軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勉強には熱心になれなくて

* クローディア=アクシア=ヴォルフスブルク *

クローディアは幸せだった。勉強会の模様を碧盾クラスの先輩女子に手紙で書いて送ると——クラスメイトに送れなかったのは彼女たちが王都ではない実家に帰省していたからだ——先輩たちからは「代われ」「妄想乙」「なんで私は1年じゃないのよ! お父様、どうして3年遅く私を 仕込まなかった(・・・・・・・) のですか!」なんていう呪詛にも似た返信が届いてきた。

「おほほ! 気持ちのよい ひがみ(・・・) ですわ〜」

別に先輩が嫌いなわけではなくむしろ大好きなのだけれど、趣味において——「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」を趣味と言っていいなら——同志たちより先を進めるというのは気分がいいものである。

そんなわけで2回目の勉強会が実施される運びとなった。

「オラァッ!」

「甘いぜ!」

分厚い雲が垂れ込めていて、吐く息も白いというのにヴァントールとマテューはまたも手合わせをやっていた。木剣が唸り、木槍が風を切る。そうして武器と武器がぶつかるとすさまじい音が鳴った。

前回よりも激しい気がするが、 観客(ギャラリー) も激しい。

「そこですわ!」

「いやぁっ、マテュー様、負けないで!」

「ヴァントール様……素敵……」

黄色い声がキャアキャア上がっている。

「すごぉい! ねぇ、キール! あのふたりはほんとうに1年生なの!?」

キールの母親ミレイユも歓声を上げている。その横でキールが額に手を当ててため息を吐いている。そんなアンニュイなキールも可愛いと思ってしまうクローディアである。

(それにしても前回より人が増えているような……しかも知らない人たち)

クローディアがいまいちふたりのバトルに没頭できないのは、見知らぬ人たち——おそらく同い年の貴族の存在だった。

彼らが何者なのかは、ヴァントールとマテューの手合わせが終わると判明した。

ふたりが連れ立ってシャワールームに消えると、それを女子たちが熱っぽい視線で見送っていたが、

「皆様、今日の勉強会には新たにお客様がいらっしゃっています。騎士養成学校マウントエンド校の皆様です」

10人ほどのグループである彼らは貴族家の子たちだった。

王都貴族ではなく、地方貴族である。

何が違うのかと言えば王都なのか地方なのか、どちらに拠点があるかだ。もちろん地方貴族とは言え王都にお屋敷を持ってはいる。

地方に領地があっても王都貴族がいたりもするし、そういう人たちは権力者であることが多い。地方に領地があって、地方で暮らしている貴族は、政治争いに関与することはほとんどない——地方の代官のような立場であったりする。

黒鋼クラスのオリザが割とそのポジションではあるけれど、この王都にお屋敷を持っているような子だと伯爵家以上だろう。

「こんにちは! マウントエンド校から参りましたオストレム=アクシア=ヴィントブルクです。マウントエンド校1年の総代を務めております——」

胸を張って自信たっぷりに自己紹介をした彼らは「王都貴族です」と言われても違和感がないくらいにちゃんとした服装だった。

それぞれテーブルに分かれて勉強会が始まった。

「今、キルトフリューグ様たちはどのような勉強をなさっているのですか」

最初に自己紹介したオストレムがクローディアのいるテーブルにやってきた。

今日は「算術」の勉強会で同じ例題を元にまず解いてみて、答えを合わせる方式で進めている。

オストレムは例題を見ていたが、手は動いていなかった。しばらくそうしていたが興味もなさそうに教本を閉じてしまう。

「いや、皆さん熱心ですね。王国騎士団の未来は明るいな。私は騎士養成校を卒業したら 白騎獣騎士団(ホワイトライダーズ) に入団が決まっているのですが、キルトフリューグ様とは同期になりそうですね」

不意にそんなことを言い出した。

(え? 白騎獣騎士団は王都ロイヤルスクール以外から入ることはほとんどないんじゃ……)

クローディアが思っていると、キールは涼しげな笑みを浮かべた。

「その際にはよろしくお願いします、オストレム様」

「こちらこそ! 三大公爵家のひとつラーゲンベルク家のキルトフリューグ様と同期というのは自慢ができますよ。ヴァントール様は 蒼竜撃騎士団(ブルードラグーン) 、マテュー様とフランシス様は 黄槍華騎士団(ブルームイエロー) でしょうね」

女子は眼中にないとでも言わんばかりにオストレムは言う。

「さァな」

とそこへヴァントールが戻ってきた。

室内がざわざわしているし、シャワーを浴びたばかりのマテューの色気に当てられてマントエンド校の女子もぽーっとしている。

「俺は別にどこでもいい」

イスにどかっと座ったヴァントールを興味深そうにオストレムが見る。

「なぜです? 蒼竜撃騎士団なんて軍部のエリート中のエリートでしょう! 飛竜に乗れるのはここだけですし」

「自分が強くなれるなら 黒鋼士騎士団(ブラックソルジャー) でも構わねェ」

ヴァントールがそう言ったのは、スヴェンやトッチョといったメンバーが黒鋼クラスにいるからだろうとクローディアはすぐに思い当たった。

(ああ、ヴァントール様、お口は悪いのにスヴェン様やトッチョ様のことをライバルだと認めてらっしゃるのですね)

クローディアは勝手に胸をきゅんきゅんさせている。

「えっ……黒鋼士騎士団!?」

だがオストレムには驚きだったらしい。

「ご冗談を……。名門ハーケンベルク家のヴァントール様が黒鋼士騎士団なんて……」

「オストレム様。六大騎士団のどれも欠けてはならないものです。上も下もありません」

キールが言うと、

「おっと。確かにクラウンザード第1王子殿下もそうおっしゃっています。今の失言をお詫びします」

「…………?」

オストレムの返答にキールが不思議そうな顔をする。

六大騎士団はどれも必要で、平等であるべきというのはジュエルザード第3王子が常日頃から言っている内容だ。クラウンザードではない——とそう感じたからだ。

「クラウンザード殿下はほんとうにすばらしい御方です。私のような騎士養成校の1年生にも直接お声がけくださるのですから」

「…………」

「マテュー様はクラウンザード殿下と接点がございますよね? 是非とも殿下のことを語り合いたいものです」

キールの表情が怪訝さを深めるなか、マテューは飄々とした顔で答える。

「俺は殿下に お声がけ(・・・・) いただいたことなんてないからな〜。語ることなんてほとんどないと思うぜ」

「なんと! 王都貴族のマテュー様が、殿下と直接話すことがない!? それはそれは……」

オストレムはにやにやとしている。地方の貴族で、ロイヤルスクールにも通えない自分がマテューに 勝(まさ) っていると感じたからだろう。

マテューは黄槍華騎士団で、自分は白騎獣騎士団。

さらに自分はクラウンザード第1王子に声を掛けてもらっている——。

「ははは。ヴァントール様もマテュー様もクラウンザード殿下の間近でお支えするには少々荷が重いようですね——王都貴族の皆様のレベルもわかったので私たちはこれで失礼しましょう」

オストレムは席を立つと、他のテーブルにいるマウントエンド校の仲間たちに声を掛ける。そうして全員を引き連れて去って行った。

「……おいィ、キルトフリューグ。あの三下はなんだったんだァ……?」

「私に聞かないでくださいよ……」

ヴァントールの言葉にキールが頭を抱えている。

聞いてみると他のテーブルでもマウントエンド校の生徒が「クラウンザード第1王子殿下はすばらしい」「殿下のことをもっと知って欲しい」とその話ばかりだったという。

(……第1王子殿下の評判はそれほどいいものではなかったのに)

クローディアとて知っているのは、クラウンザード第1王子が 遊び人(・・・) だということだ。

高位貴族の悪友とつるんで遊び歩いている。とにかく金の使い方が派手。高級カジノや劇場を買って、そこでパーティーをやったり自分好みの劇をやらせたり。飽きたらそのままポイッと放り出す。オークションでも常連で、歴史のある酒樽を買い占めてはちょっと飲んで「まずい」と言って全部川に流してしまった……なんていう逸話もある。

貴族の軋轢を生んでいるエピソードでは、蒼竜撃騎士団に集中させている飛竜を自分用に買おうとしたことがあった。飛竜種は青色なのだが、稀に白い飛竜が生まれる。これを知ったクラウンザードは騎士団よりも先に自分に売れと迫り、彼の所属する白騎獣騎士団へ、蒼竜撃騎士団から猛烈なクレームが入ったとか。

それが、最近は、ますます金を使うようになっているらしい。

(地方貴族にお金をばらまいているという話は聞いていましたが……)

地方の貴族は王都貴族よりも歴史が浅いところが多く、大体が資金繰りに困っている。そこに入り込んでいるというのだ。

次の王位を狙ってのことではないかとみんな考えている。

(……白騎獣騎士団のポジションまで用意なんてできるのでしょうか?)

金では解決できないことがある。

騎士団の席次なんて、その最たるものだろう。

ロイヤルスクールではない、騎士養成校を卒業して騎士になれる場合はほとんどが 碧盾樹騎士団(エメラルドイージス) である。 白騎獣騎士団(ホワイトライダーズ) への入団は歴史的にみても10年に1人か2人程度だ。

「それにしてもマテューさぁ〜、あれじゃ誰が聞いても『マテューは第1王子殿下と言葉を交わしたことがない』って理解されちゃうよ」

フランシスが言う。

「別に構わねえだろ。あんな田舎のボンボンがどう勘違いしたって、派閥内の序列は変わらねえし……」

「どういうことでしょうか? 私も、マテュー様が王子殿下とお言葉を交わされたことがないのかと思いましたけれど」

「ああ、ごめんな、クローディア嬢を誤解させるつもりはなかったんだ。『お声がけ』なんてされたことがないって話さ。派閥の集まりに顔を出せばふつうに挨拶するし。殿下はウチから金も借りてるからむげにできないから」

「あ、はあ……」

ハンマブルク家から殿下が借金している、という結構ショッキングな情報をぶつけられてクローディアは少々怯んだ。

「や、俺のことはいいんだ。派閥がどうこうとかなんとも思ってねえし。それより白騎獣騎士団の入団を約束してるってのはマズいんじゃねえのか? そんなことできるのか、キルトフリューグ様よ」

「……可能か不可能で言えばできると思いますが、かなりの無茶を通すことになると思います」

「だよな。ロイヤルスクール在籍なら白騎クラスに入れればいいだけだが……あっ」

「あ」

その瞬間、マテューも、キールも、ふたりだけでなくヴァントールとフランシスとリエリィもハッとした。

「その手があったか……」

「クラウンザード殿下ならやりかねませんね」

「おいおいィ……白騎クラスが弱くなるのは望んでねェぞ」

「いやー波乱が起きそうだねえ、白騎クラス」

「マウントエンド校の調査はこれまで手薄でした……盲点でしたもの」

「?」

わからないのはクローディアだけで、それに気づいたフランシスがこっそり教えてくれる。

「つまりさ、クラウンザード殿下は自分の息が掛かった地方貴族の子どもたちをロイヤルスクールに 転校(・・) させようとしてるんだよ。しかも、白騎クラスに」

「えっ!? そ、そんなこと……」

「できなくはないよ。だって転校してくる生徒には『公正の天秤』を使わないから」

「公正の天秤」とは入学式でのクラス分けを行うための魔道具だ。

「転校する人なんてほとんどいないからね〜。学園長が止めてくれればいいんだけど。ねえ、マテュー、学園長って第1王子派閥だよね」

「一応中立だとおっしゃっているが、まぁ、あの方の実家は第1王子派閥だな」

「だよねー。いやほんと、白騎クラスはご愁傷様です。オストレムくんが転校してきます」

ほぼ決定事項のようにフランシスが言うとキールは苦笑するしかない。

「はは……。私としてはもう少しのんびりと勉強会を進めたかったのですが、そうは言っていられないようですね。これほど第1王子殿下の動きが早いとは」

「じゃあ、ぼちぼち俺らも手の内を明かすか?」

キールに呼応してマテューが言うと、ヴァントールとリエリィがそれぞれ言う。

「チッ。別に話すことなんてねェぞ……ただ蒼竜撃騎士団の序列上位で入れ替わりがあったと聞いてる。陛下のご病状が発覚してすぐのことだから、もしかしたら事前に準備されていたことかもしれねェけどな。気になるのは上位に、純粋な武力じゃなく、飛竜の調達で活躍している騎士たちが入ってきたことだ」

「わたくしもその話は聞いておりますが、それ以上の情報は与えられませんでした。お父様がおっしゃるにはわたくしはそれ以上は『知らなくていい』ということでしたもの。今回の勉強会でも特になんの注文も受けておりません。むしろ『余計なことをするな』という圧力を感じておりますわ」

聞いたキールはうーんと唸るが、マテューは言う。

「さっきの話じゃねーけど、第1王子殿下はうちに、さらに金の借り入れを申し込んできた。どうやら実弾が必要になってきたようだな」

「それって、立太子してもらうために動いてらっしゃるってこと?」

「そうだな。フランシスも知ってるだろ、あの御方は王位にめちゃめちゃ執着なさってるからな。周囲はゴリゴリの実務派で固めてるから意外と隙がねえんだ」

「遊んでるのに?」

「今の火遊びくらいならやらせとけって感じなんだろ。立太子されたらいろいろ束縛されるわけだし……」

「遊んでるのが フリ(・・) っていう見方は」

「ない。あの御方はガチで遊び回ってる。あれが演技だったら俺は一生あの御方についていくよ」

どのみち国王になったら一生ついていかなければならないのだが、マテューの言葉の節々には「王になるには物足りないんだよなぁ……」という感覚が滲んでいる。

「で、キルトフリューグ様よ。第3王子殿下に動きは?」

「…………」

水を向けられ、キールは難しい顔でようやく口を開いた。

「……近々動きがあります。これは第1王子殿下にも、ジュエルザードお兄様のどちらにもあります。蒼竜撃騎士団の序列変更もこれに起因しています。ただ……皆さんは知らないほうが良い情報ではあるでしょう。どのみち 起きてしまう(・・・・・・) ことです「

「どういう意味だ?」

「止めることはできないということです。それより、その 次(・) を見据えて動きたいですね。王子殿下同士の争いは加速します。いくつかの貴族家が吹き飛ぶような危険な事故も起きるかもしれない。そのとき私たちはどのように連携すればいいのか……みんなでこの難局を乗り切りたいです」

クローディアはぞくりとした。淡々と語るキールの目はすでに大人の貴族のそれに近かった。冷徹で、老獪。だけれど彼は自分の持てる能力を使ってロイヤルスクールの仲間たちを守ろうとしている。

「……ハッ。言うじゃねェか。全員そろって無事でいようってか。まるで黒鋼クラスのアイツみてェじゃねェか」

ヴァントールに言われたキールは微笑んだ。

「もちろん、彼からも影響を受けています。ヴァントール様も彼と話をすれば影響を受けると思いますよ」

「俺は強いヤツの話しか聞かねェ」

ヴァントールはソーマの腕前を知らない。

キールとリエリィは視線を交わした。「影響を受けるのは時間の問題ですね」と目で通じ合っている。

「ソーマくんは、今ごろなにをしていますかね……」

そのころのソーマはウェストライン州からインノヴァイト帝国に入ったころだったが——それはさておき。

この勉強会が終わり、いよいよ年が明けたというころ。

国王との面会謝絶は続いている。

事件は起きた——第1王子、第3王子、そのどちらにも。