軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 寝室にて

(もうすっかり暗くなってしまったわ)

レティシアは窓の外を見る。

窓の外には夜の帳が降り、月明かりが淡く部屋を照らしている。

レティシアは着替えを終え、鏡台の前で髪を整えていた。寝間着に着替えたばかりの彼女の表情は、どこか浮き立っている。

そのとき、扉の向こうから軽くノックが響く。

「アルベルトだ。入ってもかまわないか?」

「はい、どうぞ」

返事をすると、戸が静かに開かれた。

昼食のあと、急な呼び出しで城へ戻ったアルベルトが、先ほどようやく帰ってきたところだった。

寝間着に着替えた彼は、日中の凛とした空気とはまた違った、落ち着いた柔らかさを纏っている。

湯を浴びたのか、その黒髪は少し雫が残っている。

「おかえりなさいませ」

「ただいま。……遅くなってすまない。眠くはないか?」

「はい、大丈夫です」

レティシアが小さく微笑むと、アルベルトもほっとしたように口元を緩めた。寝台の片側に腰を下ろすと、ふうとひとつ息をついてから言葉を継ぐ。

「君に話があって。明日は、一日休みをもらった。久しぶりに、何もない日になりそうだ」

「まあ……!」

レティシアの瞳が驚きと喜びに見開かれる。

こちらに嫁いできてから初めてのことだ。アルベルトは本当によく働く。働き過ぎじゃないかしら、とも思う。

「せっかくだ。どこかに出かけよう。君の欲しいものを見に行ってもいいし、行きたい場所があれば、そこへ」

不意にそう言われて、レティシアはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふわりと笑った。

「ほしいもの……ですか」

「ああ。なんでもいい。王都にはある程度店はあるから」

レティシアはその場で考え込むように指を口元に当てる。やがて、ぽつりと呟いた。

「本……刺繍糸……あ、でも、文具店に行きたいです。手紙を書きたくて。友人ができたので」

「そうか」

レティシアが答えると、アルベルトは満足げに頷いた。どうして旦那様の方が嬉しそうなのか分からないが、それを見たレティシアも心があたたかくなる。

「ならば、明日は文具店に行こう。本屋と刺繍店にも寄ろう」

その穏やかな声に、レティシアは嬉しそうに微笑んだ。

「はい。とても楽しみです」

柔らかく弾んだ声が寝室に広がる。

そのままアルベルトが隣で眠るものと思っていたレティシアは、彼がベッドから立ち上がったことに気づいて、首を傾げた。

「……あの、旦那様? おやすみにならないのですか?」

「あ、いや。今日はこのまま、別室で休もうと思っていて。仕事も残っているし」

少しだけ目を逸らしながら、アルベルトはぎこちなくそう言った。

「えっ?」

レティシアは驚いて彼を見上げる。

「これからしばらくは、また忙しくなるから別室で眠った方が効率がいいと判断した。君の睡眠を妨げることになりかねないし……色々と……」

最後の方がゴニョゴニョしてよく聞こえなかったが、アルベルトは帰りが遅くなることでレティシアの睡眠を妨げることを心配しているらしい。

それはきっと彼なりの配慮なのだとわかっている。だが、それでも、今のこの距離がレティシアにとって心地よいものだったのもまた事実で。

だからこそ、彼が扉の方へと向かおうとしたとき、レティシアは思わず立ち上がって、彼を引き留めていた。

「で、では! せめて、お休みのご挨拶だけでもさせてください」

マティルダから教わった例のアレだ。

レティシアのその一言に、アルベルトの足が止まる。

「……」

静かに振り返った彼は、一瞬逡巡するように黙したが、やがて小さく息を吐いてレティシアのもとへと歩み寄ってきた。

目の前で立ち止まり、彼は少し身を屈める。

「レティシア、目を閉じて」

低く抑えられたその声に、レティシアは戸惑いながらも素直に従った。

そっとまぶたを閉じたその額に、やわらかなキスの感触が落ちる。あたたかく、優しい春の陽射しのような口づけだった。

それだけで終わりだと思っていた。

だが次の瞬間、アルベルトの指がそっと顎に触れ、くいと持ち上げられる。

「……っ」

(こ、これは……なにかしら!?)

心臓が跳ねた。目を閉じたままのレティシアには、何が起きているのか分からない。せめて薄目を開けようかと悩んでいたところで、

「はあ……」

大きな、けれどどこか苦しげな吐息が落ちた。

その直後、レティシアは肩にずしりとした重みを感じて目を開ける。

「え……?」

驚いて身じろぎしかけたレティシアだったが、動けなかった。アルベルトがレティシアの肩に頭を載せ、ぎゅうと抱き締めてきたからだ。

どのくらいそうしていたのか分からないが、やがてアルベルトがゆっくりと離れ、拘束も解かれた。

「……おやすみ、レティシア」

耳元に落とされた、小さくかすれた声。

レティシアは、何かを言おうとして、けれどすぐに言葉を見つけられず――

ようやく搾り出したのは、とても普通の、けれど精一杯の言葉だった。

「……あ、明日は……楽しみです」

その言葉に応えるように、アルベルトはふわりと微笑んだ。静かに扉の方へと歩き出し、そのまま部屋を後にする。

パタリと閉じられた扉を見つめながら、レティシアはひとつ息を吐いた。

――胸の奥が、きゅうっとなる。

さっきまでいたはずの温もりが、手の届かないところへ行ってしまったようで。

(もう少し、ちゃんとお話したかったです)

お昼はたくさん話せたけれど、母親の話になるとどこか歯切れが悪く、子細については教えてもらえなかった。

なんだかレティシアの農作業の話ばかりしてしまった気もするし、やり直したい。

(明日はお出かけだもの。楽しみ)

ばふりと寝台に大の字になる。

その晩の寝台は、やけに広く、そして少しだけ、寂しかった。

明日は、ラヴィを連れてこよう。そうしたら、寂しくないはずだ。

そう決意をして天蓋を見つめていたら、大変健康優良児のレティシアは、すぐに規則正しい寝息を立て始めたのだった。