう提案してくれた。

そんな周囲の善意を無下にすることを、心苦しく思いつつ、それでもエラは実技に挑み続けた。

実践魔術の基礎の教本を何度も読み直して、杖を握って、詠唱をして。

それでも、魔術は発動しない。

努力を積み重ねれば、きっといつか夢に届く。自分にそう言い聞かせる度、心の中でもう一人の自分が囁く。

(積み重ねるって、どれぐらい? どこまでやればいいの?)

この練習方法で良いのか、このまま続けて良いのか、本当は不安だった。

それでも、学校で教わったことも、続けた努力も無駄じゃないと思いたくて、エラは一人練習を続けた。

いつまで経っても発動しない魔術の詠唱を、何度も何度も呟く。

無駄じゃない。これは、無駄な努力じゃない──そう言い聞かせる度に、詠唱する声が不安に震えた。

* * *

〈楔の塔〉に来て、まだそれほど経っていない頃、討伐室との魔法戦が決まり、エラは内心青ざめていた。

そんなの、どうしたって自分が一番足を引っ張るに決まっているではないか。

その後、エラは見習いの代表に選ばれたが、いつも不安だった。

見習い代表として、皆をまとめる。それだって、立派な貢献方法だ。それは分かっている。

(でも、私は魔術を使ってない)

本当は、魔術師として貢献したい。ロスヴィータやユリウスのように。

とてもミーハーで、おこがましいことだと分かっているが、本当は格好良く魔術を使って活躍してみたい。

そんなエラに衝撃を与えたのは、作戦会議中のレンの言葉だった。

「だからさ、いろんなやり方試してみようぜ。失敗上等。オレら見習いなんだしさ」

レンは魔術に関することは初心者も同然で、魔力量も一番少ないが、知識欲が旺盛なところはエラに似ている。

ただ、レンの知識欲はエラのそれより幅が──或いは視野が広い気がした。

筆記魔術を作戦の軸にし、それを補助する魔導具のアイデアを出す姿を見ていると、つくづくそう思う。

「オレらが勝とうと思ったら、使える手は全部使わないと。情報操作もしようぜ。ティアとエラが魔力放出下手って情報をさりげなく討伐室に流して、油断させて……」

レンの説明を聞きながら、エラは思った。

(私は無意識に、自分が一番安心できる選択肢を選んでいる。そうやって、愚直に同じことを繰り返している)

継続的な努力を容易に投げ出さないのは、自分の美点だと思っている。

だが、新しいやり方に挑む挑戦心が、自分には足りないのだ。

(違う選択肢にも、目を向けられるようにならないと……)

* * *

討伐室との魔法戦が終わった後、エラは指導員のアンネリーゼ・レームに指導室に呼び出された。

今回の魔法戦で、自分はあまり役に立てなかったから、見習い代表を降りてほしい、という話かもしれない。

そう考えるエラに、レームは微笑みかけた。

入門試験で会った時と同じ、親切で親しみやすい笑顔で。

「もし、簡単に力が手に入るとしたら、貴女はどうする?」

レームらしからぬ、どこか挑発的にすら感じる質問にエラは困惑した。

質問の意図が分からない……が、こういう話には誠実に答えたい。

「簡単に手に入るものには、落とし穴があると思います。一見、簡単そうにできることにも、実際はたくさんの人の研鑽や研究の積み重ねがあるので……それを見極めてから、手を出したいです」

「貴女らしい答えね。安心したわ」

レームは机の端に寄せていた紙の束を、エラに差し出す。

一枚目の紙には、「魔法医術概要」と記載されていた。

「私やヒュッター先生が、魔力器官を損傷していることは知っているわね? 魔力を貯める器や管に穴が空いているの。それを治療する方法を私はずっと研究し続けてきた」

「その方法は……見つかったのでしょうか?」

レームはゆるゆると首を横に振る。

「治療方法は、まだ確立されていないわ。仮に手術をしたとして……成功率が三十パーセントを超えるまで、あと十年はかかるでしょうね」

気の遠くなるような話だ。だが、その話が自分にどう関係するのだろう?

思いつくのは一つしかない。

「レーム先生は、私に……魔術師ではなく、魔法医になることを勧めたいのでしょうか?」

「いいえ」

あっさり首を横に振られ、エラは拍子抜けした。

だって、絶対に言われると思っていたのだ。

貴女には実践魔術は無理だから、別の道を選びなさい、と。

「貴女が魔力放出できないのは、魔力管になんらかのトラブルがあることが予想されるわ」

それは以前から言われていたことだった。

エラは、体内の魔力を外に出すための管に異常がある可能性が高い。

魔力管が細かったり、何か詰まっていたり、出口が違う場所にあったり……原因は様々だ。

「それを調べて適切な状態にする手術があるわ。医務室のトロイ室長が、過去にそういう症例を見ているの」

「手術……」

「ただし、成功率は五十パーセントぐらい」

手術、の一言にエラは気後れした。

努力で治ることなら、それに越したことはないと思っていたからだ。

「ただ、そういう選択肢もあることを、貴女に伝えておきたかったの」

「……レーム先生」

「少なくとも、私の魔力器官損傷の治療よりは、成功率は高い手術よ」

レームが魔力器官を損傷する前は、討伐室のエースだったという話は聞いたことがある。

魔力器官を損傷した今でも、レームは魔術の研究に誰よりも熱心だ。

魔術が大好きなのだと、痛いぐらいに伝わってくる。エラも同じだから、分かる。

レームは資料に視線を落とし、ポツリと付け足した。

「一般的に、魔術師が第一線で活躍していられる時期は三十歳まで、と言われているわ。魔力量は二十歳ぐらいから緩やかに衰え始めるから……ほら、討伐室や守護室の室長って、若いでしょ?」

討伐室室長ハイドン、守護室室長ベル。共に二十代──レームと同年代の男女である。

「だから、手術をするなら早い方が良いとは思うわ」

「……考えてみます。あの、この手術はティアさんも受けられるんでしょうか?」

見習い魔術師の中で、魔力放出が下手なのがエラとティアだ。

ただ、ティアは魔力放出できないエラとは逆で、放出量が多すぎる体質である。

これも手術でどうにかなるのだろうか?

エラの疑問に、レームは答えた。

「ヒュッター先生とも相談したのだけど、まずは魔力の放出量が多い人向きの魔術を勧めてみるみたい」

先生達はすごい、とエラは素直に感動した。

一人一人に合ったやり方を、指導員がこんなにも模索してくれるなんて。

少人数制の〈楔の塔〉だからこそ、できるやり方だ。それだけでも、ここに来て良かった、と思える。

その日、エラは医務室のトロイのもとを訪ねて、検査を受け、手術の説明を聞いた。

いつもの自分なら選ばない選択肢に対する不安は沢山ある。

それでも……。

魔術を使えるように、なりたい。

幼い日に見た、胸がドキドキするような綺麗な魔術を。

そんなわがままを叶えるために、それだけのために、自分はこの〈楔の塔〉に来たのだ。