軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§074 ヒブンリークス 12/25 (tue)

2018年のクリスマスイブの深夜、東京の空には地上の明るさに負けない星々が瞬いて、放射冷却による強い冷え込みが、寄り添う恋人達の気分を盛り上げていた。

子供達の枕元にプレゼントが届けられる頃、USから行われた1件のアクセスが、その日世界を震撼させた物語の始まりを告げた。

2018年12月25日 午前0時(JST)

最初にアクセスしてきたそのユーザーは、驚いたように、あちこちのページを飛び回っていた。

「きっと、モニカですよ、これ」

三好がリアルタイムのアクセス解析を眺めながらそう言った。

俺達がこのURLを教えたのは、モニカと、昨日鳴瀬さんが報告したはずのJDAだけだ。

公開時間はどちらにも教えていないから、お役所仕事のJDAがアクセスしてくるのは、きっと夜が明けてからだろう。

すぐに俺の携帯が震え、モニカに教えた連絡先にメールが届いた。

そこには、たった一言、"AWESOME!" とだけ書かれていた。どうやら、彼女も気に入ってくれたようだ。

その数十分後には、USから大量のアクセスが発生し始めた。

モニカのアクセス先を監視していたか、そうでなければ報告を受けたDADあたりが活動を開始したのだろう。

向こうの時間は、まだ24日の昼前だ。

◇◇◇◇◇◇◇◇

そのサイトを友人からネタとして知らされた男は、あまりの内容に、思わずreddit(*1)にサブミを投稿した。

タイトルは『頭がおかしい、だが魅力的なサイトを発見した!』だ。

説明のコメントには、「製作者の苦労と想像力は並じゃないぜ! ハラルト・シュテンプケの遺稿をまとめた、"鼻行類の構造と生活"(*2)に熱狂したやつら、必見だ!」と記されていた。

そのサブミは、一瞬で大量のUVを集め、すぐにトップページの先頭まで駆け上がった。

そんな中、ひとりの男が投稿したコメントが世界を混乱にたたき込んだ。

「おい! Dカードを持ってる友人と試しにパーティを組んでみたら……信じられるか? 俺達……テレパシーが使えたんだZEEEEE!?」

そのコメントには、一瞬で何百ものコメントがリプライされた。

もちろん肯定否定の両論があったが、実際にDカードを所有している人間は、それなりにいる。それが事実だと証明されるまで、それほどの時間は掛からなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「なんだか、試験のカンニングに使えるなんて話になってますよ?」

「確かになぁ……合格確実のやつにリーダーをやらせて、同時に試験を受けたりしたら防ぐのが難しいだろう」

「受験番号をランダムに発行するくらいが精一杯ですかね?」

試験会場が別れる可能性がある訳か。完全とは言えないが、低コストで出来る対策はそれくらいだろう。

後は、試験中、WDAに登録している人物のDカードをパーティを組んでいないか確認後、預かっておくくらいだ。携帯電話方式だ。

だが携帯よりもずっとプライバシーが問題になるだろうな、この方式は。

今のところDカードを持っているかどうかは、自己申告の部分が大きい。

偶然取得して、WDAに登録していない者達を識別することは、三好の計測デバイスが普及するまでは困難だろう。

「なんだか、サイトに書かれている内容は、実は全部真実なのでは? って流れになってます」

「ダンジョンシステムのパーティ作成はインパクトがあるからな」

しかし、これのおかげで今後Dカードが頻繁に利用されるようになると、ちょっと困るのだが……

「知らない人とパーティを組まなきゃいいんじゃないですか?」

「そりゃそうか。いまさら資格試験を受けることもないだろうしな」

世界は動き始めた。

だが、俺達は、そろそろベッドで夢の世界に旅立つ頃合いだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

ダンジョン省、初代長官のカーティスは焦っていた。

代々木の攻防ではDADに後れを取り、Dパワーズなどと言うふざけた名前のチームに所属しているGランクのエクスプローラーに振り回されたあげく、オーブの落札でも良いところがなかったどころか、邪魔をしたと邪推されるありさまだ。

そうして今度は、そのチームの拠点を調査しようとしたエージェントが2名、東京から送り返されてきたのだ。

それなりの予算を費やした結果、証明できたことと言えば、自前の実働部隊が間抜けの集まりだということだけだった。

「それで?」

「例のRUから公開された部分は、ほぼ一致していました」

「これが、仮に良くできたフェイクだとしても、このサイトを作ったのは、あの資料に触れられる立場にあった者だと言うことか?」

「それが、DADからの連絡によりますと、どうやら本物のようです」

「本物?」

どういうことだ?

「RUがこのサイトを作ったとでも言うのか?」

「いえ、それはほぼあり得ないかと」

「では、我が国が? DADの連中の暴走か、そうでなければプレジデントの命令で?」

「そうでなければ、第3の誰かが、独力で翻訳したということでしょう。なにしろ、RUの資料にない文章が追加されています」

男は、The Book of Wanderersと名付けられたセクションのインデックスから、RUから発見された1枚の碑文を示した。

「そのうち、うちにもっとも関係が深そうなのは、これでしょうか」

「RU22-0012……鉱物資源についてか」

「内務省から派生したうちにとっては、最も重要な情報ですよ」

その翻訳にざっと目を走らせたカーティスは、ここしばらくの失態を挽回できるかもしれない情報に歓喜した。

「これが本当なら、本腰を入れて下層探索に力を入れる必要があるな」

「それはそうですが、ネックは……」

「マイニング、か」

「引き続き代々木を探索させますか?」

そこには、すでにマイニングが見つかっていて、代々木の20層でバナジウムがドロップしたことが記載されていた。

「この温さは、ジャパンの特質だな」

そう呟いたカーティスは、代々木の部隊に情報を集めさせ、マイニングを採取する命令書にサインした。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「それで、 同志(タヴァーリシチ) クルニコフ(*3)。このサイトで翻訳された内容は?」

クルニコフは、震えそうになる手を意識の力で押さえながら、ほぼ間違いのない内容だと、そう答えるしかなかった。

ロシアで緊急に異界言語理解を使用させられたイグナートは、無学な鉱夫出身のエクスプローラーだった。

翻訳させるためには、まず、基本的な知識から教えなければならなかったため、非常に効率が悪かった。

説明を受けた男は、RU22-0012のページを見ながら、「つまり我が国のアドバンテージは、ゼロになったと言うことかね?」と質問した。

額に汗を浮かべながら頷くクルニコフに、さらなる追撃が行われた。

「すでに3ヶ月になるが、我が国におけるマイニングの採取状況は?」

「げ、現在、土属性を持っているであろうモンスターを中心に、鋭意努力中であります」

つまりは見つかっていないと言うことだ。

「代々木はパブリックダンジョンだったかな?」

「はっ」

「では、探索チームを派遣したまえ」

そのページが正確な情報を記載ししているなら、少なくとも代々木にはマイニングが存在しているのだ。

あるのか無いのかわからないダンジョンを攻略させるよりも効率的だろう。

「RUDAを介して、JDAに連絡を入れます」

「急ぎたまえよ」

「はっ」

クルニコフは敬礼をして退出した。

一週間もしないうちに、ジェド・マロース(*4)がスネグーラチカと一緒にプレゼントを配って歩く。

せいぜい希望通りのものが貰えるように、手紙を書いておかなければ。

◇◇◇◇◇◇◇◇

トラファルガー広場では、4頭の巨大なライオンを従えた海軍の英雄が、高い塔の上で帽子から冷たい雨を滴らせながら、ウェストミンスター宮殿を見透かして、フランスをねめつけていた。

その視線の先で、国防情報参謀部内に設立されたダンジョン課の男が、コートの襟を立てて道路を横切り、ダウニング街へと入っていった。

首相官邸ネズミ捕獲長のラリーが、窓際に座って、それを、流れ落ちる水滴越しに眺めていた。

「確認しました。GB系の文章も全て翻訳されているようです」

男はコートに付いた水滴をはたいて落としながら、そう報告した。

「USが翻訳者を作ったのが今月の頭。迅速なのはいいが、外交文書ではなく、一般公開とはどういうことだ?」

「それが……USは我が国とは無関係だと、外交チャンネルを使って伝えてきました」

「じゃあ、誰があれを?」

「そのドメインやそのサイトの実際の所有者は、Azusa Miyoshiのようでした」

「だれだ、それは? 名前は日本人のようだが」

「以前報告した、オーブを取り扱うオークションハウスの責任者のようです」

「なんだと? 噂のオーブハンターか?」

「はい」

報告を受けていた男はしばらく考えていたが、

「それで、内容は事実なのか?」

結局重要なのはそれだけなのだ。誰が翻訳したのかはこの際関係がなかった。

「以前RUが発表した部分は、ほぼ一致しています」

「USはなんと?」

「確認中だそうです」

男は、チャーチル(*5)を、ダブルブレードのギロチンカッターでフラットカットすると、シガーマッチで火をつけた。

それをゆっくりと吸い込んで、優しいパンの香りのようなまろやかな煙を噛みしめた。

「トップにあった、Dカードを使ったパーティの結成は試したか?」

「試しました」

「結果は?」

「……書かれていた通りでした」

男は、灰皿にシガーを置くと、電話機を引き寄せて受話器をあげた。

モノリスのような形をした電話など、スマートとはほど遠い。男はそう考えていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

『おいおい、ヨシムラ。あれはねーだろ』

その日、代々木ダンジョンのエントランスで、俺はサイモンに捕まった。

『あれ?』

『とぼけるなよ。天国から漏れてるサイトだよ』

『ああ。でも、俺達は場所を提供しているだけですから』

それを聞いたサイモンは、はっ、と鼻で笑った。

『それに、各国と連係して落札した時点で、ステイツは情報を独り占めしようとは考えてないでしょう?』

USがあのオーブを手に入れた目的は、碑文の内容を対抗勢力に一方的に利用されないためだ。

その内容を秘匿して利益をむさぼろうと考えているなら、各国で連係したりするはずはないのだ。

『まあな。だから、翻訳が公開されたとしても、それに異を唱えることはないだろ。実際、俺達にとっちゃ、どうでもいいレベルの話だからな……』

表向きはな、と言って肩をすくめやがった。

『USも足並みが揃ってないってことですか?』

『民主主義の国には、幅広い意見が存在できるってだけの話さ。もっとも今は、どの国もそれどころじゃないだろうぜ』

ヒブンリークスのサイトには、マイニングが代々木で確認された事実しか書かれていなかったが、今朝更新されたダンジョン情報局には、それが採取された層や、対象モンスターに関する詳細も書かれていたらしい。

充分マイニングを採取する前に、パブリックな代々木での情報を公開しちゃうところが、鳴瀬さん達の凄いところだよな。政府が口を出せない建前にはなってるんだろうが、怒らないのかな?

『日本の懐の広さには恐れ入るよ。またまた世界中からエクスプローラーがやってくるな』

『対象モンスターが公開されたんだから、自国のダンジョンでもいいんじゃ?』

『あのな』

ゲノーモスは、それが見つかっているダンジョンでも、比較的深い層に棲息しているモンスターで、20層より上というのは、世界的にも類を見ない浅さなのだそうだ。

『へー』

エンカイ配置の関係なのかな?

『それに、もしかしたら自国のゲノーモスからはドロップしないかも知れないだろ?』

何しろオーブのドロップ率は低い。どうせなら、ドロップが確定している場所で狩りたいと思うのが人情だ。

宝くじを一等が当たった売り場で買いたいと思うのと、似たようなものなのだろうか。

『おかげで俺達も、これから18層詣りときたもんだ』

『入り口は結構狭いので気をつけて下さいね』

それを聞いて、サイモンがしたり顔で指摘した。

『なんだ、やっぱりお前等が行ったのか?』

『あ、いや、聞いた話ですよ。聞いた話』

『ほー』

突っ込まれるのを覚悟の上で、俺には、あと一つだけ、どうしても彼に言っておかなければならないことがあった。

『それから、ゲノーモス達がいる地下がある山の頂上には、絶対に近寄らないように』

『マップで立ち入り禁止になっていたエリアのことか?』

『そうです』

『なにがあるんだ?』

俺はサイモンに近づいて、耳打ちした。

『自衛隊の報告書は要領を得ないんですが、踏み込んだ隊員は瞬殺されたそうです。そこらのボスよりも遥かに厄介な、スペシャルな何かがいるらしいです』

『それは俺達でも?』

『死にたいですか?』

自衛隊の隊員だって、それなりの探索者だ。

それが、何も出来無いどころか、何が起こったかも分からなかったのだ。その辺の意味はサイモンならきちんと汲み取るだろう。

『いや。情報感謝する』

そう言って敬礼したサイモンは、真剣な顔で、仲間達の待つ場所へと戻っていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「局のお偉いプロデューサー様が、こんなに早い時間に一体なんなの?」

時計は12時をまわったところだ。

男は頭をぼりぼりと掻きながら、机の上からヒトコブラクダのオールドジョーが描かれたパッケージを引き寄せると、1本抜いて火をつけた。

JTに買収されたときは、トルコ葉のクセがなくなってJTのクソやろうとばかりに買わなくなったが、大分立ってから発売されたドイツ製のナチュラルボックスが多少はましだったから、またぞろ手を出してしまったのだ。

今時喫煙もどうかとは思うが、身についた悪習はなかなか直らない。最近は悪臭扱いされるからさらに困る。

電話の相手は大学の友人で、TV局へ就職した俊英だ。今は制作局のプロデューサーをやっている。

俺は、番組制作会社へ入ったあと、ヤツのコネもあって、どうにかディレクターまで出世はしたが、まあこの辺で打ち止めだ。

「それがさ、こないだやった映画の製作インタビューあったろ? ちょっと師匠で話題になったやつ」

「ああ、斎藤なんとかっていう、あれな。一応師匠らしき男の絵はとったぜ。ミッドタウンで何人かと仲良さそうだったが……だけど今スキャンダルにしちゃマズイだろ?」

何しろ、多少なりとも局が絡んだ映画のヒロインだ。

撮影も進んでいる矢先に、ヒロインをわざわざスキャンダルまみれにしようとする製作者はいない。

「いや、そうなんだけどさ。その時さ、小柄でショートボブの女、いなかった? 三好ってんだけど」

「んー、ちょっと待て」

男はごそごそとその時の取材資料を取り出して見た。

「ああ、いたな。なんか変な名前のパーティのリーダーらしいが……それが?」

「そいつ、ちょっと洗って欲しいのよ」

「はぁ? そう言うのは探偵社にでも頼めよ。うちは制作会社だぞ?」

「いやいや、ちゃんと番組の絵にしたいわけ」

そいつの話によると、昨夜公開された、とあるサイトが、ネット上でものすごく話題になっているらしい。

ドメインの所有者は、代理公開でマスクされていたけれど、どんな筋からはわからないが、その情報を提供したやつがいたらしい。

それがこの女ではないかということだった。

「で、そいつの話によるとさ、もしその女だとしたら、このお姉ちゃん、大したタマなんだわ」

曰く、一晩で何千億円も稼いだり、不可能と言われているスキルオーブのオークションをやったりしているらしい。

「それって報道局の社会部扱いじゃねーの?」

「いやいや、どうにもJDAのガードが堅くってさ。制作でかるーく飛ばし気味に扱った方が美味しいと思うんだよね」

「大丈夫かよ、それで」

「ほら、報道と違って、あら間違ってた? ごめんねーですんじゃうから、こっちなら」

流石制作局、世の中を舐めてんな。

「だが、なんでそんなやつが話題になってないんだ? ヤベーところに関わってるんじゃないだろうな?」

「今のところそんな話は聞いてないんだけどさ……とにかく、さっきの情報をさ、ちょっと取材して裏だけでも取っておいて欲しいのよ」

こいつの裏をとれは、もしもこちらの意図と違ったら、うまいこと誤解をしろと言う意味だ。

「ああ、分かった。一応やっては見るが……ちゃんとケツは持って貰えるんだろうな?」

「まあ、なるべくね。ただ、その辺は、ほら、今コンプライアンスとかうるさいからさ」

「現場の暴走で片付けられれば、それにこしたことはないってか?」

「あはは。じゃー、まあそういうことで頼んだよ」

言質をとる前に電話を切りやがった。

男は、タバコをもみ消すと、シャワーを浴びに立ち上がった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

世界一の大国を率いているその男は、楕円形の部屋で、行方不明になった後発見された船の木材から作られたデスクに座り、翻訳された碑文の中に、The RINGに関する内容が存在しないことに安堵の息を漏らした。

もしもダンジョンが、気まぐれにそのことを記したりしたら、場合によっては世界中から非難される事になりかねない。出来ることなら、それは避けたかった。

せめて、自分の任期が終わるまでは。