作品タイトル不明
暗躍する影がちらりと見え
俺がジャンに話しかけると、向こうはめっちゃびっくりしてたな〜。
その後は警戒されたんだけど、こっちの意図はわかってくれたみたいだった。
俺は、ジャンに伝えておきたかったんだ。
俺たちは「流水一刀流」をどうこうしようなんて思ってないことを、一応ね。当主の息子が帰ってきたら、よからぬウワサが立つかもしれないじゃん?
するとジャンも俺の意図を理解してくれたらしい。
ジャンの考えってわかるんだよな。安全圏にいて、安定した暮らしがしたい。まさに俺が望んでることそのものだし。でも話してみたら、遠征には加わってるみたいなんだよ。
——モンスターは怖くねえよ。アイツらは本能で生きてるから 読みやすい(・・・・・) んだ。
って言ってさ。
(……え、マジ?)
って思ったね。
モンスターは確かに本能で動くことが多いけど、だからってなんとかなるってもんじゃなくない? 反射神経とかでどうにかなるの? ジャンのパワーでどうにかしちゃうの?
「うぅむ……確かになぁ、ラスティエル様も身体能力お化けって感じだったしなぁ……」
白騎獣騎士団の正騎士であるラスティエル様がとてつもない実力者だってことは間違いない。
総合レベルで1000を超えてるってことはないと思うんだけどな……。
つまりレベルだけなら俺のほうがラスティエル様やジャンよりも上のはず。だけど向こうの身体能力はヤバい。
天才ってやつはこれだからよー!
「ただいま戻ったぞー……って」
俺の部屋の隣、スヴェンの部屋には多くの人がいた。ベッドに寝かされたスヴェンと、その周囲にいる心配そうな弟妹、スヴェンママ、それにスヴェングランマとグランパだ。使用人たちも代わる代わるやってくる。
さらにはリッカもいて困ったような顔をしていた。
「ソーンマルクスくん……! スヴェンが、アランと模擬戦をしたって、ほんとうなの!?」
あー、これは心配をかけてしまったというヤツか。
スヴェンだけは無表情でこっちを見てくるが、いや、お前ちゃんと説明しろよな?
「え、えーっと、まぁ、そうっすね」
「どうしてそんなことを!? スヴェンには剣が合わないのに……」
いやいやいや。
それは本人の前で言ったらあかんでしょ。
「俺は強くなったと言ったのですが、信じてもらえないのです」
スヴェンがまったく気にした様子もなく言ってくる。
なるほど……。
これは母子ともに重傷だな?
「みなさん、話があります——」
俺はそれから1時間以上かけて、スヴェンの実力の伸びと、スヴェンパパとの手合わせについてと、そしてこれからのことを話した。
スヴェンママはスヴェンの剣の腕がものになるとわかってぱぁっと喜び、すぐに不安そうな顔になり、次にスヴェンパパがでたらめの剣を教えていたことに怒り、最後にはスヴェンが王国騎士としてやっていきたいというのでしょげかえった。ほんと、感情豊かな人だな。
「ワシにはわからんのだが……なぜ君はスヴェンをけしかけて、アランと勝負させたのだ?」
スヴェングランパが俺に聞いた。
俺は言うべきか迷ったけれど、正直に話すことにした。
「『剣匠戦』は危険なものだと聞いています。死ぬこともあると」
「!!」
グランパは、俺たちが「剣匠戦」についてすでに知っていることに驚いたようだ。
「そ、それはそうだが、可能性としてはあまりないことだ……それにアランは剣匠として実力者だ。滅多なことでは……」
「直近は3回に1回は死者が出ると」
俺がちらりとリッカを見ると、リッカも難しい顔をしてうなずいた。
「『雷火剣術』はなりふり構わず勝ちにきますよ。仮に死ななかったとしても、もう剣を握れないような大ケガを負うかもしれません。スヴェンは、父と剣を交えるということを二度とできなくなります」
「なっ!? ……なるほど。君はどこまで知っておるんだ」
「逆に聞きたいですよ。皆さんはどこまで『雷火剣術』のことを調べたんですか?」
ちらりとスヴェンを見る。
自分に関する話だとわかっているはずなのに、アイツの視線の先にあるのは模擬剣だ。素振りすることしか考えてない。
ふだんなら「お前さぁ」と言いたくなるが、こういうときでもブレないスヴェンを見て、俺はなぜだか安心してしまった。
「——俺は、ただ正々堂々とした『剣匠戦』が見られればそれでよくって……スヴェンがもっと強くなって、アランさんを超える日が来るそのときまで、アランさんが現役でいてくれたらいいなって思うだけです」
今日の手合わせを見て、俺は確信している。
スヴェンはもっと強くなる。そしていつかパパを超えると。
剣だけ見たらきっと俺を超える日もそう遠くない——まあ、総合力で俺を超えるのは難しいぞとは言いたいけどな!
「…………」
「…………」
「…………」
スヴェンママと祖父母の3人は視線を交わすだけでなにも言わない。きっとスヴェンがパパに勝つなんてあり得ないと思っているのだろう——ここまで説明したのに、半信半疑って顔だもんな。
まぁ、今はそれでいいけどね。結果なんていつだって後からついてくるし。
「ねー、スヴェンにーちゃんはお父さんより強いの?」
「すげー」
弟と妹だけが無邪気にベッドにしがみつき、
「…………」
リッカもまた複雑そうな顔でスヴェンを見ているのだった。
* 剣聖・弓聖 *
広い帝都と言えども、この店を知っている者はほとんどいない。
住宅しかなさそうな裏路地に入り、4度、小径を曲がっていくとその先にぽっかりと現れる黒檀の扉。
銀のドアノブを引くと、地下へと続く階段があって——まるでその先にあるのは倉庫だけというふうな雰囲気だが——やがて現れるのは、小さなバーだ。
カウンターだけの客席の壁には樽が積まれてあり、ワインが詰まっている。蛇口をひねるとそこからワインが出てくるという仕組みである。
カウンターの向こうにある壁には多くの酒瓶が陳列され、マジックランプの明かりが、なまめかしくも美しい流線型の瓶を照らし出す。
「……待たせたな」
入ってきたのはひとりの男だった。フードをかぶっており、パッと見は怪しげな風体である。
店内、カウンターのスツールに腰掛けていた人物——この国では非常に珍しいショートカットヘアの女性がそちらを見た。
バーテンダーはいない。
入ってきた男の目当てが、彼女であることは間違いなかった。
「や。忙しいのにわざわざごめんねぇ」
小さくひらりと手を振った彼女は小柄で、あどけない笑顔からすると10代に見えなくもないのだが、彼女の前に置かれたグラスにはなみなみと琥珀色の蒸留酒が入っている。10代が飲むにはえげつない量だった。そして実際、彼女は30代後半という年齢である。
着ている服はもこもことした毛皮の上着に、ぴっちりとしたスキニーなボトムス。上下のアンバランスさはそのまま彼女の見た目と実年齢のアンバランスさを現しているかのようだった。
「ふっ、皮肉を言うな。『五聖』において最も多忙なのはお主であろう」
男はフード付きのマントを脱いでスツールに掛けると、女の横に腰を下ろした。
使い込まれた訓練着を身につけており、この国ではよく見かける剣士——腰の左右に、脇差しほどの剣を2本吊っている。
異様なのはその剣の太さだ。鞘が3センチほどもあり、剣の刀身の厚さをうかがわせる。
ほとんど白髪の長髪は、しかしつややかで、縛っている飾り紐は魔力を帯びて七色の光を放っていた。
男の長髪が銀色なのは順当に歳を重ねているからだろう。
年齢は60を超えている。
そしてそうは到底思えないほどに均整の取れた体つきだった——脱いだら彫刻家が泣いて喜びそうな肉体美が現れることだろう。
よく日に焼けた顔にはシワが刻まれ、鋭い眼光が女を見据える。
「 剣聖(・・) サマは同じお酒でいいかい?」
「酒は止めている……と言いたいところだが、他ならぬお主と会うというのに、一杯も付き合わぬわけにはいかぬな」
「へへ、そう言うと思ったよ」
男——剣聖の前に出されたのは女と同じ蒸留酒だったが、器はジョッキで、しかもなみなみと注がれていた。
「……お主」
「まさか、『一杯付き合う』っていう言葉を違えることはないよね〜?」
「まったく……弓聖は相変わらずだな」
ため息交じりに剣聖はジョッキをつかむと、ぐっと飲んだ。
喉の焼かれる感覚にぎゅっと目を閉じたが、ふぅーっと熱い息を漏らす。それを見た弓聖は「おお〜」とぱちぱちと手を鳴らした。
「して……なんの用だ?」
改めて剣聖は言った。
帝都の路地裏にある隠れ家のような酒場。
バーテンダーはおらず、客であるふたりしかいないような場所。
ふたりはここの利用客であり、ここが そういう場所(・・・・・・) ——つまり秘密を守るための場所だとわかっている。
となれば重要な用事があることは間違いない。
「……別にィ、ちょっと顔でも見とこっかなって思ったんだよ」
だというのに弓聖はそんなことを言ってちびりと酒を飲んだ。
「お主の言いたいことはわかる。『剣匠戦』のことであろう?『雷火剣術』は名門剣術流派だったが、今は落ちぶれ、無縛流派の手助けなしでは存続すらも危うくなっておる。『流水一刀流』が負ければ『剣聖』『剣豪』『剣匠』の中に、一刀流は『剣豪一撃剣流』しか残らなくなる。……だが、それは時代の趨勢よ。魔物の巣窟である『 雪と氷の王国(スノウマンキングダム) 』とて変化がないわけではない。我らはさらに強くなる必要がある」
帝国において無縛流派が幅を利かせていることは間違いなく、それを快く思わない者も多い。剣や槍の実力ではなく、既存の流派を乗っ取るような形で勢力を拡大しているのだから当然だった。武術の流派ではなく、商会や貴族のようなやり口なのだから。
とはいえ剣聖は「それもまたひとつの強さ」だと割り切っていた。半世紀近くも最前線でモンスターと戦ってきた剣聖にとっては、強さこそが最重要。「剣聖岩穿双剣流」の当主である彼は、強い者を歓迎する。無縛流派が弱ければいずれ消えるだろう——。
「剣聖は寂しくないん?」
「な、なに? 寂しい?」
聞き間違いかと思った。
寂しい、と言ったのか?
弓聖が?
「なんだよそれー。『意外』みたいな顔をしてさー」
「……失礼した。重要なのは流派ではなくそこに生きる帝国民だ。我が『岩穿双剣流』を手放すことで帝国の発展につながるのなら、ワシは喜んで当主の座を降りる」
「そういう考えの持ち主だってわかってたけどさぁ。でも剣聖って史上最強って言われてる『 刻零(こくれい) 剣帝』にいちばん近い男って言われてるじゃん。自分の立場に愛着とかないわけ?」
ソーマが国境で見た石像。クラッテンベルク王国開国の祖と、帝国最強の剣士とが向き合っているあの石像——皇帝から己と同格である「帝」、つまり「剣帝」を名乗ることを許された、歴史上唯一の存在だった。ちなみに「槍帝」や「弓帝」は存在せず、剣だけが唯一無二の存在だった。
「ふっ。弓聖よ、お主は知らぬのだ。『刻零剣帝』とワシは明らかに違うことをな……」
「はいはい。どーせ高みに至った剣士にしかわからない境地とかそういうヤツでしょ? そりゃ弓使いのあたしにゃわからんよ」
「もっと単純な話なのだが」
「ま、剣聖サマが『剣匠戦』を気にしていないならいいや」
弓聖はスツールから下りるとひらりと手を振った。
「おい。ワシとて気にしていないわけでは……」
「おかしなことが起きないようには するから(・・・・) 、安心して見ててよ。いつもどおりにさ」
そうして弓聖は去っていった。
「あやつ……」
ふー、と息を吐いた剣聖は、
「なにを感傷的になっておるんだ……『帝国の影』とも呼ばれる『彗星弓流』の当主が……」
グビリと酒を飲んで、その度数の強さに顔をしかめるのだった。