軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3人の息子たち

* ジュエルザード第3王子 *

もはや彼を、ただの10代、ただの社交界デビューしたばかりの青二才、ただの王家の血を引いただけの者……そんなふうには思わないだろう。

ジュエルザード第3王子は日々を精力的に動いていた。

国王の病状回復を祝う貴族、王都を離れるからと挨拶しにくる貴族、新年の挨拶に来る貴族、片っ端から貴族たちと面会を重ねていた。

彼らはこの年末年始に王宮付近でなにがあったのかを知っていた。その知識の量に差はあったものの、それでも 第3王子(おとうと) が 第1王子(あに) をリードしたことは知っていた。

「……ふうっ、今日の面会はこれで終わりか?」

「そうですね。お疲れ様です」

ジュエルザードの部屋には白騎獣騎士団の仲間が数人、常駐している。クラウンザード第1王子が剣を抜いた件があって以来、ジュエルザードの仲間たちは最大限の警戒を払っている。

「まったく。今まで殿下に見向きもしなかったような貴族どもが急に近づいてきやがって」

「ハハッ、そう文句を言うものでもないよ。すべての貴族はこのクラッテンベルク王国を構成する主要なメンバーだ」

忌々しそうに文句を言う騎士に、ジュエルザードが笑うと、白騎獣騎士団の女性騎士が、

「殿下はお優しすぎます。そのせいで今回の第1王子殿下の行動も……」

「それ以上はいけない。私は無事だし、あの場はキールが切り抜けた。それでいい」

「ですが……」

「心配してくれていることはうれしいけれどね」

「殿下……」

にこやかに微笑むと女性騎士はうっとりとする。

まーた始まった、という感じで他の男たちは肩をすくめている。

ジュエルザード本人は清廉潔白なのだが、誰にでも優しくするので勘違いする女性は多い。めちゃめちゃ多い。ここに詰めている騎士たちも貴族を警戒しているというよりジュエルザードに言い寄る女が出てこないかを警戒しているという側面があったりする。

「にしても、殿下の弟君はすごいですね。キルトフリューグ様の聡明さは驚きますよ。あの瞬間、薔薇を散らして故事を引用するなんて思いつかないですよ、ふつう!」

「ほんとうに。キールが私の味方であることはなにより心強いよ」

「いやあ、あの瞬間のクラウンザード殿下のお顔は……ふふっ」

ひとりがこらえきれずに笑い出すと、「おい、不敬だぞ」とさすがにたしなめられているが、そっちの騎士もにやにやしている。

「…………」

「……殿下? どうしました?」

ジュエルザードの甘いマスクをうっとりと見つめていた女性騎士がその表情の変化に気づく。

「ああ……いや、なんでもないよ。今日はもう外出もないし、母上と食事をするくらいしか用事はないからみんなも帰ってもらって構わない」

促され、騎士たちは部屋を辞した。

「…………」

そのときジュエルザードが考えていたのは、弟と呼んでいる従兄弟のキールのこと——そしてあそこに割って入った黒髪の少年のこと。

「……ソーンマルクスくん。ここにも君が現れるのか」

キールの友人になってくれたと聞いたときには驚きつつも喜ばしかった。

だが、王宮で剣を抜いてクラウンザードの攻撃を防ぐとまでなると、単純に喜べない。

いくら自分の命を救ったのだとしても。

「何者なんだ」

彗星のように現れた黒鋼クラスの俊英。あのキールを押さえて座学トップ。

あり得ない(・・・・・) 。

三大公爵家の息子として最高級の教育を受けてきたキールを、平民が抜く?

しかも、クラウンザードの剣を防ぐほどの実力者?

「……私が1年生だったとして、今の兄の剣を止められるか?」

ジュエルザードもロイヤルスクールではハードな訓練を積んできた。剣の腕には自信もある。

だからそれだけにクラウンザードの剣のすごさもわかっている。

一対一で打ち合ったら勝てるかどうか。

それを——ロイヤルスクールの1年生が受け止める?

やはり、 あり得ない(・・・・・) 。

「ソーンマルクスくんが、信用できるかどうか……調べてもやはりわからない」

キールの友人になったと聞いたときからソーンマルクス=レックについては調べさせていた。だがどこをどう調べても、片田舎の農村で生まれた子どもでしかなかった。

騎士養成校の入試にあたっては州内でブロック分けされた予備試験に、州都の1次本試験に、優秀者が選抜された2次本試験に、王都での最終試験を通過しなければならない。

そこで初めて彼は王国の記録に登場する。

すべて、1位通過。

当然不正を疑われたが、どう調べてもシロ。彼は堂々の成績1位として入学を果たした。

「客観的な証拠はすべて彼が『問題ない』ということを示している。それだけに、怪しい」

伊達にジュエルザードは王族として、権謀術数渦巻く貴族社会で生きてきてはいない。母も側妃として様々な智謀を尽くしてきたので自然とジュエルザードにもそういう考えは身についてきた。

清廉潔白であることは相手につけいる隙を作らないためのこと。

彼自身の本質は疑り深く、容易に他人を信じないのだった。

そう、自分の命を救った少年だとしても——。

* グロウザード第2王子 *

「ふんふんふ〜ん、ふふふんふ〜ん」

王宮にこんな部屋があったのか、というくらいに、狭い。

窓がひとつだけあって、しかも鉄格子がつけられている。

小さいが寝心地のいいベッドに、本棚とテーブル。それだけでいっぱいだ。いや、本棚だけ異常に大きくて、大量の本が入っているからそのせいで余計に狭いと言えなくもない。

グロウザード第2王子は、今日 扮していた(・・・・・) 料理人の服を脱いで、寝間着に着替えた。室内は暖かいので薄着でも大丈夫である。

「……おっと、今日の報告を読んでおくか」

グロウザードは紙片を広げて目を通す。そこに書かれているのは第1王子と第3王子の今日の行動である。

「想定通り、っと。ふたりとも予定調和だな」

部屋の隅にある暖炉の残り火に紙片を入れると、あっという間に燃えてしまった。

「ふんふんふ〜ん」

鼻歌交じりにグロウザードはベッドに入る。

彼は、欲を掻かない。

平穏無事にこの王宮から出て解放されることだけを願っている。

そのために 誰が死のうが(・・・・・・) 知ったことではない。

「ふんふ〜ん……」

ふと、グロウザードはさっきの紙片に書かれて いなかった(・・・・・) ことを思い出した。

「……兄も弟も、どっちもロイヤルスクールに問い合わせはしていないな? さては、秘密裏にソーンマルクスを調べているのか」

黒髪の少年、ソーンマルクス=レック。

彼をトイレに案内したときには「変なヤツが来たな」としか思わなかったが、窓から飛び降りてクラウンザードの剣を止めた姿を見て、グロウザードは考えを改めた。

面白いヤツがいる。

クラウンザードも、ジュエルザードも、どちらも持っていない「意外性」を持ったヤツだ。

グロウザードに調べられる範囲には限界があったが、それでも情報をかき集めた。

ロイヤルスクール入学までの試験成績に、入学後は黒鋼クラスを率いて数々の勝利を収めている。

あり得ない(・・・・・) 。

ロイヤルスクールに通っていないグロウザードからすると、黒鋼クラスは「ダメなヤツらの掃きだめ」としか聞いていないし、黒鋼士騎士団も王宮に招かれることがないので、どこでなにをしているのかすらも知らない。

それだけに気になってきた。

あの強欲の兄も、疑り深い弟も、彼を気にしないはずがない。表立ってロイヤルスクールに問い合わせをしていない以上は陰で調べているに違いない——グロウザードはすでにジュエルザードの本質に気づいている。なぜならグロウザード自身が、ジュエルザードの手の者によって何度も何度も何年にもわたって調べられているのを知っていたからだ。その執拗さには舌を巻いたが、その疑念を誤魔化し続けられるだけの老獪さがグロウザードにはあった。侍従や料理人、庭師のフリをして王宮をうろうろしているのも「妙な暇つぶしをしている」と思われるための方便だ。もちろん、彼らの間に流れているウワサ話を耳にするためでもあるけれど。

「黒鋼クラスねぇ……どんなところかね」

グロウザードは見たこともないロイヤルスクールに思いを馳せながら、眠りに就く。

彼は欲を掻かない。

だが夢くらいは見る。

夢では鳥のように自由に、市井で生きる自分がいるのだった。

* クラウンザード第1王子 *

紙の束を持った騎士は呆然と立ち尽くしていた。その鎧の色はブルー。この王国では最強の武力であると自認する集団、蒼竜撃騎士団の正騎士だ。

「聞こえなかったのか。もうお前の仕事は終わりだ。出ていけ」

「し、しかし、殿下! 成果が出ていないことは事実でございますが、それ以上に、これまで我が伯爵家は王家に多大な貢献をしてきたではありませんか!?」

正騎士の年齢は30を数え、そろそろ前線に立つのではなく後方で指揮を執るようになる頃合いだ。蒼竜撃騎士団はクラウンザード第1王子を支え続けてきたし、彼自身もそうだったので、今日呼び出されたのは「次からお前には隊のひとつでも担ってもらう」という昇進の話かと思っていたくらいだ。

それが、

「騎士団 除籍(・・) など納得できません!」

クラウンザード本人からの、クビ、の宣告である。

「クラストベルク公爵家からもお力添えを!」

「…………」

同じ部屋のソファに座っていたクラストベルク公爵令嬢フローリアはツンと澄ました顔で正騎士をきれいに黙殺した。

「……なぜ除籍なのか、わからんのか」

「も、もちろんです! 先ほど申しましたとおり、第3王子殿下への策略についてはまだ成果が出ていませんが……」

実のところクラウンザードは、ジュエルザードを失脚させるべく多くの手を打っていた。ロイヤルスクールへの嫌がらせもその一環だったが、あの嫌がらせに限らず、ほんとうに多くの手を打った。

監視によるプレッシャーに、ジュエルザードの母親の生家——侯爵家への経済的攻撃、白騎獣騎士団でのジュエルザード派閥の分断工作、その他もろもろ。

だがそのどれも失敗していた。

この蒼竜撃騎士団の騎士はいくつかの策略に携わったがすべて失敗している。ジュエルザードにしてやられたものもあったし、あるいはそもそも効果がないようなものもあった。

「 その(・・) せいではない」

クラウンザードが指差したのは騎士が手にしている紙の束だ。それは策略の報告書であり、端的に言うと失敗なのだが、長々とした言い訳が並べられ、最終的には「引き続きベストを尽くす」と締めくくられている。つまり「失敗はしていない」と言っているのだが、ただの言葉遊びだ。

「ではなんなのでしょう……?」

「お前を始め、何人かの貴族から今回の策略を勧められたが、そのどれもが失敗した。お前たちの脳みそはその程度だということだ」

「お、恐れながら殿下、これらの策略を最終的に認可したのは殿下であり……」

「そうだ。お前たちの実行力を見るために認可した」

「!?」

「これから先も頼れる騎士たちなのかどうかを確認したかったのだ。だが、ダメだな。全然ダメだ。それにお前は『多大な貢献』をしてきたと言ったが……金の出所を俺が知らないとでも?」

「ッ!?」

騎士はびくりとする。

「密造酒に、禁制品の輸出。最近は麻薬にも手を出したと聞いているぞ」

クラウンザードが騎士の隣へと歩いてくる。

騎士はそのときに知る。

すべては王子の手のひらの上の出来事だったのだと。

この王子は「金遣いが荒く」「女癖も悪く」「放蕩大好き」というイメージだった。そして実際に会ってみるとそのとおりだったので安心していた。騎士団の仲間たちと集まって「クラウンザードに取り入っておけば安心だ。ヤツは扱いやすい」とすら話していた。

だが、違った。

得体の知れないプレッシャーを感じる。この、短気な男には今までそんなものはなかった。

「……そ、そのようなことは……ありません……」

「お前が清濁併せのめる辣腕家であれば、お前の実家をお前に任せ、不正を一掃させることも考えていたが、その実力はないようだ」

「お、お待ちください! 我が伯爵家を一掃……どういうことですか!? そのようなことがあれば王族への献金は滞ります!」

「そんな金が、お前らを生かすための理由になるとでも?」

本気だ。

この王子は本気で言っている。

「殿下! どうぞ私にもう一度チャンスを!」

「お前は敵国に攻め込まれたときにも同じことを言うのか? 騎士に二度目のチャンスはない——今すぐ出ていけ。そしてお前の親父に言うがいい、あらゆる不正から手を引けと。でなければ今年中にお前の家は没落を迎えることになる」

クラウンザードの目を見ると、そこにはどす黒い怒りがあった。

「ヒッ……!」

全身から冷や汗が噴き出し、騎士は紙の束を取り落とすと回れ右してそのまま部屋を飛び出していった。

「……いいのですか?」

たずねたのは、フローリアだ。

「もう何度も話したことだろう。この機会にすべての膿を出し切る」

「…………」

令嬢はソファから立ち上がり、クラウンザードの背後からそっと彼を抱きしめ、頬を彼の広い背中につける。

「……あなたがすべてを負わずとも良いのに。ほどほどでいいという考え方もありますよ」

「言うな。その話もすでに何度もしただろう? 俺が、愚か者の フリ(・・) をしたことも、ジュエルザードの台頭を許したことも、すべてはこの王国を 救う(・・) ためだ」

「そのためにあなたの名が貶められることを我慢することはつらかったですわ」

「名など要らぬ。この王国が大陸の覇者となるべく成長するのであれば」

「未来においてあなたは、偉大なる名君と讃えられているのか、あるいは王国を衰退へと追いやった暗君と呼ばれるのか……」

「すまないな。お前はもう俺の共犯者だ」

くるりと振り返り、クラウンザードは令嬢の手を握った。

「まともな貴族など一握りしかおらぬ。陛下が病臥しておられる間に、野心ある貴族はその片鱗を見せた。ドラッヘンブルク伯爵などその好例よ。ジュエルザードならば御しやすいと考えたのだろうな。陛下は復調されたが立太子までにはまだ時間がある。その間にやれることをやりきる……」

「あっ」

ぎゅうと握りしめられ、フローリアは——痛がるどころか恍惚とした笑みを浮かべた。

クラウンザードは己が愚かであるという隙を見せ続けることで貴族たちの油断を引き出した。そうして彼らを観察し、この国を蝕む癌であることを発見した。

私利私欲だけで領民を貪る者の多いことと言ったら。

さらにはそんな者たちに憧れる者の多さと言ったら。

クラウンザードはこの国から腐敗を一掃する気だった。

ずっと演じてきた道化は——もう、終わりだ。

「ジュエルザードを始末できれば良かったのだがな」

「……あそこで彼が命を落としていたら、大きな足かせになったのでは?」

離された手をさすりながら、けれど名残惜しそうな顔でフローリアはたずねる。

「俺が立太子されるための最速が、あの場でジュエルザードが死ぬことだった。 唯一(・・) の王位継承権保持者の俺を罰することなどできはしない」

「グロウザード殿下もいるでしょう」

「ジュエルザードが死んでいれば、その足でグロウザードのところへ向かうつもりだったさ。まあ、いい。あらかた貴族どもの動向を把握できた今、ジュエルザードごとき正面から叩きつぶせばいいだろう」

「はい」

自信満々。

傲岸不遜。

そんなクラウンザードを、フローリアはまたもうっとりとして見つめる。

「それにしても、あそこで邪魔をした黒髪の——」

「え?」

「——いや、なんでもない」

脳裏をよぎったのはジュエルザードに向けた剣を受け止めた黒髪の少年。

彼が、ロイヤルスクールでも活躍して蒼竜撃騎士団の正騎士を退けたという話も聞いている。

(……ロイヤルスクールを過度に荒らさせ、正騎士に罪を着せようと思っていたがその邪魔もされた)

兵士に紛れ込ませていた正騎士は悪評の絶えない男だった。ロイヤルスクールの「特別訓練」と称して暴れさせる想定だったのだが、上手くいかなかった。

クラウンザードの腹心でもあるナガシッカクは恐縮しきりという顔で報告に来たが、クラウンザードとしては自分の剣を受け止めるほどの子どもがいるのであれば仕方ないだろうと感じていた。

(あり得ないことはない。いつの世にも天才というものはいるからな……だが、おもしろいことは間違いない。名前は……なんだったかな。まあいい、俺の部下にしよう)

にやりとしたクラウンザードだったが、すぐにそんな考えも頭の隅に追いやった。

「——よし、では陛下の見舞いに参ろうか。もう歩けるという話だが」

そこにはもう「金遣いが荒く」「女癖も悪く」「放蕩大好き」なんていう男の姿はなかった。

ただ己の信じる道を行く、そのためになにが犠牲になることも厭わない、覚悟を決めたひとりの男がいるのだった。

* ソーンマルクス=レック *

えっきしっ、とクシャミをしたら、隣のリットがすごくイヤそうな顔をした。え、いや、そんな顔しなくていいじゃん……?

もう外はずいぶん暖かく、分厚い外套なんて誰も着ちゃいない。花も開いて世界が明るく見える。

「おお〜アレが1年生か。新鮮だな〜」

緊張した面持ちの子どもたちが円形講堂の外に集合している。

去年は俺たちもそうだったな……。

4月——今日は入学式だ。

俺たちは無事2年生になって、この場に立っている。

「さ、どんな後輩たちがいるのか楽しみだな〜」

円形講堂に入るとロイヤルスクールの全生徒が集合している。

希望に満ちた新入生たちにどんな未来が待ち受けているのか。少なくとも黒鋼クラスになった子たちはたっぷり可愛がってやらんとなぁ……ぐふふふ。

「……ねえ、ソーマが悪い顔してるんだけど。なんなん?」

「知るかよ。リット、お前が世話役だろ」

「師匠はいつもすばらしい御方です」

リットとオリザちゃんとスヴェンがなんか言ってる。

俺はふと、実家の村からなんの連絡もないことを思い出していた。レプラとミーアを送り込むから世話をしろとか言ってなかったっけ……手紙を書いたりしたら「あ、そうそう、そうだった」ってなもんで、やぶ蛇になりそうで聞きたくないんだけど、さすがに連絡なさすぎだろ……。

「黒鋼クラスになった1年生の歓迎会もしなきゃな〜」

そんな明るい気持ちで俺は黒鋼クラスのみんなと、入学式を迎えたのだ——。

……え、どんな入学式だったかって?

もう王族も在籍していないし、次に偉い三大公爵家のキールくんが在校生代表の話をすることになったって話、する?