軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

反撃ののろしは速やかに

* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *

勉強会を中止にする、という手紙を書き終えるとキールは「ふぅ」とため息を吐いた。

もう少しだけ——平和な時間を過ごしたかったのに。

「……キルトフリューグ様。そろそろお時間です」

「わかっています」

手紙を託すと、キールは服を着替えて部屋を出た。

ロイヤルスクールの制服である。白騎クラスを示す白の制服だ。

休みの期間も着ることが多かったけれど、今日のシチュエーションはすこし違う。

向かった先は王宮、第3王子に与えられた1棟だ。

第1王子が兵士を前にパフォーマンスを行った日とは違って今日は冬晴れの天気だ。

すでに多くの馬車が集まっていて、キールが現れると小さな歓声が上がった。

「やあ、ラーゲンベルク家の後継者殿。来てくれると思ったよ」

「なかなか制服が似合っている」

「私も思い出すものだ、ロイヤルスクールへ通っていたころを」

先に来て待っていた者は白騎獣騎士団の制服を着用していた。

それだけでなく、

「キルトフリューグ様、お待ちしておりました」

「白騎クラス1年、半分ほど来ておりますが、残りは……」

ロイヤルスクールのクラスメイトもいる。

しかし白騎クラスの全員でないのは、第1王子派閥に所属している者もいるからだ。

「構いません。行きましょう」

建物に入ると暖かく保たれている。

広々とした廊下を進んだ先にあるのは大広間だ。

「キール! よく来てくれたね」

ジュエルザード第3王子がそこで待っていた。

(少々お痩せになったでしょうか……)

血色は良いように見えるがジュエルザードのきらきらした輝きがすこし減ったようにキールには感じられた。父である国王が病気に伏せって、クラウンザードとの間で次の王太子がどちらになるかと多くの視線が注がれている当事者だ。むしろこの程度の憔悴度合いで済んでいるのがジュエルザードのすごさかもしれない。

大広間とは言っても、白騎獣騎士団のメンバーや、1年だけでなく他の学年の白騎クラスの生徒もいるのであっという間にいっぱいになってしまう。

「お兄様。今日ここに私が参りましたのはあくまで個人の判断となります」

「……わかっているよ。ラーゲンベルク大公は国王陛下への忠誠を貫いておいでだ」

「はい」

キールのラーゲンベルク家を含む三大公爵家は、第1王子のパフォーマンスにも関与していない。キールがこの場に来たということは政治的な意味をどうしても持ってしまうのだが、ジュエルザードとキールとの距離感で、まったく接点を持たないことはそれはそれで「ラーゲンベルク家は第3王子と距離を置こうとしている」となってしまう。

そのため「個人の判断」でキールはここに来たことになっている。

キールの父も「それなら良い」と許可を出した——苦渋の決断ではあった。

(ラスティエル様はいらっしゃらないですね)

三大公爵家のうち、どこまで行っても中立であるヴィルカントベルク家のラスティエルはこの場にいない。それは想定内ではあったが、数少ない三大公爵家の現役白騎獣騎士団所属者なのでキールは気になっていた。

ラスティエルが、学園に姿を現したこともソーマから聞いている。

彼がこの局面でどういう行動を起こすのか……あるいは傍観に徹するのか。

「ではそろそろ 客人(・・) が来る頃合いだ。悪いけれどみんなは立っていてくれるかな」

「ハッ」

第3王子派閥である白騎獣騎士団、白騎クラスのメンバーは第3王子の後ろに並んだ。壮観である。第1王子がどの家の兵士を動員したのかはすでに貴族家の当たりがついているが、白騎獣騎士団員の数ならば負けていない。

やがてその「客人」がやってくる。

「——ドラッヘンブルク伯爵家当主ヴィクトル=アクシア=ドラッヘンブルク様がいらっしゃいました」

大広間に現れたのは、身長にして2メートルはあろうかという大男だった。上質な仕立ての洋服ではあるが、ごてごてした装飾はなくシンプルで、ジャケットの胸には多くの勲章が並んでいる。

翻したマントには金糸で飛竜の刺繍がなされていた。

分厚い胸板も、のっしのっしと巨体を支える安定した歩き方も、彼が60歳を超えているとは思えない。

ただし短く刈り込んだ髪は白髪交じりで、良く日に焼けた顔にも皺が増えている。眼光の鋭さは彼がいまだに軍人であることを表していた。実際、引き連れている10人からなる従者たちは軍服を着込み、居並ぶ白騎獣騎士団の面々をみても冷徹な表情をまったく崩さない。

「ジュエルザード殿下! 久しいですな!」

ドラッヘンブルク伯爵の声が響く。ジュエルザードは自ら近づいていって、伯爵と握手を交わす。グローブのように大きな手が、ジュエルザードの白く美しい手をつかむ。女子がこれを見ていたら叫び声でも上げそうだが、ジュエルザードはにこやかなままだ。

「お久しぶりです。伯爵は変わらず壮健ですね」

「なんの。年を取りましたがまだまだ現役ですぞ」

ふたりはテーブルを挟んでイスに座る。

この広い大広間に小さなテーブルだけしかないのだが、そのテーブルを囲む人数はかなりのものだ。

ドラッヘンブルクはただのノーザングラス州の貴族ではない。

古くより「飛竜の家畜化」を進め、クラッテンベルク王国での「飛竜の供給」を行っているのだ。

独占的に。

クラウンザード第1王子は 蒼竜撃騎士団(ブルードラグーン) に強い影響力を持っているが、この騎士団こそドラッヘンブルク家の飛竜に最も依存しているのである。

それほどの大貴族である——が、彼はこれまで、地方に居を構えていたこともあって中央政治には関わらないようにしてきたはずだ。

「陛下のお加減はどうですか」

「それが……私もお目に掛かることができません。典医が面会謝絶だと譲りません」

「さすがにそれはおかしいのでは? せめて王族の誰かが陛下のお声を聞かねばならぬこともありましょう。国政が滞ります」

「ルイーズ=マリー王妃殿下がついていらっしゃいます」

「……ふむ」

インノヴァイト帝国出身の王妃が国王のそばにいると聞いてドラッヘンブルク伯爵は目を細めるが、さりとて奇妙きてれつというわけでもない。国王陛下とルイーズ=マリー王妃との仲の良さはみんな知っている。仲が良すぎて子宝に恵まれなかったと言う者もあるほどに。

つまり王子は全員、側妃の子である。

さらに言うと、ルイーズ=マリー王妃はクラウンザードにもジュエルザードにも肩入れしていない。どちらも平等に愛している。

「典医は言うなれば『陛下第一主義』。その典医と完全中立のルイーズ=マリー王妃殿下しか直接陛下と話すことができない、と」

「王妃殿下もほぼ籠もりきりと聞いておりますので、陛下との連絡は日々の政務によってのみ行われています」

「政務はどのように?」

「毎朝、侍従長が書類を典医に渡し、夕方、陛下の署名やメモが入ったものを典医から侍従長に渡されています。文章は少々気弱と感じることもありますが、陛下の真筆で間違いない」

「なるほど。ジュエルザード殿下はこれを、立太子の 本命(・・) を決め 試験(・・) だとお考えなのですね?」

ずいっ、と核心に迫る言葉に聞いているキールの身体は一瞬強ばった。

自らはなにも発信しない国王の真意はつまり、第1王子と第3王子のどちらが優れているのか証明してみせよということなのではないか——。

これはキールも考えていたことだった。

病気は仮病なのだと。

第1王子もきっと同じように考えて、先んじてパフォーマンスを行った。

「……ええ」

少々、間があったことにドラッヘンブルク伯爵は目を光らせた。

「覚悟は決まっていない?」

「いえ……覚悟はできています。私が、後を襲うのにふさわしいのであれば国を背負って立ちます。それこそがクラッテンベルクの血だから」

「!」

伯爵の目が開かれたのと同時に、キールもジュエルザードをまじまじと見た。

今この瞬間、ジュエルザードの身体が大きくなったように感じられたからだ。

覇気、と言えばいいだろうか。

あるいは、その人に備わる、オーラのようなもの。

得体の知れない迫力がジュエルザードには備わっている。

ドラッヘンブルク伯爵が連れてきた軍人たちもまた、たった1回、このときだけは顔に動揺を走らせた。

「…………」

開かれていた伯爵の目はやがて細められる。それは親戚の子に温かな視線を注ぐ好々爺のようだった。

彼はイスから立ち上がるとジュエルザードの隣へと進み、その場で片膝をついた。

「ノーザングラス州北方守護を務めるドラッヘンブルク家当主であるこのヴィクトル、必ずやジュエルザード殿下の力になりましょう」

キールの身体中の毛が逆立った。

ドラッヘンブルクの当主が、第3王子派閥に入った——。

ここにいる白騎獣騎士団、白騎クラスのメンバーであれば全員がその意味を知っている。小さく口を開いてぽかんとしている者までいる。

(まさか、こんな手を残しておいでだったとは……)

この短い会話でドラッヘンブルクがジュエルザード派閥に入ることを決めるわけがないから、前から決まっていたことなのだろう。

クラウンザード第1王子が、希少性の高い白い飛竜を強引に奪おうとしたことがあったとか、そういった情報が脳裏によぎるが、それらをつなぎ合わせてジュエルザード第3王子はドラッヘンブルク家を取り込もうと動いていたに違いない。

彼は、つい先日までキールと同じロイヤルスクールに通っていたというのに。

(……とてつもない方だ)

いくら王子という立場があるとは言え、同じことが自分にできるだろうか?

ロイヤルスクールに在籍し、白騎クラス総代として数々の行事に顔を出さなければならない立場で、卒業後を見越してノーザングラスの雄であるドラッヘンブルク伯爵を 懐柔(・・) するなんてこと。

キールは初めて、「王太子」たる者が持たねばならない超人的な能力を垣間見たのだった。

「ありがとう。伯爵の言葉を心強く感じる。ノーザングラス州からの長旅だっただろうから、どうか今日はこの王宮で身体を休めていただきたい」

「はっ」

ここで交わされた言葉よりもなによりも、ドラッヘンブルク伯爵がジュエルザードの住む王宮に客人として1泊するという行為が、「第3王子派閥についた」ことを雄弁に示すだろう。

この事実は、電撃のように貴族たちの間に走ったのだった。

もちろん、ラーゲンベルク家の嫡男であるキルトフリューグがその場にいたという事実も添えられて。