軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§158 金枝篇 帰還 2/12 (tue)

「いや、本当にありがとうございました」

代々木の出口で、佐山さんが俺たちに頭を下げた。

肩から下げている、大型のクーラーボックスには、ダンジョン内で採取した植物や、接ぎ木に使うオレンジの枝がたくさん入っている。

幸いそれらは、光に還元されるわけでもなく、普通の植物のようにそこに収まっていた。

モンスターと違って、植物や果物は、切り取っても光に還元されてしまわないのがなぜなのかは、よくわからない。

ダンジョンの外でDファクターを広めようとする行為が、それを可能にするのだろうか。それとも、ゲームの情報から作られたと思しき世界が、そのルールに従っているだけなのだろうか。

いずれにしても決定的な証拠はなかった。

アーガイル博士は、2層の麦畑を目にした瞬間、そこに魅せられたかのように動かなくなった。

佐山さんを送っていく時間が近づいてきたので、おいていきますよと言ったら、なら、犬を一匹護衛に貸してくれと言って、目をキラキラさせながら、麦を刈り取ったり、くるくるとあたりを見まわったりしていた。

シルクリーさんに目を向けると、処置なしとばかりに肩をすくめられたので、俺たちは仕方なくアイスレムとカヴァスを置いて戻ってきた。

あそこは、せいぜい、たまにゴブリンが訪れるくらいだから、2頭もいれば十分安全だろう。

「いえ、私たちもダンジョン内の植物を外に持ち出した後の状況に興味がありますので、その結果だけでも教えていただけますか」

「もちろんです。でも、論文にするまでは他言無用でお願いしますよ」

佐山さんが、冗談めかしてそう言った。

俺は笑って、「それはもう。そちらも他言無用で」と念を押した。

「そ、それはもう! 4000億円なんか、農研を逆さに振っても出ませんから!!」

佐山さんは、NDA契約を思い出したのか、ひきつった顔でそう言った。

クーラーボックスを重そうに肩から下げた佐山さんは、ペコペコしながら、迎えに来ていた車へと乗り込んで、それが角を曲がって見えなくなるまで、リアガラスの向こうから手を振っていた。

「結構、面白い人でしたね。最後の方は、アーガイル博士と意気投合してましたよ。もっとも、熱中するとダメダメな人でしたけど」

「自分の研究領域でダメダメにならないやつは、研究者なんかになってないだろ」

俺がそう言うと、「なるほど、それは一理ありますね」と三好がポンと手を叩いた。

「しかし、金枝篇ーって意気込んだ割には、何もありませんでしたね」

「いや、あっただろ」

「え?」

「お前、大仕事を引き受けてたじゃないか」

「ああ! それ!」

三好が趣味のアイテムに目がくらんで、大統領から引き受けた仕事は、冷静に考えればかなり大規模な仕事だ。

もしも俺たちが引き受けなかったとしたら、それらの搬入には多大なるコストと、何か月にもわたる期間が必要になっただろう。

それをすっ飛ばして、いきなり32層に電気の供給源が出現するのだ。ポーターたちの基地としても、開発の拠点としても大いに活躍するだろう。とは言え――

「もしもこの件が、日本のお偉いさんに知られたりしたら、何を言われるかわかんないぞ」

いきなり建つんだからばれないわけがないし、ばれてしまえば、うちと結びつかないはずがない。

ほいぽいについて一番詳しいのはJDAのダンジョン管理課なのだ。

俺たちに仕事を依頼したい勢力は、いったいどんな条件で、それを引き受けたのかを調べるはずだ。同じ条件を出すことで、断る口実をつぶせるからだ。

そして、税務署あたりが調べる気になれば、そのくらいは簡単に調べられるはずだ。しかし、そこには、金銭をやり取りした形跡が見つからないのだ。

すると、こういう人たちは、真っ先に裏取引だの脱税だのを思い浮かべるだろう。そこまでのやり取りが目に浮かぶようだ。

なにしろ三好は、世界にたった一人の鑑定保持者だ。

EB-1 EA(*1)で簡単にグリーンカードを取得できるだろう。本人の考えなんかよりも、その可能性が問題なのだ。

「いや、別にアメリカのために引き受けたわけじゃないですし、仕事ととして引き受けたつもりもないですけど……」

「お前の感覚だと、友人のためにちょっと手伝いをして、そのお礼にワインを分けてもらったってところだろ?」

「まあ、そうですね」

仕事に関係ない友人などの付き合いの中で贈り物をもらったとしても、当然それには課税されない。

もっとも、社会通念を逸脱する品物の場合は別になることがある。今回の件が、どうみなされるのかは、ひとえに税務署の胸先三寸だろう。

国家元首や王族が、他国の元首に親愛の証として高額な宝飾品を贈った場合、それがどんなに高額でも、おそらく贈与税は課税されないだろう。

しかし、一般人が、アラブの王族に、親愛の証として油田を貰ったら、おそらく贈与とみなされるのではないだろうか。親愛の証なのに、贈与税が支払えずに手放さざるを得なくなるかもしれなかった。

そんな状況がそうそうあるはずもなく、そこに「通念」などと呼べるものがあるとは思えないが、いずれにしてもこの件は、税務署が調査するための口実くらいにはなるはずだ。

「スクリーミング・イーグルとルフレーヴで 唆(そそのか) されたなんて言ってもなぁ……鳴瀬さんならともかく、お役人や偉い人の誰がそれを信じるんだ?」

「ぐっ……まあ、そうですけど。あんまり意地悪なことを言ってると、先輩には飲ませてあげませんよ」

「うっ……いや、半分は俺にも権利が」

いや、おまえら言い合うところは、そこじゃないだろうという突っ込みが聞こえてきそうなやりとりを、顔を突き合わせながらしていたところで、三好のスマホが振動した。

「誰だ?」

「鳴瀬さんです」

三好は、スマホを取り出しながらそう言うと、画面をスワイプして電話をつないだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「21層の湖にスチールヘッドがいて、釣って食ったら、うまかった?」

「だそうです」

地上へと戻ってきたDパワーズに、探索の詳細を聞き取ってレポートにまとめた美晴は、斎賀に概要を報告するために市ヶ谷へと赴いていた。

呆れたような顔をしてその報告を受けていた斎賀は、眉間にしわを寄せて尋ねた。

「……で、アーガイル博士は何をやってたんだ?」

「一緒に食べたそうです。というより、博士が食べようぜと主張したそうです。美味しかったとおっしゃってました」

斎賀はゴンと音を立てて机の上に額をぶつけて、突っ伏すと、絞り出すような声で言った。

「……あの人はDFAの主席研究員だろ」

「三好さんが鑑定したから、大丈夫じゃね? とおっしゃってました」

斎賀は、がばっと上半身を起こすと、机を両手でバンバンと叩きながら、「その大丈夫の裏をとるのが、DFAの仕事・だ・ろ・う・が!」と激高した。

鑑定は便利で強力だが、それが本当に正しいのかどうかの保証はどこにもない。

食の安全を守るというのは、その保証をひとつひとつ確認していく地道な作業でもあるのだ。

それに彼はWDAのVIPだ。JDAのダンジョン内で何かあったりしたら、国際問題だ。

その様子を見ながら、美晴は、課長、たまってるなぁと苦笑していた。

最近斎賀は、美晴の前で崩れることが多くなった。有能であることに違いはないとはいえ、以前はまじめで固い人という印象だったが、最近は、結構おちゃめなところもあるのね、と感じていた。

まあ、Dパワーズと関係して、ずっと平静でいられる人は、まずいないのだが。

「そうおっしゃられましても」

「JDA管轄のダンジョン内で、病気になったとか、死んだとか、人間をやめたとか、そんなことになったら責任問題だぞ」

「最近、人間をやめそうな人が多いですもんねぇ……」

「ねぇじゃないよ、ねぇじゃ。フリーダムな人だとは思っていたが、ここまでフリーダムだったとは」

「むこうに照会した限りでは、一様に良識のある、まじめな研究員だとおっしゃってましたが」

「猫かぶりも甚だしいな」

あまりのことに、ダンジョン内にモンスターじゃない魚がいたという驚愕すべき事実すらかすんでしまいそうだった。

「それで、博士は?」

「19:30成田発のJFK行きのJALに空きがあったとかで、シルクリーさんに引きずられていきました」

「あわただしいな」

そう言いながらも、斎賀は、やっと問題が一つ減ったと、肩の荷が下りたような気分になった。

「ろくに引き継ぎもせずにこちらへ来たらしくって。三好さんたちの提出した特許を承認したらすぐに戻ってくるとおっしゃってました」

その話を聞いて斎賀は目をむいた。

「……戻ってくる?! 何をしに??」

「なんでも分局を作るとか、なんとか……」

「なんだと?」

今のところDFAにはふたつの分局がある。

アメリカのFDAとの連携をとるための、通称ホワイトオークと、EUのEFSAとの連携をとるための、通称ドゥカーレだ。

それぞれ、それがある場所が通称になっていた。

「ホワイトオークとドゥカーレはわかるが……代々木に分局? なんの冗談だ? 日本には、食品の安全性を一元的に管理している組織はないだろ?」

日本の食品管理は、厚生労働省、農林水産省、環境省など複数の省庁に渡っていて、アメリカやEU以上にばらけている。

「赤坂のFSC(食品安全委員会)か? いやしかしあそこは管理だけのような気も……」

「えーっと……」

「なんだ?」

「たぶん三好さんたちとの連携じゃないかと。例の麦にそうとう執着されていたようです」

「……そこか」

確かにあれは、地球の食料事情をテーブルごとひっくり返すほどのインパクトがある。それは確かだ。

しかし、WDAの食品管理部はその安全性を確かめるのが仕事だが、言ってみればそれだけだ。それに執着する理由が斎賀には分からなかった。

「あと、引きずられて行く前に、NIHS(国立医薬品食品衛生研究所)と、NARO(農研機構)の食品研究部門、それに、東京大学大学院農学生命科学研究科のRCFS(食の安全研究センター)に連絡されていたみたいです」

美晴は連絡を取らされた相手を、メモを見ながら報告した。

「厚労省管轄と農水省管轄か。一応日本のことも調べちゃいるんだな」

「麦については最優先でチェックするそうです。もっとも、『アズサが食べられるって言ってるんだから大丈夫だろ。さっそくFAOに話を通しておく』とおっしゃってましたが」

「この時点で、FAO(国際連合食糧農業機関)まで引っ張り出すのか?」

「IDAにお金を出させて、さっさとサヘル地域あたりに導入したいみたいでしたね」

IDA(国際開発協会)は世界銀行を構成する2組織のうちのひとつで、最貧国の政府に無利子の融資や贈与を提供している機関だ。

ちなみにもうひとつは、IBRD(国際復興開発銀行)で、こちらは中所得国や、信用力のある低所得国の政府に貸出を行う。

「WDAの食品管理部が、どうして世界の貧困問題に口をはさむ?」

「うーん、なんとなくですが……」

「なんだ?」

「人間だから、ですかね?」

そのあまりにも青臭い発言に、斎賀は赤面しそうになった。

世界の貧困を救えるかもしれない技術が目の前にある。そうしてそれを世界に届けられるかもしれない立場に自分がいる。

ただそれだけの理由で、リスクをものともせずに突っ走れるものだろうか。

斎賀は目の前の美晴をもう一度見た。

彼女は、ちょっと恥ずかしいことを言ったかなと、照れているようだった。

危なっかしいことこの上ないが、こいつらは、それをやっちゃうんだよなぁ……と斎賀は半ば呆れ、半ば畏敬の念を抱いていた。

「そ、そうか」

「い、いやだなー、課長。そこで素にならないでくださいよ!」

美晴は、照れをごまかすために左手でパタパタと手を内輪のように動かしながら、ストップというように右手を突き出した。

それが斎賀の机の上の書類をかすめて、何枚かの書類が机の下に散乱した。

「おいおい」

「あ、すみません」

そう言って、落ちた書類を拾い上げようとしたとき、そのタイトルが目に入った。

「代々木……ダイバージェントシティ 計画(プロジェクト) ?」

「あー、それもあったか」

「なんですこのバブルを懐かしむような名称のプロジェクトは?」

書類をまとめて机の上に戻しながら美晴が訊いた。

「懐かしむって、おまえ、その頃って物心も付いてないどころか、下手すりゃ生まれてないだろ」

「まあそうですけど……」

「端的にいえば、セーフエリア以外にも施設を建設して、ダンジョン内を利用しましょうってプロジェクトだな」

セーフエリアとは異なるからダイバージェントなんだろうか。それとも地上とは違うダンジョンという意味でダイバージェントなんだろうか。いずれにしてもリアルでダイバージェントシティなんて名称、ちょっと恥ずかしくないのかなと、美晴は呆れ気味に考えていた。

「なんだか胡散臭い感じですけど、事業主体はどこなんです?」

「書類によると、代々木ダイバージェントシティ準備会だか企画室だかってところだな」

「……あ、怪しい」

「おいおい、一応後援は東京都なんだから、下手なことを言うなよ」

確かに胡散臭いけどなと、斎賀も苦笑していた。

「ま、その企画室ってやつに、天下った人だの、えらい議員さんだのが名を連ねているってわけだ」

はぁ、と美晴は呆れ気味に相槌を打った。

「だけど、そんなことができるんですか?」

「いきなりは無理だろうな」

それに、いかにこの辺の地価が高いとはいえ、経済的に元が取れるのかどうかも怪しいところだ。

「だから一次プロジェクトとしては、通信網の整備をやるらしいな」

「そんな簡単に整備できるのなら、とっくに作られていると思いますけど」

「まあな。実際、この計画は、ダンジョンができた当初からあったみたいだ」

「じゃあどうして今更?」

「セーフエリアが見つかっただろう?」

「はい」

「もしもそこが開発されるとしたら、上と結ぶ通信網の整備は喫緊の課題だ」

「それはそうですけど」

「現時点で、ケーブルを引っ張りまわすのは無理だ。だから無線中継の基地局をいくつか作って、冗長性を持たせたうえで運用しようって事ことらしいんだが――」

斎賀は言いにくそうに続けた。

「――小さな建造物だけってことなら、21層に建物を建てちゃったやつがいただろうが」

「あれの影響なんですか?!」

「間接的にはそうだな」

そう言って、斎賀は、手元の書類を一枚抜くと、美晴に渡した。

そこには、Dパワーズが申請した、スライム対策の特許が書かれていた。

「え? もう認められたんですか?」

いくらなんでも早すぎる。申請はそれほど前じゃなかったはずだ。

「何しろ内容が内容だ。それに証明も実際にやってみるだけで実に簡単だからな」

WDAのPO(知財局特許課)も最優先で調査したらしかった。

「ま、そのせいで、従来からあったこのプロジェクトが一斉に動き出したってことだろう」

「課長。うちとしては、ただ土地の貸し出しだけをやっておけばいいと思いますよ。こんなプロジェクトに割く人員なんかありませんし」

原因の半分を持ってきたお前が言うかと、斎賀はさらに苦笑を深めながら説明した。

「まあ、これは人員を割けというより、金をよこせって要求だな」

「金? 補助金ですか? それならうちじゃなくて、振興課なんじゃ……って、まさか」

「こないだの基金騒ぎの意趣返し、というより、予算の都合上、こちらに回さざるを得なかったってところだろうな」

「来季予算に回せない理由があったってことですか?」

「Dパワーズの協賛をあてにしてプロジェクトを進行させていた可能性はあるかもな」

先送りするにしても――

「ダンジョン内のインフラを整備してやるんだから、JDAも金を出せってことで、この企画室ってのもえらく強気なんだ。こんな額、来期の振興予算でも賄えないはずだ」

それこそ寄付を大量に集めてこなければな、と斎賀が口をへの字に曲げた。

「なら振興課のメンツは――」

「もしも本当にそうだとしたら、丸つぶれだろうなぁ……頭が痛いよ」

最近吉田は、斎賀と廊下ですれ違っても、目も合わせようとしなかった。

斎賀としては、Dパワーズに余計なことはしない方がいいですよと忠告しただけなのに、一方的に悪者にされているようで頭が痛かった。

「ま、最後は上に投げるから心配するな」

「賢い上司の使い方ってやつですね」

「お前と一緒にするなよ。こんな金額の補助金みたいなものを、課長権限で決済できるわけないだろ」

「Dパワーズとやった、オーブを預ける取引も結構な金額だったような気がしますけど……」

「あれは、あらかじめ根回ししてあったんだ。俺は組織の枠の中で働いてるの。そんな勝手ができるわけないだろ」

そう言われた美晴は、それじゃまるで私が組織の枠の中で働いていないみたいじゃないと思ったが、そういや最近仕事のほとんどは、Dパワーズの事務所でやってるなぁと思いなおした。

「お疲れ様です」

「……あのな。なんか、今、すごく哀れまれたような気分になったんだが」

「気のせいですよ! 疲れてるんじゃありません? ほら、また甘いもので差し入れしますから」

「お、おお……」

そう言って逃げるように立ち上がる美晴を、斎賀は少しうらやましそうに見ていた。