軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§064 ファーストクイーン 12/11 (tue)

「「うわー」」

18層に降りた俺達は、その風景に圧倒された。

黒っぽい大地の上に大きな岩がゴロゴロと転がる荒涼とした風景が広がり、鋭く切り立った崖の下には、何処までも雲海が広がっていた。

「まさか、あの雲海の下までダンジョンが広がってるんじゃないだろうな」

「見た目、何十キロもありそうですけど」

「この層のマップってどうなってるんだ?」

「それが、完成していません」

下り階段を見つけるために、この位置から螺旋状に調査されていたが、下り階段の発見と共に調査隊は下層へと移り、その外側はほとんど調査されていないらしい。

足下遥かに広がる雲海と、その下に降りていけそうな崩れた斜面を見ながら、俺はため息をついた。

「なるほど、気持ちはわかる」

見た目、果てが見えないもん。見通しが良いだけに、余計くじけそうになるだろう。

上を見上げると、鋭く尖った 氷食尖峰(ひょうしょくせんぽう) がそこにあった。

いくつかのピークが並び立ち、一際大きなピークは、アルミニウムの穴に水銀を入れて立ち上がらせたアマルガムのように迫り上がっていた。

俺は、足下の黒い岩を、こつんとつま先で蹴飛ばした。

「玄武岩か」

三好がこくんと頷くと、上を見上げながら「確かにケニア山ですね、あれは」と言った。

最初にこの地を探検した自衛隊の部隊にクライマーがいた。彼はこの山を見て、バティアン峰 (*1)だと言ったらしい。その後の山頂付近の調査は、その隊員が中心になったということだ。

「雲海の下はあまり調査されていないのに、より面倒くさそうな山頂方向の調査が行き届いているのは、それが原因か」

「もしも探索中に抜け出して登頂していたり、その罰が28日間の謹慎だったりしたら伝説なんですけどね」

「なんだそれ?」

ケニア山のいくつかあるピークの内、レナナ峰の初登頂は、第二次世界大戦中に3人のイタリア人によって成し遂げられたが、彼らはイギリス軍の捕虜だったそうだ。

それがあろうことか脱走して山を登り、下山後に収容所に戻ったのだとか。その結果28日間独房に入れられたんだとか。

「俺たちは天使じゃない、かよ」

「まあ、脱走したけど戻っちゃうところはその通りです。正直、あの映画は、ちょっと許せませんけど」

「なんでよ。1955版は良い感じのクリスマス映画じゃん。『素晴らしき哉、人生!』や『三十四丁目の奇蹟』よりも、俺は好きだぞ?」

「いいですか、先輩。クリスマスディナーの後、後ですよ? ディケムの1888がほとんど全部! 3/4以上残ってるんですよ?! あの時点でもたぶん30年物! 主人公と同じ歳ですから」

それを聞いた俺は、呆れながら言った。

「お前はちょっと映画を見る視点を変えた方が良いぞ」

戦争の犬たちを見て、クリストファー・ウォーケンがパクられるグレンフィデックを気にするやつはいても、ラストの兵士達が飲んでいるシャンパーニュの銘柄を気にするのはこいつだけだ。

映画の感想が「意外とまともなグラスで飲んでますよね。普通ラッパとかしちゃう場面な気がしますけど」だからな。

それにしても、脱走して登山とは物好きな。

もちろんここでそんなことをやったら、すぐに魔物にかこまれて命を落としかねないが。

「それにしても、なんで山頂付近が空欄になってるんだ?」

俺は手元のマップを見ながらそう言った。

そこまで行ったら登頂するのがクライマーの性なんじゃないかと思うんだけど……マップの山頂部分には進入禁止エリアのマークが付いているだけで、空欄だった。

「鳴瀬さんから頂いた資料だと、山頂に何かいるらしいです」

「何か?」

そう言って、三好はタブレットを取り出して、該当資料を見せてくれた。

そこでは、最初に登頂を目指した自衛隊員3名のうち、ふたりが、そのエリアに入ったとたん2階級昇任していた。

「これって……こないだのヘカテみたいなユニークか?」

「かもしれません。伝承だと神さまですね」

なにしろキリンヤガですから、と、三好がうそぶいた。

ケニア山を、原住民のキクユ人達はキリンヤガと呼んでいる。意味はずばり「神の山」だ。マイク=レズニックの小説で読んだことがある。

「山頂には、エンカイっていう太陽の神さまが、黄金の椅子に座っているそうですよ」

「神さまねぇ……」

「しかもエンカイは、地元の言葉だと、ンガイですよ。先輩、ニャル様が出そうですよ?」

「もしもそこが、ウィスコンシン州の北部の森ならな」

ンガイは、ニャルラトテップが拠点にしていた森の名前でウィスコンシン州の北部にあったとされている。

もちろんエンカイとは何の関係もない。

「このダンジョン、語呂遊びが洒落になりませんからね」

確かにそうかもしれない。ウィザードリィの昔から、洋ゲーのRPGは言葉遊びだらけだもんな。

「もし18層にニャル様が出たら、逃げ帰って布団を被って、もう二度とダンジョン様には逆らわないようにするよ」

俺は笑いながらそう言うと、バティアンを見上げた。

「冗談はともかく、洞窟は、あのピーク、通称バティアンの麓にあるらしいですよ」

「よし、そんな恐ろしげなものが潜んでいる山頂の探検は、どこかの誰かにまかせておいて、俺達はこそこそと麓に挑むぞ」

「なーんか、フラグっぽいですけどね」

三好の嫌な台詞を合図に、俺達はゲノーモス達の待つ地下洞窟へと歩き始めた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「しかし、ホントにここにも探索者がいないな。鳴瀬さんの言ったとおりだ」

「1層といい、10層といい……最近すっかり、人気のない層ばかりに縁がある感じです」

「そこは、ラッキーだと思おうぜ」

アルプスアイベックスのようなモンスターや、歩く高山植物みたいなモンスターを倒しながら、俺達は、2時間ほどで地下洞窟の入り口だと思われる場所へと辿り着いた。

幸いこの層でも、俺達の攻撃手段はそのまま通用した。

その場所は、少し大きめのガマ(*2)の入り口のような場所だった。

もっと大きな入り口があるのかと思っていたが、意外ともいえるサイズに俺は驚いていた。

「こんな洞窟、よく見つけたもんだな」

「というか、よく入ろうと思いましたよね、ここへ」

「さっきのクライマー隊員みたいに、ケイビング大好きなケイブマニアとかがいたのかもな」

「日本ケイビング連盟とか、日本洞窟学会とかあるらしいですからねぇ」

「マジデスカ」

「ダンジョンが出来たとき、クローズアップされてましたよ」

「そうか、ダンジョンも洞窟っちゃー、洞窟なのか」

ダンジョンが出来る以前から、いろんな大学に、探検部だの地底研究部だの、果ては洞窟研究会などと言う組織まであったみたいだからな。

もっとも最後のは山口大学だから、本来は秋芳洞の研究会だったんだろう。ダンジョンが出来たときに、そういった専門家?たちがマスコミにかり出されていたっけ。

ヘッドライトをつけたヘルメットを被って入り口をくぐると、そこは、結構細い、溶岩洞窟っぽい場所だった。

「巨大な溶岩樹型ですかね、これ」

ああ、そういえば玄武岩質だ。

玄武岩質の溶岩は粘性が低い。だから、この山が活火山だった頃に出来たんだとしたら、その可能性は高いだろう。

「奧にはツチグモがいて、 非時(ときじく) の花が咲いていそうだ」

諸星先生の、稗田礼二郎のシリーズには、富士の溶岩樹型を通って、 非時(ときじく) の花を見つけちゃう話があるのだ。

しかし、道はまさにそんな感じだった。しばらく先で洞窟が広がるまでは。

視界が開けたとき、俺はぽかんとそれを見ていた。

「三好……すまん。これはどう見ても……人工洞窟だ」

「ですよね」

突然広がった空間で、俺達は、出会ったものの、あまりの荘厳さに開いた口がふさがらなかった。

それは、明らかに人為的に作られた地下の神殿前の広場だったのだ。

そこここに点在している水晶のような物質と、光を発する地衣類のようなもののおかげで、地下だというのに薄ぼんやりと明るかった。

「先輩、あの石、放射線を発してたりしませんよね」

たしかに、キュリー夫人の伝記にある、精製されたラジウムが青い光を放つシーンを彷彿とさせる光景だ。

「いや、ラジウムはあんなに明るくないと思うぞ」

注意勧告も出ていないし、超回復を信じて触ってみたが、とくに火傷もおこりそうにない。

ただの淡い光だと考えてもよさそうだった。

見上げれば、重く重厚な石柱を軽快に見せる細かな装飾。尖頭アーチや、フライングバットレス様のものも散見される。

時代が混じっているようだが、全体的に見れば、ゴシック様式に近いだろうか。

「先輩。ゲノーモスって、モンスターなんですよね?」

「そうだな」

「だけどこれ、文化的な活動に見えますよ」

確かに建築物?そのものはその通りだが、それをゲノーモスが作ったかどうかは分からない。

ダンジョンがフレーバーテキストのごとく、地下に荘厳な神殿を作り上げ、単にそこに棲みついたのがゲノーモスであっただけ、という可能性も大いにあるだろう。

そのとき神殿の向こうで蠢くいくつもの影が現れた。

「先輩、下二桁は?」

「あと、7!」

「了解」

俺は神殿の向こう側から駆けてくる子供のように小さなシルエットに向けてウォーターランスを撃ち始めた。

三好はアルスルズを影から出して、周辺のガードをさせながら、鉄球をばらまいている。3頭しかいないのは、1頭は事務所で留守番だからだ。

すぐに1回目のオーブチョイスがやってきた。

--------

スキルオーブ マイニング 1/ 10,000

スキルオーブ 器用 1/ 1,000,000

スキルオーブ 暗視 1/ 8,000,000

スキルオーブ 地魔法 1/ 90,000,000

--------

よっし、予定通りだ! 俺は思わずガッツポーズを取った。

しかし、1万分の1? こんなの誰かがゲットしていてもおかしくも何ともないぞ?

「こんな地下にまでやってくる、探索者自体が少なかったんじゃないですか! それより先輩、まじめにやって下さい!」

地下洞窟のゲノーモスは、まるで無限に涌いてくるようだった。

「なんか、こういうゲーム、昔見たような……」

そうだ、ファーストクイーンだ。俺達が生まれるずっと前のゲームのはずだが、そのゴチャキャラシステムもかくやと言わんばかりの勢いで、神殿の向こうからゲノーモスが大量に涌いていた。

2回目のオーブチョイスが訪れた頃、奧のゲノーモスが、立ち止まって何かをもごもごと呟きはじめた。

そのたびに、どこからか石つぶてが飛んで来た。

「やばいぞ、三好。ちょっと下がれ!」

「り、了解!」

三好を俺の後ろに下がらせて、両手に盾を取り出すと、 飛礫(つぶて) をガードしながらまわりを見回した。

入り口の方に撤退しようとしたが、すでにそちらにもゲノーモスの群れが回り込んでいる。

「撤退しかないが……」

「逃げられるような場所は、あそこしかありませんね」

そう言って、三好が神殿方向を指さした。

ぐずぐすしていたら、そちらもゲノーモスで埋まってしまって、大量の群れの中で孤立するかも知れない。それは絶対に避けたかった。

「しかたがない、神殿へ待避だ!」

盾を収納した俺は、三好を抱えると、荘厳な作りの神殿に向かって全力で駆けだした。

後ろで大暴れしている3匹に向かって、「囲まれる前に引き上げて!」と三好が叫んでいる。

いかにヘルハウンドとはいえ、あれだけの物量に囲まれたら潰される。適当なところで、さっさと逃げろよ、お前たち。

ゲノーモスの包囲は、俺達を包むように縮まっていたが、俺が神殿の階段を駆け上がる方が早かった。

外見はゴシック様式に見えたが、内部はギリシアやエジプト風に柱が多用されていた。

後ろから追いすがってくるゲノーモスの群れを尻目に、俺は正面の扉のある場所へと飛び込むと、力任せにそれを閉じた。

大きな音を立てて厚い扉がしまると、部屋は完全に闇に包まれた。どうやらヘッドライトは石つぶてにやられたようだった。表から何かが扉に当たる音がドンドンと聞こえてきたが、しばらくすると、それも聞こえなくなった。

あたりを見回せば、闇の中に3対の金色の瞳が浮かんでいた。どうやら全員逃げ切ったようだ。

「先輩、静かになりましたけど」

残念ながら生命探知は、沢山の生き物がそこに留まっていることを示していた。

「だめだな。大勢残ってるみたいだ」

「大勢いるなら、ここからでたらめに鉄球を撃ちまくってみますか?」

「いや、変に刺激してドアを壊されでもしたら事だしな。それは最後の手段ってことにしておこう」

そう言っておれは、保管庫の中から、LEDカンテラを取り出してスイッチを入れた。

LEDだけに1000ルーメン程度のそれは、後ろの空間を克明に照らし出すには力不足だった。

俺は三好に予備のヘッドライトを渡して、自分もそれを身につけた。

俺達の前には、細い回廊が、ずっと先まで続いていた。

「アイスレム。この先に何かがいないか、少し見てきてくれる?」

三好がそうお願いすると、こくりと頷いたアイスレムがてくてくと回廊を進んでいった。

流石ヘルハウンド、きっと夜目が利くのだろう。

「さて、扉の向こうに行けないんだとしたら、奧に向かってみるしかないか」

俺は、小さなLEDランタンを紐で括って、ドゥルトウィンの首に結びつけると、そのまま先行してもらうことにした。

しばらく俺の影でガードをしてくれていた関係で、3匹の中では一番俺と仲が良い犬なのだ。

日没までにはまだ時間があるだろうが、午後ももう大分遅い時間になっている。

俺達は準備を整えると、先行したアイスレムを追いかけて奧へ向かって歩き始めた。