軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【10】見据える未来

朝、夜明けより早く目を覚ましたティアは、セビルを起こさないように気をつけながら、部屋を出た。

別に悪いことを考えているわけじゃない。昨日は色々なことがあって、頭がまだスッキリしていないから、散歩をしたかったのだ。

早朝だから歌声は鼻歌程度に抑え、ティアは塔の外をブラブラ歩く。

(昨日は魔法戦して、あの男を見つけて、あの男の弱みを掴もうって決めて……)

あの男──メビウス首座塔主。ティアの風切り羽根を奪った男。

見つけた瞬間、殺意を覚えた。だけど、自分は我慢した。あの男を殺さなかった。

何故、我慢したのか不思議だったけれど、散歩しながら歩いているうちに、ようやく理解した。

(あの時、あいつを殺してたら、きっとレンやセビルと一緒にいられなくなるからだ)

あの男を殺すことより、レンやセビルの方が大事だ。

何かが、自分の中で変わっている気がする。それが何かは分からないけれど。

その何かを手探りで探していたら、頭上で声がした。

「おはよう、ライバルさん」

「あ、フレデリクさん!」

見上げた空から、ヒラリと音もなく降りてきたのは、槍を手にした薄茶の髪の青年──ニコニコノッポさんこと、フレデリク・ランゲだ。

「お散歩?」

「うん。フレデリクさんも、お空のお散歩?」

フレデリクは「そう」と頷き、はにかむように笑った。

「ちょっと、空を飛ぶの楽しくて」

「ペフフッ、楽しいよねぇ」

「前はね、別に楽しくて飛んでたわけじゃないんだよ」

「そうなの?」

空を飛ぶのはこんなに楽しいのに!

琥珀色の目を丸くするティアに、フレデリクは憑き物が落ちたように穏やかな顔を向けた。

「今はちょっと楽しいよ。また競争しよう?」

「ピョッ! うん。わたしもね、競争、はじめて楽しいって思ったの。フレデリクさんに負けたくないって思ったら、楽しかった。だから、またやりたいな」

「そうなの?」

「そうなの!」

「じゃあ、一緒だ。僕もティアに負けたくないから」

空を飛ぶことを楽しいと思っていなかったフレデリク。

誰かと競争をすることに興味がなかったティア。

今は二人とも、競争して、空を飛ぶのが楽しいライバルだ。

(気持ちが同じになると、ちょっと嬉しいんだ)

また飛びたいな、と思う。ただ、飛行用魔導具は現在、お手入れ中なのだ。

まだ、いつでも自由自在に飛べるわけではないのが悔しい。

二人は他愛ない話をしながら、塔のそばを歩く。

「昨日のうちあげ、差し入れたくさん、アリガトウ!」

「どういたしまして。迷惑かけたのはこっちだから、あれぐらいしないとね」

昨日の午後は、教室に軽食やお菓子を持ち込んで、うちあげをしたのだ。

セビルが言うには「祝賀会」とか「お疲れ様会」とか、色々な呼び名があるらしいが、とにかく、魔法戦頑張ったぞ! というのをお祝いする会であるらしい。

その際に、討伐室の三人──フレデリク、リカルド、ヘレナも手土産を抱えて顔を見せた。

三人で金を出し、フレデリクが飛行魔術でひとっ飛びして、近くの町で菓子の買い出しをしたらしい。

「ゲラルトとゾフィーね、食べるの大好きだから、すっごく喜んでた! ロスヴィータも甘いの大好きだから、こっそりマントの中におやつを隠してたよ」

「前髪長い子と、呪術師の子と……ロスヴィータはとんがり帽子の子かな? 喜んでくれたなら良かった」

「木の実入ってるの美味しかった!」

「ティアは、あんまり食べていなかったと思うけど、体調悪かった?」

「ピヨ? いっぱい食べたら、飛びづらいよ?」

「……ふふ、そうだね。僕と同じだ」

人間らしい会話の正解を、ティアは知らない。

ただ、フレデリクとの会話は楽しいし、テンポが合うのだ。

感じたことをそのまま口にするような素朴さは、弟のオリヴァーと同じだが、硬質でどっしりとしたオリヴァーの声と違って、フレデリクの声はフワフワしている。その違いが面白い。

「それじゃあ、またね、ライバルさん」

「うん、またね、フレデリクさん」

少し歩いたところでフレデリクと別れ、今度はなんとなく庭園の方を目指してみる。

昨日、レンやセビルと話をしたあの庭園だ。

その途中で、ティアは前方に見覚えのあるモジャモジャと黒髪を見つけた。

「ローズさん、ゲラルト!」

二人は草むしりをしていたらしい。ティアが声をかけると作業の手を止めて、こちらを振り向く。

「やぁ、ティア! 昨日はお疲れ様!」

「……おはようございます」

朗らかなローズの横で、ゲラルトもボソボソと挨拶をして頭を下げる。

そういえば、ローズが畑仕事をしているのは前からだが、ゲラルトが手伝っているのを見るのは初めてだ。

「ゲラルト、ローズさんのお手伝いしてるの?」

「……はい」

ゲラルトはゴシゴシと顔を伝う汗を拭う。その拍子に長い前髪が少し持ち上がって、目元が見えた。

狼みたいに鋭い、灰色の目だ。ティアがジッと見ていると、ゲラルトは気まずそうに前髪を直し、ボソボソと言った。

「僕は好きなことが、ないのですが……食べるのは好きだな、って昨日の打ち上げで気づいて」

「いっぱい食べてたね」

ティアが素直な相槌を打つと、ゲラルトは恥ずかしそうに「……面目ないです」と小声で言う。

──いつも前髪が長い寡黙なゲラルト。レンのルームメイトで、剣を持ってる人。見習いで一番体を動かすのが上手で、食いしん坊。

魔法戦を経て、見習い同士の交流が増えて、相手を知る機会が増えた。

……ただ知るだけじゃなくて、もうちょっと知ってみたいな、と思う気持ちも。

だから、ティアはゲラルトに訊ねた。

「ゲラルトは、食べ物を作る人になりたいの?」

「はい。ローズさんは、貧しい土地でも育つ植物の研究をしているらしいんです。そういう植物が、増えたらいいなって」

「食べ物は大事だから、すごく偉いと思う」

思ったことをそのまま口にしたら、ゲラルトはホッとするみたいに笑った。

そのやりとりを眺めていたローズが、のんびりと口を挟む。

「オレはさ、実は〈楔の塔〉にいられるの、一年ぐらいなんだ」

ティアはペフッと息を吐いて目を丸くする。

少し意外だったけれど、思えばティアだって、ずっと〈楔の塔〉にいるつもりはないのだ。

(人間は、ずっと〈楔の塔〉にいるんだって、思ってた)

驚くティアに、ローズがモジャモジャのヒゲを揺らして言う。

「家族とそういう約束でさ。来年はここにいないんだよ。だから、ここに美味しい物をたくさん植えておいたら、収穫する時、オレのこと思い出してもらえるかな、って」

ティアは喉を鳴らすことも忘れ、口を半開きにしてローズを見上げた。

未来を生きる人のために、何かを残す。覚えていてもらいたいと願う。

──それは、なんてドキドキすることだろう。

「ゲラルトがオレの畑を引き継いでくれると嬉しいぜ!」

「どこまでできるか分かりませんが……」

ローズも、ゲラルトも、先に広がる未来を見ている。

多分それは、ハルピュイアであるティアが見据える未来よりも、ずっとずっと遠くの未来なのだ。

ティアは、再び空を飛ぶ未来が欲しかった。それより先なんて、考えていなかった。精々、お姉ちゃん達に会いたいなぁ、ぐらいで。

(また飛べるようになった未来の、先の、先に……レンとセビルはいるのかな。ヒュッター先生の面白いお話、もっと聞きたい。フレデリクさんと競争するのだって……)

人とハルピュイアは違う生き物だということを、初めて痛感した気がした。