軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝国の剣聖と、帝国の当主と、王国の少年

俺たちが「流水一刀流」の訓練場に着いたときには、敷地を十重二十重に野次馬たちが囲んでいた。剣聖が来ているぞ、とか、代替わりするんだってよ、とかそんな話が聞こえてくる。

「ごめん、通して、通してくださーい! 俺たち関係者なんで!」

野次馬をかき分けて敷地を囲う低い塀まで到達すると、「流水一刀流」の使徒を見つけて中に入れてもらった。スヴェンの仲間だっていう認識があるみたいだ。「スヴェンさんの彼女さんもどうぞ」と言われたリッカは「かっ、かかか彼女じゃないから! ななななにをどう見たらそういうふうになるのかな!?」とかみかみで言い返していた。いや、まぁ、訓練場までついてきてスヴェンの素振りをずっと眺めてる女の子なんて彼女以外の何者でもないだろって思った俺です。

「で、スヴェンは、と……んんん?」

俺が見たのは——訓練場の中央で剣を抜き、向き合っている3人だった。

スヴェンパパに、スヴェンとジャンが相対している。

ふたりは汗だくで、肩で息をしているほどなのだけれどスヴェンパパは平然としている。まあ、じっとりと汗はかいているけども。

そしてその向こう——訓練場に奥に座っているのは、

「……剣聖殿、見ての通りです。ふたりで掛かっても私に勝つことはできない」

スヴェンパパが振り返って声をかけた相手がいた。

フード付きのマントを羽織っており、着ている服は頑丈そうな訓練着だ。

白髪交じりの銀髪は長く、後ろでひとつに結んでいる——帝国の標準的な武人スタイルである。

異常なのは武器だ。腰に佩いた2本の剣は、やたら太さを感じさせる。めちゃくちゃ重量がありそうだった。

(あれが、剣聖)

思わず俺は足を止めてしまった。

なにげなく座っているだけのように見えた。だけれどそのたたずまいに注目すると、にじみ出る、他者を圧するようなオーラが伝わってくる。

現に、「流水一刀流」の使徒たちは全員訓練場の外にいて、剣聖のそばには誰も近づこうとしていなかった。

「そうかな。もうちょっとやってみないとわからないだろう」

「……意味がない」

「意味は、あるさ」

「あなたは私を前線に連れて行きたいのですか? 毎年、遠征に従っているでしょうに」

そんな話し声が聞こえてくるが、ふたりが話している間に、俺は近くにいた使徒のひとりになにがあったのかを聞いた。

突然剣聖がやってきたということ。

剣聖はスヴェンパパに奥義を見せろと言い、スヴェンパパは「見せ物ではない」と断り、だけどジャンが調子に乗って披露したこと。

それを見た剣聖はスヴェンパパに「誰かに奥義を伝授し、当主の座を譲り、自分についてこい」と言ったこと。

スヴェンパパはジャンとスヴェンがすでに奥義の初歩を使えるが、まだまだ未熟なので当主は任せられないと断ったこと。

その未熟さを見せるためにふたりを相手取って模擬戦をしているというのが今、らしい。

(マジかよ。スヴェンはともかく、ジャンさんは十分鍛え上げた大人だし、身体能力もめっちゃ高いじゃん。それなのにスヴェンパパに勝てないのか?)

確かに「帝都武芸ホール」でのスヴェンパパはすさまじかったが、ジャンだって相当に練度の高い剣士だと俺は思っている。

スヴェンパパン、やべーな。すごさの高みが俺には全然見えてなかったってことか。

向こうでは剣聖とスヴェンパパの話が続いていた。

「剣匠アランよ……それだけでは足りぬ。『水影斬』の奥義を、お前が北方戦線でも使えるように鍛えてやる。お前はまだまだ強くなる」

どうやら剣聖はスヴェンパパを「もっと強く」したいらしい。

どういうこと?「剣匠戦」でなんかそんな気分になったのか?

「結構です」

「……なんだと?」

「これ以上強くなるのは、次代の者に任せます。そのために使徒たちを育成しているのですから」

「実戦を通じてしか強くはなれん。それがわからんのか」

「どうでしょうか——」

そのときスヴェンパパはちらりとこちらを——いや、スヴェンを見たんだ。

「——たゆまぬ努力を続け、大人が目を見張るほどに成長する者もおります。その成長をバカにするものではないと、思うのです」

どこか優しい口調で。

実の父が子を見守るような顔で。

スヴェンパパは言った。

(そうか……)

俺はこのときになってようやく わかった(・・・・) んだ。

「くだらん」

でも、剣聖には響かなかったらしい。

「お前ほどの者がなぜくすぶろうとする? よいのか、このままでは一刀流の流派は壊滅するぞ。この流れを変えるのは、ひとりの英雄だ。有無を言わさぬ強さを誇る英雄だ」

「剣聖殿。なにを言おうと私の考えは変わらない」

「…………」

頑ななスヴェンパパの態度が癇に障ったのか、剣聖は立ち上がった——。

「!?」

それだけで、その場の空気が変わった。

ひりつくような緊張感が訓練場いっぱいに広がって、遠く離れている使徒たちはさらに一歩下がったんだ。

「……アランよ、お前はこう言うのだな? 時代遅れの一刀流を意固地になって守ると」

剣聖の正面に立っているスヴェンパパはまったくたじろぐこともない。

それは本気ですごいと思った。

「ええ。あなたの理想は理解できるが、すべての剣士が共感するものでもない」

すらりと剣聖は、分厚い剣を抜いた——片手で引き抜くには重すぎるであろうほどに長く、分厚い剣を。

俺なら両手ですら持てるかどうかもあやしいそれを、剣聖は軽々と右手1本で持っていた。

その瞬間——先ほどまでの緊張を上回る、息苦しささえ感じるほどの重圧が襲いかかってきた。

「剣を構えろアラン。ワシは1本しか使わん」

「……どういう意味ですか」

「1分、この場に立っていられたら、お前にはこの流派を守る力があると判断しよう。もしできなかったら……いずれ滅びる流派だ。今この場で滅ぼしてくれる」

むちゃくちゃだ。

剣聖だからって、この国トップの剣士だからって、そんな無茶を言っていいのか?

大体なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ。

スヴェンパパだってがんばってただろ——今日の「剣匠戦」だってそうだ。

(クソ……こんなときになって俺はスヴェンパパに肩入れして考えちまってる)

スヴェンパパはこの流派を背負って戦ってきた。

離婚してもスヴェンパパのことを案じているスヴェンママだっている。

そりゃさ、スヴェンを王国に追いやったことはどうかと思うよ? デタラメの剣を教えたことも。だけど——俺は わかった(・・・・) んだ、スヴェンパパのことを。

きっとこの人は、めちゃくちゃ不器用なんだ。

帝国で剣を続ければ、やがて「 雪と氷の王国(スノウマンキングダム) 」との戦いを経験することになる。

スヴェンに剣の才能がなければ、若くしてスヴェンは死ぬ。

だから……王国へと遠ざけた。

もし剣をあきらめきれなくとも、王国で暮らせば過酷な実戦に投下されるなんてことはない。王国は配属される騎士団によって任務が全然違うからな。

スヴェンパパは、スヴェンの弟妹に武技を教えたくないというスヴェンママの気持ちも尊重して離婚を受け入れた。もし結婚したままだったら周囲が——今こうして剣聖が言っているみたいに——弟妹にも剣の道を薦めるだろうから。

そんな人なんだよ。

スヴェンが大人に(・・・・・・・・) なったら(・・・・) 、 こうなるだろうな(・・・・・・・・) っていう人なんだよ。

そんな人に、言っていい言葉かよ。

「『滅ぼしてくれる』って、なんすか」

俺は一歩踏み出していた。

そこで初めてスヴェンが振り向いて、驚いた顔をした。

「——ソーンマルクスくん。下がっていてくれ。これは大人同士の大事な話だ」

「いやあ、違うでしょ。スヴェンが巻き込まれてる時点で大人の話じゃなくなってるでしょ。スヴェンは剣しか考えてないヤツだから、こういうときは 師匠の(・・・) 俺が出るって決めてるんすよ」

スヴェンはいつも通りの無表情だったけれど——どこか、ほんのすこし、ホッとしたようにも見えた。

リッカが「やめて」と震える声で言ったし、テムズが俺の服をつかんだけど、それを無視して前に出る。

「お前は……王国の者か?」

初めて剣聖が俺を認識する。

「俺、この帝国に来て圧倒されたんすよ。あちこちで武芸流派が使徒を勧誘してて。武器を扱って戦うことが当たり前で。そりゃスヴェンが『剣』にこだわるわけだって納得もしましたね。だから——それだけに、あなたが言っちゃダメでしょ。流派を滅ぼすなんて」

「…………」

剣聖が俺をじっと見据えている。

その圧は物理的なエネルギーすら伴っているかのようで、息さえしにくいほどだった。

でも俺は歩を進めた。一歩一歩。

なんでもないというふうを装って。

「師匠……」

弟子(・・) の前なんだから、かっこいいところ見せなきゃな?

「スヴェンにとって剣は 希望(・・) でした。いや、スヴェンだけじゃない、多くの帝国の人にとって武芸は希望であって、日常であって、欠かせないものじゃないですか。武芸を教える流派は、心のよりどころでしょ。それで、その流派を背負って立ってる人は……」

俺はアランさんの横に並んだ。

「希望を守っている人です。違いますか」

日本にで生きていたとき——俺はほとんどの時間をのほほんと暮らしていた。

だけれど父親が死んで、父親が経営していた町工場を清算することになって、社長という人がどれほど多くのものを守っていたのかを知った。

スヴェンパパもまた、そうなんだ。

流派の当主ということは、そこにいる使徒たちを守る存在でもあるんだ。

「帝国の現状をなにも知らぬ小僧がわめいても、まったく響かぬな」

剣聖は眉ひとつ動かさずそう言った。

「帝国の現状なんて知りませんよ。だけど俺が知ってることだってある。ここにいるアランさんは、めちゃくちゃ不器用で、そのくせ家族思いで、流派にいる使徒のみんなのことも大切にしてるんですよ」

「!?」

アランさんはぎょっとした顔で俺を見た。なんでわかったの? みたいな顔しないでよ。さすがに俺だって気がつく。鈍感なスヴェンは気づいてないけど。

「もうひとつ知ってることがある。そんなアランさんを脅すような口調で責め立てているアンタは、クソダサいってことですよ」

「ちょっ、ソーンマルクスくん!? この方、剣聖だよ!! この国のトップの剣士だよ!!」

知ってるって。

さすがに知らずに啖呵切ってたらカッコ悪すぎでしょ。

ちなみに足が震えそうになるのをなんとかこらえてる。

「……剣を抜いた私に、そんな口を利くということは、それなりの覚悟があるのだろうな? 名乗れ」

眼力怖い。怖すぎる。こいつ絶対30人くらいヤッてるって。いや、3桁いってるかも。

「ソーンマルクス=レック」

だからせめて、

「クラッテンベルク王国王立学園騎士養成校黒鋼クラス所属——王国騎士になる男だ」

勢いつけなきゃ気持ちで負ける。