軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§102 横浜ワンダバ計画? 1/22 (tue)

「これが、横浜ダンジョンか」

ダンジョンビルの1階へ入って、入ダン手続きをした俺達の前には、地下へと続く階段が薄暗い口を開けていた。

地下1階は元々食料品などを売る店舗として作られていて、それなりにスペースが区切られているらしい。そのためかどうかは分からないが、ガチャダン特有のワンフロアボス部屋層は、地下2階の駐車場フロアからだということだった。

「この階段も含めて、どっからがダンジョンなんだろうな?」

「本当に知りたければ、先輩のメイキングで、何処まで戻ったらリセットされるかを確かめてみればわかりますよ」

「そうだな。必要になったら調べてみようぜ」

「じゃ、いきますか」

三好は代々木と同じ装備で、カメラなども有効にした。

テンコーさんが戻ってくるまでは自重しなくて良いだろう。現在潜っているチームもゼロだということだ。

過疎どころか、貸し切りだよ。

階段を20段下りたところが、階段の角に当たる踊り場だった。

おそらくテンコーさんが言っていた場所だろう。

小さなスライムでもいないかと、ざっとみまわしてみたが、特になにも見つからなかった。

「やっぱ、見間違いだったのかな」

俺は、踊り場から階段の上を見上げながらそう言った。照明がないので、かなり薄暗い。何かを見間違えても、おかしくはなかった。

「たまに訪れる探索者が、もののついでに倒していったのかもしれませんけど」

モンスターは、時折1層から出てきて、ダンジョンのまわりに出現することがある。層を移動しないモンスター唯一の例外だ。そのため、ダンジョンの入り口まわりは厳重に管理されているのだ。

やってきた探索者が、そういう類のモンスターだと思って、それを処理した可能性は確かにゼロではないだろう。

念のために、あとで受付に聞いてみよう。報告が上がってるかも知れないし。

そこからさらに14段下りたところに、地下1階への入り口があった。

「出てくるモンスターは、代々木7~8層くらいの強さらしいですから、オークとかブラッドベアクラスですね」

「やっぱ人型?」

「いえ、一番厄介なのは蜘蛛らしいですよ」

「蜘蛛?」

「ハエトリグモのでっかいヤツです。50cmくらいあるそうで、ジャンピングスパイダーっていうらしいです」

「まんまじゃん。しかし、虫型かよ……」

「先輩、蜘蛛は虫じゃ――」

「わかった、皆までいうな。他には?」

魔物に昆虫もクソもあるもんか。

「ヒュージセンチピードに、後はクラゲがいるそうです」

「クラゲ? 水なんかないぞ?」

まさか水没している部分があるのか?

「空中に浮いてるそうですよ。その名もサイアネア」

「どっかで……ライオンのたてがみか?」

「まったくダンジョンもいろいろ考えますよね」

三好は、頷きながらそう言った。

コナン・ドイルの書いた、シャーロックホームズシリーズの中に、執筆者たるワトソン博士が登場しない作品が二つだけある。

ワトソンが結婚生活のためにホームズと別居していた際に起こったとされる事件で、それらはホームズ自身によって語られるという体裁を取っていた。

そのうちのひとつのが、ライオンのたてがみ(The Adventure of the Lion's Mane)という話なのだ。

それに登場するクラゲが、サイアネア・カピラータ。別名ライオンのたてがみと呼ばれる、猛毒を持つ巨大なクラゲだ。何しろ触手が何十メートルもある個体がいるらしい。

「流石に、あれほどデカくはないんだろ?」

60mもあったら、地下の何処にいてもやられそうだ。

「触手は1mかそこらみたいです」

「なら大丈夫だろ。なるべく近づかないで倒そう」

「了解」

「しかし、そのノリなら、犬と蛇も居そうじゃないか?」

「ハウンド・オブ・パスカヴィルとか、スペクルド・バンドとかいう名前のですか?」

パスカヴィル家の犬も、まだらの紐も有名な作品だが、後者はオリジナルの言葉で読まないと、音の関係で、いまいちおもしろさが全部伝わらない内容になっている。

翻訳を読んでも、どうしてこれをドイルがホームズの短編の中の1位に上げたのかよくわからないだろう。

「そうそう。口笛で呼び戻せることができて、ミルクを嗜む蛇なんだよ」

「残念ながら、どちらも1層にはいませんね」

そんな軽口を叩きながら、俺達は、地下1階の扉をくぐった。

そこはよくあるデパチカといった感じの空間だった。ただし――

「暗いな」

灯りらしい灯りと言えば、フロアのあちこちに設置されている非常灯くらいだった。

「一応電気は来てるのか」

「いえ、来てないそうですよ」

「え? あの非常灯は?」

「あれ、ダンジョンのオブジェクトらしいです」

そう聞いて、驚いた俺は、近くにある非常灯を振り返った。

どう見ても本物にしか見えない。

「マジかよ。そんなものまで作れるなら、本当に3Dプリンタ化も夢じゃないのでは?」

「無機物に対して、ダンジョンの管理を活性化させるスイッチがわかれば、可能かも知れませんけど」

なにしろ現在そうだろうと思われるスイッチは発芽なのだ。無機物を発芽させるのは、流石に難易度が高すぎる。

俺達はメットのライトをオンにした。

「さて、行きますか」

「急がないと、テンコーさんとの待ち合わせもありますからね」

「……うーん。やっぱ、ちょっと面倒くさいんだけど」

「まあまあ、先輩。変身ならぬ、献身ヒーローというのも、たまにはいいものですよ」

「なにかそういうの、昔の特撮番組の特集で見たことあるぞ、あれは確か――ん? なにか素早いのが来るぞ」

正面の通路の先から近づいてくる、妙に素早く動いては止まりを繰り返す何かが、生命探知に引っかかった。

「たぶん蜘蛛でしょう。ハエトリグモっぽい動きですし」

「よし、じゃあ、最初は魔法が通用するかどうかをためしてみるか」

「じゃ、お任せします」

俺は、献身ヒーローのことを思い出しつつ、ウォーターランスを準備すると、そのヒーローの決め技?を小さく叫んだ。

「外道照身霊破光線!」

「……先輩」

三好に呆れられながら射出された3本のウォーターランスは、こちらに飛びかかってきたジャンピングスパイダーを直撃した。

そのまま、力なく床に落ちたジャンピングスパイダーは、しばらくひくひくと蠢いていたが、その動きを止めると同時に黒い光へと還元され、後には――

「み、三好さん? あれって……」

そこにころんと転がったドロップアイテムを見て動揺した俺は、思わずそう言いよどんだ。

三好はその小さな光る何かに近づくと、それを拾い上げて言った。

「見事なラウンドブリリアントカットのブルーダイアですね。2ctはありそうです」

「汝の正体みたり! 前世魔人、コンゴーセッキ!」

俺は蜘蛛のいた場所を指差してそう言ったが、さすがの三好も「バレたかー」と突っ込んではくれなかった。

「先輩、 韜晦(とうかい) してても、なんにも解決しませんよ?」

「なんでジャンピングスパイダーがそんなものをドロップするんだよ?!」

「そりゃもう、ここが20層より下の扱いで、先輩が”ダイヤモンド・アイ”のことなんか考えながら倒したからでしょう」

ダイヤモンド・アイは、そのインパクトのある見た目と、やたらとメジャーな「外道照身霊破光線」で知られている特撮ヒーローだ。

なにしろ、決め技の名前は誰も知らないくせに、外道照身霊破光線だけは、みんなが知っているという、なんとも歪な人気を誇っている。

「良かったじゃないですか。仮説が二つも強化されて」

ここが20層よりも下の扱いだというのなら、階段が1層扱いだという仮説は、ほぼ証明されたも同然だ。他に考えようがない。

そうして、ダイアのドロップは、最初に倒したもののイメージが鉱物資源の可能性を収束させるという仮説への、わりと強力な証拠のひとつになるだろう。

まさか20層以降だとは思っても見なかった俺は、何の雑念もなく、ダイアの精であるヒーローのことを考えていたのだ。

「で、どうするよ?」

「テンコーさんと一緒に、ここで冒険するのは危ないですね……とくに彼の目の前で私たちが倒しちゃうのはかなり問題が。あの人絶対録画するでしょうし」

「そういやここって、普通のダンジョンと違って人間の作った施設だよな? 電波とかどうなってんだ?」

代々木が階層毎に別空間だって言うのはなんとなくわかるが、ここはもともとあった施設なのだ。録画で感じた疑問を三好に訪ねてみた。

三好はすぐに自分のスマホを取り出すと、入り口付近で電波を確認した。

「圏外ですね。見た目は以前の施設のままですけど、別空間と考えたほうがいいんじゃないでしょうか」

その時、大分先の視界の隅で、何かがかさかさと蠢いた。

それまで静止していたから気にしなかったが、どうやらそいつは光に吸い寄せられる性質があるようで、ヘッドライトの光がよぎると同時に動き始めたようだった。

それは、大人の身長くらいありそうな不気味な大ムカデだった。黄色っぽく固そうな足がぎちぎちと蠢いて、素早くこちらへと近づいてくる。

俺が何かする前に、三好が引きつった顔で2cm鉄球を散弾風に撃ち出して頭を潰した。さすがにあれは気持ち悪かったらしく、嫌そうな顔をしていた。

「あんなのが、上から降ってきたりしたらぞっとしないな」

「やめてくださいよ!」

三好は上を見上げて天井を照らしたが、幸いそこには何も居なかった。

ヒュージセンチピードが消えると、そこには、やはり、美しくカットされた透明な宝石が残されていた。

「モンスターの死体が残らない仕様でほんと助かりました」

そう言って、三好はその宝石を拾い上げた。

「1/3が最初に来たみたいですね。私のは普通に透明なダイアのようです。こっちは1ctくらいですね」

ラウンドブリリアントカットされたダイアの直径は、1ctで6.5mm、2ctで8.2mmくらいだと言われている。

僅か2mm未満の違いだが、実際に見るとかなり違う。

「しかし、ダイアが出ることは確定したわけだ」

「です。しかもメレじゃないサイズ」

メレダイアは、ダイアをカットする際にでる余剰部分から作られるダイアで、大抵0.2ct以下の大きさだ。

「これって、デビアス辺りともめないか?」

デビアス社は、事実上ダイアの価格を統制している企業だ。

なにしろここは、実質ダンジョンの1層だ。

しかもドロップするのはダイアで、1ctは僅か0.2gなのだ。金属のインゴットと違い、やる気になればいくらでも持ち運べる。

それに、この鉱山には所有者がいないのだ。見つけた者の物になるなら、統制そのものが難しいだろう。

マイニングが普及して人が殺到したら、世界中のダイアの価値に影響を与えるおそれすらあるかもしれない。

「小麦さんと雑談してたとき聞いたんですが、日本のダイアの輸入量は、大体年間200万~250万ctくらいはあるらしいですよ。だから、こんな小さなダンジョンのワンフロアから、少しくらい産出したところで、さすがにそれほどの影響は――って、あれ?」

三好は何か計算しているような顔で中空を見つめていた。

「よく考えてみたら、200万匹のモンスター討伐って、1日5500匹弱ですから、1時間で230匹弱ですよね? それって、輸入量の10%くらいなら先輩だけで楽勝な気がしてきました……」

もちろん全部が1ct級だと仮定すればだが、1時間で23匹なら、多分狩れるだろう。

通常のLUCだと、さらに3倍する必要があるが、それでも10%の影響なら1時間に70匹弱だ。10チームなら1チーム7匹。

フロアにいるモンスターの数とリポップにかかる時間次第だが、全然不可能な数字じゃない。

「紛争ダイアならぬダンジョンダイアとして、新しい規制が行われかねないな、それって」

「それは無理でしょう。紛争ダイアと違って大義名分がないですもん。価格を維持するために、なんて、分かっていても誰も口にしない名分がおおっぴらに使われるのは無理があります」

さらに産出するのは、カット済みダイアだ。キンバリープロセス認証などもそうだが、大抵、規制対象は原石なのだ。

「せいぜいが合成ダイアと同じように、カテゴリ分けしちゃうくらいでしょうけど、これって分類はおそらくナチュラルですよね? たぶん、普通の天然物と見分けがつきませんよ」

「まあ、一応天然っちゃー、天然だもんな」

俺はさっき三好が拾ったブルーダイアを手元で見ながらそう言った。

「もしも、なにか特徴があったりしたら、ダンジョン産の稀少のダイアとして、従来のダイアの上のカテゴリになっちゃうかもしれません」

「よし、その辺は、鳴瀬さんに丸投げしよう!」

困ったときは鳴瀬にお任せ。よし、いいぞ、標語になるな。

彼女の眉間のしわが増えないことを祈ろう。

「実験用に考えてた踊り場フロアも、なんというか信憑性が出てきたわけだけど、これ、どうやって利用する?」

「そうですね……横浜ダンジョンは、利用者が極小にもかかわらず、都市部だけに管理は厳重にやる必要がありますから大赤字のはずです。いっそのこと丸ごと買えませんかね?」

「は?」

「だって、今日だって入ダンしたのは私たちだけって感じですよ? きっとここはJDAのお荷物でしょうし……踊り場を使うなら、1層への入り口までの通過点になっちゃいますから、いっそのこと1層丸ごと買うか借りるかできれば」

そしたら、ダイアもごまかせますよ?と三好がウィンクしていった。

「お前、凄いこと考えるなぁ……」

個人がJDAにダンジョンを販売した例はそれなりにあっても、JDAからダンジョンを買い取った例はないだろう。

「だが買えたとしても入り口付近の土地だけだろ? ダンジョン内はWDA管轄だったはずだ」

「先輩。我々は代々木で坪3万に文句を言いながらも、すでに先例を作っているんですよ。組織は大抵先例主義ですから」

三好が悪そうな笑みを浮かべて、そう言った。

「いいですか、代々木は滅茶苦茶広いですけど、この商業ビルの敷地面積は、所詮11000平米です。建築面積は9400平米。完成後に所有権が移転されたときは全体で665億でした」

「なんでそんなに詳しい?」

「大規模プロジェクトラブな人が作ったサイトに書いてありました。15年も前に作られた個人サイトを今でもメンテナンスしてるって凄いですよねー」

ここへ来る前に横浜ダンジョンのことを調べていて見つけたようだ。

「交渉は2850坪計算だと思いますけど、例え、3333坪だとしても、1フロア月1億円にすぎないんですよ」

代々木2層の賃貸料は、1坪3万円だった。

三好が、新宿3丁目や六本木レベルだと憤慨した価格だが、それと同等としても9999万。約1億円だ。

「1階を買い取っちゃえば、当面、階段と地下1階だけ占有すればいいわけですから、年12億。100年借り切ったって1200億です」

しかも価値が低いから値切れそうですしと三好が笑った。

代々木より高額なことは、ここの価値的にあり得ない。前回と違って今度は基準があるから交渉がしやすいだろう。

その時、三好の足下で、コツンと小さな音がして、ライトに光る小さな石が出現していた。

「ま、それがバレなきゃな」

産出するのがダイアだと先にばれたら借りられるかどうかは怪しいところだ。

もっとも俺達は、踊り場さえ借りられれば良いのだから、それでも構わないとは言えるのだが。

「アルスルズ、ですよね?」

「だろうな。なんだかあいつらをここに放流して、積極的に狩らせとけば、仕事なんかなんにもしなくてもOKな気がしてきたぞ」

召喚した魔物が倒したモンスターは、召喚主が倒したのと同じ扱いのようだった。つまり、ドロップアイテムもこうやって手にはいる。

なお、三好とアルスルズのいる層が違う場合、どうなるのかは未検証だ。

「家賃分だけで充分ですよ」

「まあそうだな。欲を掻くとろくな事にならない」

デビアス様の逆鱗に触れそうだし。

「ただ、1層だけの占有だと、地下2階以降への入ダンに踊り場を通過されちゃうぞ?」

「先輩。わざわざ踊り場以外に1層まで借り切っちゃうのは、ダイアのためというより、1層へ下りるには踊り場経由ルートしか入り口がないからですよ」

「ん?」

ちっちっちと人差し指を振った三好は、裏手を親指で指差しながら言った。

「2層へは、地上からの直通ルートがあるんですよ」

そこで俺は、三好が言いたいことに気がついた。

確かに、地下駐車場用のゲートなら2層直通だ。そっちに受付を作ってしまえば問題はないのか。

「だがそこで受付が必要になるなら、たいした経費の節約にはならんだろ?」

「そんなことないと思いますよ? 1階の賃貸料金なんかのほうが高いでしょうし、冷暖房だって、ここ、フロア毎ですからね」

三好が今度は上を指差しながらそう言った。確かに、9400平米の空調は、それなりにコストがかかりそうだ。

「それに、ここの1階って、もともとデパートの1階のつもりで建てられてますからインフラが整ってるんですよ、なかなかお得な気がしません? ほら、先輩の秘密基地計画的にも」

「あー、あれか」

最初に事務所を借りるとき、ビルを丸ごと買えば秘密基地みたいだなんて、言ってたっけ。

そう言われれば、距離だって代々木から1時間くらいだから、まあ許容範囲と言えば言えるか。

ダンジョンビルの1層は、本来デパートの正面玄関用に豪華に作られていた。

ダンジョン化したのは地下だけだったため、その上は普通に営業できると、当初は考えられていたのだ。

しかし、ダンジョンからモンスターが溢れた場合に適用されることになった、無過失責任がネックになり、運営会社は2階から上の営業に切り替えたのだ。

1階をJDAに売却、または貸し出すことで、その責任を回避したわけだ。

そこを俺達が買い取って管理するってことか。

こんだけ階層(階段だ)があるなら、1層からモンスターが溢れるなんてことはほぼゼロに違いない。無過失責任については気にしなくて良いだろう。

「悪くないな」

「じゃあ、ちょっと会社の方から打診してみますね」

「よし、テンコーさんをちょっと案内したら、さっさと帰ろうぜ」

「そうしましょう」

俺達は、一見滅茶苦茶だと思えるようなプランに期待を膨らませながら、テンコーさんと約束した、受付の前へと戻っていった。