軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 王妃の話

午後の陽光が大理石の床に柔らかく反射し、白陽の間には穏やかな空気が流れていた。

金の縁取りが施されたティーセットがテーブルの上に並び、香り高い紅茶と焼き菓子が用意されている。

「ねえ、お母様。今ごろあの子……悲しんでいるでしょうね」

第一王女アンナが楽しげに言いながら、カップを傾ける。

「婚約者にあんな手紙をもらってしまって……可哀想にねぇ」

第二王女エリザがくすくすと笑う。

アマーリエは、わずかに視線を落としたままカップを持ち上げた。

「……手紙?」

「ええ、レティシアに公爵様からの手紙を渡したのよ! “これは形式的な結婚だ。私は君を愛するつもりはない”っていう内容の!」

「それっぽい筆跡に仕上げるのがちょっと大変だったけどね~」

「いいアイディアだったわ」

アンナとエリザは顔を見合わせて、悪戯の成功に満足げに笑い合っている。

アマーリエは紅茶を啜りながらも、その手を止めることはなかった。

だが、内心では明らかな動揺が広がっていく。

(……あの子に、そんな手紙を?)

「レティシアの方から歩み寄るはずもないし、どうせ政略結婚だから公爵様が冷たくするなら、そのまま破談もあり得るかも?」

「そのときはまた、こっちに戻ってきてしょぼくれた顔をするのよ。ふふ、想像するだけで笑えてくるわ」

アンナが軽い調子で言えば、エリザもまるで他人事のように楽しそうに頷いた。

アマーリエは、薄く微笑みながらも、内心に沈むような感情を抱いていた。

(……そんなことを仕出かしていたのね。私の知らないうちに)

彼女はレティシアに決して優しくはなかった。

王の寵愛を受けた第二妃マルシアーナへの嫉妬。

そして、その娘に注がれるわずかな期待や関心すら、許せなかった。

娘である自分たちの立場を守るためには、レティシアが表に出ない方が都合が良かったのだ。

だから、冷たくした。庇うこともしなかった。

だが、だからといって――こんなことまでは。

(悪戯のつもりかもしれないけれど、相手は隣国のリューベルク公爵。甘く見すぎているわ)

彼女自身、外交の表舞台でその名を聞いたことは何度もある。

王宮に直接手を伸ばすことなく、静かに影響力を広げる隣国の若き公爵。

(もし、あの方が真実を知ったとき、どうなるか)

アマーリエは、無邪気に笑う娘たちを眺めながら、冷たい紅茶を飲み干した。

その視線には、母としての憂いと、今さら消せない罪の意識が混じる。

視線の先で、アンナとエリザは先ほどからずっとレティシアの話を続けている。

その表情はあまりに軽く、屈託がなく、彼女たちの年頃には似つかわしくない幼ささえ感じさせた。

(あの子がいなくなって、ようやく心穏やかに過ごせると思っていたけれど……)

だがその穏やかさの裏で、重くのしかかっているものがある。

――それは、姉妹たちの縁談がいっこうにまとまらないという事実だった。

この様子では国外には出せない。そう思って熟考している内に、ここまで来てしまった。

名門貴族との婚姻話は何度か持ち上がってはいるものの、どれも決定には至らなかった。

美貌も気位もある娘たちだが、王妃としては――どうにも不安だった。

「ねえアンナ姉さま、今度の夜会には王都でも有名な侯爵家の嫡男がいらっしゃるんですって。ご存じだった?」

エリザがカップを揺らしながら、期待に満ちた瞳を輝かせる。

「ええ、もちろんよ。身長は高くて、舞踏がとってもお上手らしいわ。私たちの誰かをお誘いになるかしらね」

「もしかして、わたしたちの美貌に一目惚れして……いきなりプロポーズなんてこともあるかも!」

「ふふっ、そうね。でもあの方だけじゃなくて、次の夜会には外遊から戻られた騎士団長のご子息も来るそうよ。たしか、髪が金色で瞳は翡翠色だったかしら。まるで物語に出てくる王子様よね」

「ええ、素敵すぎますわ! やっぱり舞踏会って夢があるわね……今度こそ、素敵な殿方がわたくしの手を取って『どうして今まで気づかなかったのだろう、君こそが運命の人だ』なんて言ってくださらないかしら」

「ええ、そして熱い視線を交わしながら、舞踏の間中ずっと腕を離さないの。ふふ、想像しただけでうっとりするわ」

「お母様もそう思われますわよね? 次の夜会で、きっとわたしたち、人生が変わるかもしれないんですもの!」

王妃アマーリエは、紅茶のカップを唇に運んだまま小さく瞬いた。

その視線の奥では、遠い国の政治情勢と、娘たちの浮ついた会話との乖離が深く突き刺さっている。

(……その子息たちにはもう婚約者がいるのよ)

時間をかけ過ぎたせいで、めぼしい相手がいない。あとは王命で無理やり縁を繋ぐしかないが……。

けれど、そんな本音を飲み込み、アマーリエは口元だけで静かに笑った。

「ええ、ええ。素敵な出会いがあると良いわね」

娘たちは、まさか母の内心など知る由もなく、「今度のドレスは薔薇の刺繍を入れてみようかしら!」などと楽しげに話し続けていた。

(この子たちは、あまりに世間を知らなすぎる。育て方を間違えたのかもしれない)

貴族社会の表と裏、外交の駆け引き、そして“他国を侮らない”という最低限の教養。

それらを軽んじるような笑い方をする彼女たちに、アマーリエは内心で舌打ちしたくなる。

アンナが無邪気に言う。

「お母様、あの子を嫁に出せて、少しは肩の荷が下りたんじゃない?」

「本当よね、レティシアなんて、いるだけで目障りだったもの!」

アマーリエは微笑んだまま、ふっと目を細める。

笑顔を崩さずにカップを持ち上げるアマーリエの目は、冷たいガラスのようだった。