軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§072 クリスマス(イブイブ)の夜に。 12/23 (sun)

「斎藤さん達は、15時頃いらっしゃるそうですよ」

メールを確認した三好が、テーブルの上の芋満月をつまみながらそう言った。

「なんだか、珍しい物を食べてるな」

「スティック状のけんぴが溢れる中、スライスした芋満月は、あんまり見かけなくなっちゃいましたけど、これが中々いけるんですよ」

食べ出したらとまらないというか、なんて説明していたが、まあどうでもいい(酷)

やることもなかったので、ぼんやり聞いていたら、埼玉の島田総本家の芋せんべいにまで話が飛び火していた。

「これがまた、素朴な味というか、なんというか……」

「いや、三好。お前の芋菓子ラブは分かったから。それで何かアクションはあったのか?」

三好の鑑定は昨日JDAにも報告されたはずだ。

「いいえ。すぐに呼び出しでもかかるかと思ったんですが、土日だからですかね? 意外とJDAもお役所仕事ですよね」

「絶対ひとりでは行くなよ。俺も付いていくから」

「ありがとうございます、先輩。ちょっと格好いいですよ」

「そりゃどうも」

三好はずずずとお茶をすすった。日本茶とは珍しい……ああ?!

「おま、それ、俺のとっておき……」

「先輩、いい趣味してるとは思いますけど、お茶の賞味期限って、短いんですよ?」

日本茶は乾燥しているように見えても、3%くらいの水分を含んでいる。

開封したら、美味しくいただけるのは2週間というのは、一応常識だ。

普通は未開封でも3ヶ月が望ましい。

「最高の一番茶なのに、せめて夏前に飲んであげないと」

「わかってるよ」

「ま、特別なときに飲もうと思って仕舞っておいたら、飲み頃を逸しちゃったってのも、先輩ぽいですけどね」

「どうせ、俺は小心者だよ。それ、俺にも煎れてくれ」

「はいはい」

女の子も似たようなもんですよ? なんていいながら、お湯を沸かしなおしている。

大きなお世話だ。

「昨夜の話といえば……」

「ん?」

「鳴瀬さんには言いませんでしたが、本当はもっとシリアスな問題があるんですよね」

「なんだ? 三好がシリアスなんて言うのは珍しいな」

「あのデバイス、Dカードを持っている人とそうでない人を明確に区別するんです」

「区別?」

「Dカードを取得していないと、ある値が常にゼロになるんです」

「それが?」

「なんだか人類を二分しちゃいそうな気がしませんか?」

旧人類vs新人類の争いは、SFドラマじゃ定番ネタだ。

大抵、新人類は超人で数が少なく、迫害されることも多い。

「生まれるときは100%旧人類だし、旧人類はいつでもDカードを取得して新人類になれるわけだから、そんな争いは起きようがない気がするけどな」

「先輩、他人がお肉を食べるかどうかで、狂ったように争えるのが人間なんですよ? ステータスによる強化が広く知られれば、その是非を巡って何が起こるかわかりません」

三好は急須を保温機の上に置いた。

お茶のポリフェノールが溶け出す温度は大体60度くらいだ。アミノ酸は50度前後から溶解するので、60度弱をずっとキープすれば、美味しいお茶を美味しくいただけると、そういうことだろう。

「しかもこの場合、新人類は、決して旧人類に戻ることが出来ません。原理主義者に言わせれば、改宗が不可能なら――」

「抹殺しちゃえってか?」

「――そんな話、歴史上にいくらでも転がってますからね」

いくらなんでも考えすぎだとは思う。

思うが、人はナチュラルが好きだからな。日本人は特に。

多分影響はスポーツ界から現れるだろう。ダンジョンがドーピングとみなされるか、Dカードの有無で階級を分けるか、はたまたそれ以外か。

今はまだ、はっきりと数値になっていないから、高地訓練と同程度の位置づけに過ぎないが、今後どうなるかは、わからない。

「そんなに心配なら、その部分は表示しなきゃいいさ」

「それができません」

「は?」

「あのデバイス、Dカードを持っていない人からは、ステータスが取得できないんです」

それは……なんというか……

「『戦闘力…たったの5か…ゴミめ…』遊びの可能性が減って良かったな」

確かにそうですね、と三好は笑った。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「師匠、師匠! なんだかサンタが集団でつるされてた!」

サンタツリーを見てきた、斎藤さんが、鼻息も荒くそう報告してきた。

その言い方だと、なんだか集団で処刑されたみたいだぞ。

「ちょっと、そんな感じの所もあるんだって」

「テルテルボーズが集団でつるされてると、確かにちょっと怖いですよね」

でも可愛かったですよと、御劔さんがフォローした。

俺達は、今、東京ミッドタウンのイルミネーション鑑賞ルートに来ている。

何でこんな事になったのか、話せば長くなるのだが……

ふたりが事務所を訪れたのは、丁度15時を過ぎた頃だった。

食事は18時30分から予約してあるそうなので、丁度3時間ほど微妙な空きが出来たのだ。

さっきまでぱらついていた冷たい雨があがって、小康状態になっているのを見て、三好が、ミッドタウンへ行こうと言い出した。

「クリスマスのミッドタウン? 自殺行為だろ」

「食事するところまですぐですし、クリスマスっぽいですし、天気も余り良くないからきっと人も少ないでしょうし、ちょうど紹介されたことですし」

「誰に?」

どうやら、こないだアーシャへのプレゼントを買った宝石店から手紙を貰って、それに協賛としてイベントやってますみたいな話がちらっと出ていたらしかった。

「宝飾関係ってマメだな」

「やはり人的繋がりが、ひじょーに重要な業界ですからね」

それで調べてみたら、クリスマスイベントっぽいし、時間つぶしに丁度良さそうだと思ったのだそうだ。

雨も小康状態になっているし、まあちょっとくらいなら良いかとおもった俺達がバカだった、結果は――

「人また人で、イルミネーションというより、ヘルミネーションって感じだぞ?」

「おかしいですねー、18時過ぎたら大混雑だから、夕方日が落ちた直後くらいがいいって聞いてたんですが」

「それって、20日以前の話じゃない?」と、斎藤さんが突っ込んだ。

「え、ほんとに?」

「この状況が本当だと告げてるだろうが」

「まあまあ、人混みも楽しむのが、東京のクリスマスってものですよ」

それはクリスマスじゃなくて、クルシミマスだ。

人の流れに沿って移動していると、突然光が落ちて、広場に青い光が広がった。

わーっという歓声がまわりから上がる。確かにそれは美しかった。

「青い光が地面に広がる様子って、ちょっとポランの広場っぽいな」

俺がそう呟くと、隣でそれを聞いていた御劔さんが、戯曲の一節を口ずさんだ。

「ツメクサの花が灯す小さなあかりは、いよいよ数を増し、その香りは空気いっぱいだ」(*1)

「そうそう」

演出だろうか、流れ星のように光が駆け回っている。

「先輩、だけど、あれは夏祭りですよ?」

「ツメクサの灯りに照らされて、銀河の微光に洗われながら、愉快に歌いあかせるなら、細かいことは気にならないんだよ」

「戯曲版ですねー。謎のキャッツホヰスカアが出てくる」

三好の言葉に、斎藤さんが反応した。

「ベンソンオーケストラオブシカゴってバンドの曲だって、演劇の先生が言ってたよ。The Cats Whiskers」

「へー」

というか、斎藤さん、ちゃんと演劇の勉強とかしてるのか。いや、あたりまえだけど、なんだか新鮮だ。

「賢治はそういうの多いよな。俺は未だに、カンヤヒャウ問題が何か知らない」

「宮澤賢治語彙辞典に載ってるのでは」

「たぶんな。だけどあれ、四六判で1000ページ以上あるからなぁ……ああいう本こそ電子書籍にして欲しいよ」

派手な光の演出がクライマックスを迎えて、全ての照明が落ち、もう一度、徐々に青い光が広がっていった。

もうそろそろ演出も終わりが近いのだろう。

ふと隣を見ると、御劔さんがこっちを見ていた。

「どうしたの?」

「芳村さん。一昨日、何かしたでしょう?」

「え?」

思い出すまでもなく、それはSPを振り分けた日のことだろう。

御劔さんは、じっとこちらを見つめていたが、イベントの終わりと共に、小さく呟いた。

「クリスマスプレゼントだと思っておきます。ありがとうございました」

「あ、うん」

俺は否定も肯定も出来ずに、人の流れに押されて、順路を進んでいった。

「ねえねえ、三好さん。ご飯って何処いくの?」

「今日は三田ですよ」

「三田? 三好のことだから、ダジュール・カラントサンクだと思ってたよ」

俺は、リッツカールトンを見上げながら言った。

ダジュール 45(カラントサンク) は、リッツカールトンのメインダイニングだ。

「確かにロケーションは最高ですよ? この時間なら、最後の残照が闇に溶けて、都会のランドスケープが自らの光で浮かび上がります。目の前には崎宮シェフのステキドレッセ。味もムードもバッチリです!」

そこでがくっと肩を落として悲しそうな顔をする。最近ちょっと演技過剰だぞ。

「だけどね、先輩。クリスマスのダジュールに行けるのは幸せな恋人達だけなのです。それ以外はお断り! 主に精神的に」

たしかに、あの席配置で、まわり中ラブラブに囲まれたら砂糖を吐き出す自信がある。ていうか、浮いて仕方がないに違いない。

三好は芝居がかったポーズでホテルを見上げながら、舞台の上のように台詞を続けた。

「我々は楽園を追われたアダムとイブのごとく、お前等入ってくんなと正門の上で 揮(ふる) われる炎の剣を見上げながら、とぼとぼと45階から手に手を取って下りていくしかないのですよ、今日のところは」(*2)

斎藤さんと御劔さんが、その有様をくすくす笑いながら見ている。

「さしずめケルビンが 揮(ふる) うのは、満席のサインか?」

「そう、予約なんかとれっこありません! キャンセルも出ません! バブルは20年以上も前に終わってるのにですよ?」

「じゃあ、ゴールデンヒル?」

斎藤さんが俺と三好の間で、両方の腕を取って、話に割り込んだ。

ゴールデンヒルは三田の老舗フレンチで、シェフは日本フレンチ界の重鎮だ。

ちっちっち、と人差し指を振りながら、三好がそれを否定した。

「いいですか? クリスマスのフレンチなんて、何処に行ってもスペシャルな雰囲気メニューで、素材は大体みんな同じ、料理も大抵似通っちゃいます(暴言)そしてお値段は日頃の大体1.5倍!(事実)」

「だから和食! クリスマスは和食なのです! 今日は 晴川(せいせん) さんです。御店主の本山さんが笑顔の凄いいい人で、この時期のとろけるようなアンキモや、蟹の炊き込みご飯は絶品ですよ!」

アーシャと行った、ないとうのも良かったですけど、少し時期が早かったですからね、と三好が舌なめずりした。

「へー。はるちゃんは蟹が大好きなんだよ。松葉ガニを食べに連れていって貰ったときは、ずっと無言で掘り続けてたもんね」

「あ、あれは若気の至りってやつですから」

斎藤さんが、1歩後ろを歩いている御劔さんを弄って言った。

「そういや、斎藤さん。どんな役なのか聞いてなかったな」

「映画? えーっとね、とある香港のホテルを舞台にした、詐欺師の3人組の話。3人のひとりが女でヒロインだよ」

詳しいストーリーは言えないけど、と彼女は言った。

そりゃ、発表前の台本は機密扱いだろう。

「詐欺師役? うん、ぴったりだな」

「なんでよー。こんなに素直で可憐なのに」

だから、そういうところが。

俺は三好と俺の腕を取って体を預けている彼女に、小さな箱を差し出して言った。

「じゃあ、これ。おめでとう」

「え? え? 主役祝い?」

「そう。これで約束は果たしたからね」

「なになに? 開けてもいい?」

「そりゃいいけども、歩きながら?」

「誰も気にしやしないって」

そういって、丁寧に包装紙を剥がした斎藤さんが、ケースの蓋をカコンと開けた。

「え、これって……」

そこにあったのは紫色をした石のついたピアスだった。

さすがにリングは贈れないし、チョーカーやペンダントは石が大きくなりそうだったから、無難に御劔さんと部位を揃えたのだ。

「なんか光の当たる角度によって、色が変わって見える石らしくって、そういうところが、斎藤さんっぽいかなって」

「え、それって、アレキサンドライト?」

「あー、なんかそんな、昔の図書館があったエジプトの都市みたいな名前の」

なんで斎藤さんが固まってるんだろうと思っていると、三好がため息をついて教えてくれた。

「先輩……アレキサンドライトの石言葉って知ってます?」

石言葉? なんだそれ。花言葉もよく知らない俺にそんなこときくなよ。

「いいや?」

「アレキサンドライトには、『秘めた想い』ってのがあるんですよ」

「はぁ?」

どこのどいつだよ、そんな意味不明な意味をくっつけたのは。

「あー、はいはい。今のでよく分かりました。まあまあ良い趣味のデザインだし? ありがたく頂きます、師匠!」

「あ、ああ。まあ、頑張ってな」

それを持ってすすすーっと御劔さんの所へ移動した斎藤さんが、こっそりと何かを耳打ちしていた。

「安心した? はるちゃん」

「え? え? 安心て、そんな……」

俺達の乗ったタクシーは、外苑東通りから飯倉片町の交差点を右折して麻布通りに入り、三の橋を左に折れた。そうしたらすぐに、晴川の灯籠が見えてくる。

アンキモも氷見ブリも確かに美味しかったが、御劔さんが一番嬉しそうだったのは、越前ガニのクリームコロッケだった。