軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§110 進め! マイトレーヤ! とそのころの斎藤さん 1/26 (sat)

三代さんのチームは、前衛にライラプスとガルムを、二人の護衛にクーを、遊撃にアヌビスを配置するようだ。

今は11層への階段に向かって、フォーメーションの確認をしつつ進んでいる。

「同じヘルハウンドの召喚でも、出来ることは大分違うんですね」

「もっと画一的なのかと思ってたな」

ライラプスとガルムは、基本的にアルスルズ達と同じような攻撃方法だったが、アヌビスはほとんど物理的な攻撃をせず、魔法一辺倒だった。

「我に汗臭い労働は似合わんだろう?」

だそうだ。相変わらずこいつは良い性格をしているよな。

アヌビスが使っているのは、シャドウランスというよりも、黒い包帯で相手を包み込むような、どちらかというとシャドウバインドに近い魔法だ。

包まれた瞬間、対象が溶けるように消えていく。

「アヌビスは冥界の神様ですからね。ミイラにして、死者を冥界に導いているというところでしょうか」

「ふっ、そこの牝はよく分かっているではないか。我の耳を掻く権利をやろう」

「あとでね」

頭を突き出してくるアヌビスに苦笑しながら三好が言った。

主である小麦さんは、俺が渡した空のリュックをお腹側にかけて、ドロップアイテムが出る度に、それをその中へと詰めていた。

流石世界最高クラスに違いないLUCの持ち主だ。結構な頻度でアイテムがドロップしていた。

特に魔結晶は、犬たちの特別なご褒美に必要だから大事に取っておいてくださいと教えてある。

三代さんは、クリエイトアローにまがりなりにも成功していて、地魔法で作られた矢を撃ち出していた。

ただし、まだ回転が遅く。守られた状態でないと使うのは難しそうだった。

「一発当たり、0.2くらいだな」

「MP消費ですか?」

俺の呟きを三好が耳ざとく聞きつけて聞いてきた。

俺は、それに頷くと、三代さんの方を見ていった。

「彼女は1時間に48ほど回復するはずだから、1時間に240発なら自然回復で行けるな」

「1分に4発は微妙ですね」

「まあ、これだけじゃ辛いが、それでも矢のコストをある程度押さえられるだろ」

俺は、先日ダンジョン用の矢の値段を聞いて驚いたのだ。

以前購入したときは、セットで買ったから単体の値段がわからなかったが、高価なものは1本5千円とかするのだ。

シャフトには500円くらいの安いのもあるようだったが、それでもダンジョン探索に使ったら赤字になるんじゃないかというレベルだった。

弓使いが少ないわけだ。

「それに、威力はバカに出来ないみたいだぞ?」

三代さんが射た魔法の矢は、ゾンビもスケルトンも、一撃で頭部を吹き飛ばしていた。

「私たちの最初の頃より凄くないですか?」

「まあ、ステータスが違うからなぁ」

俺達の最初の頃のステータスは、実にしょぼかったもんな。

三代さんのドロップアイテムも、小麦さんがせっせと拾って鞄に詰めていた。

そう言えば、三代さんは契約探索者だけど、小麦さんは違う。一体彼女たちとの契約ってどうなってるんだろう?

「三好。彼女たちとの契約ってどうなってんだ?」

「三代さんはお給料+歩合給ですけど、小麦さんは厳密にはまだキャンプ中なんですよね。だから、マイトレーヤとしてまとめて契約してます」

「マイトレーヤ? なにその人類を救ってくれちゃいそうな名前?」

56億7000万年後に人類が存在しているかどうかは怪しいが。

「何かパーティ名をつけろと言われて、二人で考えたんですけど、三代と六条で、 三六(みろく) なんですよ」

と三代さんが笑っていった。なるほど、そういうことか。

派手なパーティ名に負けないよう、このまま突き進んで言って貰おう。

とりあえずは、18層をめざして。

◇◇◇◇◇◇◇◇

代々木ダンジョンのすぐ裏手にある、岸記念体育会館の4階(*1)では、一人の強化委員が、机の向こう側に座っている強化部長に食ってかかっていた。

「70mラウンドで、705ポイントだと?」

あり得ない数値を聞かされて、強化部長は眉をしかめた。

70mラウンドは、70m先の的に向かって72射して合計ポイントを競う競技だ。アーチェリーの的は中央が10ポイントなので、全て中央の直径12cm程の円の中に入れると、合計で720ポイントになる。

言葉にすると簡単そうに思えるが、そんなことの出来る人間はいない。少なくとも今のところは。

日本記録は、男子ですら692ポイント、女子は680ポイントだ。男子の世界記録ですら700ポイントなのだ。(*2)

「そうです。先日光が丘であったオープンな大会の――エキシビションというよりもただの撮影だったそうなんですが、そこで叩き出された記録です」

「撮影?」

◇◇◇◇◇◇◇◇

その日、斎藤涼子は、映画のカットの撮影に光が丘弓道場を訪れていた。

丁度、小さなオープン大会が開かれていて、撮影に丁度良かったのだ。

「そういや、斎藤ちゃんって、アーチェリーもやるんだって?」

「え? ええまあ。だけど競技じゃありませんよ?」

「的に当てることに変わりはないんじゃない」

「それはそうかもしれませんけど」

ダンジョン内のハントなら、距離はせいぜい30mだ。もっとも、素早く動くモンスターにヘッドショットを成功させるのは、距離とは違う難しさがあるのだが。

対して、こちらは、止まっているとはいえ70mも先の的を狙う競技だ。

「やはり大分違うと思いますよ?」

「そっかー。ま、それはいいや。ついでと言っちゃ何だけど、神代が弓を射る 画(え) も撮っておきたいんだ。使えるかどうかは分からないけどさ」

「ええ?」

神代は、彼女が演じるキャラの名前だ。

一応、アーチェリーの達人と言う設定になっていた。

「昼休みに、ちょっと射てるところを撮影させて貰うように話をつけたからさ。よろしく頼むよ」

「昼休みって、選手の人達、みんな周りで見てるんじゃ……」

「見られるのが商売の人が何言ってんの。じあがりで行きたいんだけど、終わってからだとちょっと光がね」

じあがりは自然光での撮影のことだ。

終了を待っていると、夕方になって、今と光の感じが変わってしまうと言う意味だ。

「わかりました……弓はどうするんですか?」

「そこはぬかりないって。標準的な女子用の弓って言って用意して貰ってるから」

そう言って、監督は、用意してあった弓持ってこさせて彼女に見せた。

「って、それベアボウですよ?」

その弓を見て、涼子は困ったように言った。

「ん? ダンジョン内で使ってる子が引くから、シンプルで格好いいのって頼んだんだけど」

「私が使ってるのはコンパウンドだし、今日競技でみなさんが使ってるのはリカーブですけど……」

「まあまあ、弓は弓でしょ? リカーブ?って、前に長いのとかいろいろ付いてるけど、弓の形は同じようなもんじゃん」

「んー、そうなのかなぁ」

涼子も芳村に 貰(・) っ(・) た(・) コンパウンドボウしか使っていなかったため、詳しいことはよく知らなかったのだ。

物怖じしない彼女は、すぐそこでこちらを見ていた男性選手に、コンパウンドボウとベアボウのリリースの違いなどを簡単に尋ねた。

「へー、結構違うんですね」

「ええ、まあ。だけどリリースの所だけ気をつければ、すぐに慣れると思います」

「わかりました、ありがとうございました」

にっこりと笑う涼子に、見事に籠絡された男性選手は、顔を赤くして、いえ……と口籠もってから勇気を振り絞るようにして言った。

「あの、写真を撮って貰っても構いませんか?!」

「いいですよー。じゃ、監督シャッター押してね」

「え? 俺かよ? ってか、事務所的にいいのか?」

「ファンと……ファンですよね?」

「はひっ!」

「ありがとうございます。お世話になったファンと写真を撮るくらいいいじゃないですか」

「まあ、お前がいいんならいいけどな」

「あ、じゃ、これを」

そういって男性選手が監督にカメラアプリが立ち上がっているスマホを渡すと、涼子と一緒に並んで写真を撮ってもらった。

「あ、監督、監督。もう一枚。ちょっと固いなー、こう、オーって感じで手を挙げて」

「は?」

「ほらほら、いくよ? オー!」

「お、オー!」

できあがった写真は、楽しげに、アーチェリーしてましたよ、といった雰囲気で、なかなか決まっていた。

それをみた男性選手は、感激して礼を言った。

「相変わらず得な性格してるよな、お前」

「そうですか?」

「まあ、この世界に向いてるよ。お。そろそろ昼休みだぞ」

「了解でーす」

弓を持って、射撃場へと足を運んだ涼子は、70m先にある的を見た。

「70mって、ダンジョンの中じゃあんまり使わない距離だけど……まあ、1回射てみればわかるか」

彼女は、矢をつがえると、すぐに第1射を放った。放たれた矢は糸を引くように飛んで、122cmの的の――

「ありゃ」

――見事に下側、的の外に命中した。Mである。(*3)

それをみていた周りのギャラリーから、クスクスと笑い声が上がった。

「うひー、恥ずかし。でも今ので大体分かったかな」

そう言って、次の矢をつがえ、今得た情報で修正して、第2射を放った。

それは、的の右、ブルーの部分に突き刺さった。5ポイントだ。

「上下はOK」

そうして射た第3射は、みごとに、的の中心を捕らえた。

「よしっ」

おおーという声が上がる。

そうしてエンド(6射)を終了して、スタッフが矢を回収する頃には、会場はざわめきで満たされていた。

「ええ? あの人が使ってるのって、ベアボウでしょ?」

「うそっ。でも最後の4射は全部10ポイントにあててるよ」

「一体何者なんだ?」

まわりの騒ぎを一向に気にしない、マイペースな涼子は、監督に向かってもういいかどうか尋ねた。

「かんとくー。も少しやりますか?」

「……あ、ああ。一応時間いっぱい、競技と同じだけ射てみてくれる?」

まわりの反応に、なにか異常なことが起きてるんじゃないかと、独特の嗅覚でかぎ取った監督は、 画(え) になるかもと言うただそれだけで継続を指示した。

それが後で大変なことになるとも知らずに。

「ええ? あと11エンドも? 時間大丈夫かな」

昼休みは40分しかない。普通は4分で6射と聞いたが、それじゃ間に合わないのだ。

「分かりましたー。巻きで行きますね!」

そうして30分が過ぎる頃、会場は水を打ったような静けさに支配されていた。

雑談の声ひとつ立たないその会場で、涼子が最後の矢を中央に当てた瞬間、怒濤のような声が辺りからわき上がった。

「すっ、すげぇ! 一体どうなってんだ?!」

「え? え? これって世界記録なんじゃ……」

それを聞いた監督が、側にいた選手の男に聞いた。

「なにか凄いんですか?」

「凄いなんてものじゃありませんよ! 70mラウンドの世界記録って700ポイントなんですよ?!」

「700ポイント?」

「彼女は、最初の2射をはずしただけですから、トータルで705ポイントなんです」

「え、それじゃ本当に世界記録?」

「あー、それは……たぶん非公認記録になると思います」

「ですよ。私、連盟はおろか、地区のアーチェリー協会へも登録してませんし」

そう言いながら、涼子が弓を持って戻ってきた。

「でもベアボウでも結構当たるもんですね」

「いやいやいやいや、あんなの初めて見ましたから」

「そうですか? ダンジョンの中だと、あれくらい出来る人は結構いそうですけど」

「本当ですか?!」

はるちゃんも同じくらいあててたもんな。

「はい」

そう言って笑った彼女の話を聞いていたまわりの選手たちは、ダンジョンに著しい興味を抱いたようだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「その場にいた、選手のひとりが、その様子をずっと録画していたそうで、その映像をyoutubeにアップしたんです」

そう言って、男はその動画が入ったデーターを彼に渡した。

「公開されているのか?!」

「もう削除されています。たぶん映画関係者からの要請だと思いますが」

しかし一度インターネットにアップロードされたデータが消えることは考えられない。

この瞬間、どこかのサイトにアップロードされていてもおかしくはないだろう。

「とにかく、彼女は知名度もありますし、今すぐ強化選手に指定するべきですよ!」

まあ、女優選手となれば広報や普及委員は喜ぶだろう。しかも強いとなればなおさらだ。

「彼女は何処でアーチェリーを?」

「ダンジョンの中だそうです」

アーチャーというより、ハンターというわけか。

強化部長はダンジョンのスポーツ界への影響についての議論を思い出していた。

「だが、すでに去年の11月、つま恋でナショナルチーム兼東京2020オリンピック強化指定選手は選考された後だぞ?」

「そんなことは分かってますよ」

強化委員は、もどかしげにそう言いながら、そう言う問題じゃないんだ、と考えていた。

どこの誰が、まぐれでも705ポイントなんてスコアをたたき出せるって言うんだ?

「リオの失敗を受けて、できるだけ本番に近いところで決めるっていう方針にしたんでしょう? 一番調子がいい選手を選ばないと駄目だと言っていたじゃありませんか」

「それはその通りだが……彼女は連盟にも登録されていないはずだろう? その大会だって、ただのオープンの大会だ」

「連盟の登録なんていつでも出来ますし、アーチェリーの得点に大会の大きさは関係ないでしょう」

そんなことはどうでも良いんだとばかりに、彼はその時の様子を話した。

「いいですか? 彼女は70mラウンドに、使ったこともないベアボウで参加して、最初の2射こそMと5ポイントでしたが、残りの70射は、すべて10ポイントの円の中に入れたんですよ」

「とても信じられん」

「それに彼女は、つけ矢(*4)をやってないんです。おそらく最初の2射は、つけ矢のつもりだったんだと思います」

「つまり、それがなければ満点の可能性があったということか? リカーブでも誰もやったことがないのに、初めて使ったベアボウで?」

あり得ない――そう考えるしかなかった。

「来月の、チュラビスタは無理でも、3月のつま恋でやる世界選手権の三次選考会になら間に合います」

「いきなり上位8名と一緒にするのは、他の選手の反感を買わないか? ましてや女優だぞ? 売り出しのためのごり押しに見えてもおかしくないだろう」

「ダントツの実力があれば、そんなもの」

強化部長は、選考会の枠を例外的に一つ増やすことはできるだろうと考えた。

しかし、彼女は本当に大会などに出場するだろうか?

「もし、それが可能だとしてだな、最終選考会の4月のメデジンや、6月の本番、スヘルトーヘンボスへ出場が可能なのか? ああいう世界はよくわからんのだが」

今年の世界選手権は、オランダのスヘルトーヘンボスで行われる。

世界選手権代表選手の最終選考会が行われるメデジンは、コロンビアだ。

「……わかりません」

「おい……まずはそこをはっきりさせないと、特例もクソもないだろう」

「わかりました。まずはプロダクションのほうから当たってみます!」

そう言って男は一礼すると、嵐のように去っていった。

「ふー。熱血漢なのはいいが、夢中になるとすこし周りが見えなくなるのは、なんとかして欲しいものだな」

強化部長は椅子から立ち上がると、窓から、代々木ダンジョンの方を眺めた。

ダンジョンが出来て3年、その影響力は、確かにスポーツ界へも浸透してきている。

「体力系のスポーツだけの話だと思っていたが、技術のウェイトが大きな競技にまで影響するとなると、こちらも考える必要があるか」

日本のアーチャーは、ヨーロッパやアメリカと違い、ほぼ100%が競技志向だ。

70mラウンドで、720点が10人出るような世界がやってきた時、一般人のアーチャーは増えるだろうか? それとも、やる気をなくして去っていくだろうか?

結局、我々の仕事はアーチェリーという競技の振興だ。

それにダンジョンがどう影響するのかを見極めなければ。