軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§176 ダンジョンの攻略 2/26 (tue)

「まずは装備ですね」

「ん? 初心者セットでいいだろ?」

「先輩。世界にはTPOってものがあるんですよ」

「TOPってな……そういうお前は、探索者の初心者セットじゃないか」

「いえ、これはいわゆる私服みたいなものですから」

「ほう」

考えてみれば、世界の一部である三好の言葉は、世界の意思なのかもしれない。もしもそうだったら、結構怖いな。

そんなことを考えながら、Gの酒場を出た俺たちは、Bの商店の扉をくぐった。

「いらっしゃいませー」

そこには、どこかで見たような美幼女が、にこにこ顔でカウンターの向こうに木の箱を置いて、その上に立っていた。

「また、お前か……」

「先輩も、懲りませんね」

俺? 俺なのかなぁ……未だに疑問が……

「ま、まあ、商店の店番くらいなら、ありじゃないか?」

「はいはい。じゃあ、武器を選びますよ。先輩職業は?」

「職業?」

「ステータスシートを見てください」

なんだそれ、と思った瞬間、謎の紙が自分の手の中にあることに気が付いた。流石は夢。

そのシートには、自分の名前と職業、それにレベルと夢の中でのステータスが適当に書かれていた。

「職業って……なんだこれ? 『無職』って書いてあるぞ」

普通、戦士とか魔法使いとかじゃないの?

「あ、そういえば先輩は、Dパワーズの社員じゃないんでしたっけ。アルバイトみたいな扱いだから――無職であってますよ」

「ええ~、夢の中なのに夢がなくないか、それ?」

私なんか、会社経営者ですよーんと、ステータスシートを見せびらかしてくる三好があんまりうざかったので、右手で顔をつかんで軽く力を入れてやった。

「先輩! ギブギブ! 頭潰れますー!!」

俺の手パンパンとタップしながら、ギブアップを主張している。ふふふ、自分の行いを後悔しろ! といっても、こいつはこんなことで反省したりしないんだけどな。

家事手伝いみたいなもので、別に困っちゃいないんだけれど、無職と言われるとなんとなく負けた気分になる。これが社畜文化の名残だろうか。

それに、家事手伝いは立派に専門的な知識や技術を要する仕事なのだが、それが無職に分類されているのもどうなのかなと思う。

「まあ、職業にしちゃうと、家政婦とかになっちゃいますからね」

「ポリコレの時代でも家政婦って言うのか。看護師みたいに、家政師……いや、家政をつかさどるんだから、家政司か? とかになんないのかね?」

士と師と司の使い分けは難しい。というより適当だ。

一般に、医療関係や教育関係は「師」で、それ以外は「士」っぽいが、医療関係でも、歯科衛生士や理学療法士があるしなぁ。

ちなみに司は、福祉でよく見かける。「児童福祉司」なんて、初めて見たときは「士」の誤植だと思ったものだ。

閑話休題。

「日本看護家政紹介事業協会という公益社団法人が検定試験をやってるんですけど、それは『家政 士(・) 検定』ですよ」

「は? なんだその検定。そんなのがあるのか?」

「漢字検定だって、初めて聞いたときは、なんだそれ、でしたからねぇ」

世界は検定に溢れてるんだな。

「家政婦って書くときは、必ず『家政婦(夫)』って書いてあるくらいにこだわってますね」

「全部『家政士』って書いておけばいいんじゃないの?」

「そこは、不思議ですよね。まあ、それだけ一般的な用語じゃないってことでしょう」

そこまでこだわるなら、50%は、『家政夫(婦)』と書いてほしいものだ。ほんとにそうなってたら、笑ってしまうだろうけれど。

「いや、ちょっと待て」

「なんです?」

ここは俺の夢の中で、目の前にいる三好は、俺の脳が作り出した三好のはずだ。

なのに、なんで俺が全然知らないことを、ぺらぺらと喋ってるんだ?

「お前、一体誰だ?」

三好は、あんたはいったい何を言っているんだという、いぶかしげな顔で、眉根を寄せた。

「いや、だって、俺の知るはずがないことを、なんでお前が知っているんだ?」

俺の夢である以上、俺の知識のあずかり知らない事象は登場しないはずだ。

それを聞いた三好は、突然悪い笑顔を浮かべて、暗い森に棲んでいる魔女の如くに腕を上げ指を曲げた。

「くっくっくっく、バレちゃ仕方がありません。私は――」

そう言われて、思わず身構えた俺に呆れるように、態度を変えた。

「――って、アホですか、先輩」

「ぐっ……し、質問に答えてないだろ!」

「そりゃ、先輩の無意識がどこかで見たことがあって、それを知らず知らずのうちに記憶していたか、そうでなければ――」

「なければ?」

「――ダンツクちゃんに繋がってるかでしょうね」

「それか……」

集合的無意識。アカシックレコードとまではいかないだろうが、人類の知識を吸い上げて膨れ上がるデータベース。

そこから情報を取り出すUIとして、召喚されたモンスターを考えていたが、もしも夢がそのUIを作り出せるなら――この場合、それは三好なのだが――以前ダンジョンの5層で話した、リアル生物都市(精神的な)が現実的な意味合いを帯びる。

前意識(フォアベブステ) (*1)から引っ張り出した情報であってほしいと心の底から思うのだが、どうにもまったく記憶にあるようには思えなかった。

とりあえず、三好に何か聞いてみて、テストを――

「あのー」

そう考えたとき、俺たちの話を聞いていた美幼女が声を上げた。

「ダンツクちゃんってなんです?」

「「は?」」

◇◇◇◇◇◇◇◇

店員を無視して、どうでもいい話を展開されるのには、少し慣れたけれど、今は話されている内容が普通じゃなかった。

DANTUKUCHANって何? 繋がっている? 夢の中から? 私と同じようなスキルの持ち主が身近にいるってこと?

今回の仕事は、混乱させられることばかりだ。

舞台に凝りすぎたんじゃないの? デヴィッド。

いつもと同様に、エロいお姉さん――お兄さんや、少年のこともあるけど――を用意して、あてがっておくだけで、勝手に暴走して勝手に話してくれるのを待った方がよかったんじゃない?

理性の影響が薄い夢の中では、ピロートークが最強で、フロイト先生が正義ってものなのよ。

だけど今更、基本設定を変えることは難しい。このまま最後まで行くしかないわけだけれど……おっと、それより今は、DANTUKUCHANね。

仕方ない、危険だけれど、尋ねてみるか。ピロートークならこれでうまくいくんだけどねぇ……

そうして彼らにそれを尋ねた私は、大ピンチに陥ったのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「むしろなんでこいつはそれを知らないんだと思う?」

「無意識の記憶が、意識に捉えられないことはあっても、意識できる記憶が、意識に捉えられないことは考えられません」

「そりゃまあそうだよな」

それは、AがAだと言っているようなものだ。当たり前以前に、論理かどうかすらも怪しい。

可能性があるとしたら、こいつが、俺の意識から作り出されたわけではない何かだってことだが……

「わ、私は、NPCですよ? NPCは決められたこと以外喋れないんですー」

「なんか言ってるぞ」

「ずいぶん勝手にしゃべっていますけど……」

俺は、彼女に一歩近づくと、そのまま質問してみた。

「ダンツクちゃんについて、教えてくれ」

「なんですって?」

「ダンツクちゃんについて、教えてくれ」

「なんですって?」

「見事なNPC反応ですね」

「俺は、あの額の汗が怪しいと思う」

「うーん。リアルなら、先輩、神経症ですか? と突っ込みたいところなんですが、なにしろ夢の中ですからね。先輩の意識の影響が登場人物の行動にどれだけあるのか、だれにも分かりません」

NPCとしての行動ルールが、意識の中にある情報の取得を制約しているということは考えられなくもなさそうだが、根拠はない。

めんどくさいな! 夢の中!

「まあ、普通はこんな活動を夢の中でしたりしませんからね」

「何かを確かめようにも、道具も薬も、それをなすための理論すらも無いんだもんなぁ」

「心理学の黎明期にいた心理学者って、こんな気分だったんじゃないでしょうか」

「いえてる」

俺は、額に汗を浮かべながらひきつった笑顔を浮かべている、自称NPCに迫るのをやめて、後ろへと下がった。

「ともかくこれでは、らちが明きません。さっさと武器を仕入れて先に進みましょう」

「そうだな。で、どの武器を使えばいいんだ?」

「無職に持てない武器なんか知りませんよ。とりあえず、その辺の武器を持って振ってみて、違和感がなければいいんじゃないですか?」

「お前な……ステータスシートの意味って」

「可哀想なアイテムでしたね」

達観したような彼女のせりふを聞き流しながら、俺はその辺に置かれている剣――ロングソードと言う奴だろう――を取り上げて振ってみた。

なんだかよくわからんが、面倒だからもうこれでいいか。

三好は、小さな盾と、俺のよりも小さな剣を物色していた。ショートソードと言うやつか。

だけど、こんな武器を使う機会なんかあるのかね?

なにしろアルスルズが存在しているのだ。もうそれだけでいいような気もするが、いざとなったら俺たちの鉄球や魔法も使えるに違いない。

もしもそうだとしたら、少なくとも三好の武器の出番はないだろう。

そうして俺たちは、ダンジョンの中へと下りて行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇

始めてみれば、ゲームと言うのは面白くなるように作られている。

とりあえず、モンスターはアルスルズに任せて、おれたちは探索に勤しんでいた。

「なんだか、ダンジョン内にあるものは、とにかくアイテムとして使うことができるみたいですね」

三好が木の棒を拾って、それを振り回しながらそう言った。

ダンジョン内にあるものを手に持つと、それに使用できるコマンドが表示されるのだ。

自由度的にはコマンド選択はどうなのと思わないでもなかったが、古いゲームのUIを無理やりくっつけてる感じで、それはそれで新鮮だった。

「〈鑑定〉は?」

「出来るみたいですけど、すごくシンプルですよ。例えばこの棒なら――『木の棒』って表示されます」

「見たまんまかよ!」

「〈鑑定〉がなくても分かりますよね」

しかしまあ、再現できない力を夢の世界が再現するにはちょうど良い方法にも思える。

見てわかることは、鑑定結果に不満を抱きようがないからだ。

俺が落ちていた板切れを拾い上げると、すぐにその板の横に U)SE(使用) コマンドが表示された。

そのままコマンドを実行すると、今度は、使用方法が表示されるのだ。

+------------------

| 1)投げる

| 2)捨てる

| 3)組み立てる

+------------------

「組み立てる?」

俺は3を選択した。すると――

+------------------

| 板の数が足りません

+------------------

――と表示されたのだ。沢山板を集めて組み立てたらいったい何になるんだろう?

適当に始めて見た冒険だったが、なんだかちょっと面白くなってきていた。もっとも興味の方向が明後日の方向のような気がしないでもないが。

そして、それは、ダンジョンの石というアイテムを使った時に起こった。

+------------------

| 1)魔力を込める

| 2)投げる

| 3)捨てる

+------------------

「魔力を込める?」

「どうしました?」

「ダンジョンの石を使うと、魔力を込めるって選択肢が表示されたんだ」

「込めたら爆発したりしませんかね。『おおっと、EXPLODING BOX!』なんて表示されるんですよ」

「嫌な予想をするなよ。よし、三好、その盾で顔だけでもガードしてくれよ」

「それでも込めてみるのはやめないんですね……」

「それが男の子ってものだろ」

「私は、女の子なんですけど」

「似たようなものだろ」

「全然違うと思います」

そう言いながら、三好が俺の顔と手に持った石の間に盾を突き出した。自分は俺の後ろに隠れているところが三好っぽい。さすがは俺の無意識だ、よくわかっている。

「行くぞ?」

俺はそういうと、1を選択した。

すると――

+------------------

| 1) 1込める

| 2) 10込める

| 3)100込める

| 4)やっぱ、やめ

+------------------

「どうしました?」

「いや、込める魔力量を選択する選択肢が――1と10と100と、あとは中止だな」

「中止がメニューの中にある時は、ろくなことにならない選択肢がありそうな気がしませんか」

「緊張感が高まるなあ、おい!」

「先輩、なんで嬉しそうなんですか。なにかのジャンキーですか?」

「そんなことはないぞ、俺は慎重派なので、1を選択するのだ」

「中止って選択肢はないんですね……」

「うむ」

そう言って俺が1を選択すると、石は別のアイテムに変化したようだった。

「魔石だってよ。それって、普通魔物の体の中にあったりするんじゃないの?」

「そういう設定は多いですけど、魔力がこもった石なら、魔石でいいような気もしますね」

「まあいいか。ついでに使ってみよう」

「普通、そういう名前のアイテムは、他のアイテムと組み合わせたりするんじゃないですか?」

「まあまあ、ものは試しだろ」

そうしてさらに使用してみると――

+------------------

| 1)食べる

| 2)投げる

| 3)捨てる

+------------------

「食べる?!」

「はい?」

「いや、食べるって選択肢が……」

「先輩、石を食べる人間は、昔のサーカスにしかいませんよ」

「まあ、そうだが……しかしここは、人類の礎になってみるしかないだろう!」

「バカだ、バカがいる……」

「失礼な奴だな。なーに、1個くらいなら平気……だといいな」

そう言って俺は1を押した。

+------------------

| よしむらはおなかを壊した。

| 最大HPを3失った。

+------------------

「なんだそりゃあ!」

「腹痛っていう状態異常っぽいですよ」

「そんな状態異常、初めて聞いたぞ」

「私もです。だけど、やっぱり石を食べたらおなかを壊しますよ。ワニやダチョウじゃないんですから」

それらの生物では、食べたものをすりつぶしたり、水中でのバランスをとる重りとしたりするために、石を食べることがある。

もちろん人間にそんな機能は付いていなかった。

「くっ、これがダンジョンの悪辣な罠か」

「絶対違うと思います」

その後しばらくして、状態異常から復帰した俺は、懲りずに実験を繰り返し、今度は「10込める」を選択してみた。

出来上がったものは――

「転移石?」

「なんだかいろんなゲームが混じってますね」

「過去の俺の研鑽のたまものかな」

「適当に、広~く遊んでただけじゃないですか」

「学校って場所は、そういうスキルが必要なんだよ」

「先輩のことだから、もっと孤高な感じに振る舞っていたのかと思いました」

「そういう人間は社畜にはならないと思うぞ」

「確かに。で、それも使ってみるんですか?」

「当然だ」

「いきなりどっかに転送されちゃうかもしれませんよ?」

「その時はその時だ」

「いしのなかにいる」

「そ、その時は……どうしよう?」

「リアルなら、墓石が立つ前にディスクを抜けばOKでしたけど……」

「ディスクは抜けないよなぁ」

俺はしばらく躊躇していたが、今まで使ってみたアイテムはすべてサブメニューが表示された。

これだって、「投げる」とか、「捨てる」とかが表示されるに違いない。

「よし、大丈夫そうだ」

「何がです?」

訝し気な三好をスルーして、俺は躊躇せずに、 U)SE(使用) した。

これが前頭葉の活動が抑制されているという事だろうか。いつもなら、こんな無謀なことは――

+------------------

| 1)転移石にフロアを設定する

| 2)転移石を使う(1F)

| 3)捨てる

+------------------

「おお。なんかフロアの設定と、使用ができるぞ」

「先輩……死なないように注意するってのはどうなったんです?」

「い、一応って付いてただろ、確か」

三好は呆れたようにため息をつくと、前向きに話題を変えた。

「やっちゃったことは仕方がありませんね。で、フロアの設定が出来るってことは、任意のフロアに転移出来るってことですか?」

「だろうな」

「それは凄いですね。持ち替えれたらものすごく有用ですよ」

「夢の中からアイテムを持ち帰るなんて、昔話にだってなくないか?」

「浦島太郎とか?」

「あれは夢と言うより、転移系SFだからな」

「どこにサイエンスな要素があるんですか」

「異世界まで凄い速度で移動したから、戻って来た時長い年月が経過してたところ」

「ああ」

「ここまでやったんだ。何はともあれ使ってみようぜ」

「まあ、いいですけど……パーティで戻れるんでしょうね。使った人が一人だけ転移するなんてことになったら、残されるのは嫌ですよ」

「じゃあ、2個用意しておいて、もしもそうなったら別々に戻るってことで」

「了解です」

そうして俺たちは、二つの転移石を作り出し、心の準備をととのえると、おもむろにそれを使用した。

「いくぞ!」

「了解です!」

「2番! ぽちっとな」

「ふるっ!」

その瞬間、俺の手の上にあった石が――

「消えてなくなった?!」

「先輩、これってもしかして……」

「転移する石ってことかっ!!」

ピンチになった時に使うと、石だけが転移して、時間だけが浪費されるという、まさに致死性の罠!

「ダンジョン、おそるべし……」

「今度は私も、ちょっとだけそう思いました」

◇◇◇◇◇◇◇◇

『はっ……』

いつものように、悩まし気な息を吐いたイザベラは、ベッドの上でビクンとからだを引きつらせた後、突然目を開いた。

しかしいつものようには起き上がらず、そのままベッドに体を預けてため息をついた。

『どうした?』

イザベラは、ヒクヒクとほほを引きつらせると、『もう、あいつら、一体何なの?!』と激高した。

『だから、どうしたんだ? 冒険には行ったのか?』

『行ったわ』

『それで、ファントムは?』

『みじんも出てこなかったわね。それ以前に、あいつらどうやったらピンチになるわけ?』

最初はRPGのセオリー通り、地下1Fでは初心者向けのモンスターを登場させていた。

しかしまったく相手にされなかったため、徐々に深い階層のモンスターへとシフトしていたのだ。

しかし彼らは、そんなものは歯牙にもかけなかった。それ以前に、お供の大きな犬たちが、あたりのモンスターを総ざらいしてしまい、彼らはただ歩いていただけだった。

そうして、おもむろにダンジョン中に落ちているいろんなものを拾い上げては、いつまでもそこでなにやらごそごそ楽しそうにしているのだ。

『そりゃ、もっと強力なモンスターをだしてやれよ』

『出したわよ! だけど、ヴァンパイアロードもグレーターデーモンも、あいつらにたどり着く前にかみ殺されるんだから』

そう言って彼女は、デヴィッドが用意した、「Sorcellerie: Le donjon du suzerain hérétique」(*2)の攻略本を放り投げた。

今更だが、あの短時間に設計できた理由は、ベースにこれを使ったからだった。

『かみ殺される?』

『あいつらの周りには、黒い犬の形をした悪魔どもがいるのよ』

『ファウストとはまた、君らしくないね』

『なんの話?』

『いや……なんでもない』

ファウストで、メフィストフェレスが最初に登場したとき、彼は黒いむく犬の姿をとって、ファウストに近づくのだ。

彼女が珍しく文学的なレトリックを使ったのだと、デヴィッドは思ったのだが、どうやら勘違いのようだった。

『そうだ、デヴィッド。あなた、DANTUKUCHANって知ってる?』

『DANTUKUCHAN? 知らんな。それがどうかしたのか?』

『どうも、あいつらの周りには、そういう名前の何かがあって、それが夢に繋がって、影響しているみたいなの』

『繋がって? それはあんたのような存在なのか?』

イザベラはがばっと上半身を起こすと、叫ぶように言った。

『それが分からないから、ヤバいんじゃない! もしも、もしもよ? そんな存在がいたとしたら、私って安全なわけ?!』

今まで彼女は、夢の世界の支配者だった。

しかし同じルールに基づいた誰かがいるというのなら、支配権をめぐって争いが起きるかもしれない。

一方的な蹂躙は楽しいかもしれないが、争って傷つけられるのは嫌だった。

デヴィッドは、落ち着けとばかりに両手で彼女を制して言った。

『わ、わかった、わかった。こっちでも調べてみるから』