軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§199 ダンツクちゃん交渉チーム 3/18 (mon) -

外務省総合外交政策局(*1)安全保障政策課長の 田室(たむろ) 靖(やすし) は、このお遊びにしか見えないレポートの選考に、総合外交政策局長の 木鈴(きすず) はおろか、内谷国家安全保障局長が顔を出していることに驚いていた。

選考が終わった後のレポートを見ると言うのならともかく、選考はこれから行われるのだ。

今回のレポートは、課題が明確に与えられ、その対応を記述させているため、一種のアカデミックエッセーに近い。

そのため、序論の代わりにアブストラクトを記述させ、その後本論を展開するような形式になっていた。

「宇宙人との外交政策――全方向土下座外交……なんじゃこりゃ?」

「地球上の他国との外交政策――チートで圧倒して支配?」

部下たちが頭を抱えながら読んでいるレポートのアブストラクトは、冗談としか思えないようなとんでもない意見が並んでいた。

しかし本論は――

「なかなか読ませるじゃないか」

内谷が面白そうにそう呟いていたが、田室には百歩譲っても良くできた物語のあらすじにしか思えなかった。

さすがに外務官僚らしく、中国とEU、それにアメリカのバランスを取りながら国益へと誘導していくさまは、なかなか現実味を帯びていて見事なものだった。

しかし宇宙人との外交政策に関しては、国家安全保障局の企画官を歴任してきた田室にとっても、いや、むしろそういう畑を歩んできたからこそ、ありえない内容だったのだ。

「わざわざ地球まで来るような高い技術を持った生命体は、それに見合った倫理観も持ち合わせているはず?」

なんだ、この希望的観測は。

外交政策立案にそんなものをもちこんでどうするんだ? と彼は首をひねったが、その後の本論において、怒涛の論理が展開されていたのだ。

要約すれば、人類のように戦闘行為に明け暮れる場合、技術の進歩する速度はある一定までは非常に速く進むが、その先はもっとも基本的な倫理観の過剰な適用による足の引っ張り合いが起きる。

つまり表立っての戦争は、高まった倫理観によって行えなくなるが、それを利用した集団に対する分断工作の横行によって、社会そのものがその結合力を弱めさせられ、進歩の速度は減速していき、最終的には滅亡に至るだろうと言うことだった。

「バベルの塔を彷彿とさせる話だな」

「言葉をばらばらにしたってやつですか?」

「まあな」

したがって、星の海を渡ってこれるような技術を持つまでに至った社会性のある生命体は、倫理的にも高い見識を維持しているという推測だ。もしも、自分たちが脅かされるようなことになった場合、戦争よりも逃走を選ぶだろう。ただ接触しなければ良いだけなのだから。

独裁制による一極支配が偶然続いた場合や、軍を主体とした奪うことで版図を広げる政治形態での進歩もありうるが、それは戦国時代の武田家と同じような状況に陥る可能性が高いし、もしもそれを乗り越えたとしても、そういう社会なら有無を言わさず攻撃してくるだろうから、この政策立案の前提そのものが成り立たない。

そう言った、イナゴの集団は、技術の進歩こそ早いが、到達点は低いということが論理的に述べられていた。

我々が歩んできた歴史をベースにしている以上、意味のない推測ではあるのだが、考えてみれば相手は未知の宇宙人だ。

社会構造も思考形態も、我々とはまるで違うかもしれない。ましてや倫理のありようなど、何をかいわんやなのである。

したがって、現時点で我々にできることは、ただそれを想像して政策を立案、その後の接触により相手のことを理解しながら修正していく以外に方法はない。

「奉仕したい、か」

それを読んだ内谷の呟きが田室に届いたとき、彼は何かの聞き間違いかと思った。

「え?」

「いや、ダンジョンの向こう側にいる相手の目的が、『奉仕する』ことだと言うんだが、どう思うかね?」

「我々に、ですか?」

「そうらしい」

「奉仕することそのものが目的なんですか?」

「信じられるかね?」

「信じる信じない以前に意味が分かりませんよ」

「意味が分からない、か」

内谷は、至極もっともだと頷きながら、レポートの書き手について聞いた。

署名欄には、 成宮(なるみや) 春樹(はるき) と書かれていた。

「この男は?」

「9年目の職員ですね。同期のエースで、将来の事務次官候補筆頭です。北米局北米第一課首席事務官から、経済局国際経済第一課首席事務官を蹴り飛ばして、こっちを希望するとは……」

「ずいぶん物好きな男だな。仕事よりも趣味か?」

「そんな男は、同期でエース呼ばわりされたりしません」

「つまり、こちらの方が出世に近いと考えているってことか? 北米局や経済局よりも?」

「おそらく」

もしも本当にこのコンタクトが行われて、もしも本当に国交が樹立したりすれば、相手の重要度はアメリカ以上と言っても過言ではない。

なにしろ地球の科学では為しようのないことを為している相手なのだ。

だが、それだけに舵取りを誤れば、国家はおろか地球そのものを危険にさらしてしまう可能性すらあった。

「慧眼……というべきか?」

「それで省内の序列に変化があるかどうかは別の問題ですけどね」

田室は、若いよ、とでも言いたげに、そのレポートを「適」の箱に投げ入れた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

こうして作られた新しい組織が、外務省のどこに置かれるかには議論があった。

真っ先に手を挙げたのは、総合外交政策局と、大臣官房下の国際文化交流審議官、それに国際情報統括官だった。

最も優勢だったのは総合外交政策局で、安全保障政策課で管轄する話や新規の課を作成する話が議論されたが、当局は国連に近すぎると言う奇妙な理由で退けられた。

DADのごとく内閣総理大臣直轄の組織も検討されたが、法整備の問題もあって、結局、内閣官房の国家安産保障局内に交流準備室的な組織が作られた。

国交のない国家的組織との交流は外務省管轄ではないのだ。

この選考で最終的に選抜された4名は、内谷をして「非常にユニークな人材」だと言わしめた人間たちだったが、田室からは「逸脱しすぎて何を考えているのかすら分からない」と言う評価を受けていた。

「大学のSF研の、メンバーを選んでるんじゃないんですよ?」

「ははは。似たようなものだろ」

「内谷さん!」

いくら大先輩とは言え、内谷のこのいい加減さはなんだろう? この連中に国家の未来を託すのかと思うと、田室は目の前が真っ暗になりそうだった。

成宮はともかく、外務省の人員には、もっとまともな連中が大勢いる。なのに、どうしてこんな人選になるんだと、選考会の終わりの方では臍を噛むような気分だった。

局長の木鈴は、特に何も言わず、すべてを内谷に任せているようだったのは、最終的にこの組織が外務省外に作られることになることを予想していたのだろう。

火中の栗を拾うのは、自分以外の誰かでなければならない、そういう基本戦術で出世して来た男だからだ。

田室は最後まで真摯に頭を悩ませ続けたが、結局自分の手の届かない場所に組織が作られることになったため、このことを忘れることにした。

というより、そうすることしかできなかった。

「成宮、馬鹿な奴」

そのまま外務省にいれば、20年もすれば事務次官になったであろう男が、こんなところで躓くのを見たくはなかったが、本人の希望ならしかたがない。

この業務に関わるのは今日までだ。すべてを忘れて、明日からは日常に復帰しよう。

そう心に誓った田室だったが、近い将来、総合外交政策局安全保障政策課が、はるかに面倒な混とんの中に叩き込まれることになるとは、この時点ではまるで想像していなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

その日、省庁のビルから新しい事務所へと引っ越しした4人は、その家を見て呆然としていた。

「成宮さん。本当にここで合ってるんですか?」

高そうなダークスーツに身を固め、細いフレームのメガネをかけた、まじめを絵にかいたような男が、その古い民家の門を右手の甲でノックするようにして言った。

成宮と同じ、外務省から選抜された、 三井(みつい) 聡哲(そうてつ) だ。

その名前から、ダブルサトシ君とあだ名された外務の知識の豊富な男だったが、やや頭が固いところがあった。そのため今回は外務省との連絡官を兼任する格好で選抜されていた。

門柱に門に新しく取り付けられたように見える、落ち着いた色合いの引き違い戸の横には、小さなケースが取り付けられていた。

細かい組子で作られた引き戸から透けてみえる民家は、どう見ても築50年は経過していそうな平屋建てで、周囲は竹林に覆われている。

「こりゃあ、渋い。渋いのは認めます。渋谷も近いし」

意味不明なことを言っているのは、財務省から出向してきた 杉田(すぎた) 稔(みのる) だ。

自他ともに認める重度のオタクだったが、そのあまりに高い事務能力が災いして、財務省に入省して し(・) ま(・) っ(・) た(・) 変わり種だ。

地方自治体への出向と同様、出向時に退職扱いになりかねないこのプロジェクトに、超難関と言える財務省からほいほいとやって来た男は、職務中のはずなのに、砂模様のプルオーバーパーカーで現れた。

さすがにボトムはチノパンで、ジーンズではなかったが、履いていたのはスニーカーだ。

「門の引き戸一つとってもやたらと繊細なんですけど……」

六角形を巧みに組み合わせているその模様を見ながら感心している紅一点は、経産省から出向してきた 村越(むらこし) 芽衣(めい) だ。

エネルギーバカの名をほしいままにしている職員で、4月から大臣官房秘書課に入るはずだったのを、つまんないの一言で蹴っ飛ばしてこちらへ応募してきたらしい。

見た目だけならひざ丈のタイトスーツに身を包んだ、いかにもデキる女なのだが、エネルギー行政を語らせると朝まで持論を展開し続け、入省当初は見た目に騙され彼女を誘って撃沈した男が相当数いたらしい。

「なんとも細かい毘沙門亀甲ですね」

「毘沙門亀甲?」

「はい。毘沙門天の鎧の模様から作られた組子で、永遠の繁栄が願われているそうですよ」

杉田がその門の組子に顔を近づけながら解説した。本物のオタクは妙なことに詳しいものだ。

「なんだか、何年か前に話題になったパソナの施設を彷彿とさせる門構えね、元麻布の」

「仁風林のことですか? あの門はただの板ですから。こちらのほうが風格が――」

「引き戸の話はそのへんでいいだろう」

成宮は笑ってそう言いながら、ドアの横にあるケースのふたを開けた。そこには場違いなカードリーダーが設置されていたのだ。

「カギが合えば、ここで間違いないってことさ」

そうしてカードを滑らせると、赤いランプが緑に変わってロックが解除されたことを皆に告げた。

ほらねと、それを見せた成宮は、引き戸を滑らせ、皆と一緒に奥へと歩いていった。

「もしかしてこれって、貧乏くじを引かされたんじゃないでしょうね?」

三井の言葉通り、ずいぶん古く見えた平家は、近づいてみると、古いと言うよりボロいと言った方がよさそうなありさまだった。

「警備の関係上、どうしても庭が必要だったらしくってな。この辺りじゃ選択肢がなかったそうだ」

「どうして、この辺りなんです? 警備が必要なら、それの行き届いた官邸周辺の庁舎のどこかでいいんじゃないですか? 僕は、首相官邸の裏のビルだと思ってましたよ」

足元の砂利を踏みしめながら、杉田が首を傾げた。

「地震で怖い思いをしなくてすんでよかったと思いましょう」

村越がそれを受けて、笑いながらそう言った。

国家安全保障局のある内閣府庁舎別館は、ガラス張りっぽくてきれいなビルだが、実は古い民間のビルで、耐震評価があまりよろしくない。

すぐ近くの中央合同庁舎第8号館の東側に新しいビルを建設することが、何年も前に決まっているが、いまだに影も形もないありさまだ。

「大使館っぽくていいじゃないですか」

この近隣には、モンゴル・イラク・ニュージーランド・ヨルダン・ラトビア、少し離れてベトナム・ブルガリア・コードジボワールなどの大使館が点在している。

「ラトビアの大使館は凄い豪邸ですし、ヨルダンの大使館も渋いお家ですよ」

そんな話をしながら、玄関に辿り着いた4人は、思ったよりもきれいな内装に驚いていた。

居間に繋がるおそらくは和室だった部分は壁が取り払われていて、ワンフロアとして利用できるようになっていた。

「突貫で窓と床、それに内壁だけ差し替えたそうだ」

その声に驚いた4人が後ろを振り返ると、そこには内谷国家安全保障局長がいつの間にか立っていた。

「で、僕たちはここで何をさせられるんです?」

居間だと思われる場所のソファに、どさりと座りながら杉田が言った。

局長を前にずいぶんな態度だったが、ここにはそれを気にするようなスタッフはいなかった。内谷は内心苦笑したが、彼もやはり問題さえ解決してくれるなら後はどうでもいいと考えるタイプだった。

「君たちが提出したレポートは読ませてもらったよ。ここでやるのはあのレポートにあった内容を相手に合わせて修正し、実際に実行できる計画にすることだな」

「じゃあ、相手は本当に居るんですね?!」

杉田は何を思ったのか、思わず立ち上がって、目をキラキラさせた。

「あ、ああ」

「もちろん女の子ですよね?」

「確かにそういう話はあるが……どこからそれを?」

「キターーーーーー!!」

杉田は前かがみになりながら、両腕を腹の横で力強く握りしめた。いわゆるガッツポーズと言うやつだ。

成宮は呆れたようにそれを見ながら内谷に向かって尋ねた。

「国家安全保障局傘下ってことは、安全保障主体でやるんですか?」

「いや、相手は国交がないどころか国として批准してすらいない何かだ。外務省が直接と言うわけにはいかないので、こちらにお鉢が回ってきたってところだな」

「それなら、まずは国交の樹立を?」

「本来の手順ならその通りだ」

それを聞いて、堅物の三井が首をかしげながら言った。

「国交の樹立を目指すなら、相手を国家として認めなければなりません。ですが、相手は国家としての資格要件を満たしているのですか?」

国家の資格要件は、一般的に、住民、領域、政府と、関係を結ぶための能力だ。

「あー、相手は国家の樹立を宣言したわけじゃない」

「まあそうでしょうね」

「だから、その辺は――はっきり言って、まったく分からん!」

「は?」

ダンジョンの向こう側に、明確な領域があって、そこに住む住民がいて、かつそれを統治している政府があるかどうかなんて、そんなことは分かるはずがない。

もしかしたら、孤高のマッドサイエンティストが、星の海を渡ってやって来ただけかもしれないのだ。

しかし、こんなプロジェクトが作られるからには、その辺のことははっきりしているのだと、三井は常識的に考えていた。

「ええっと……じゃあ、まずは相手が国家かどうか確認を?」

「違うよ、三井さん」

未だにソファの上で「異世界人の女の子~♪」とブツブツ呟きながら、足をバタバタさせていた杉田が、がばっと体を起こして言った。

「この際、相手が国家要件を満たしているかどうかなんて、どうでもいいんですよ」

「ど、どうでもいい?」

三井は思わず口籠った。国交の樹立を目指すのに、相手が国家どうかどうでもいいってことはないだろう。

「良く分からないんだが、それは国家承認の創設的効果説を拡大して考えるってことか?」

現代の国家承認は、先の4条件を満たしているものは、それだけで国家であるという考え方が支配的だ。これを宣言的効果説と呼ぶ。

その4条件に加えて、他国による承認を必要とするという考え方が、創設的効果説だ。

三井は、その説を拡大して、言ってみれば「俺があんたを国家と認めるから、あんたは国家なの」という、まさにジャイアン理論を振りかざすのかと聞いたのだ。

「三井さん。相手は地球の上に居住していないし、そもそも惑星に住んでいるのかどうかも分からない、もしかしたら有機生命体ですらないかもしれない何かなんですよ?」

「あ、ああ」

「そんな相手に、地球の国家観を当てはめても仕方がないでしょう?」

「あ、ああ」

「だからこの国交は、ほぼ個人的なディールって観点でいいんですよ」

「つまり、独裁者を相手にした駆け引きってことか?」

「ぜーんぜん、違いますよ!」

独裁なんて概念があるのかどうかもわからない相手との交渉なのだ。最初は、目の前にいる交渉者そのものを相手にするしかないだろう。

国家との外交と言う観念から抜け出せない三井に、杉田は頭を振った。

内谷はそれをみて内心ほくそ笑んだ。

三井は外務の枠の中で考えることに慣れているし、実際、そういう常識論を提示してもらうという役割を期待して、このチームの一員に選ばれたのだ。

しかし、このままじゃカルチャーショックで潰れかねんな。

「待て待て。まずは相手が個人だろうと国家だろうと、話してみなけりゃ始まらんだろう?」

「そりゃそうですね。もちろん方法があるんですよね? そこから考えるなんてのは、オーバーハングしたオイルが流れるつるつるの壁に波紋でくっつけと言われているようなものですよ」

「その例えはさっぱり分からんが、方法はある」

そう言って内谷は、4人に1枚の書類を配った。

「読み終わったら回収するぞ」

その書類は、今までに分かっていることを列挙しただけのものだった。A4の用紙1枚に収まるほど、分かっていることは少なかった。

「それで、質問は?」

成宮は、その文書に目を通すと、額に汗を浮かべながら尋ねた。

「こ、交渉するには、まず『さまよえる館』を呼び出してそこに潜入しろってことですか?」

同様にそれを読んだ杉田は、思わず腰を浮かせて、力いっぱい主張した。

「無理無理無理無理、絶対無理。それは、自衛隊あたりの仕事でしょう。僕等じゃファン層だって無理ですよ。少なくとも僕には無理」

「あら、杉田さんなら彼女に会うためならたとえ火の中水の中って言い出すのかと思った」

「彼女が恋人だって言うならそうするけれど、今のところは他人だから」

「え。そういうポジションを狙うわけ?」

「そりゃ、狙うでしょう。こんなチャンス、二度とないよ?」

何を言っているんだと言わんばかりに主張する杉田を見ながら、内谷は、彼が書いたレポートを思い出した。

「そういえば、杉田君のレポートは非常に独善……あ、いや、独創的だったな」

「独創的?」

「一言で言えば、向こうの人間と恋仲になって情の部分で絡めとる作戦だが、そのフラグとやらを立てるための戦術が延々と書かれていたんだ。半分も理解できなかった」

「異邦の社会に溶け込むには現地で彼女を作れって、どこのスパイのテクニックですか」

呆れたような村越に、杉田は落ち着いて答えた。

「外交官だって似たようなものでしょう? 現地のパートナーを作るかどうかはともかく」

「1940年代じゃないんだから……」

「人間の本質なんか、ここ何千年、何にも変わっていませんよ。変わったのは文化と、そして時代に応じた倫理観くらいなものでしょう?」

そのやり取りを黙って聞いていた成宮が、杉田の後を引き取った。

「だから、効果的な手段も、本質的には何一つ変わっていない」

「その通り。はっきりと効果があると分かっている手段があっても、高邁な倫理観がそれを許しません。場合によっては、自分で手足を縛って相手の前に立っているようなものですよ」

「結果的に高い倫理観や民度をもった国民を抱えた民主主義国が、倫理のかけらもない国にいいようにされているわけだ」

「おい成宮!」

発言が過激になって来た彼を、三井が止めようとしたが、村越がさらに続けた。

「何しろわが国には、スパイ防止法すらありませんからね。外交的には、はっきり言って頭のいい七面鳥の群れみたいなものですよ。しかも大衆は世界が味方だと勘違いしている」

きゅっと首をひねられるのをただ待っているだけの存在ってことだ。

「ま、僕に日本の1/5の人口と経済力、それに独裁者の絶対的な権力を貰えるなら、軍隊なんかいりません。武力も振るえないのに倫理馬鹿や足を引っ張り合うカスを排除できない国なんか、数年で属国にしてみせますよ」

「お前らな……」

杉田のあまりに過激な発言に、三井は思わず呆れていた。

こいつらは 異(・) 質(・) だ。なんでこいつらが集められたのか、三井は少しだけ理解できたような気がした。

「成宮さんや杉田さんが、鬱憤のたまった過激思想の持主だってことはよくわかりましたけど、実際、相手とはどうやってコンタクトを? 本当に『さまよえる館』を呼び出すんですか?」

もしもそうなら、ちょっとジムに通わなきゃと、村越が言って、皆を笑わせた。

「いや、実は対象とは間接的に連絡が取れるということだ」

「間接的?」

「JDA周辺の誰かが仲介しているらしい」

「はぁ?」

成宮が、意味の分からない情報に、思わず声を上げた。

「待ってください。じゃ、JDAが政府の代わりをしているってことですか? あの噂って本当だったのか?」

「あの噂?」

「少し前に北米局あたりで、WDAが国家として独立を考えているんじゃないかなんて話が飛び交ってたんですよ」

「アメリカ側の考察か?」

「そんなところだと思います。もっとも当時は冗談めいた話で、誰も本気じゃなかったんですが……」

「じつは内調でもそんな話は出たことがある。ただし、JDAはそれを明確に否定した」

「そりゃ当事者ですから。もし本当だとしても否定するでしょう」

成宮と内谷の話に、三井が割り込んだ。

「だが、今のところJDAには独立してもメリットがないだろう?」

「メリット?」

「国家の独立だろ? 本来なら民族でまとまろうとか、宗教でまとまろうとか、行ってみれば面倒で異質な何かの排除が目的になるわけだ。だがDAにはそれがないだろ?」

「独立なんかしなくても、現在の特殊な会社形態で十分独立しているようなものだってことか」

「ダンジョン内はWDA管轄だ。今だって、税金を払って、国土を守ってもらっているようなものだしな」

「ひとつだけ動機が発生するタイミングがあるとしたら、各国が緊急避難的に作られたWDAの解体をもくろんで、同様の機関を国家別に再構成することを考えたときでしょうね」

そう杉田がポツリと言った。

「組織は生き延びるための行動をするってやつ?」

「そうです」

「まあ待て。このさいDAの独立なんて、半分ヨタみたいな話はどうでもいいんだ。いや、本当になったらどうでもよくはないんだが――まあ、いまのところは、だな」

内谷がそう言って、彼らの話を元に戻した。

「JDAが、デミウルゴスとやらとコンタクトをとれるってことは分かりました。じゃあ、このデミウルゴスの目的と言うのも?」

「JDAからの情報だ」

「相手の目的が奉仕することで、見返りに求めているものは奉仕する対象? これって悪質な冗談じゃ……」

「ないらしいぞ」

「彼らの虚報って線は?」

「虚報にしたってこんな内容に、どんな意図があるっていうんだ? メリットがあるとは思えないな」

外務省組が、JDAの意図を巡って、頭をひねっていた。

「我々が居丈高に出て交渉の失敗を望んでいるとか」

相手の希望が奉仕することだと言うのなら、どんどん奉仕させろってことになるだろう。それは客観的に見れば、要求しかしない愚か者の交渉にしか見えないはずだ。

「我々を失敗させて、JDAにどんな利があるんだ?」

「交渉の窓口を独り占めにできる、とか?」

「ごく短期的にはそうだろうが、日本の失敗を踏まえて他国が介入してくるかもしれないし、それ以前に相手がへそを曲げてコンタクト自体を打ち切ったりしたら、その時JDAは、もっと面倒な立場に立たされることになるぞ? 普通の発想ならありえないな」

「その短期間で、ダンジョンの技術を独り占めして、他国を制圧してしまおうと考えているのかもしれませんよ」

「希望的観測で、それを実行に移す奴はバカだな」

それまで黙って聞いていた杉田が、パンパンと手を打って注意を向けさせた。

「何を難しく考えているんですか、皆さん」

「考えても見てくださいよ、我々がやることは所詮外交なんですから、結局日本の国益が最大になるように立ち回れって事でしょう?」

「まあそうだ」

「つまり、相手からガンガンチートを引っ張り出して、日本がそれを利用できるようにするってことですよ。しかも、できるだけ相手には見返りを与えないようにしつつ」

「平たく言うとその通りだが、それだけ聞いていると、まるで詐欺師のようだぞ」

「詐欺師で結構。外交ってそういうものでしょ?」

「いや、相手との信頼関係とかあるだろう」

「それは仲良くなってからの話ですよ」

「それで? 杉田君はどうしようと?」

「相手の目的が奉仕だっていうのなら要求はし放題じゃないですか。しかも彼らが求めているのは奉仕する対象ですよ? つまり我々が渡すものは事実上何もないってことです。完璧な利害の一致ですよね?」

「奉仕する対象は、行ってみれば人類だろ? 見返りは人類全体だと言い換えたらどう思う?」

「そりゃ、ホラーですね。改造でもされてみます?」

「第一、全部相手からの一方的な情報だぞ。嘘がないとどうして言える?」

「嘘かどうかは、どうせ何をしたって分かりません。なら突っ走ってみるのが僕たちの役割でしょう? 何のためにわざわざ既存の省庁から切り離した組織が作られたと思ってるんです?」

杉田は周りの人間を見回して宣言した。

「要するに、ここは実験場なんですよ。失敗したときに切り離せるようにした」

「いや、分かっていてもはっきり言うなよ」

成宮は苦笑しながら頭をかいた。

「だけど本当のことでしょう? それで、この相手ですが、手段は選ばなくてもいいんですよね?」

「ふむ」

「内谷局長!」

「まあまあ、三井君。杉田君。最初の政策立案に手段など何も選ぶ必要はない。自由にやってくれたまえ」

杉田には指をパチンとならすと、「さすが長官、話が分かる」と喜んだ。

「もちろんその政策をそのまま実行するって事じゃないぞ?」

「そりゃわかってますよ。相手国に病気の人間を送り込んで、あらゆる場所で人に接触させ、ウィルス感染で敵国の経済を壊滅させるのが、コスト的に最善だなんて政策を提言しても、 普(・) 通(・) は(・) それが実行されるはずがない」

「分かっていればいいんだ」

「しかしまあ、ダンジョンの技術を見る限り、手段は 選(・) べ(・) な(・) い(・) って気がしますけどね」

そんな杉田を見ながら、村越は、こんな黒い男に惚れる異世界の女性なんかいるのかしらと、不思議に思っていた。

普通女性をものにしたいなら、そういう態度には――

「なんです?」

村越の視線に気が付いた杉田は、その意図を探った。村越は適当にごまかした。

「あ、いえ。仮にコンタクトが成立したとして、その後はどんな方向で進めていくのかなと思いまして」

「方向?」

「経済外交の側面ですと、我々はダンジョンからいろいろなものを得ていますが、ダンジョンに対して何かを渡している訳ではありません。事実上、何らかの貿易協定を結ぶなんてことは、現時点では不可能ですよね」

相手側と交渉し貿易協定などを結ぶことで自国の利益を確保することや、自国に有利なルールの策定が、経済外交の主な役割だ。

「ああ、村越さんは経産省だっけ」

「はい」

「渡しているのは、探索者の命くらいですよ。地下の何かに誰かの魂をささげて利益を得るなんて、まるで悪魔か何かですよね」

杉田が面白そうに言った。不謹慎な男だと、三井は感じた。

「経済活動も文化活動もなんにもない。交流として存在しているのは、ダンジョンを探索する探索者だけ」

「首脳外交は論外だし、人材交流も無理。ああ、やんぬるかな」

「ま、そこを考えるのが君達ってことだ」

そう言って内谷は、カバンのなかから一台のノートPCを取り出した。

「実は、外務省を通して真正面から国交を結ぼうとしたりするなと、我々に忠告したのはJDAの一課長なんだ」

内谷がそう言うと、杉田がすぐに相槌を打った。

「そりゃ、分かってる」

「それって、異界言語理解のときの?」

「成宮君は知っているのか?」

「あの時の日本の手並みは鮮やかでしたからね。あの絵図面を最初に引いたのがJDAの課長だったって話は聞いています」

「つまらん競争心は持ち込まない方がいいぞ」

「それほどですか?」

歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指し示した方向に向かうという、ブルクハルトの言葉が、成宮の頭をよぎった。

「いや……なんというか、私の雑感だが」

「なんです?」

「そもそも最初から立場が違うから、競いようがないというか……」

「意味がよく分かりませんが」

「内調の話では、なるべく穏便に楽したい性格だと言うことだ」

「んー、実に気が合いそうだ。ぜひ友達になりたいな」と杉田が言うと、村越が、「あなたのどこが穏便なのよ」と突っ込んだ。

「いや、楽したいってところが、ビンビン響きません?」

「まあ、響くかどうかはともかくとして、友達になれるなら、ぜひなっておいてくれたまえ」

「そういう態度だと、スパイだと思われませんか?」

「そういうのを表面上は気にしないタイプらしい」

「表面上は?」

「JDA内の情報が、異界言語理解の少し前から、まったく得られなくなったそうだ」

「それは情報調査室あたりの話ですか?」

内谷は直接答えず、小さく肩をすくめた。

「そいつはすごい。外務省に引き抜けませんかね?」と三井。

「おいおい。引き抜くなら、ここへ、だろ。だが、たぶん無理だな」

「どうしてです?」

「内調と自衛隊の上の方とその男の3人で、秘密の会合が行われたときに、内調が引き抜きを掛けたらあっさり断られたそうだ。今の自分を気に入ってるからヤダとさ」

それを聞いた杉田は、ますます嬉しそうに言った。

「くー、フリーダムで、ますます気に入りました!」

「あなた、まさかBLってやつじゃないでしょうね?」

あまりに喜んでいる杉田に向かって、ちろりと冷たい視線を向けた村越が言った。

「おや、村越さん、そういうのを嗜まれるんですか?」

「ななな、なに言ってんの。読むわけないでしょ!」

「ほほー」

まるでじゃれているような二人を尻目に、成宮が、内谷に訊いた。

「その情報はどこから?」

「一緒にいた、自衛隊経由だ」

「なら、間違いなさそうですね」

「というわけでな、その男から預かったのがこれだ」

そう言って、ノートを4人の前に置いた。

「そいつで話ができるそうだぞ」

「なんですって?」

成宮が代表して、ノートのふたを開いて電源を入れると、やがて、ひとつのアプリケーションが立ち上がり、非常にシンプルな掲示板のような画面が表示された。

「なんだこれ? ダンツクちゃん質問箱(えらいひと用)?」

「ダンツクちゃんってなんです?」

「どうやら、先の資料にあったデミウルゴスのことらしい」

「いやー、萌え文化ですね! ジャパンはこうでなくっちゃ」

「これ、盗聴対策は大丈夫なんでしょうか?」

「うちの連中が、プロトコルの脆弱性については調べたらしいが、特に問題はないそうだ。向こうのサーバー内の話については、わからんが――まさか調査させろと言う訳にもいかんだろう」

「ここに何かを書き込めば、向こうに伝ってレスポンスを得られるってことですか?」

「そういうわけだ」

「こりゃ、相手はなりすまし放題だな」

「三井さんは考え過ぎなんですよ。さて、まずは、挨拶と――」

4人がそれぞれに、どういったやり取りで、どんな情報を引き出すのかを議論しているのを見た内谷は、説明はここまでだなと腰を上げた。

「それじゃあ後は頼んだぞ」

立ち上がった内谷に向かって杉田が発言した。

「国交を樹立するまでがこのチームの目的で、その後は外務省にバトンタッチするのかと思ってましたが、どうやら最後までやらせてもらえるようだ」

それを聞いた内谷は、杉田のセリフをもじって、口角を上げた。

「ほぼ個人的なディールに、外務省は不似合いだろう?」

そりゃそうですねと、杉田は頭をかいた。