軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【3】境界線に在る者達

「それで、目が覚めたら、魔女様の家だったの」

ティアの説明にレンが唸る。

「いきなり話が飛んだな。魔女様って何者だよ?」

「えーっとね、カイがそう呼んでたの。魔女様って」

ティアはギュッと目を瞑り、あの時のことをできる範囲で思い出す。

ハルピュイアは忘れっぽいけれど、音を覚えるのは得意なのだ。

だから思い出せる。カイの含みと皮肉を帯びた話し方も、口数少ない魔女の美しい声も。

* * *

目を覚ますとそこは、小さな部屋だった。ただ、あの子の部屋とは違う。

年季を感じさせる使い込まれた家具。古びた木の棚には、乾燥した植物を詰めた瓶が並んでいて、床には本が幾つも積まれている。瓶が棚の殆どを占めているので、本が棚に収まらないのだろう。

ティアは部屋のベッドにうつ伏せに寝かされていた。ハルピュイアは羽があるから、仰向けで寝るのに向かないのだ。

「やぁ、目が覚めたかい」

すぐそばで声がして、ティアはすぐさま飛び起き、喉を鳴らした。

体は動く。喉も問題なく声は出せる。風切り羽根がなくて飛べないこと以外は、いつも通りだ。

(足枷が、ない)

ティアが破壊できたのは、首輪だけだった。だから、足の力を奪う足枷をぶら下げたまま、ティアは逃げたのだ。

だが、足枷がない理由を考えるより早く、ティアは喉を震わせ目の前の男を威嚇した。

「ルルゥーーァア」

いつでも歌えるように喉を広げる、いわゆる発声練習は、攻撃に移るための準備でもある。

ベッドのそばに佇む男は、ティアが鋭い目で睨んでも動じず、薄い笑みを浮かべていた。

金髪の男だ。見た目は人間に見える。年齢は人間なら二十代半ばぐらいだろうか。

粗末ではない服を着て、頭にはつば付きの帽子をかぶっている。帽子には真紅の薔薇を模した花飾りがあしらわれていた。

それともう一つ目をひくのが、体の至るところに巻いた白くて細い布だ。そういうお洒落なのだろうか。

「そう警戒しないでくれ。俺は君をここまで連れてきたんだ。感謝を強要するつもりはないけれど、敵意を向けられるのは、流石に良い気分はしない」

「……わたしを、連れてきた? なんで?」

この場にいるのが同じハルピュイアの仲間なら、手負いの仲間を連れ帰る行為は理解できる。

だが、目の前の男は人間にしか見えない。それなら、ティアを捕らえたあの連中と同類と考えるのが自然ではないか。

仮に目の前の男が魔物だとしても、同種や眷属ではない魔物をわざわざ連れ帰る理由はないはずだ。

警戒するティアに、男は微笑んだ。

優しげに見えるように、顔の皮を動かしただけの笑顔だ。だって、その目は冷たくティアを観察している。

「俺はカイ。君がとても可哀想だから、助けてあげようと思うのだけど、どうだろう?」

「……?」

哀れまれることに、怒りも嫌悪もない。ただ理解はできない言葉だと思った。

人間を哀れむことで悦に浸る上位種の魔物なら、理解できるだろうか。

可哀想、哀れみ──それは歌の歌詞として、意味は理解しているけれど、ハルピュイアの感覚としてはピンとこない。

だからティアは、率直にこう思った。

(変な人間が、変なことを言ってる)

「風切り羽根を失ったハルピュイア。その翼では、もう首折り渓谷には帰れない。だから、一緒に考えよう。君が救われる方法を」

救われるだなんて、まるで、あの子みたいなことを言う。

ティアはヴヴヴと喉を鳴らして、羽を動かした。

髪の毛と同じ、鮮やかな極彩色のティアの羽根は、赤、オレンジ、黄色、ピンクが混ざった不思議な色をしていて、ところどころに黄緑色や青みがかった羽も混じっている。

広げると大きくて、鮮やかで、敵を威圧する羽が、今はすっかり短くなってしまった。

魔物であるティアの体は頑丈で、今だって多少の倦怠感はあれど、怪我は殆ど残っていない。

だけど、あの銀髪の男の剣で斬られたティアの風切り羽は、結構な時間が経つのに再生しないのだ。

(そういえば、この部屋……魔力濃度が薄くない……じゃあ、ここは〈水晶領域〉のそば?)

自分の居場所を把握する必要性を思い出したティアは、いつでもカイに飛びかかれる体勢で訊ねる。

「ここはどこ」

カイは勿体ぶらずにサラリと答えた。

「境界の森と呼ばれているらしいね。〈水晶領域〉と人の領域の境界線上にある森の中」

確かにカイの言う通り、〈水晶領域〉と人の領域の間に、境界の森と呼ばれる場所がある。

境界の森は魔力濃度がマチマチで、〈水晶領域〉程ではないがそれなりに濃い土地もあれば、魔物には息苦しいぐらい魔力濃度が薄い土地もある。

カイは部屋を軽く見回し、最後にティアを見た。

「この家と庭園は魔力濃度が濃いんだ。君も息苦しくないだろう?」

ならば、ここで暮らせば良い、とカイは言わなかった。

ここに置いてほしい、とティアも言わなかった。

だって、ティアは帰りたいのだ。姉達のいる首折り渓谷に。

そのためには、カイの力を借りるしかないのだろう、とティアは漠然と理解していた。

ただ、力を借りる前に、ティアには確認すべきことがある。それは、ティアが最初にカイに投げかけた疑問だ。

「なんで、わたしをここに連れてきたの? カイは質問に答えてない」

「君が可哀想だから、善意で手を差し伸べたのさ」

答えるカイの顔の皮が、皮肉気な笑みの形に歪む。

「とても人間的だろう?」

「よく分かんない」

ティアが率直に返したら、カイは喉を震わせるみたいにして笑った。

何かを嘲笑っているみたいな、そういう冷たい笑い方だ。ティアの無知を笑っているのか、或いは別の何かか。

無言のティアを、カイは目を細めて眺める。まるで何かを確認するかのように。

「あぁ、君はとても魔物的だ。ハルピュイアらしいハルピュイアだ」

何を当たり前のことを言っているのだろう、とティアは思った。

やっぱりカイは変な人間だ。ティアはそんなに多くの人間を知らないけれど、多分変だと思う。あまり人間らしくない。

ただ、変な人間だなぁとは思うけど、ティアはカイにそれほど興味はなかった。

知りたいのは再び空を飛ぶ方法、それだけだ。

「わたしは、どうやったら飛べるの?」

「君は魔術を知っているかい?」

「人間が使うやつ」

「そう、魔術式を用いて魔力を行使する人間の技術だ」

ティアの簡潔な答えに、カイは笑みを深くする。

何が面白いのかティアには分からないけれど、カイは楽しそうだ。

さっきまでの顔の皮を動かした笑顔とは違う。心の底から楽しそうに、堪えきれない愉悦を滲ませ、カイは提案する。

「その技術の中に、空を飛ぶ方法がある。飛行魔術と言うんだ。それがあれば、君は再び空を飛べる」

「その飛行魔術って、どうやったら使えるの?」

「人間が魔術を学ぶのには、金がいる。それと、身分を証明する手段も──だけど、それがなくても魔術を学べる施設に心当たりが一つある」

カイは腰を折るようにして、ティアの顔を覗き込む。

白く細い布がグルグル巻かれた顔の中、くすんだ黄褐色の目がティアを映し出した。

「ここから南、壁の内側に〈楔の塔〉と呼ばれる塔がある。そこでは三年に一度、見習い魔術師を募集するんだ。試験に合格すれば、誰でも魔術師見習いになれる」

「それって、ハルピュイアでも通えるの?」

「いいや、流石に無理がある。だから、人間の皮を被ればいい」

ティアはピロロ……と困惑の声を漏らした。

例えば目の前にいるカイの皮を剥いだとしても、自分がピッタリ上手に被れるとは思えない。体の大きさが違うし、なにより鉤爪や羽がはみ出してしまう。

それは無理だろう、という空気を漂わせるティアに、カイは少し得意気な口調で言った。

「不安かい? 大丈夫。君をこの屋敷の主──奇跡を起こす魔女様に会わせてあげよう」

「奇跡が起こせるのなら、羽根を治してほしい」

「奇跡には代償がいるんだ。羽根の治癒の代償に、命を落としては意味がないだろう」

つまり、命を落とす以外の代償をティアが被る可能性があるのだ。

それでも、このまま魔力の無い土地に放り出されて野垂れ死ぬより、ずっといい。

カイは廊下に繋がる扉を開けて、歩きだす。

ティアはペタペタと歩いてその後に続いた。鉤爪が木の床を引っ掻き、カツッ、カツッ、と音を立てる。

ふと気がついた。先ほどの部屋にも廊下にも、明かり取りの窓がある。

ここは、あの子がいた窓のない部屋とは違うのだ。

先ほどの部屋だけでなく廊下にも至る所に植木鉢が置かれ、壁には乾燥した植物が吊るしてあった。風が吹くと、植物と土の匂いがする。この場所は、嫌いじゃない。

やがてカイが一つの扉の前で足を止めた。

彼は被っていた帽子を取って胸元に当て、腰を折る。

「魔女様、魔女様、どうか姿を見せておくれ」

まるで帽子の花飾りに話しかけるみたいに囁いて、彼は扉を開けた。