軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試験当日はぴりぴりしていて

5月の朝、という感じである。空気は暖かくて太陽はきらきらしている。

前世で会社を整理していたときより働いてるんじゃないかって思えるくらい働いていた俺は、テスト前日で緊張して眠れないなんてこともなく非常に気持ちよく目が覚めることができた。

無理をしても大丈夫。

若さってすばらしい。

ただ徹夜はできないぞ(0時過ぎると眠くなる)!

こっちの1年は四季がはっきりしている——むしろ夏が長期化している日本よりも四季がはっきりしているのでこの春の気持ちよさは格別だなあ。

今日は朝練をナシにしているのでスヴェンがそわそわもじもじしている。……こいつに限っては朝練させておいたほうがよかったかもしれない。

食堂はいつもより混んでいて——よくよく考えると俺とスヴェンはこの時間に食堂に来ることがないので混んでいるとは知らなかった——料理のなくなっている皿も多かった。

「あらあら、今日は遅いんだねえ」

スープを給仕しているいつものおばちゃんが話しかけてくる。

「テストですから」

「あー、今日なんだね。がんばって」

ありがたくスープを受け取って、ふと思いついてたずねる。

「……そう言えばここの食事ってどういうふうに作ってるんですか?」

「え? もしかしてお口に合わないかい?」

「あっ! そうじゃないです! 毎日美味しいです! ただ資金的なやりくりが気になっただけで……」

「資金? もしかして、寮長になりたいのかい?」

寮長になると資金繰りをしなければいけないのは間違いないようだ。俺があいまいにうなずくとおばちゃんは教えてくれた。

食事は学園の敷地内で作っている。

食材は寮費で購入されている。

最近は肉の値上がりが著しいのだが、育ち盛りは肉を食べたいだろうから困っている——。

「ふむ……肉ね」

これは改善の余地ありそうだな。

テストの当日だというのにいい情報を聞けて俺はほくほく顔だ。……いや待てよ。なんで俺は前世でも今世でもお金の心配ばかりしているんだ? そういう宿命を背負っているのか?

「……ソーマさ、ほんっと緊張感ないよね」

すると同室のちびっこリットに言われた。

「緊張したってしょうがないだろ。テストは、平常心で受けるのがいちばん。ま、それが難しいんだけどな」

「そうじゃなくて。食堂の食事環境改善なんて、君がこの学園に残ってからの話じゃないか。もう残ったつもりでいるの?」

「ん? 当たり前じゃん。残るだろ」

「その自信はどっからくるのかねえ。だって、1人は0点確実なんだよ」

やれやれと言いながらリットは立ち上がった。もう食べ終わったらしい——パンケーキにヨーグルト? こいつはまた女子力高いもの食べてんなー。

「……俺はその点は心配してないよ」

ぼそりと言うと、スヴェンが「?」という顔でこっちを見てきた。「素振りしますか」じゃないよ。しないよ。

講義棟までの道も、いつもとは違った空気が流れていた。歩きながらノートを読むなんてのは「マナー違反(貴族的な意味で)」なのでみんな脇目も振らず教室を目指している。テスト開始ギリギリまで勉強しようという考えなのだろう。

それに引き替え、

「うぃ~……やっべぇ、昨日の酒が強烈過ぎてマジで抜けてねぇ」

「バッカおめぇ飲み過ぎらっつうの」

「おめぇもろれつ回ってねぇぞ」

酒臭い息をまき散らしながら歩いている黒パーカーの生徒……黒鋼クラスの上級生の皆さん、さすがです。下の10%を辞めさせるとかそういう話は1年生だけの話なので彼らには関係ないのだ。目障りな生徒は1年のうちにしっかり辞めさせ、あとは貴族のヒエラルキーを叩き込むということなのか。

酔っ払いに絡まれるなんてのはあまりに非生産的で面倒であることを知っているので声を掛けられないようなるべく離れたルートで俺は講義棟へとやってきた。

「おはよー!」

「……おはようございます」

「……おはよ」

俺が声を掛けるとちらちらと挨拶が返ってきたものの、ほとんどのクラスメイトは必死な顔でノートに食らいついていた。

勉強することの必要性を説き、伝え、ときに脅し、駆り立てた俺からすると、ちょっとやりすぎた気がしないでもないが、高得点を取ることに関しては悪いことなどない。

きっと俺は良いことをした。

俺は善人だ。

俺っていいヤツ。そういうことにしておこう。

「じゃ、ボクも最後の暗記をしておこうかな」

「…………」

リットとスヴェンも自席に着くとノートと格闘を始めた。特にスヴェンのヤツがヤバイ。すっと背筋を伸ばしたと思うと上半身だけをノートの上へと倒し、長い髪がノートに垂れるのも気にせずジイイとノートの文章を凝視している。

そのページが終わると身体を起こし、ファサッと髪の毛を背後に飛ばしつつ次のページ。その繰り返しである。あ、リットがスヴェンからちょっと距離を取った。

「で? ソーンマルクス大先生はウチらが何点取れると思ってるんだ?」

オリザちゃんとルチカがやってきた。

「それはさすがに問題をやってみなきゃわからないさ。大体、他のクラスの点数にも左右されるわけだし」

「そりゃそーだけど……ってかアンタ、余裕だね? ナガタチョーなんたら作戦で4人戻ってきたから余裕なのか?」

「ソ、ソーマさん、ごめんなさい……お兄ちゃんは最後まで来てなくて」

ルチカが恐縮しまくっている。

だけどさ、ルチカ。そんなに気に病まなくていいよ。

「あっ!」

と、ルチカちゃんが素っ頓狂な声を上げたのでクラス中がびくりとして彼女に注目する。

彼女は一点を見つめている。

それは教室の入口だ。

「ようやく来たか」

俺はそちらを見なくともわかっていた。

「……んだよ、こっち見てんじゃねーよ」

トッチョが教室に入ってきたのだ。

* 教員控え室 *

統一テストが行われる日、各クラスの担任たちは一室に集められる。それは彼らにとっても統一テストが重要であることを意味している。クラスの平均得点と順位は教師にとっての通信簿なのである。

つまり彼らが集められているのは、「不正をさせない」ためというのがひとつ、もうひとつは「重要であることを再認識させる」ためだ。

この日を特別扱いすることで、改めて自分たちの評価がテストにかかっていることを理解させているのだ。

「いやはや、グーピー先生はうまくやりましたな」

「いやですわ。ワタクシはただ授業を一所懸命やっていただけですわ」

「ご謙遜を! 我ら貴族にとって目の上のたんこぶだった平民新入生を、こんなにも早く排除できるのですから。一方的に 退学(クビ) にしたのであればよからぬウワサも立つかもしれませんが、向こうから退学を賭けた勝負だと言わせたのですからたいしたものです」

「オホホホ」

すでに教員の間では1年生の統一テストが大きな話題になっていた。

記録的高得点で王都試験を突破した——平民。ソーンマルクス=レック。

よりによって、3大公家の御曹司であるキルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルクが入学するというこの年にやってきたものだから、貴族の威信にかけてもキールをトップにしなければならない教員たちにとってソーマは頭痛の種だった。

しかも、彼が王都試験トップであったことは知られており、統一テストのクラス点数が悪かったからと彼を退学にしたら貴族に対する不満が噴き出すのは間違いない。

その点、グーピーは——本人はまったくそんなつもりはなかったのだが——うまいことソーマの退学への道筋をつけたとして評価されている。

「いろいろとワタクシも考えて 動いて(・・・) いますからね。今日も 万全(・・) の態勢ですとも」

「おや、なにか手を打たれた様子だ。是非ともうかがいたいですなあ」

「オホホホ。申し訳ありませんがちょっとエチケットルームへ……」

「これは失礼」

話しかけていた2年碧盾クラスの担任が横にどくと、グーピーは係員に付き添われながらトイレへと向かう。

「フン。男爵風情が……」

2年碧盾クラスの担任もまた男爵家の男だ。最初からグーピーは相手にしていない。

「ワタクシの手柄が認められれば、もっと高位の血筋の方々とお近づきに……」

そんな夢を見ているのである。

一方で控え室に残っていた2年碧盾クラスの担任は、

「……バカな女だ。この件ではすでにいろいろな方が動いているというのに、勝手なことをして」

苦々しくそう言うと、その場を離れていった。

「…………」

控え室の隅で、イスに座っていたのがジノブランドである。

(あの女、いったいなにをした? ふつうにやれば碧盾クラスの勝ちで決まりだろう。なのに、まだなにかをしたっていうのか)

あっけらかんとした顔で自分の教員室へやってきたソーマのことをジノブランドは思い返す。

あんな生徒、黒鋼クラスにいたためしがない。

黒鋼クラスの生徒は入学早々、心を折られ、あとはふてくされるか卑屈になって学園生活を過ごしていく。

ソーマは明らかに異質だった。そして——冷たく対応しているジノブランドにも歩み寄ろうとしていた。

(……ソーマ、お前なにを考えてる。ほんとに勝てる気なのか、碧盾クラスに。向こうはなにか仕掛けてくるつもりだぞ……)

いてもたってもいられずジノブランドが立ち上がると、その3メートル横にいて控え室内を見張っていた係員が、ジノブランドに鋭い視線を向ける。

ジノブランドはその視線にたじろいて、力なく座り込んだ。

(クソッ……俺は、なにをやってるんだ……)

膝の上で拳を、握りしめた。