軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【21】記憶の中の男

──耳の奥がジンジンする。

意識を取り戻したティアが真っ先に思ったのは、そんな感想だ。

両手を持ち上げて耳に触れたティアは、そこで自分がベッドに横たわっていることに気がついた。

「ペヴヴヴ……」

「やー、起きたぁ?」

ティアの顔を覗き込んだのは、眼鏡をかけた黒髪の女──第一の塔〈白煙〉医務室第二分室の分室長マイネだ。

白衣の下に着ているシャツは、ボタンが微妙にずれている。いつもどこかだらしない分室長は、ベッドを仕切るカーテンをめくった。

「おーい、美少年〜。お友達が起きたよーい」

捲られたカーテンの向こう側、隣のベッドではゴロゴロしているレンの姿があった。

「よっ、ティア」

「レン。魔法戦はどうなったの?」

「覚えてないのか?」

ティアはピロロロロ……と喉を鳴らしながら、己の記憶を辿る。

魔法戦に勝利した後、ヘレナが暴走。そんな中、ティアはフレデリク、レンと力を合わせて、気絶していたオリヴァーを回収しようとし……。

(そうだ。泡が、近づいてたから……)

ヘレナが操る古代魔導具〈嗤う泡沫エウリュディケ〉の泡に触れそうになった時、ティアは咄嗟に歌声を発した。

ハルピュイアの姿なら、ティアは魔力を込めた歌を放つことができる。だが、人間の姿の時は歌声に魔力をのせるのが難しい。

(それでも、あの時……わたし、声に魔力を込めてた)

歌声に、何か特別な効果を持たせたわけじゃない。ただ、声に魔力をのせただけだ。それも、ほんの少しだけ。

たったそれだけのことが、あの瞬間は功を奏した。

ヘレナが操る泡は、魔力を帯びたものを包み込んで、破裂するものだ。その際、強い魔力を包み込むほど、破裂時の破壊力が増すという性質がある。

ならばフレデリクがしていたように、低威力の攻撃を泡で包ませて、どんどん破壊してしまえば、ダメージは最小限で済む。

あの瞬間、ティアの発した歌声は弱い魔力を帯びていた。

ヘレナの泡は、歌声ごと魔力を包み込み、低威力で炸裂したのだ。

結果、ティアとレンは大したダメージにならなかったが、音の大きさで耳をやられて気絶した。

そうして医務室送りになったらしい。

(わたし、人間の体の使い方に慣れてきてる気がする……)

それは体の動かし方、手足や指の使い方だけじゃない。発声もだ。

ハルピュイアの発声を忘れないようにするために、こまめにピロピロと声を出し続けた甲斐があった。

ティアが〈楔の塔〉に来たのは、空を飛ぶ手段を得るためであって、人間だの魔術師だのになりたいわけではない。

今回の飛行用魔導具は、まだ長距離飛行に耐えられないし、まして跳躍用魔導具なんて絶対に必要なものではない。

それなのに、不思議な充足感がティアの中にあった。

(……できることが増えるって、すごく嬉しい)

確かな手応えを噛み締めているティアに、レンがベッドの上であぐらをかいて、状況を教えてくれた。

「魔法戦はオレ達見習いの大勝利! 脱落した奴は全員元気だし、オリヴァーさんも、あのあとすぐに起きて、先に教室に戻ったよ。お礼は美少年讃歌頼むぜ、って言っておいた」

先に脱落した、フィン、ローズ、ゾフィー。それと最後にギリギリで脱落したゲラルトも、魔力切れで体調を崩すことはなく、ピンピンしているらしい。

「フレデリクさんと、ヘレナさんはどうなったの?」

「駆けつけたハイドン室長が止めに入って、終了」

「ピヨ? ハイドン室長って、えぇと……」

「討伐室室長! フレデリクさん達の上司!」

レンは泡の衝撃を受けて軽い脳震盪を起こしていたが、完全には意識を失っておらず、あの後の出来事も見ていたらしい。

そのレンが言うには、駆けつけたハイドンが上空から雷の雨を降らせて、フレデリクとヘレナを無力化。

その後、二人を引きずって、レームに頭を下げに行ったらしい。

「レーム先生、静かにめちゃくちゃ怒っててさぁ……」

「ペフゥ……レーム先生が……」

指導室のアンネリーゼ・レームは前髪が短くてちょっと子どもっぽいが、優しくて親切な先生である。

そのレームが討伐室に対し、静かに深く怒っていたらしい。

* * *

討伐室室長ハイドンは、金髪の大柄な男である。

全身を無駄なく鍛え上げた戦士の風格があり、討伐室の室長に相応しい佇まいであった──が、ハイドンはその大きな体を縮こめてレームに頭を下げていた。

「……俺の部下が、すまなかった」

いつも穏やかで人当たりの良いレームが、その時ばかりは腕組みをし、ジトリとした目でハイドン、フレデリク、ヘレナ、リカルドを睨んでいた。

「まず、ヘレナちゃん。古代魔導具使いとしての自覚が足りません。いたずらに後輩を傷つけることは、貴女の仕える神が望むことではないでしょう」

「はい、悲しいです……」

「本当に悲しいのは、貴女に傷つけられた人達です。私も悲しいわ。貴女を信じて生徒達を託したのに」

「…………」

ヘレナは真っ青な顔で震え、「悲しいです」の一言すら言わなくなった。

「次にフレデリク君。魔法戦終了の合図を無視した挙句、ヘレナちゃんを暴走させるわ、余計に煽るわ……」

「それはヘレナが……」

「後輩を傷つけるのが貴方の本意?」

「…………」

「反省は?」

「……します」

続いて、レームはリカルドを睨んだ。

リカルドは暴走などしていないが、連帯責任ということらしい。

「自分も、叱られる感じすか……」

「二人の暴走を止められなかったことは、貴方の落ち度でもあるわ。一歩下がって傍観者に徹しすぎるのは、貴方の悪い癖ね。決断が遅い人間は、現場で判断を誤るわよ」

「……はい」

討伐室の三人を叱った後、レームはハイドンに向き直る。

レンが今までに見たことがないぐらい、冷ややかな顔だった。

「最後に、ハイドン室長」

「あ、あぁ……」

「今回の件は、後日書面にて、正式に抗議させていただきます」

「…………」

ハイドンの背中には、哀愁が漂っていた。

* * *

「まとめるとだ…………レーム先生、すげー怖かった」

レンの統括に、ティアはペフゥ……と喉を鳴らす。

上手く想像できないけれど、怒ったら怖いだろうな、というのはなんとなく分かる。レームは間違いなく、強い魔術師だ。

「まぁまぁ、君達のために怒ってくれた、良い先生じゃんか〜」

医務室分室長のマイネが、椅子にもたれながらヘラリと笑った。そんな彼女の作業机はとても汚い。明らかに医薬品とは無縁のお菓子が散らばっている。

ふと気になって、ティアは訊ねた。

「他の人は、医務室来なくて平気なの? フレデリクさんとか……」

「平気平気〜。討伐室は鍛え方が違うもん。お兄さんのほうのランゲ君、君のこと心配してねぇ、さっきまで医務室にいたんだよ。結局、おっかなおじいちゃんに引きずられていっちゃったけど」

「ピロロ……おっかなおじいちゃん?」

首を傾げるティアに、マイネは食べかけのビスケットをサクサク齧りながら言う。

「第二の塔〈金の針〉のローヴァイン塔主のこと。ローヴァイン塔主は、昔指導室にいたこともあって、フレデリク君達はローヴァイン教室だったの」

つまりはヒュッター教室における、ヒュッターとティア、レン、セビルのような関係であるらしい。

ふと思い出したような顔で、マイネは付け足した。

「そうそう。おっかなおじいちゃんのローヴァイン塔主が、見習いさん達のこと褒めてたよ。ガッツがある。いつでも第二の塔に来いって」

褒められたのは嬉しいが、フレデリクはさぞ複雑な心境だろう。

なにせ、オリヴァーの討伐室入りを阻止したくて揉めたのが、この魔法戦の原因なのだ。

「他の見習いさん達は、教室で今日の講評を聞いてるんじゃないかな。歩けそうなら、顔出しておいでよ。メビウス首座塔主も来てるみたいだし。顔を覚えてもらうチャンスだよ〜」

マイネの言葉にレンが「マジか!」と声をあげて、ベッドから降りる。

「ティア、急ごうぜ! 美少年を売りこまねーと」

「はーい。マイネさん、オジャマシマシタ」

メビウス首座塔主──つまり、この〈楔の塔〉で一番偉い人で、女子会でロスヴィータが言っていた好きな人だ。

ロスヴィータが言うには、メビウス首座塔主はとっても素敵な人らしい。

二人は廊下を早足で歩き、いつも使っている教室を目指す。

ところが教室が見えてきたところで、扉が開いて、中から大人達が出てきた。講評が終わってしまったのだ。

教室から出てきたのは、指導室室長ヘーゲリヒと蔵書室室長リンケ……それともう一人。

背の高い銀髪の男だ。年齢は四十代半ば。硬質な雰囲気と鋭い眼光。

そして、腰には剣を下げていて…………。

「あの人がメビウス首座塔主だな。講評終わっちゃったのかぁー……ティア、挨拶だけでもしとこうぜ」

「ヴヴヴ……」

ティアの喉が低く震える。

レンがティアを振り向き、不安そうに眉根を寄せた。

きっと、今、ティアはとても恐ろしい顔をしている。恐怖と怒りと屈辱と、そして殺意を滲ませて。

「ティア?」

「……あいつだ」

忘れるものか、あの絶望を。

ティアの翼に振り下ろされた剣。あの剣だ。あの剣が、ティアの風切り羽根を切ったのだ。

本来、風切り羽根は切り落とされても自然に生えてくる。

だが、あの剣で切られた傷は治らない。切り落とされた羽は二度生えてこない。

「あいつが……わたしの羽根を切った人間だっ」