軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§085 謎の言語の正体 1/6 (sun)

「『地球の同胞諸君に告ぐ』って、なにこれ? 新しい遊び?」

それを聞いた俺達は驚愕した。

「ええ?! 斎藤さん、これが読めるの?!」

「え? え? ピカドでしょ? まあちょっとだけ。一応トレッキーのはしくれだし」

は? ピカド? なんですかそれは?

トレッキー?

「……ちょっと待って。一体これって、何語なんだ?」

「え? クリンゴン語でしょ?」

「「「はぁ?!」」」

想像もしていなかった発言に、俺達は一斉に突っ込みを入れた。

「去年、ネットフリックスでディスカバリーが配信されたとき、クリンゴン語の字幕が話題になったけど、こんな文字じゃありませんでしたよ?」

「ゴーグルにもクリンゴン語のサイトがあるけど、全然違うぞ」

「ああ、それはアルファベットで発音っぽいのを表記するやつだから」

なんてこった、ラテン文字による転写以外に、文字があったのか。

「じゃあ、これはピカド?とかいうクリンゴンの文字で書かれた、クリンゴン語だってことか?」

「そだよ。誰が作ったの?」

まさかダンジョンとは言えない。

じゃあ、ダンジョンはクリンゴン人が作ったってことか? 確かに星間国家を築き上げるほど科学技術は発達しているが……って、そういう問題じゃない、そもそもあれってフィクションだろ?!

「いや、それは……まあ。で、これが翻訳できる人ってどのくらいいるんだ?」

「ネイティブ並に話せる人が20人くらいいるって、KLIの会長が言ってたのを聞いたことがあるけど」

「KLI?]

俺と鳴瀬さんは顔を見あわせた。韓国労働研究院じゃなかったのか。

「クリンゴン語学会(Klingon Language Institute)だよ」

「なるほど……」

「クリンゴン語の製作者は、マーク・オークランドさんですね。ご存命ですよ。連絡しますか?」

「翻訳するの? 簡単な翻訳だけなら、ベイング翻訳に、クリンゴン語の指定があったよ、確か」

今もあるかどうかは分からないけど、と斎藤さんが言った。

三好がすぐにアクセスして確かめると、確かにクリンゴン語がメニューに存在していた。

「さすがマイクルソフトですね」

「誰が使うんだよ、この設定」

このやりとりを聞いていた鳴瀬さんは、さりげなく立ち上がってレストルームへと移動した。

アルファベットへ転写するつもりなのだろう。

その後しばらく、斎藤さんがトレッキーになった経緯を聞いたり、ディスカバリーや、今年予定されているピカードの話などで盛り上がった後、車を呼んで彼女を見送りに出た。

「いや、斎藤さん。ホント助かったよ」

「ふふーん。ちょっとは見直したかな?」

「元から見直すようなところはないだろ?」

「うむうむ。よく分かってるようでヨカヨカ」

斎藤さんは、俺の胸をパンパンと叩いてそう言った。

俺はお礼に今回のボトルをプレゼントすることにして、呼んでおいたタクシーに積み込んだ。

「それじゃ、また、なにかったらよろしくな」

「アイアイ。次は、はるちゃんも連れてくるね」

「彼女によろしく」

そう言うと、彼女は後部座席に乗り込む前に、バルカンサリュートを決めて「長寿と繁栄を」と言って去っていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「しかし、クリンゴン語ねぇ……」

俺は事務所のドアを閉めながらそう呟いた。

ダンジョンから出た碑文にクリンゴン語が書かれていて、英語の署名がある? ますます怪しい。

「取ってきた俺ですら、誰かの悪戯だとしか思えんな……」

「取得したのがさまよえる館で、しかも最後に現れる台座の上に置かれた碑文じゃ、悪戯の可能性はゼロですよ。映像にも残ってますから幻覚でもありません。あとはダンジョンの嫌がらせって線ですかね」

「しかし、なんでわざわざそんな言語で書いたんだ?」

その時ラテン文字への転写を行っていたはずの鳴瀬さんが、バタバタと出かける準備を始めていた。

あの謎の文字の形で書かれた、あの量の文字を転写するには、いくらなんでも早過ぎる。

「用事かな?」

「碑文翻訳が終わってから、鳴瀬さん、ちょいちょい忙しそうですもんね」

資料を整理して出てきた鳴瀬さんが、俺達の会話を聞いて苦笑いした。

「今、講習に若い人達が殺到していて、急遽講習の規模や頻度を拡張しているところなんです。暇そうに見えるのか、そのお手伝いをお願いされちゃって」

殺到?

「例の食料ドロップの件ですかね?」

エクスプローラー5億人で、食料ドロップが始まる件は、各国、特に貧困地域を抱える国や人口が急増している国などで真剣に捕らえられ、国を挙げての探索者登録が進んでいるらしい。

これでドロップが発生しなかったら、元凶のうちは世界中から袋だたきにあいかねない勢いだ。

「いえ、恋人同士でパーティを組んで、テレパシーで会話をするのが目的らしいですよ」

鳴瀬さんが、ほほえましいですよねといった感じで、くすくすと笑いながらそう言った。

「なんだそれ、爆発しろ!」

「便利ですもんねー、念話。私も、今、中高生だったらきっと欲しがると思います。丁度その頃スマホが欲しかったですもん」

三好が中学に上がった頃と言えば、iPhoneが日本で発売された頃だろう。そして、ドコモがandroid端末を販売し始めた頃でもある。

ガラケーはそれなりに普及していたが、いろいろできるスマホはちょっとした憧れだったのかも知れない。

電話として利用するなら、絶対二つ折りガラケーの方が使いやすいと思っていた俺は、しばらくガラケーのままだったんだけどさ。

「そうですね。中高生でも講習を受けられるのかという問い合わせも多いようですよ」

ダンジョン協会設立前は、勝手にダンジョンへ入ってDカードを取得するということもできたが、現在では未発見ダンジョンを発見するなどと言う幸運?に見舞われない限り、それはほぼ不可能になった。

ダンジョンへ入るためには、どうしてもWDAのライセンスが必要だってことだ。

そして、オーブ利用のためにDカード取得が必要という事情があったため、建前上、WDAのライセンス取得に年齢制限は設けられていなかった。

もっとも、各国のダンジョン協会は、特例を除いて、その国の事情に併せて年齢制限を設けている。

日本だと、18歳から許可されていて、それより若い場合は保護者の同意が必要だ。全ての責任を保護者が負うなら、取得年齢に制限はない。

「そのうち、クラスLINEみたいに、クラス念話とかが出来て、試験の問題がクローズアップされそうですね」

それだけじゃない、20mがネックになるとは言え、授業中でも先生にはまったく知られずにグループ会話が出来るのだ。

あてられても答えを他人に教えて貰えるし、教育現場が一体どうなるのか想像も出来ない。

「中高生へのDカード取得が制限されるかも知れませんね」

原付免許だってNGの高校は多い。Dカードが制限されない理由はないだろう。

うちの高校も、ご多分にもれずバイクの免許はNGだった。

その規制がおかしいと、それに反発した連中は、一斉に船舶免許を取得しにいったものだ。

二級小型船舶操縦士や特殊小型船舶操縦士(水上バイクだ)は原付同様16歳から取得できるのだ。

つまり、陸上を走るバイクはダメで、水上を走るバイクはOKなのは何故か、という学校側への問いかけだったのだ。

そりゃ普通の高校に船舶免許を制限する校則はないだろう。

今にして思えば、船舶もNGと言われてしまえばそれでおしまいの短絡的な行動だったのだが、当時は結構盛り上がっていた。

「おそらく、講習を受けるために、保護者だけでなく、所属している学校長の許可が必要になるように調整されると思います」

なるほど。JDAとしては学校が許可したんだから、あとはそちらの責任で好きにしてくださいというわけか。

「さすがJDA。あざといですね」

「組織防衛とはそういうものですから」

鳴瀬さんは、明後日の方向を見ながらそう言った。

「だけど念話は、繋がってる間、流したいメッセージと、単なる思考を区別するのにちょっとした経験がいるからなぁ……」

送信をオフにする方法が分かった今は、その危険が少し小さくなったとはいえ、初心者が接続した場合、思わぬ思考が流されて、大きなトラブルになるんじゃないかと少し心配だ。

「クラス念話なんかが、本当にできたら、殺人事件が起きないか心配だよ」

「は? 殺人事件ですか? それはさすがに考えすぎでは」

鳴瀬さんが苦笑しながらそう言った。

「念話って、会話ツールじゃなくて、個々人が放送局になるようなものでしょう?」

念話は、登録しているメンバー全員に声が届く。それは会話じゃなくて放送だ。

「もしも8人でグループを作って、そのうちふたりが、残りの6人に全然関係ない会話をずっと続けてたら、きかされる方は切れますよ、たぶん」

送信がオフに出来るんだから、受信もオフにする機能があるんじゃないかとは思うが、今のところ見つかっていない。

というかうちでは不要なので探していない。

「それに、不意に漏らした思考が、いじめや破局の原因になるかもしれませんよ。JDAで念話講習とかやった方が良いんじゃないですか?」

「そうかもしれませんが、人手が……」

「よし、三好。ビジネスチャンスだぞ?」

「先輩。そんな面倒な領域に近づくのはやめて下さい。大体、ダンジョン攻略に関係ないから、うちの会社の定款から逸脱しますよ」

株式会社の定款には、その会社の事業目的が書かれている。

そこから逸脱する事業は、本来定款を変更しないと行えないのだ。ただし逸脱したからと言って法的に罰せられた事例はない(たぶん)

大抵は、事業目的を列挙した後、「上記の附帯関連する一切の事業」とつけておくものだが、学校の問題は、付帯関連ですらない可能性が高い。

「世界が突然変化すると、社会システムがそれに追いつかないなぁ……」

「それは、ホント、日々実感しています」

そこで、あんた達のせいだよという目を向けるのはやめて欲しい。

「だけど、将来はもっとヤバいかもしれないぞ?」

俺はちょっとした冗談のつもりで語り始めた。

「なんです?」

「そのうち、家族で念話を普通に使うようになったとするだろ?」

「はい」

「そこで生まれた子供は、言葉を必要とするかな?」

家庭内で全く話さずにコミュニケーションをとり続けたら、それで育った子供はどうなるだろう?

「念話でも、思考は言葉の形で行われるから、聞く方は大丈夫かも知れないけど、喋る方は訓練が足りなくなるかも知れないぞ?」

そう言うと、三好のやつが呆れたようにため息をついた。

「先輩。それ以前に、どうやって乳幼児にDカードを取得させるんですか」

「だよなー」

まったくもってその通りで、そんなシナリオはあり得ない……はずだ。

家庭内から言葉が消えて、子供が言葉を覚えないなんてことが起こらないことを祈ろう。

「芳村さん……その聞く方は大丈夫なのかもって下りですけど、もし本当にそうなったら、聞く方も危ないかも知れません」

「え? どうしてです?」

「最近SNSで見かけた情報なんですが、念話は……どうやら他国語の話者とも意思が疎通できるらしいです」

「ええ? それって、つまり――」

「念話は、ただ言葉を伝えるために音声の代わりをするだけのものじゃないってことですね」

それが福音となるか災厄となるかはわからない。外国語がダメな首脳は多い。

もしもそれが首脳同士の話に使われたりしたら? そこで、不用意に思考を漏らしたりしたら?

「やっぱり、すぐに念話の機能を調べ尽くして、訓練コースを立ち上げた方が良いんじゃありませんか? ヘタをしたら、クラス内の問題どころか、国際問題になりかねませんよ」

「上げてみます」

鳴瀬さんはそう言って、事務所を出て行った。

「……街がバベルと呼ばれる前に回帰しちゃいそうですね」(*1)

「もう一度、主が下ってくるってか?」

人間は、普通、言葉で複雑な思考をしている。

だから、英語が話せない人間に、英語の念話がやってきても内容を理解することは出来ない。そう思っていた。

なら、何故それが理解できるのか?

「もしかしたら、念話って、ダンジョンの向こう側の世界にいる誰かと、コミュニケーションを取るために用意されてるんじゃ……」

その時、三好の携帯が鳴った。

スマホに表示されていた名前は――

「中島さん?」

中島さんとは珍しいな。量産品のRC1(*2)を納めて貰って以来だが、何かトラブルでもあったのかな?

「はい、いつもお世話になっております。Dパワーズの三好です」

「はい、はい。……え? ええ、まあ、たしかに」

「……わかりました。考えておきます。はい。はい。ありがとうございました。では失礼します」

「なにかトラブルか?」

「いえ……あー、そうかもしれません」

「なんだよ?」

「ロゴとか入れる必要があるから、例のデバイスに名前をつけてください、だそうです」

名前かー……こう言っちゃなんだが、俺達にそんなセンスがあるとは思えない。

なにしろパーティ名が、ダンジョンパワーズだ。実にアホっぽい。しかもそれを気に入ってる様子まであるありさまだ。

「そりゃ、難問だな」

「ですよね」

「必殺丸投げの術は使えないのか?」

「プロモーション全体なら、広告代理店とかに丸投げできそうですけど……名前だけとなると」

「カネにならないか」

俺達は実に形而下っぽいところで、頭を抱えることになった。

その時の俺達はまだ、テレパシーを初めとするパーティ機能の検証が、ネット民の間で爆発的かつ執拗に行われ始めていることを知らなかった。