軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 ガーデンパーティの来訪者

「ちょっと、わたくしたちに触らないでよ! 平民風情が無礼だわ!」

「そうよ、私たちはジークフリート殿下に会いにグランチェスターから遠路はるばる来たんですもの、もてなしてしかるべきでしょう?」

ジゼルが目を瞠り、イザベラは眉を寄せる。回廊の奥から、声と複数の足音が次第に近づいてくる。

(この声は、もしかして)

やがて南庭に姿を現したのは、派手な真紅と紫のドレスに身を包んだ二人の女だった。山ほどの宝石をぎらぎらと光らせ、凱旋するかのような堂々とした足取りで、こちらへ歩いてくる。

その背後には、見目麗しい青年従者と、揃いのドレスを纏った侍女が、十名近くもぞろぞろと付き従っている。

その姿には嫌というほど見覚えがあった。

レティシアの異母姉のアンナとエリザだ。

(お姉様たちが、どうしてこの国へ? イザベラ様の反応を見る限り、招待客ではなさそうです)

イザベラは近くの侍従に何やら指示をしている。彼女が催した茶会に、姉たちが乱入したのだと容易に想像がついた。

「ほら、ちょうどお茶会も開かれているじゃない。お誂え向きね」

第一王女アンナが、両手を広げて庭園を見渡した。

「ジークフリート様はいらっしゃらないのかしら?」

第二王女エリザがきょろきょろと目を泳がせて、首を傾げる。

「まあいいわ。きっとご公務の合間にこちらにいらっしゃるんでしょう。その時に改めてご挨拶しましょう」

勝手に納得して頷き合う姉妹の視線が、ふと、テーブルに座る面々に向けられる。

そして、レティシアと目が合った。

「あら?」

アンナが目を細めた。

「やだ、やっぱりレティシアじゃない!」

姉妹の口角が、揃って嫌な形に上がる。

「わざわざヴァルデンシュタインまで様子を見に来た甲斐があったわ」

わざとらしい笑みを浮かべ、二人はテーブルへと近づいてくる。

「お姉様がた、お久しぶりです」

レティシアは立ち上がって、淑女の礼を取る。あまりに洗練された所作に、姉妹がわずかに言葉を詰まらせた。けれどすぐに気を取り直したように、アンナがレティシアのドレスを上から下までじっくりと見回す。

「あらまあ、すっかり堂々としちゃって。だけど、ねぇレティシア。その地味なドレスは何かしら? もう少し公爵夫人らしく華やかにしないと、リューベルク公爵様にも申し訳が立たないんじゃないかしら」

含み笑いを浮かべるアンナの後ろで、エリザがふふっと声を漏らした。

「公爵様、本当にお気の毒だわ。あんな素晴らしいお方が、こんな地味でみすぼらしい妹を娶ることになって」

「ねぇレティシア。今からでも遅くないわ。グランチェスターに戻ってきてもいいんですからね。わたくしが公爵夫人になってもいいのよ」

毒のような言葉が、レティシアに降り注ぐ。心を殺して生きてきたあの頃には響かなかった姉たちの身勝手な振る舞いが、どうしても許せなかった。

(お姉様が、わたしの代わりにアルベルト様と……?)

姉たちが本気で父にお願いすれば、あの方は王命を覆すかもしれない。レティシアの代わりに、アンナをこの国へ送り込むよう決めてしまうかもしれない。

そう思うと、背筋に冷たいものが走った。

リューベルク公爵家での時間は、レティシアにとってかけがえのないものだった。あんなに温かな時間は、もう二度と訪れないと思っていたのだ。

アルベルトとの食事の時間。菜園を耕す時間。マティルダたちと話をして、ラヴィを愛でて。夜はまた安心して眠る。そのひとつひとつがレティシアにはかけがえのないものとなっている。

「……や、です」

この居場所を、アルベルトの隣を、彼女たちに理不尽に奪われたくない。

「絶対に、嫌です」

レティシアの声が、姉たちの含み笑いを断ち切った。

いつもとは違うはっきりとした声色に、アンナとエリザがわずかに目を見開く。

「わたしは、グランチェスターには戻りません」

まっすぐ姉たちを見据えるレティシアの瞳には、これまでにない強さが宿っていた。

「リューベルク家は、わたしの家です。アルベルト様もお義母様も、わたしをひとりの家族として迎えてくださいました。お屋敷の皆様も、わたしの居場所を作ってくださったのです」

声がほんのわずかに震える。けれど、レティシアは堪えて続けた。

「お姉さまがた。自国ならまだしも、他国にてこのような恥ずかしい振る舞いはおやめくださいませ。お引き取りください」

レティシアの心臓は驚くほど早く打っていた。けれど、ようやく自分の言葉で言えたという誇らしさが胸に広がっていく。

(やっと、言えました)

寂しい離宮で身を守るため、心を殺してきたあの頃の自分。姉たちの言葉を受け流すことしかできなかった自分に、レティシアはようやく別れを告げられた気がした。

場が、しんと静まり返る。

アンナとエリザは、レティシアの予想外の反撃に呆然と立ち尽くしていたが、ややあって、アンナの顔が真っ赤に染まった。

「あ、あんた……レティシアのくせに……っ!」

怒りに任せて、扇を握りしめた手を高く振り上げる。

「みすぼらしい刺繍のドレスなんか身に纏って、あんたが偉くなったつもり!?」

レティシアは反射的に身を竦めて、目を閉じた。

けれど、響くはずの乾いた音は、いつまで経っても聞こえてこない。

恐る恐る目を開けると、レティシアの前に大きな背中が立っていた。

いつの間にか戻っていたアルベルトが、アンナの手首をしっかりと掴み、レティシアを背に庇うように立っていた。その肩が上下している。

「私の妻に手を上げるとは、どういうおつもりですか、王女殿下」

声は穏やかだが、その瞳は氷のように冷たく研ぎ澄まされている。

「は、放しなさい! わ、わたくしを誰だと思っているの」

「グランチェスター王国の第一王女、アンナ殿下。それは重々承知しております」

アルベルトの声は揺るがない。

「ここはヴァルデンシュタイン王国の王宮。貴女が手を上げようとされたのは、リューベルク公爵家の現当主の妻です。その意味は、私の忠告など必要ないかと存じますが」

アンナの顔が、見る間に青ざめていく。

アルベルトはアンナの手を静かに解放し、レティシアを背に守る姿勢のまま、姉妹を見据えた。

「それに、もうひとつ。先ほどから侮蔑しておられたそのドレスだが。それは私が愛する妻に贈ったものです。そして施されている刺繍はアルメリアの伝統的な意匠だ」

愛する、妻。

アルベルトのその言葉が、レティシアの耳の奥でこだまする。心臓が大きく跳ね、頬がとても熱い。