軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼(彼女)の瞳に映るものは 後編

* リット=ホーネット *

「黒鋼寮の食肉を止めたのはハンマブルク家なんですよね?」

「うん、私が調べた範囲だと、そう」

「だとすると黒鋼寮に食肉を卸した場合、ハンマブルク家からその商会に圧力がかかります」

「あ……そういうことか」

リットは、自分の迂闊さを呪った。なぜその程度のこと、思いつかなかったのかと。

この国で貴族の力は圧倒的だ。ハンマブルク家ににらまれるということはその商会にとって「死」を意味する。いくら「ホーネット商会」が後ろ盾になると言ってもハンマブルク家が相手では力不足も甚だしい。

「……それに、私のこともある、か」

いかにうまく「ホーネット商会」がその姿を隠しながら商会を経由して黒鋼寮に食肉を卸したとしても、ハンマブルク家はやがて「ホーネット商会」を見つけ出すだろう。それくらいの力を当然持っている貴族だ。

そうなると「これほどの大店と黒鋼寮を結びつけられる人間は誰か?」と彼らは考える。

リット=ホーネットの名前が浮かび上がる。

父方ではない、母方の名前だが、彼らはリットがホーネット家のどんな血縁かを調べ出すだろう——そうすれば、

(やがて、お父様の家にたどりつく。 あの騒動(・・・・) を生き延びた私に)

完璧な偽名ならばこのような不安はなかったはずだ。

それは、わかっている。

(……でも私は、このホーネットの名前を捨てることはできなかった……)

理由は2つある。

1つは、試験の申し込みをしたのが最終王都試験ギリギリだったからだ。その場合、よほどの後ろ盾がない限りは申し込みができないため、祖父はホーネットの名前を使わざるを得なかった。リットの母方の名前だからすぐにそれとはバレないだろうという賭けではあった。

もう1つは、

(……全然違う名前にしたら、他ならぬ私自身が、お父様とお母様を否定してしまうことになるような……気がして……)

リット自身の、最後の心のよりどころがその「名前」だったのだ。

もし名前を捨てなければならないと祖父に言われれば、リットは、危険だとわかっていても地方でひっそりと暮らす道を選んだだろう。

「お嬢は、目立たずに5年を過ごすことが目的なんでしょう? でしたらなんの行動も起こしちゃいけません……。支店長も、番頭も、助けを求められたのになにもできないことが悔しくて悔しくてしょうがない、って言って……泣いてましたよ」

「…………」

リットはうつむき、両手を握りしめた。

ホーズ、支店長、番頭はリットのためを思ってくれている。その温かさがうれしくてリットもまた涙が出そうになったのだ。

「でも、支店長は安心してましたね」

「……安心?」

「お嬢、自分が生きていることがバレる可能性を知りながら連絡してきたんでしょう? 育ち盛りの男の子たちの食卓に『肉がない』、その問題をどうにかしてやりたいとお嬢は思ったわけでしょう? そう、思えるくらいのお仲間がいるんでしょう?」

リットは口元を緩めた。

ただの同情ではない。彼らがなにかやらかさないか心配という理由もあった。危険のない学園ですらやらかすのだから、危険いっぱいの森で、やらかさないわけがない。

「……まあね。ちょっと目を離すとなにをやらかすかわからないヤツがいるんだ。 ボク(・・) がついててやらなきゃ」

* ソーンマルクス=レック *

「——ってボクがついていながら、迂闊だった……!」

我が同室の「金に汚い性欲魔人」ことリットくんが顔を覆ってうなだれている。

しかし「金に汚い性欲魔人」とか、いいところひとつもなくね? お兄さん、リットくんの将来が心配だよ……。

先ほどリエリィと話をして、寮に戻ってきた俺だったが、こうして部屋でリットに捕まったというわけである。スヴェンはどこにいるかって? 言うまでもないだろ……?(修行)

「なに人を心配そうな目で見てんのかなあ!? ここはボクが心配するところだからね!?」

「や、別にリエリィとそれなりに話せるようになっただけだって。キールくんと違って変な借りは作って……」

決闘したり、ネコつかまえたり、過去問借りたり……そんなもんか? あ、トッチョの決闘ではお世話になってしまったが、あれはトッチョの借りだよな。

「ない、うん、借りはない。俺はね」

「ほんとかなあ……。ていうかそんなことどうでもいいんだけど。むしろリエルスローズ嬢を愛称で呼ぶとか頭どうかしてんじゃないの?『吹雪の剣姫』だよ? 欠片の愛想も見せないと評判の令嬢だよ?」

「そんなことないぞ。リエリィはちゃんと女の子してる」

「…………」

すさまじく疑わしそうな顔でリットが俺を見てきた。

スキルレベルみたいに俺への信用度合いも数値化できませんかね? 記録的な低さを見ることができると思うんだが。

「あ、そうだリット。なんかリエリィがちらっと言ってたんだけど、うちのクラスに肉を仕入れるアテくらいあるんじゃないかって。お前なんか聞いたことない?」

聞くと、ぴくりとリットの眉が動いた。

「いやー、俺、みんながどんな家から来てるのかとか全然聞いてなかったからさー……って、リット?」

「…………」

リットはうつむき、膝の上で両手を握りしめていた。

「な、なんだよ、リット。大丈夫か?」

「——別に、平気」

「そうか? ま、いいかー、肉なら狩ればいいしな。よし、これからチーム分けのクラス会議だし下に行こう」

男子寮のロビーで夕食がてらチーム分けの話し合いをすることになっていた。

「……ソーマ」

「ん?」

部屋を出ようとした俺をリットが呼び止める。

「これからも鹿や鳥を仕留める気なの? 森に入って?」