軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§068 農業試験への遠い道のりと新たなトラブル? 12/15 (sat)

「それで、鳴瀬さん。うちからもちょっと、ご相談があるんですが」

「え?」

鳴瀬さんはそれを聞いて、眉をひそめると同時に少し身構えた。

なにしろ最近の相談は、異界言語翻訳者になれだの、ヘルハウンドの鑑札がどうだの、とんでもない話ばかりだったもんな。

「そんなに身構えないで下さいよ。実は代々木2層の土地を利用したいんですが、どこに許可を取ればいいのかと思いまして」

「土地の利用ですか? 一体何を?」

「小さな畑を作りたいんです」

「はい?」

◇◇◇◇◇◇◇◇

世界にダンジョンが現れた当初、その所有権は各国において対応が別れた。

日本の場合は、民法第二百四十二条によって、その土地の所有者のものだと考えられた。不動産に従として付合しているとみなされたわけだ。

しかしその後、ダンジョン内部が現実の土地にあるとは言えない状態であることがわかると、不動産に従として付合しているのは入り口だけだとみなされるようになった。

そのため、ダンジョン内部の所有権は宙に浮いた。

もしもそれを日本国内だとみなせば、民法第二百三十九条の2項が適用されて国庫に帰属することになるのだが、誰にもそこが日本であると断定することは出来なかった。

無主地だとすれば、国際法に従って、他国のダンジョンでも、それを 先占(せんせん) することで内部の土地の所有を主張できるのではないかという意見もあったが、それぞれのフロアが同一の領域にあるとは言い難いダンジョンに対して、その全フロアで実効的先占のための権力を設けることなど、誰にもできはしなかった。

結果として、ダンジョン内部の所有権を主張することは誰にもできなかったのだ。

それはつまり、ダンジョン内における経済活動に対して、税金を発生させることができないということを意味した。

法的な処遇に困り果てた各国は、管理機構を作って権利を譲渡することで体裁を整えた。

現在では、WDAが一括してダンジョン内の権利を保有、各国のDAがその国に入り口のあるダンジョンを管理し、各入り口国に対して、利用や管理のための権利を貸与していた。

なお、入り口付近の土地に関しては、日本の場合、ほぼ国の所有になっていた。

ほとんどの土地所有者が、入り口部分の土地の売却、または収用に応じたからだ。

それは、ダンジョンからモンスターが溢れた際、入り口がある土地所有者に、無過失責任(*1)が適用されることになったためだった。

いずれにしても、「現在」代々木ダンジョン内については、概ね日本の法律が適用されている。

だから、民法第二百三十九条が、ドロップアイテムが自分のものだと主張できる法的根拠になっているわけだ。(*2)

20年間ダンジョン内のどこかに定住すれば、その場所が自分のものになるかどうかは誰も争ったことがないので不透明だが。(*3)

ダンジョンが出来てまだ3年。月の土地同様、これから法整備が進んでいくのだろう。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「畑って、そんなもの作ってどうするんです?」

「実験ですね。あんまり人の来そうにない場所に、モンスターよけの柵でも作ろうと思うんですけど」

2層は天井がない。上は空なのだ。

何しろ夜には星が出る。ロケットでも飛ばしたらそのまま宇宙空間に出てしまいそうなものだが、最初に探索した自衛隊が、ドローンを上空に飛ばしたところ、ある一定の高さより上には上がれなかったそうだ。

何かにぶつかったわけではなく、空気の薄さによるドローンの能力不足でもなかった。ただ、上昇しているにも関わらず高度が変わらなかったらしい。

因みにオープン空間のフロアには、代々木の1層みたいな行き止まりの壁がない。

じゃあどこまでも広いのかと言えば、そんなことはなく、端まで行くと、別の場所の端にでるのだそうだ。たぶん反対側だろう。つまり空間的に閉じているらしい。

代々木の2層はこれのせいで、最初のマッピング時に何十キロも広さがあると勘違いされたようだ。

もしかしたら、上空もそうなっているのかもしれないが、なんにしても天井が見つかっていないことだけは確かだった。

だから、スライム対策は、なんとかビームの浅い 堀(ほり) で、ゴブリン対策は丈夫な高い塀で、なんとかなるはずだ。

「許可を出せるとしたら、JDAのダンジョン管理部だと思いますけど……前例がないので今すぐにはわかりません。調べておきますね」

「よろしくお願いします」

「なにか、専任管理監っぽい仕事じゃないですか? これ」

翻訳を登録していた三好が、モニタの向こうからそう言った。

「あ、そういわれればそうですね!」

いや、翻訳だって充分ダンジョン管理部の仕事っぽいけど……専任管理監ぽくはないのか。

「しかし、頼んでおいてなんだけど、ダンジョン利用に関する許可が、個人やパーティに下りるかな?」

「それは平気じゃないですか?」

俺が心配そうに言うと、三好が何でもないことのように肯定した。

「だって、先輩。これから深部に潜るパーティは、その拠点をダンジョン内に作らざるを得ないと思いますけど、その許可をいちいち書面でJDAに提出してお伺いを立てないといけないなんて、ちょっと無理がありませんか?」

それはそうだ。探索中に良さそうな場所を見つけて、すぐにそれを作るだろう。

その拠点が、永続的、または充分に長い期間存在するものだとしたら、ダンジョン内の土地のパーティによる占有にあたる。

禁止したりしたら、古い刑事物の映画のごとく「事件は現場で起きているんだ!」と、なじられかねない。

「確かにそうですけど、明らかに必要性の認められない浅層の土地利用に関しては、やはり許可が必要になると思いますよ」

鳴瀬さんが難しい顔をしていった。

「許可なしで、拠点OKが前面にでちゃうと、勝手に2層に別荘を建てちゃう人がいるかも知れません」

木材や板をバラして持ち込んで、 2x4(ツーバイフォー) であっさり組み立てるやつが……でないとは限らないか。

放置してれば、スライムにこわされるだろうけど。

「それに、セーフエリアのこともありますし」

確かにJDAだけでセーフエリアの開発を行うのは難しいだろう。ダンジョンの中だけに、探索者の協力は不可欠だし、意味的にも規模的にも企業が協賛を申し入れてくることは間違いない。

言ってみればISS(*4)みたいなものだ。あっちは大赤字らしいが、32層以降のセーフエリアに作られる拠点は、50層の金を始めとする、周辺の金属資源を集積するというだけで黒字になる可能性がある。

「プロ層にある、セーフエリア以外の探索者による小さな拠点は無許可で認めるが、大規模な拠点や、アマ層の占有などは許可が必要、ってことですか」

「そのあたりに落ち着くと思います。それで、この利用というのは営利目的なんですか?」

んー? そう聞かれると難しいな。

「三好。お前この実験が成功したら、それで儲けるつもりがあるのか?」

「儲けるとしたら知的財産権とかですか? 食糧支援NPOあたりには無償で公開したいですけど、穀物メジャーあたりが真似するならガッツリいただきたいですよね」

「なんだか微妙そうだから、この際、営利目的ってことにしておいてください」

「わかりました」

「先輩。良い機会ですから、会社つくっときましょうか」

「ダンジョン攻略を活動分野にするNPO法人あたりが相応しいかと思っていたんだが」

「NPO法人は、設立まで3ヶ月以上かかりますよ?」

「マジ?」

「会社の話が出たときに、司法書士の先生に聞きましたから、間違いありません」

今時、株式会社なら10日もかからず設立できるのになぁ。

「それに、10人以上の社員と、3名以上の理事、それに1名の監事が必要です」

「なんと。株式会社も取締役が3人だっけ?」

「新会社法で、1名でもOKになったそうです。その場合取締役会はなしで、全部株主総会で決めるそうです」

「ならまあ、とりあえず、株式会社で良いか」

「了解です。発起人は私で良いですか?」

「もちろんだ。というわけで、鳴瀬さん」

「はい」

「とりあえずは、パーティか、三好の商業ライセンスで(なにせSだからね)許可を申請してみて下さい。法人格が必要だと言うことでしたら、あとで法人を用意しますから」

「分かりました、面積は小さくても?」

「そうですね。当面10坪もあれば。場所も人の来なさそうな、僻地の平地で結構です」

「了解です。申請してみます」

「この実験がうまく言ったら、世界がひっくり返りますよとハッタリをカマしておいて下さい」

三好がガッツポーズでアピールした。

苦笑する鳴瀬さんに、俺は、「まあ、ほどほどに、がんばります」と、苦笑で同意した。

しかし、ダンジョン内の土地を借りるだけで、この面倒さ。2層の奥地で、こっそり小さな畑を無断で作った方が早かったかもなぁ……

そう考えながら、ソファーに深く腰掛けたところで電話が振動した。

「ん? 御劔さん?」

おれは不思議に思いながらボタンを押して電話をつないだ。

「はい」

「あ、師匠?」

師匠? って、あ、斎藤さんか、この声。

「斎藤さん? 何だよ、師匠って。で、御劔さんの電話なんかでどうしたのさ。珍しいね」

「ちょーっと、芳村さんに謝らないといけないことがあってさ」

「謝る?」

「実はさ、私、こんど主役をやることになったんだけど――」

彼女の話によると、どうやら来年公開される映画のヒロインをやらせて貰えることになったらしい。

TVドラマと違って、キャスティングプロデューサーや監督の意向が強く反映される映画は、知名度があまりなくても気に入られれば抜擢される可能性が高いから狙ってたんだとか。

「そりゃすごい。じゃ、件のお祝いの確認?」

「プレゼントの催促なんかするわけないでしょ! あ、いや、ちょっとは欲しいけどさ」

「んじゃなんなの?」

どうも要領を得ないな。

「あのね、その映画の製作発表会で、インタビューを受けたんだけど、そのときに最近の演技力の向上について聞かれたわけ」

彼女達のダンジョン通いは一部で知られていたから、それとの関係も聞かれたらしい。ま、ちょっとした、ヒロインの変わった趣味の話題、程度のつもりだったようだ。

しかし、まさかそこで、ダンジョンでスライムを叩き続けてましたとは言えなかったので、つい『師匠に教えを受けていた』と漏らしちゃったらしい。

「いや、みんながそれに食いついちゃってさー」

「はぁ?」

いや、食いついちゃってじゃないよ。何言ってくれちゃってんの。

「そ、それで?」

「謎の師匠は誰だって、TV界隈が色めき立ってるのよ」

「なぜ?!」

「自慢じゃないけど、2ヶ月くらい前までは、演技もフツーで、ほとんど無名だったんだよ、私。そんなちょっと可愛いだけだった女優の卵が、たった2ヶ月でめきめきと力を付けて、主役にまで抜擢されたら目立つに決まってるでしょ」

まあ、それは確かにその通りかもしれないけれど……

「その私の躍進の影に師匠がいたんだよ? そりゃー、その教えを受けたいって子が一杯いるに決まってるでしょ」

「決まってないから!」

「いやもう、はるちゃんにめちゃめちゃ怒られちゃってさー。今も隣で睨んでるの。で、電話したわけ、ごめんねー」

いや、悪気がないのはわかるよ。わかるんだけどね。

「そのインタビューって生?」

「んーん。TVのは録画」

「じゃあ、カットされてることを祈ってる」

「そう? 無理だと思うけど。オンエアはね――」

そうして、斎藤さんはオンエアされるチャンネルと日時を言って、もう一度謝ると、電話を切った。