軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再会はひょんな形で

* カリエル=イクルミナス *

しくじった。

まーじーで、しくじった。

そう——カリエルは考えていた。

こんな神官服など脱ぎ捨てて王都で遊んでいたいのだが、今の王宮の状況を考えるとそんなことはできるわけがないし、しかも悪いことにはなぜか典医に気に入られた、彼の父や兄である神殿の上位職は門前払いだというのにカリエルだけはお茶が出されもてなされる。

典医から聞いた話を持ち帰ると父の機嫌が良くなるのでカリエルとしても典医に会いに行かざるを得ない。

(退屈なんだよ……)

典医はカリエルと絵の話をしたいらしくあれこれ話し出すと止まらない。だがカリエルは「鑑賞」専門だ。描くわけじゃない。なので描き方や創作上の悩みを話されてもどうしようもない。

でも行かねばならない。

寒い中を。

カリエルとしても典医から聞いた、ロイヤルスクールへの第1王子がちょっかいを出そうとしていることとか、そういった話は少々面白いが、もはや自分には「関係ない」話でもあるのでそこまで気にはならない。

どこまで行ってもカリエルは自分が楽しいかどうかがすべてだった。

「……あん?」

その日、カリエルが王宮に着くと入口のあたりが騒がしかった。

「なんすか、あれ」

「ああ——どうやら王宮を 見学(・・) できないかという話らしい」

警備に当たっている兵士が答えた。カリエルが若くて、下級の神官だと知っているので気安く答えてくれる。

「見学ぅ?」

「そうなんだよ……御貴族様も突拍子もないこと言い出すよなぁ。いくら、たまにしか王都に来ないからって、今の時期は無理だ。ちょっと考えればわかるだろうに」

明らかに貴族のわがままぶりにウンザリしたような口調だった。

(ふーん。地方の貴族が王宮を見てみたいって言ってるのかな。確かに今は地方からも貴族が王都に来てるって話だし)

なんにせよ迷惑な話だ……と思いながらカリエルは王宮に入っていった。

カリエルが来るようになって10日は過ぎているのでほとんど顔パスだ。侍従たちも「典医様にお声がけしてくるよ」なんて向こうから言ってくる。

「うっす、お願いします」

カリエルはひとり、待合室に入った。慣れた手つきでお茶を淹れる。

「う〜〜さぶさぶ……」

「なかは暖かいけど、お茶を飲むと身体の芯から温まりますよね」

「そうなんだよ。まったく、こんな時期に外に出たくないっていう話で……」

言いかけたカリエルは、はた、と気がついた。

今話しかけてきたのは——誰?

ハッとして振り返るとそこにいたのは、イスに座っている黒いパーカーに黒い髪をした少年。

「いや〜、あなたのような人がいてよかったです。典医様と話をできる立場にあって、しかも貴族のしがらみにない神官……え?」

彼もまた、驚愕の顔で凍りついた。

「お、お、お、お前がなんでここに……!?」

カリエルの声が裏返った。

「ソーンマルクス=レックぅぅぅぅっっぅぅぅぅ!?」

そして黒髪の——ソーマもまた叫んだ。

「 フルチン先輩(・・・・・・) ぃぃぃぃぃいっぃぃい!?」

「その呼び方止めろ!」

「いや、だって、え、神官、先輩、神官? え? え? 神官? ブホッ! 神官! ぶはははははは! マジやめて、そんな、いちばんヤバい人を神官にしちゃダメだって! あはははははは!」

「笑うな! 俺だってやりたくてやってねぇよ!」

「先輩……」

ぽん、と年の離れた生意気な後輩がカリエルの肩を叩く。

「その神官服、似合ってます——ブホッ! ぷくくくくく!」

「…………」

こいつにだけは会いたくなかった。今日は最悪だ。

* 典医 *

すっきりとした気持ちで王宮の廊下を歩いていたのは典医だ。このところ毎日、趣味の絵の話ができている。ふだんは周囲の誰も絵など描かないので話ができないのだ。なにせ典医である。そばにいるのは医者か、侍従か、王族くらいのものだ。

そんなところへ現れたカリエルは、最初こそずばずばと自分の絵を酷評してくれたものだから頭に血が上ったが、冷静になってみると彼の言うことは正しい。なにより彼の審美眼は確か。カリエルが典医の話し相手になるのは熟れた果実が木から落ちるのと同様、至極当然のことだった。

「——あら、今日もご機嫌ですね」

その部屋にいたのはひとりの女性。輝かんばかりのプラチナブロンドの髪を持ち、年齢はすでに40を超えているはずだがいまだ若々しく、美貌を保っている。

隣国、インノヴァイト帝国出身のルイーズ=マリー王妃である。

「はは、失礼しました。このような状況で笑顔を見せてしまうなんて典医失格ですな」

「これだけ長く籠もっているのですもの。楽しいことがあれば笑ったほうがよろしいですわ。それで——笑顔の理由は例の神官かしら」

「はい」

すでにカリエルのことはルイーズ=マリーも知っている。

「神殿からは希少な薬草がいくつか届けられておりますな。薬は十分にあるというのに……」

「それもまた神殿の仕事でしょう。それ以外に不審な動きは?」

「いえ、ありません。神殿長は様子見、商会連合にも動きはありません。貴族たちは活発に動いておりますが……」

「 あの子(・・・) たちは?」

「一触即発という状況は変わりません。ラーゲンベルク公爵家の嫡男が機転を利かせていなければと思うと肝が冷えますね」

クラウンザード第1王子がジュエルザード第3王子に剣を向けた事件については王宮内ではとっくに広がっていた。それはキールがなんとか場を収めたという話になってはいる。

「貴族たちに伝わるのも時間の問題ですわね」

「はい」

「そうなればますます、あの子たちの争いに目が向くことでしょう」

「陛下と王妃殿下のお考えのとおりです」

典医とルイーズ=マリーは向かい合ってイスに腰を下ろした。典医が薬品箱を広げ、必要な分量を取り出そうとすると——見慣れぬ紙片が入っていた。

「む? これは……」

薬品箱は典医の仕事道具でなにより大事にしているものだ。今日、ここに来る前にチェックもしており、こんな紙は入っていなかった。

「どうしました?」

「あ、いや……」

典医はその紙片を手に取り、書かれていた文字を読んで——血の気が引いた。

「——どうしました」

ルイーズ=マリーがもう一度同じ言葉でたずねたが、今度は真剣そのものの口調だった。

典医が強ばった顔で紙片を差し出すと、ルイーズ=マリーはそれを受け取り目を通した。

「これは……」

短く、明快な文章だった。

『家人を欺くことはできても、一歩、敷地より出れば意図は筒抜けとなります。隣人に備えあり。冬との戦いは常と変わらぬ模様』

自国内を騙すことはできても、外国から見ると国王の計略はお見通しである。

インノヴァイト帝国は十分な備えがあり、冬巨人との戦いも例年と変わらないため隙がない。

そう——言っているのだ。

この場にいるふたりにとって、その指摘はまさに図星を指されていた。

「典医」

ルイーズ=マリーの言葉に典医はぎくりとする。

氷を背中に滑らせたような悪寒——それほどまでに冷たい声。

「この紙はあなたが?」

「い、いえっ……」

声が喉に詰まり、典医は2度咳払いする。

「んんっ……おそらく神殿の者かと。この薬草を私に渡すタイミングで入れたに違いありません」

「神殿? それはあり得ません。筆跡が騎士のものですし、こういったたとえ話は貴族家がよく使う言い回しでしょう」

「確かに……。そう言えば王宮を見学させてくれとロイヤルスクールの生徒たちが来ていたようですが」

「…………」

ルイーズ=マリーは考えるように黙り込んでしまう。

「……殿下、どうなさいますか」

「どう?」

典医はそのとき、自分が知る必要のないことを聞いたのだと知った。

薄く笑った王妃は今にも哀れな典医の処刑命令にサインしそうなほどに冷たい目をしていたのだから。

陛下にお伝えする、と言うと王妃は隣室に去っていった。

クラッテンベルク王国の太陽である国王の病状が峠を越し、徐々に快方に向かっているという話が聞こえ始めたのは翌日のことだった。