軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§096 ブートキャンプ(終了)

混沌とした1日の終わり。

キャサリンは、整列している受講者の前に出た。

『諸君! 諸君らは、この辛く苦しい、ともすれば遊んでるだけなんじゃと思えるようなプログラムを、丸1日にわたってまじめに消化してきた』

彼女は自分の実感をダダ漏れにしながら、まじめな顔でそう言った。

いや、もうちょっとオブラートに包もうよ……

『しかし、時は来た! そう、諸君らの忍耐が報われる時、それは今だ!』

『最後に、そこにある”スペシャル”なドリンクを飲み干せ。そうしてそれに耐えられたなら、諸君らは栄光の結果を手にすることが出来るだろう。そして、確認のためのステータス計測が行われ、本日のプログラムは終了だ』

『耐えられたら?』

ジョシュアが、自分の寝床にムカデが這っているのを見つけたかのような顔で眉間にしわを寄せた。

キャサリンは、それをじろりと睨んだが、その口角は上がったままだった。

『嫌な予感が――』

『するな』と、サイモンが同意した。

そうして、受講者達は、最後だと言われたスペシャルな メチャ苦茶(くちゃ) を手に取ると、それに口をつけた。

『ぶふぉっ!』

一気に飲みこもうとしたメイソンが、湯気にむせた影響で、鼻から液体を吹き出すと、強烈なワサビフレーバーにのたうっている。

おそるおそる口をつけようとしたナタリーが、それをみて動きを止めた。

『おいおい、これ、飲んだら死ぬんじゃないだろうな?』

鼻を摘んで一気に飲みこんだ小麦が、目を回して倒れているのを見て、サイモンがそう言った。

『心配するな、私も気絶しそうになっただけだった』

キャサリンが、嬉しそうにそう言ってウンウンと頷いている。

『しゃ、洒落にならねぇ……』

人一倍美食家のジョシュアが尻込みをする。

『早く飲まないと効果が薄れるらしいぞ?』

キャサリンが、そう言って、さらに追い打ちをかけた。

それを聞いて顔を見あわせた3人は、一様に鼻を摘むと一気にそれを飲み干した。

大部分を吹き出したため、新しいコップをもらったメイソンは、子供の頃兄と喧嘩をして最初から負けを悟っていたときのような気分で、涙目になりながらそれを飲み干した。

ひとしきり盛大な咳き込みが聞こえた後、静かになった部屋の中には、ぐったりと床に座り込んだり倒れたりした5人が残されていた。

『よし、これで第1回ブートキャンプの全行程を終了する。各人は5分の休憩後、最後のステータス測定を受けるように。ご苦労だった!』

笑いをこらえながらそう宣言したキャサリンの声に、力なく、彼らはイエスマムと答えた。

それを見ながらスタッフルームへと移動した俺は、彼らのステータスをどうするかなと考えていた。

「凄いですね。あの時間で8ラウンドもこなしてますよ」

三好が訓練資料を見ながらそう言った。

各ステータス4ラウンドだと、キャサリンと同等の効果を考えれば、12ポイントくらいか。

「余剰はどのくらいあったんです?」

「全員150ポイントはあるな」

「先輩、いろいろと影響が大きい人達なんですから、御劔さん達みたいなことは――」

「しないしない、ちゃんと考えてるさ」

「頼みますよ?」

そうして俺は、各人の注文通りのステータスを、12~13ポイントほど上げておいた。

小麦に関しては、SPが2.97溜まっていた。つまり、今日スライムを147匹も倒したって事だ。凄いな。

とりあえずAGIを2ポイントアップさせて、行動が少しでも素早くできるようにしておいた。

そうして5分が経過する前に、俺達は元の部屋へと戻っていった。

するとそこでは、妙な顔をして、腕をぐるぐる回したり、ジャンプしたりしている4人がいた。

『お、ヨシムラ。なんだか突然体が軽くなったような感じがするんだが……』

『ああ、キャンプの効果が出たんじゃないですか?』

『こんな突然にか?!』

『最後のお茶を飲んだんでしょう? まあそれより、とりあえずステータスを計測してみませんか?』

『そうだな、じゃ、よろしく頼む』

そう言ってサイモンは測定位置に立った。

キャサリンが測定を開始すると、すぐに結果がプリンタから吐き出された。

Name: Simon Gershwin

--------

HP 113.80 -> 127.10

MP 82.80 -> 84.10

STR 45 -> 57 (+12)

VIT 46

INT 43

AGI 44 -> 57 (+13)

DEX 48

LUC 13

--------

『はぁ?! これってマジなのか?』

『え、なにがです? 計測値は正しいと思いますけど……』

『だって、お前これ……1日で1年分近い増加じゃないか?!』

成人の平均が10だとすると(サイモン達はもっと高かっただろうが)、例えばSTRなら3年で35ポイント上昇したことになる。

今日の上昇が12ポイントだとすると、確かに1年分くらいにあたる。

『うそ、ちょっと見せてよ』

ナタリーもその値を見て絶句した。

キャサリンは、うんうんわかりますと、腕組みして頷いていた。最近時々こいつが赤ベコ(*1)に見えるんだよな。

そういや、彼女も最初は散々興奮してたっけ。

『おい、俺のも測ってくれよ』とジョシュアが測定位置に立った。

すぐにキャサリンが、SMD-PROを操作して値を出力する。

Name: Joshua Rich

--------

HP 97.40 -> 98.60

MP 76.80 -> 80.40

STR 39

VIT 38

INT 38

AGI 52 -> 64 (+12)

DEX 54 -> 66 (+12)

LUC 13

--------

『マジか……って、DADの連中は全員この訓練を受けるべきなんじゃないか?』

Name: Natalie Stewart

--------

HP 91.40 -> 92.70

MP 104.40 -> 124.90

STR 35

VIT 38

INT 58 -> 70 (+12)

AGI 32 -> 45 (+13)

DEX 42

LUC 13

--------

『この結果が本当だとしたら、その通りね。それより、このプログラムって、受講料いくらなの?』

そういわれれば年始にサイモンにねじ込まれて以来、料金の話なんかしたことがなかった。

って、契約書に料金の話ってかかれてないのか?

「あー……忘れてました」

みみみ、みよしぃ~、なんという近江商人らしからぬミス。

「いや、一応書かれてますよ? ただ、料金が決まる前だったので、それは別途で指定される料金となってるんですよ。価格改定もそのほうがスムースですし」

「つまりその別途を……」

「忘れてました。けど、料金を聞かずに商品を購入して使っちゃう方もどうかと思いますけど」

「そりゃそうだ」

『効果だけ見てると、10万ドルでも安いと思うわよ』

『そんなの一般の探索者に払えっこありませんよ。せいぜい1000ドルくらいが精一杯じゃないですか?』

三好が小首をかしげながらそう言うと、ナタリーは頭痛をこらえるように目の間をもんだ。

『一応聞かせて貰うけど、収支ってどうなってんの?』

何しろ教官に25万ドルの給料が出てるのだ、普通、料金は全体のコストから割り出すものだろう。

1000ドルでは、250人教育してやっとキャサリンの給料が払えるだけだ。

このレンタルスペースの維持費とか、各種経費とか、そういった費用もバカにならないはずだ。

それはつまり、仮に週1で開催したとしても、まるっきり赤字になりそうだということを意味していた。

「どうなってんだっけ?」

「だって、先輩。これって、もともと売り上げ還元用の道楽事業ですよ?」

さすがにここで、社会批判をかわすための、とは言えないか。

「ああ、確かそうだったっけ。そりゃ、コストは度外視しててもしょうがないな」

「あんたら、でたらめね……」

日本語の会話に割り込んだナタリーが呆れたように言った。

「いや、ほら。一応、代々木攻略に手を貸すという義務が生じるから」

「そこに、あなたたちの取り分があるわけ?」

「どうだっけ?」

「いえ、とくに設定はしていませんね。あ、碑文はJDAに提出する義務がありますよ」

「バカじゃないの? それって、なにもしてないのと同じでしょ!」

まあ顧客の大部分は代々木の探索者だろうからなぁ。同じと言えば同じか。

株式会社が聞いて呆れるわよと、プリプリしてるが、株主だって俺達以外いないから、誰にも怒られようがないのだ。

『落ち着けよ、ナタリー。一体なにをもめてるんだ?』

『こいつらバカだから、訓練費用をまともに設定してなかったのよ。挙げ句の果てに1000ドルとか言ってるわけ』

『1000ドル? そりゃ不味い。やめとけ、ヨシムラ』

『なぜです? それでも普通の人にとったら充分高額ですけど』

『なら、プログラムを2種類用意して、一般と軍や警察関係は区別しとけ』

『だからなぜです?』

サイモンは呆れたようにため息をついて言った。

『お前が、数万人の訓練を行いたいっていうのなら別に止めはしないけどな』

『は?』

『もし、1000ドルなんて値段で、この効果が知られてみろ。世界中の国が日本に圧力をかけて、このプログラムに人員をねじ込んでくるぞ? 言っとくが1万ドルでも危ないからな』

『まさか』

『断言しておくが、USはやる。絶対だ』

真剣な顔をしたサイモンの発言を肯定するように、今計測を終えたメイソンが言った。

『そこは間違いないな。何しろ俺達が進言するからな』

Name: Mason Garcia

--------

HP 139.80 -> 170.00

MP 62.80

STR 55 -> 67 (+12)

VIT 58 -> 71 (+13)

INT 32

AGI 36

DEX 40

LUC 12

--------

『よし、キャシー。昨日の再戦だ』

『いいでしょう。相手になりますよ』

ステータスアップを確認したメイソンが、キャサリンを連れて、ミーティングスペースのテーブルへと向かっていった。

『いや、でも守秘義務契約があるし、効果だってばれない――』

『わけないだろ。受けたやつがみんな活躍したらモロバレだ。しかもおまえらこれからステータス計測デバイスを売りだすんだろ? 隠しようがないっつーの』

サイモンがそこに設置されている、SMD-PROを親指で指しながら言った。

『おおう』

『なあ、アズサ。こいつ賢そうに見えて、実はバカなのか?』

『日本人は、大体こんなもんですよ。ヘタに能力があると目先の問題を今ある知識と状況だけで解決しちゃいますから、大体一貫性がなくなります』

『ロボットじゃないんだから、当たり前だろ』

そう俺が自分を擁護したとき、突然ミーティングスペースから雄叫びが上がった。

何事かと振り返ると、アームレスリングに勝ったらしいメイソンが両腕を上げてガッツポーズを取っていて、負けたらしいキャサリンが、机の上に突っ伏して震えていた。

『なにやってんです、あれ?』

そうたずねる俺にサイモンが笑いながら言った。

『今朝話したろ? 昨日散々キャシーにやられたメイソンが復権した瞬間さ』

確か現在のキャサリンのSTRは61だったはずだ。

開始時のメイソンは55だったから、昨日はキャサリンがメイソンをボコボコにしてたんだっけ。

それが今やメイソンのSTRは67になったから、今度は昔同様キャサリンが負けるようになったってことか。力比べの要素が強いだけに、ステータスが、もろ結果につながるんだな。

『ヨシムラ! 私にもう一度訓練プログラムを!』

負けず嫌いなキャサリンが、がばっと顔を上げて、俺にそう言った

『え? あ、ああ。又今度な』

『ええーっ?』

お前ら全員訓練バカばっかなのかよ……

『ともかくだ、俺達の訓練費用は5万ドルってことにしとけ』

『いや、それはいくらなんでも高すぎますよ……』

『なら3万ドルだ。これ以上はまからんぞ』

『ええ?』

って、逆だろ普通。まからんってなんだよ。

「三好ぃ……」

「仕方ありません。一般の探索者以外の方は3万ドルってことにしましょう」

「ええ? 1回3万ドルですか?!」

その話を聞いて、すでに申し込みをしているらしい三代さんが驚いたように言った。

「は、払えないかも……」

募集してから料金が決まるって、なんかの法律違反になったりしないのかな……多少混乱しても、一旦リセットしたほうがいいかもな。

「なら、一般は、1回3万円くらいでいいんじゃないか? それなら気軽に受けられるだろ。ただしこちらで抽選するけどな」

「単位が違うだけで、偉い違いですね、それ」

『じゃ、次は一般で申し込もう』

俺達のやりとりをナタリーに通訳させていたサイモンが、おどけたようにそう言った。

『コース別に結果はコントロールしますよ』

さすがに3万ドルと3万円が同じ効果だとマズイだろう。

『できるのかよ?!』

あ、あれ? もしかして、やらかした?

『どんだけ先進的なプログラムなんだよ。まったくそうとは思えないが……』

彼が部屋の奥にある、各ステータスの書かれたプレートが張りつけられているドアを見ながらそう言った。

ですよねー。

『まあいい。俺達は、また明日から18層へ戻るから、そこで今回の結果を試してみる。その結果次第じゃ、後2、3回訓練して貰おうと考えてるから、その時はよろしくな』

『まあいいですけど。どうせ週3回以上は開催しないつもりですし』

『それがいい。それならいつでも臨時の訓練をねじ込めるしな、コネで』

『勘弁して下さいよ……』

俺達はお互い笑いあったが、冗談の範疇に収まらない圧力を感じた。まあ、ここまで来たら、たまになら仕方がないか。

帰り際に、ナタリーが、三好に何か話しかけていたが、どうやらデバイスの件のようだった。

あれの正式な価格もまだ決まっていないからな。決めなきゃいけないことがまた増えた瞬間だ。

三代さん達は、さっそく明日の午後から活動を開始するらしい。

開始前にうちの事務所に寄って貰うことを伝えて別れた。

外はもう暗くなりかかっている。

サイモンチームは、全員が結果に満足してくれたようで、第1回ブートキャンプは概ね成功と言っていいだろう。

懸案は、キャサリンの訓練したいしたい病が、再発したくらいだ。

俺達は、和やかに代々木を出たところで別れ、帰路についた。