軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

子羊を嵐の真ん中に放り出してはいけません!

* クローディア=アクシア=ヴォルフスブルク *

なぜ、という言葉が頭を渦巻いていた。

今になっても信じられない。このテーブルに着席してから15分ほどが経過しているが、「なぜ」自分がここにいるのかがわからない。

「まったくもう、ヴァントール様も、マテュー様も、なにもうちの庭で模擬戦を始めなくてもよろしいのに……」

「そこまで見込んでおふたりを呼ばれたのかと思いましたもの。明日はきっとキルトフリューグ様の参戦を希望されますわ」

「さすがリエルスローズ嬢、わかってらっしゃる。マテューは今日ウッキウキで木槍を用意してたよ。キルトフリューグ様とは手合わせしたことがないから楽しみだーって」

勉強会が行われる公爵家の広間にはいくつかのテーブルが出されており、このテーブルには6つの席があった。

うち、ひとつはキルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク。

ひとつはリエルスローズ=アクシア=グランブルク。

ひとつはフランシス=アクシア=ルードブルク。

空席がふたつあるが、これはきっとヴァントールとマテューのぶんだ。だってふたりは蒼竜クラスと黄槍クラスの筆頭だから。

そして最後の席は自分、

「私は純粋に勉強会をしたかったのに……ねぇ、クローディア嬢」

「ひゃ、ひゃい!」

声が裏返ってしまった。

クローディア=アクシア=ヴォルフスブルク。

この室内には公爵家令息のキールを筆頭に、侯爵家、伯爵家の子女がずらり。

自分は伯爵家ながら、歴史の浅い伯爵家である。

ちなみに言うと、 碧盾(・・) クラスからの参加者も自分だけである。

他のテーブルの子女たちからは(うらやましい……)(代われ……)という視線がビシバシ向けられている。

ぶっちぎりの孤独をクローディアは感じていた。

「クローディア嬢? 大丈夫ですか。具合がお悪いのですか」

「い、いえ——」

言いかけてクローディアは気がついた。

ここで「調子悪いから帰る」と言えば帰らせてもらえるのでは?

碧盾クラスの筆頭、碧盾女子寮の1年寮長であるとしても自分には荷が重すぎる。高貴な天使であるキルトフリューグと、女心を弄びそうな小悪魔フランシス、それに「吹雪の 剣姫(けんき) 」の異名まである近寄りがたい超絶美少女のリエルスローズ、この後は碧盾クラスの女子たちも目をハートにして眺めているマテューまで来るのだ。あとヴァントールは怖い。

正直、心臓が保つ気がしない。

「そ、そうですね、実はちょっと……」

「それはいけませんね……。そうだ、では気分がすっきりするお茶を淹れましょう」

「えっ?」

「お母様に振る舞うことが多いのですが、私の淹れるお茶は評判がいいのですよ」

お茶を淹れる?

今、お茶を淹れるって言った?

三大公爵家のキルトフリューグ様が?

「ヒィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜」

ヒト種族に聞き取れないが犬が耳を立てるような甲高い声が出た。別のテーブルからは(は? お茶? キルトフリューグ様手ずからの?)(うらやま死ね)(代われ代われ代われ)という妬ましい……いや、ここまで来ると怨嗟となった念が立ち上る。

「キルトフリューグ様、お茶はいいから勉強を始めましょうよ」

「おっと……そうですね」

フランシスがすっと間に入って混乱を収め、クローディアはほっと胸をなで下ろす。

「…………」

「——ハッ」

そんな彼女をフランシスが横目で見ていて、ぱちり、とウィンクをしたものだからボッとクローディアの顔は燃え上がった。

(なに!? なに今の破壊力!? すごいです、これが、これが、フランシス様の「スーパー小悪魔ムーブ」!!)

謎の単語「スーパー小悪魔ムーブ」なるものが飛び出したが、これは「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」に出てくる単語だった。「裏」という名称はソーマが勝手に呼んでいたのだが、いつしか「裏」の名称は読者にも浸透していた。

どこからどう見てもフランシスとしか見えない男の子がどこからどう見えてもマテューにしか見えない男の子を、あの手この手で誘惑するのである。だが、最後はマテューによって屈服されてしまうところまでがセット。書いている人は天才だとクローディアは信じて疑わない。このふたりの組み合わせとこのパターンだけですでに10話がリリースされていて、そのどれもが面白いのだ。

クローディアにとって、遠くから眺めるだけの対象だったフランシスとマテュー。距離があってもすさまじい魅力だというのに、間近で、しかも自分に向けてウィンクをされたのだからエグい。これで、「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」を読むときの想像もはかどるというものだ。

(きっと碧盾クラスのみんなに言ったらうらやましいって首を絞められちゃうだろうなぁ……あ、違うわ。「妄想乙」って白い目で見られちゃうだけだわ)

それくらい現実感がない。

「さて——リエルスローズ嬢、今日は王国法の歴史ですが、建国王の施政についてですね」

「ええ。あのときの王国法に貴族に関する内容が含まれていなくて、その後に追加となっています。そこには——」

すでに勉強が始まっているのでクローディアはあわてて意識を引き戻す。

「!」

そのときリエリィがちらりを自分を見ていたことに気がついた。

視線に——見下すような感覚があったのにクローディアは気がついた。

「…………」

夏休み前の舞踏会の夜。クローディアはソーマと踊りたくて近づいた。そうしたら意外なことにリエリィもまたソーマのそばにいたのだ。

ソーマは自分を助けてくれた。

碧盾クラスの担任だった陰険な女教師を追い出してくれた。

自分自身が黒鋼クラスという、吹けば飛ぶような場所でがんばらなければならなかったというのに。

今のリエリィの目は明らかにこう語っていた。

『フランシス様のウィンクにメロメロになるならそっちに行きなさい』

と。

それはつまり、

『ソーマさんにはふさわしくないもの』

という意味でもあった。

「——なるほど。リエルスローズ嬢、この王国法が影響を与えた範囲では貴族の成り立ち……つまり公爵家にも関わっていますね。私は疑問に思っていましたが、王国法は近年、まったく変化がありませんでしたが、このときは大きく変わっていますね。なぜでしょうか?」

「それは——」

「法律の変更に必要な貴族の賛成人数が変わっています。およそ50年前ですね。そのせいで法律の変更が難しくなりました」

クローディアは言って、リエリィを見た。

『負けませんけど? 勉強なら得意ですけどぉ?』

という気持ちを込めて。

「…………」

だが、

(ひぃっ、やっぱり怖い!「吹雪の剣姫」という名前はだてじゃない!)

内心びびりちらかしているクローディアである。

「なるほど、ですがそれは貴族の数が増えたことによる適切な変更だったという理解です。クローディア様はその点についていかがお考えですか」

「それは——」

「貴族の絶対的な数ではなく、家門で判断なさるべきかと思いますもの。家門は増えましたが貴族の実数は減っているのが事実ですから」

今度はリエリィが口を挟んだ。

『さっきフランシス様のウィンクにメロメロだったのに?』

『フランシス様はフランシス様! ソーンマルクス様はソーンマルクス様! 全然違うでしょ!』

『違わない。騎士はひとりの主君のために尽くす者』

『そもそもフランシス様やキルトフリューグ様は愛でるべき存在で、恋愛対象じゃないんです』

『なにを言っているのか理解できません』

『もう! ちゃんと読んでるんですか?「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」を!』

『なんの話?』

『フッ……情報通の緋剣クラスだというのにご存じないとは』

『…………』

リエリィの身体から凍てつくような空気が噴き出している。

「ね、ねえ、キルトフリューグ様、なんかこの部屋寒くないです?」

「そうですね、おかしいですね……というかおふたりはどうして見つめ合っているんでしょうね?」

「なんか目と目で通じ合ってますよね」

フランシスとキールが話している横でじっとにらみ合っているクローディアとリエリィ。

「——おう、やってるか〜」

「…………」

とそこへマテューとヴァントールが戻ってきたので、勉強が始まって静かになっていた室内がざわついた。

「はわわわわ……シャワー上がりのおふたりが……」

良く拭いて乾かしたとはいえ、シャワーを浴びたばかりという雰囲気は消すことができない。実際、戻ってきたマテューを見た数人の女子がふらふらして倒れそうになっている。

「なんの勉強してたんだ? お、歴史か。俺、歴史は得意なんだ」

えっ、とクローディアは声を上げかける。

マテューが自分の右隣に座ったからだ。

「座学なんぞで自慢するンじゃねェや……」

しかもヴァントールが左隣に座った。

それはそうである。クローディアの左右の席が空いていたのだから。

だが心の準備ができていなかった。

マテューに対しては警戒していた。心のバリケードをかなり強固に築いていた。至近距離で見たら失神するかもしれないから。

だが、

(ヴァヴァヴァヴァヴァントール様ぁぁぁぁっ!?)

目つきも悪く言葉遣いも悪く性格まで悪いと評判のヴァントール。ロイヤルスクール1年男子で「近づいてはいけないランキング」があったら堂々の1位を獲得するであろう男子である。

それなのに、今は、ちょっと髪がしっとりしていて、シャワー上がりで血色もいい。

近づきがたそうな空気が一変して「隙」が見えるのである。

(これはマズいです。マズいですって! 私、マテュー×フランシス派なんですよっ! キルトフリューグ×ヴァントールや、ヴァントール×キルトフリューグ派はあり得ないんですっ! あんな超強力刺激物を摂取するようなタカ派とは違うんです!! それなのに、それなのに……)

「……おい、ちょっと教本貸せよ」

ヴァントールの手が伸びてきてクローディアの教本を持って行ってしまう。

そのときふんわり漂ったヴァントールの匂いに——公爵家のシャワールームにあった香料の匂いに違いないのだが、ヴァントールの汗が混じってめちゃめちゃいい匂いがした——ただでさえくらくらしていた頭のヒューズが焼き切れてクローディアの意識が飛んだ。

いや、飛ばなかった。

なぜならクローディアは、歴史の教本のあちこちに書き込みをしていたことを思い出したからだ——それは「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」にあった名台詞のあれこれを授業の最中に戯れに書きつけてしまっただけなのだが。あとちょっと、自作の名台詞も書いちゃったりしてた。

「ダメェッ!」

すんごい大きな声が出た。で、ヴァントールの手から教本を奪い取った。

ヤバい。アレを見られたら死ぬ。社会的にじゃない。物理的に身体が爆散する。

「…………」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたヴァントールだったが——彼もこんな顔をするのだとクローディアはぼんやりそんなことを思った——すぐにいつもの仏頂面に戻った。

「チッ。わぁったよ、そんなに嫌がることねェだろ……」

「あ、ち、違っ、違くて……」

「ぎゃははは! ヴァントール様、嫌われていらっしゃいますねぇ!」

そこへマテューが大笑いしてかぶせてきたのでヴァントールがぴきぴきと額に青筋を立てる。

「くだらねェ……俺は帰る」

そうして立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。

「あ……」

ヴァントール様に謝らないと——とクローディアは立ち上がろうとしたが、

「ははっ、よく言ったな、クローディア嬢」

「——え、えっ!?」

なんだか知らないがマテューに褒められた。

「人のものを勝手に取るなんてマナー違反ですもの」

「そーそー。貴族あるまじき行為だよね。ちゃんと指摘されたことなんて今までなかったんじゃないの? 見た? ヴァントール様のびっくりしたような顔!」

なぜかリエリィとフランシスも賛成する。

キールだけは苦笑しているけれど。

「あはは……ヴァントール様が出ていってしまわれたことは残念ですけれどね」

「大丈夫ですよ、キルトフリューグ様。アイツは明日も来ますって」

「そうでしょうか?」

「賭けてもいい。アイツ、めちゃめちゃヒマしてたっぽいから」

マテューが自信満々に言うと、今度はフランシスがムスッと唇をとがらせた。

「へー、ずいぶん仲が良くなったようで」

「仲良くねぇっつうの」

「まぁ、まぁ……それでは勉強をまた再開しましょう」

キールが言うと、室内にはまた落ち着いた空気が流れ始めた。あちこちのテーブルで「ここはね」とか「その考えは……」とか、互いに教え合う声が聞こえる。

「…………」

でもクローディアは気が気ではなかった。やはりヴァントールに謝ったほうがいいのではないだろうか。彼は名門侯爵家でこっちは新参伯爵家だ。

「……大丈夫だって、クローディア嬢。マジで」

不安が顔に出ていたせいか、マテューが声をかけてくれる。

「そ、そ、そうでしょうか……」

「そんなに話したかったら明日来たときに話しなよ」

「ほんとうに明日いらっしゃるのでしょうか……怒ってらっしゃいましたし」

「さっきフランシスも言ったとおり、マナー違反を指摘するのは悪くないさ。まあ、あんなに大きな声を出されてヴァントールもびっくりしたってことじゃねえのかな」

大きな声、と言われ、さっきの自分の声を思い出してクローディアはまた血の気が引く。部屋中に轟く声だった。なんなら廊下を通りかかった召使いたちもびっくりしていた。

「くっくっ……このネタでしばらくヴァントールをからかえるな」

「絶対にお止めくださいませ!」

「冗談冗談。クローディア嬢も、ちょっとは緊張ほぐれた?」

「え……」

「ずっと思い詰めた顔でここに座ってたから」

そう言えば——身体が強ばっている。言われて気がついた。

(こんな方々に囲まれていたら私のような弱小伯爵家の娘は思い詰めてしまいますわ!)

叫びたいところをぐっとこらえて、クローディアは微笑んだ。

「……ありがとうございます、マテュー様。お気遣い、痛み入りますわ」

「おっと、令嬢の仮面をつけられるんだ。そういう対応もバッチリとは……さすが碧盾女子寮の1年寮長」

「ほほ。まだまだ若輩でございます」

「じゃ、歴史の教本貸してくれる?」

「…………」

クローディアはこの瞬間、マテューが、クローディアの叫んだ理由が教本にあることまで見抜いていることに気がついた。

「マテュー様。そのくらいで……いい加減、勉強を進めませんと」

「ああ、わかってる。キルトフリューグ様の顔も立てないとな」

マテューが教本を広げると、意外なことにそこには多くの書き込みがなされていた。

(ああ、マテュー様直筆の書き込み……! この教本を売りに出したらいったいいくらの値がつくのでしょう!)

そんなことを考えつつも顔には一切出さないクローディアである。

さらさらとペンの動く音が聞こえる。

このまま勉強の時間が過ぎていく——と思いきや、沈黙を破ったのはリエリィだった。

「……蒼竜クラスのマテュー様はお帰りになり、碧盾クラスはクローディア様おひとり。黒鋼クラスからは参加者がゼロ。少々偏りがございますね」

参加者のことを言っているようだが、それがいったいなんなのか——クローディアが思っていると、目は手元を見て、ペンを動かしながらキールが答える。

「はい。ですが今回の騒動には関係のない方をあまり巻き込みたくありません」

「想定内ということですか?」

「もちろんです。リエルスローズ嬢は他にどのような想定を?」

「……いえ、キルトフリューグ様の お覚悟(・・・) を知りたかっただけです」

「おいおい、覚悟ってのは穏やかじゃねえな。俺もフランシスも、歴史が得意じゃないもんでさ。それで勉強しに来ただけだぜ?」

そこへマテューが割って入る。どう見ても、勉強の傍らで世間話をしているようにしか見えない。

(でも……違いますわ。これは、 情報交換(・・・・) )

クローディアはピンと来た。

というより、それ以外にこの勉強会の目的などあるわけがないと思っている。

それは彼女の親もそうで、キールが「ロイヤルスクールのみんなで勉強会をしましょう」と持ちかけてきたときには「盗めるだけ情報を盗んできなさい」と言われたのだ。

ちなみにクローディアの実家は第1王子にも第3王子にもついていない中立派閥だ。新興貴族家なので力も財力も足りなくて、派閥に入れてもらえていないというのが正しいところである。中立とはすなわち情報が入ってこないことと同義なので両親は喉から手が出るほど国王周辺の情報を欲しがっている。

そんなクローディアだからこそ、ヴァントールとマテューが手合わせを始めたことに驚き、しかも小一時間ほど本気で打ち合っているものだから、

「え、もしかしてほんとに勉強会? 交流会? そんな感じなの?」

と思ってしまった。

(なるほど……あの手合わせはヴァントール様とマテュー様が打ったお芝居ということなのですね。みんなの気を緩ませて、ほんとうに必要な情報はこうしてこっそりと交換する、と)

そう考えるとなぜ自分がこの席にいるのかがまったく意味不明なのだが、これでも碧盾の女子寮長だから、バランスを取って呼ばれたのだろうか——なんて思っていた。

「本気で勉強? マテューってばそれこそ本気でヴァントール様と打ち合いだしたからなにやってんのかと思っちゃったよ」

「あれはガチな」

ガチだったらしい。

(ああ……子どもっぽいマテュー様も素敵)

なんて思ってしまうあたり、クローディアもまぁまぁダメな子である。

「第1王子派閥のマテューと第3王子派閥キルトフリューグ様とが話をすることに意味があるんじゃん。違う?」

「……ま、焦らなくていいんじゃねーの」

「え? なにそれ」

「冬は長いしな。どう思うよ、キルトフリューグ様は」

「ふふ。私もマテュー様と同意見です。焦るのは大人の仕事です」

「言うじゃん」

にやり、とマテューが手を止めてキールを見ると、キールもまた横目で微笑んだ。

(え、え、え、え、なにこれなにこれ! マテュー×キルトフリューグなんていう組み合わせが存在してもいいの!? これを私が目撃しちゃってもいいの!?)

クローディアは絶好調だった。碧盾クラスのみんなにこの感動を伝えたい気持ちで一杯だったが、正確に伝えられる自信がない。「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」の書き手のように文才がない自分を呪うしかなかった。

とまあ、そんなふうに平和な勉強会は終わり——キールは次回の開催日を伝える。

みんな学園の仲間の顔を見られたことでほっとしているようで、次回もあるとわかって喜びの声を上げた。

平和な平和な勉強会だった。

それに反応したのは、平和を望まない大人たちだった。