軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【17】嗤う泡沫

セビルを乗せた赤い獅子が高く、高く跳躍し、土の壁を乗り越える。

それと同時に、ティアも動いた。リカルドが生み出した土の壁の上に飛び乗り、そこからフレデリクを狙う。

(……フレデリクさんは、まだ諦めてない!)

土の壁を背に立ち、突進してきた赤い獅子を壁際ギリギリまで引きつけ、曲刀の一撃を受け流す。土の壁のせいで、アグニオールの方向転換が少し遅れた。

その隙にフレデリクが槍で反撃する──が、そこにティアが割り込む。

跳躍で割り込んだティアは、フレデリクの槍の柄を両手で掴む。ティアの重さで槍が傾き、セビルへの攻撃が逸れた。

「ぺふふんっ!」

「でかした、ティア!」

「セビルっ、フレデリクさん詠唱してる! なんか長いの!」

ティアの言葉に、セビルがすかさず曲刀でフレデリクを斬りつける。

曲刀の刃がフレデリクに触れるのと、フレデリクが詠唱を終えるのはほぼ同時だった。

ゴゥ、と風が吹いて風の刃が無数に飛び出す。おそらく命中精度はさほど高くない魔術なのだろう。だが、この至近距離で大量の刃が飛び出せば、流石にかわしきれない。

風の刃の一つがセビルに届きそうになったその時、誰かが間に割って入った。画板を盾にしたゲラルトだ。

ゲラルトは画板の盾でセビルを守りながら、ティアを見た。

「──ティアさん!」

「ピヨップ!」

ティアは跳躍用魔導具を起動し、ゲラルトに向かって突っ込む。

そうしてゲラルトが画板の盾を傾けたタイミングで、ティアはそれを踏んで足場にして跳んだ。

風の刃にゲラルトが倒れる。

そのゲラルトの陰から飛び出したセビルがフレデリクに曲刀を振り下ろした。

煌めく氷の粒を撒き散らした曲刀が、フレデリクの肩を斬る──それが決め手だった。

『ゲラルト・アンカー、フレデリク・ランゲ、脱落。魔法戦終了です』

勝った。セビルの斬撃がトドメの一撃になったのだ。

(でも……)

高く跳躍したティアは、空からフレデリクを見る。フレデリクもこちらを見上げて笑っていた。

その口がこう告げる。

「腕輪はあげないよ。ライバルさん」

「じゃあ、絶対もらうね。ライバルさん」

魔法戦の決着はついたけど、まだ「ライバルとの戦い」は終わっていない。

自然とティアの口にも笑みが浮かぶ。

頭上では、レームの声が響いていた。きっと魔法戦は終了したから、すぐに戦闘行為をやめなさいとか、そういう制止の声だろう。だが、その声が届かぬほど、ティアはフレデリクだけに意識を向けていた。

ティアは少女の形をした素足で、フレデリクの腕輪を狙う。ハルピュイアは人の形の手を使うより、足の方がずっと使い慣れているし、力も強いのだ。

「その動き、読めてるよ」

フレデリクが腕を引いて槍を傾ける。だが、ティアはあえて槍の柄に止まると、体をグッと折り曲げ──その口で、フレデリクの腕輪を咥えた。

流石に驚いたのか、フレデリクが「わっ」と声をあげる。

その一瞬の隙に、ティアは腕輪と腕の間に舌を差し込み、歯で固定して、勢いよく引き抜いた。

「んふっ」

ティアは口に咥えた腕輪を手に取り、天に掲げる。

「取ったーーーー! 取った! 取ったよ! わたし、フレデリクさんの腕輪、取ったぁー! わぁっ、わぁっ、ペフフフフ……ピロロッ、ピロロッ!」

フレデリクは呆気に取られたような顔でティアを見ていたが、プッと吹き出すと、体を折り曲げて笑う。

「ふ、ふふ、参ったなぁ……魔法戦でも負けて、腕輪も取られた。僕の完敗だよ、ライバルさん」

その声は、小さな子どもに向ける優しさとは違う。

対等なライバルに敗北し、それでも清々しく思っている時の声だった。

それが、ティアは嬉しい。自分はライバルになれたのだ。ライバルに認められたのだ。とびきり飛行魔術の上手い、フレデリク・ランゲに!

フレデリクとティアが顔を見合わせて笑っていると、頭上で声が響く。

『繰り返します、魔法戦は終了しました。全員速やかに、ヘレナちゃんから離れてください。大至急、ヘレナちゃんから離れてください』

「……ピヨ?」

「……うん?」

顔を見合わせていたティアとフレデリクは、全く同じ動きでヘレナの方を見る。

ヘレナは大木の根本でひっくり返っていた。

最後の方でフレデリクが放った風の刃──その一つが、偶然にもヘレナの方に飛んでいき、直撃したのだ。

ローブとスカートの裾が盛大に捲れた、あられもない姿でひっくり返りながら、ヘレナはシクシクと泣く。

「あぁ……あぁ……あぁ……悲しいです……悲しんでいるのですよ? 本当ですよ? わたくし、とっても悲しいの……悲しい……」

『フフ、アハハハハ、キャハハハハハハハハッ!!』

何故か、ヘレナの方から二つの声が聞こえた。

悲しいです、悲しいです、と繰り返す声に、甲高い女の嗤い声が重なる。

──耳に痛い、悪意に満ちた嘲笑だ。

フレデリクが「やば」と呟く。リカルドは既に走り出し、レン達に避難を促していた。

「怒ってなんかいません……だって、わたくしは怒ってはいけないのだから……わたくしは 聖女ヘレナ(、、、、、) ……慈悲深くなくてはいけないのだから……」

『アハハハハハ!! キャーッハハハハハ!』

ユラリ、とヘレナが起き上がる。その顔は全ての感情を削ぎ落としたような無表情だった。

無表情のまま、ヘレナは「悲しい、悲しい」と繰り返す。そんな彼女から響く、嫌な笑い声──その音の出所に、ティアは気づいた。

「ヘレナさんの首飾りが、笑ってる!」

青いガラス玉のような装飾を、幾つも連ねた首飾り。笑い声の出所はそこだ。

青い石がチカチカと瞬く。

赤い獅子に化けたアグニオールが、ピクンと顔を上げた。

「大きいお方、わたしの背中に乗ってください。他の小さい方もご一緒に! なにやら、すごい気配がします──!」

セビルとゲラルトが、アグニオールに飛び乗った。

フレデリクが飛行魔術の詠唱をして、ティアの体を小脇に抱える。彼の魔力量は魔法戦の規定値を下回っただけで、魔力が空になったわけではないのだ。まだ飛行魔術を使う余力はあるらしい。

ヘレナは無表情だった顔に、今更思い出したかのように悲しみの表情を浮かべた。

白い頬に両手を添え、その目に涙を浮かべて。

「悲しいです、悲しいです…………この悲しみを、わたくしの怒りと知りなさい」

ティアを抱えて飛ぶフレデリクが、ボソリと呟く。

「つまり怒ってるって言えばいいでしょ、面倒臭いなぁ……」

『キャーッハハハハハハ!! バカドモ! バカドモ! ミナゴロシ!』

首飾りが、殺意の高い嘲笑を響かせる。あれは、ただの魔導具じゃない。

旧時代の力で作られた、極めて強大な力と意思を持つ魔導具──古代魔導具だ。

ヘレナの指先が、首飾りに触れる。

するとたちまち、彼女の周囲に幾つもの泡が浮かんだ。

拳ほどの大きさの泡もあれば、一抱えはある大きさのものまで。

泡の一つが、リカルドの作った土の壁を包み──次の瞬間、バァン!! と音を立てて爆ぜた。

それに呼応するかのように、小さな泡が、パチンパチンと爆ぜていく。

ヘレナはホロホロと涙を流し、慈悲深い声で告げた。

「……〈嗤う泡沫エウリュディケ〉、わたくしの代わりに嗤いなさい。そして、クソ馬鹿どもに裁きの鉄槌を」

* * *

遠隔魔術で様子を伺っていたダマーは、フレデリクの敗北に歯軋りをしていた。

結局、フレデリクの攻撃は一度もティアに届かなかったのだ。

クソが、クソが、と吐き捨てていたところで、事態は変わった。

フレデリクの攻撃の余波を喰らったヘレナが暴走したのだ。

(今しかねぇ……!)

ヘレナの攻撃を、魔法戦の結界のない状態で喰らえば──即死は免れない。

もしかしたら、他にも何人か死ぬかもしれないが、構うものか。責任は暴走したヘレナと、それを止められなかった同期二人にある。

ダマーは悪意に顔を歪めて笑い、魔法戦を維持する杭の一つに手をかけた。

これを引き抜けば、魔法戦の結界は失われ、そしてヘレナの暴走で死者が出る──あの白髪娘が、ピーチク囀る心配はもうないのだ。