軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵家だって揺れる

* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *

キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルクが「国王重篤」の報に接したのはロイヤルスクールの卒業式が終わり、彼自身の授業も終わり、王都にあるラーゲンベルク公爵家に戻ってきてすぐだった。

キルトフリューグ……キールは父である公爵からこう言われた。

「なにがあるかわからないから、ジュエルザード第3王子殿下と連絡を密に取りなさい」

と。

国王陛下の病状が悪いというのにその息子であるジュエルザードは忙しくしているに違いない——と思ったのだが、キールはすぐに知ることになる。

「それが……やることがなくて困っているよ」

きらきらしたプラチナブロンドの髪は相変わらずで、その甘いマスクでロイヤルスクールの女子たちの心を射抜きまくっていたのもついこの間。

ジュエルザードが日々を送っているのは当然クラッテンベルク王城内にある王宮だ。

ここでキールはジュエルザードから詳しく話を聞き、なにが起きたのかを知る。

「お兄様も国王陛下への目通りがかなわないのですか?」

「うん、 第1王子殿下(あにうえ) も同じらしい」

贅を尽くした室内は、暮らすには落ち着かなそうだけれどジュエルザードは生まれたときからこうだったので気にしていない。

(ソーマくんを連れてきたら「ここじゃ息をするのも気を遣うよ」なんて言いそうですね)

ふと、黒鋼クラスの友人のことをキールは思い出した。

「……状況はかなり悪いですね」

「キールもそう思うかい?」

「はい」

答えながらキールは室内にいる他の面々を見やる。彼らはロイヤルスクールでジュエルザードと同じ白騎クラスだった者たちだ。高位貴族の男子たちである。女子がいないのは、女性騎士は珍しくもないものの高位貴族の娘ともなると騎士としてではなく政略や結婚に精を出すようになるからだ。白騎クラスの女子は漏れなく剣を置いてドレスに身を包んだらしい。

いずれにせよ、ここには白騎クラスの男子——白騎獣騎士団に入団予定の者たちしかいない。

「彼らは信用できる。彼らとは、私と同じように接してくれ」

「承知しました」

白騎クラスの男子 全員(・・) がここにいるわけではないことをキールは知っている。つまり、何人かはジュエルザードではなく第1王子の派閥に入ったか、あるいは日和見を演じているのだ。

それもそうだ。

でも、 だからこそ(・・・・・) 今ここにいる面々は信用できるとジュエルザードは言いたいのだろう。

「タイミングがとにかく悪いと思います。お兄様が白騎獣騎士団に入団する前である今、なんらかの理由をつけて『騎士団に入れない』という手を使われるかもしれません」

「つまり、キールは第1王子殿下が父を害そうとしたと?」

「!?」

キールはハッとした。

いくらなんでもそんな大胆な発言をするのは危険だ。王宮には様々な人間がいて、どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。

「……大丈夫だよ、キール。クラヴィスが確認してくれている。私たちの話が聞こえる範囲に人はいない」

部屋の隅にいて、壁に背中を預けて腕組みしていた男がぺこりと頭を下げた。

背は低めで身体は華奢だが、油断のない目をしている。

(「天稟」、もしくはスキルでしょうか。気配を察知できるタイプの……)

キールはジュエルザードの近くにいる者たちがどんな「天稟」でどんなスキルを持っているのかを聞いたことはなかった。そういった情報が重要な秘密であることはもちろん、学園に入学したばかりのキールをそこまで信用してもらってはいないと思っていたからだ。

だがジュエルザードはあっさりとクラヴィスの能力についてバラした。

(ジュエルザードお兄様は、私を認めた……いや、情報を出してでも私を 取り込んで(・・・・・) おきたいということでしょう)

キールはお茶で唇を湿らせた。

「兄」「弟」と互いに呼び合う関係性は昔からで、ふたりの間には損得勘定なんてなかった。だけれど今は少々状況が変わっている。ジュエルザードは少なくとも、そう考えている。

「でもね、キール。そう考えるとつじつまが合わないところも出てくるんだ。そろそろ陛下は立太子をすることをお考えだったはずで、私がロイヤルスクールを卒業するまで待っていてくださったように感じている」

待っていてくれたのはなぜか——キールはすぐにふたつの可能性に思い当たった。

ひとつは、ジュエルザードを次期国王レースに参加させるつもりだった。

もうひとつは、クラウンザード第1王子がジュエルザードを簡単に廃嫡できないようジュエルザードが派閥を作るための時間を作ってくれた。

後者の場合は、クラウンザードが立太子後にジュエルザードを不当に悪く扱うかもしれないと国王が危惧していたということになる。

「もし仮に、陛下がこの私を王太子にとお考えであったのなら、クラウンザード兄様は陛下からなんらかの話を聞いたはずだ。そう……『ことを起こすきっかけ』だ。だけれど、クラウンザード兄様は定例での会合以外、陛下とは会話がない。その会合には多くの臣下が同席していたし、陛下と兄様がなんらか個人的な会話をしたことはなかった……そこが不思議ではある」

「……お兄様は、クラウンザード殿下が兇行に踏み切らない理由はないとお考えなのですか? 私の考えは少々違います。先ほど申しましたとおり今がお兄様にとって『最悪の』タイミングですから」

「もちろんだ。実行したのはクラウンザード兄様の指示だろう」

断言した。

ジュエルザードはすでに、第1王子が国王を謀殺しようとしたと考えている。

「でも……周囲はそうは見ない。むしろ、違う見方もある」

「違う見方? クラウンザード第1王子殿下が行動を起こしたと、皆考えるのではありませんか?」

「周囲から見ると、国王陛下が倒れられたということは私にとって有利なのだよ」

「どういうことでしょうか……?」

「陛下は今、面会謝絶だ。典医が必要最小限の決裁書類を持って陛下の判断を仰いでいるのだ。つまり陛下は、意志を持って判断や決定ができる」

「!」

すでに国王陛下が死亡したのだというウワサが立たない理由は、まさにこれだ。国王直筆のサインがあるので、それを見た者は「偽造では絶対にない」と口をそろえる。つまり密室で国王は生きている。

「立太子をしていない状況で私とクラウンザード兄様、それに……第2 王子殿下(・・・・・・) もいらっしゃる。となればこの3人は平等に扱われなければならない。いや、3人ではないか。第2王子殿下は早々に『王太子にはならない』と宣言をしているから」

第2王子殿下のグロウザードへの周囲の評価は非常に悪い。そして彼が「王太子にはならない」と宣言しているのは前からなので、誰も気にしていない。

「つまりお兄様とクラウンザード殿下はこれからの扱いにおいて 同等(・・) であり、比べられる存在になると……」

「そう。だからむしろ、私が陛下に毒を盛ったのだと考えている輩は多い」

「そんなこと……!」

「あり得ないだろう? ああ、そのとおりだ」

敬愛する第3王子が「毒殺魔」だと評されて気色ばむキールを見て、ジュエルザードは笑う。楽しそうに。

自分のために怒ってくれる存在がいることを喜んでいるのだ。

(それほど、ですか)

キールはようやくジュエルザードが感じていることを肌身にしみて知った。

(それほどまでに今、王宮内も、貴族街においても、「誰が敵」で「誰が味方」かで割れているということなのですね)

味方のキールが自分のために怒ってくれたことを、純粋に喜んでいたのだ。

キールからするとこの短期間でそこまで変化があったことが驚き以外の何者でもなかった。

だというのにジュエルザードは飄々としている。

今この瞬間、笑った姿を見せるまではなにひとつ感情の揺らぎなど見せなかった。

(……遠い)

物心ついたころからの付き合いがあるジュエルザードだというのに、彼はすでにこの異常事態に適応し、乗り切ろうとしている。

にもかかわらず自分は今日、どれほど意表を突かれ、心を乱されただろうか。

(ですが、年の差はいかんともしがたい)

キールくんは後ろ向きにはならなかった。

年齢差は経験差だ。どうしようもないものはどうしようもない。

天変地異のような理不尽ではなく、人のやったことであるならば乗り越えられる。出し抜くことができる。その罪を白日の下にさらすことだってできる。

「…………」

驚いたような目で見ていたのはジュエルザードだ。

「……キール、君は成長したね」

「ありがとうございます」

成長した、と言っていいのだろうか。

キールが「いかんともしがたい」なんて 開き直れる(・・・・・) ようになったのは学園入学後にそう開き直らなければならないようなことを何度も知ったからだ。

ソーンマルクス=レック。

彼の起こした事件、達成した偉業を思えば自分が積み重ねてきたものなどたいしたものではなかった。

そして彼は広い心を持って、キールにも接していた。まるで倍以上の年齢の大人と話しているように感じることもあった——。

「ふっ。キールならば私たちと対等に話ができる。この国の未来について語ることができる。そう思わないか」

たずねると白騎クラスの仲間たちは一斉にうなずいた。

これから白騎獣騎士団に入るエリートたちに認められたことはキールにとってうれしくないはずがなかった。

だが、それでも、状況は不利。打てる手も限られている事実は事実だ。

「お兄様はこれからどうなさるおつもりですか」

なんとかして国王陛下と謁見する。

第1王子派閥の貴族たちを取り込む。

第1王子の犯罪の証拠を暴く。

いったい、この王子はどの手を打つのだろうか——と考えたキールだったが、

「すでに手は打っている」

ジュエルザードの「手」はそのどれとも違い、さらにはすさまじい効果があった。