軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境の州都はにぎやかで

風が乾いている——と思った。

もう12月なのだから寒いのは当たり前なんだけど、湿った寒さではなく、乾いた寒さ。馬車に入り込んでくる隙間風が乾いていて、吐く息がもうもうと白い。

「ほれ、そろそろ見えてきたぞぉ」

ごとごとと鳴る車輪に紛れて、御者台から声が聞こえてきた。分厚いコートにマフラーに、頭には帽子をちょんとのっけた御者のおっさんが俺たちに教えてくれたのだ。

「マジ? ちょっと見に行こうぜ、スヴェン」

「はい、師匠」

俺とスヴェンが御者台に続く窓を開けると、「あれだよ」と御者のおっさんは前方を指差した。

冬枯れの野原を突っ切って伸びていく街道を、多くの馬車や馬、旅人たちが行き来している。はるか向こうには、左右に長い長い城壁があり、そして城壁を越える高さの尖塔がいくつも見えていた。

「あれが……州都。ウェストラインの州都かあ」

クラッテンベルク王国王都から馬車に揺られること3日。ついにここまでやってきたかという感じだ。いや、もう、馬車の中はやることがなくてヒマ過ぎた。スヴェンが剣の素振りをしたいとか言い出したのでさすがに止めたりするほどにはヒマだった。これ、俺の身体が少年だからまだいいんだけど、大人は長距離馬車で腰とかダメにしそうだよな……。

「そういやあ、お前さんたちは州都になにしに行くんだい? 子どもふたりで旅に出るってわけでもなかろう」

御者のおっさんに聞かれ、

「ああ、州都が目的地じゃないんですよ。もうすぐ国境でしょ?」

「ほお、国境を越えるのか」

「ですです」

俺はうなずいた。

ウェストライン州都は国境まですぐのところにある。

俺たちの目的地は、クラッテンベルクの隣国でありスヴェンのふるさとでもある国。

「インノヴァイト帝国に行くんですよ」

こちらの世界に転生してから、俺は初めて国外に出るのだ。

いや〜……しっかし州都ってでっかいな。「いうて王都に比べたら小さいんでしょ? 地方の県の3番目くらいの市ってイメージ」なんて勝手に思っていたんだけど、見渡す限り、人、人、人。

ホテルの3階の部屋から通りを見下ろすと、サイドストリートだというのに大型の馬車が通るし、行き交う人たちにも活気がある。

「フッ、フッ」

そりゃね、人口で言えばそんなに多くないわけだよ、この世界は。

レッドアームベアとかいう「森の死神」なんて呼ばれてるバケモノが、街の外にはいるし、治安だって悪い。病気だってなかなか治らない。だからこそ人間は街に集まる。で、街は城壁によって囲まれるから、その中に密集する。必然的に人口密度がドンドン上がっていく……って感じ。

「フッ、フッ」

それはわかっているんだが……それでもデカさにビビる。

城壁はどこまで続いてるかわからないほどに長かったし。

ホテルだってどこも満室で、俺とスヴェンはようやくここを見つけた。

「フッ、フッ」

「…………」

「フッ、フッ」

「……あー、スヴェン」

「フッ、フッ、はい、師匠、フッ、フッ」

声を掛けてもスヴェンのヤツはちらりとこちらを見ただけ。「師匠」って言う割りに俺のことさらっと雑に扱うんだよ、こいつは!

え、スヴェンはなにしてるのかって? 決まってんだろ(素振り)。

「あー……まあいいや。俺はちょっと出てくるよ」

「はい」

「……ついていきます、とか言わないのな」

「自分は師匠に追いつくべく修行中ですので」

素振り 中毒(ホリック) かな?

素振りをしていると脳内物質が分泌されて気持ちよくなってしまうタイプの人かな?

馬車の中じゃ素振りができないから発狂しそうになっていたけど、その鬱憤を晴らしているんだろうな……。

俺はスヴェンを放っておいて、ホテルから外へと出た。

実はスヴェンの故郷であるインノヴァイト帝国へ入る前に、この州都でやるべきことがあった。

「えーっと……あっちのほうだな」

道をたずねること5回、ようやく行くべき地域がわかってきた。……問題はちゃんとホテルに帰れるかどうかってことだけど、まあそんときはまた道を聞こう。

往来には見慣れた王国人の他に、明らかに違う風体の人たちもいる。

男性で、長髪をひとつに結んでだらりと垂らしているだけのスタイル。そう、まるでスヴェンのように。

そんな 長髪男子(おっさんもいるけど) がちらほらいるのである。

彼らはインノヴァイト人なのだそうだ。

人種は王国と変わらないけど、文化が違う。男性の髪は伸ばすもの、なのだそうだ。王国でもロン毛男子はいるけど、こういうスタイルはあんまりいない。

国境に近い州都だから、多くのインノヴァイト人もいるらしい。

「ん……こっちはだいぶうらぶれた道だな」

スラムとまでは行かないが、ボロ屋が並ぶ道がちらりと見えた。州都は栄えているが、光が強ければ影もまた濃い。貧富の差はかなりある。

「……ウチも貧乏だったもんな」

レック家——俺の実家は宿屋を営んでいる。

儲かっているかと言われればサッパリであり、兄が家業を継ぐから、俺は自分でお金を稼がなければならないとわかっていた。

あんな辺鄙な村なら、まあ、みんな等しく貧乏なのであんまり気にすることもないんだけど、こういう大都市でボロ屋があると「差」を感じてしまう。

「おっ、ここか」

そんなことを考えながら進んでいき、俺はようやく目当ての建物を見つけた。

出ている看板はすり鉢とすりこぎ。

薬屋……ではなくて「薬師ギルド」である。

「ちわーっす……」

恐る恐る入ってみると、建物の内部はホテルのロビーのように静かだった。人は少ないが、身なりのいい人ばかりで、俺みたいな子どもはまったくいない。

「なんだい、なにか用か」

受付にいたおっさんは俺をみてイヤそうな顔をする。まあ、子どもであるというだけでなく旅姿だからなー。筋のいい客であるわけがない。

だけど、こっちの出そうとしているものを聞いたらびっくりするぜ。

「買い取ってもらいたいものがあるんですけど」

「買い取りぃ? それなら冒険者ギルドに行きな。ここは子どもの遊び場じゃないんだ」

まるで冒険者ギルドは子どもの遊び場だと言っているふうだったけど、実際、冒険者ギルドは俺くらいの年齢でも登録できる。子どもがお使いをこなして小銭を稼ぐこともできるのだ。

「冒険者ギルドよりも薬効の高い素材は薬師ギルドのほうが値が高くつく。そんなの常識でしょ?」

俺が言いながら、六角形が3つくっついている紋様の刻印が押された革袋をちらりと見せるとおっさんの表情が変わった。

「直接、付き合いのある薬剤店に卸してもいいんですけど、その『付き合い』で値切られたら困るからね。だからここに持って来たってわけ」

「ほう。ではその荷物を持ってあっちのブースに来なさい」

にやり。うまくいったぜ。

——ボクらは見た目が子どもだから、商売の場だとナメられることがあるんだよね。

そう言ったのは守銭奴……じゃなかった、リットだ。アイツは俺にこの小道具を託したんだ。刻印の押された革袋は商会が使用するものであり、この革の出来の良さを見れば「そこそこの大商会」であることがわかるのである。

ちなみに今言ったセリフは全部リット大先生に教わったものだったりする。

買い取りブースで俺が出した品物を見るや、おっさんはわなわなと震えた。

「こ、これは『隠者の秘め事』……!」

そう、レッドアームベアくんが大暴れしたあの森で、俺は追加の茸を見つけていたのだ。黒鋼クラスの運営費用も足りなくなってきているし、今回の旅の費用もまぁまぁ掛かる。いや、スヴェンの帰省費用はスヴェンの親が出すのかと思ったら、「父は、卒業まで帰ってくるなと言っていたので、私費で帰ります」とか言うのよ。スヴェンは全然お金持ってないのに。

で、「隠者の秘め事」の登場だ。これは男性のアレをアレして夜をアレする大変薬効高い茸なんだけど、これを以前、王都の冒険者ギルドで売ったんだよな。

「いやはや、こちらの『星マダラ茸』や『蒼牙茸』も大きくてすばらしい」

以前売ったときにリット……じゃなかった、守銭奴もいたもんだから、ヤツは「茸は金になる!」と目を金貨マークにしていた。

俺は知らなかったんだけど、それ以降、「どこで売ればいちばん儲かるのか」を調べていたらしい。さすが守銭奴。さす奴。

結果、当然のことながら、

「ウェストラインだと、この手の茸は手に入らないんでしょう?」

ない(・・) ところに売りに行くという作戦だ。

ちなみに以前間違えて大恥をかいた「ニセ蒼茸」は入ってないぞ……たぶん。

「ええ、ええ、そうでございます。して、これらを全部卸してくださるので?」

さっきまでイヤそうな顔をしていたおっさんは、一転してにこやかになって揉み手までしている。おっさんににこにこされてもどんな顔をしていいのかわからないよ……。

「そ、そうっすね。いくらになります」

「これだけの代物ですから……オマケもつけて、こちらでいかがでしょう!」

おっさんはトレーに金貨を3枚取り出した。

「…………」

「驚いたでしょう。それくらいの価値があるんですよ。金貨を3枚も出すのは薬師ギルドだけですよ。冒険者ギルドだったらもっと……って、ど、どうしたんですか、なんで片づけるんです!?」

ふざけんな。王都の冒険者ギルドでも金貨4枚、クラッテン金貨1枚、銀貨7枚だったんだぞ。

これだけのブツを見せてもこっちをナメて掛かってくるなら、

「冒険者ギルドで卸します」

「な!? 冒険者ギルドがこれ以上出すわけないでしょう! わ、わかった。そうしたら銀貨を3枚つけてやろう。それでどうだい?」

「ふー……」

俺は息を吐いた。

うまくいかないもんだ。商売ってのは。

久々に前世のことを思い出したな……つぶれた親父の工場を清算したときには、こっちの足元を見て、高価な作業機械を二束三文で売らせようとしてきた連中もいたっけ。

「才に敬意を」

俺はその場で足踏みをドンドンと2回した。

「胸に誇りを」

トントンと胸を叩く。

「剣に忠誠を」

腰に吊った剣をジャッ、ジャッと2回叩く——おっさんは初めて、俺が剣を吊っていることに気がついたらしい。

いきなり俺がし始めたことに目をパチパチしているおっさんに、言ってやった。

「騎士に正道があるように、商売にも王道がある。相手の身なりや情報の差を利用して上前をかすめようなんていうのは下の下だよ」

「お、お前は……」

「王立学園騎士養成校在籍、ソーンマルクス=レックだ」

それだけ告げると、俺はおっさんに背を向けて歩き出した。

「ロッ、ロイヤルスクール……!?」

驚いたおっさんの声が聞こえたけれど、もうここには用がない。さすがに、こんなにナメられたところで売るわけにはいかないしな。

さて……と。

薬師ギルドを出た俺は、

(やっべぇ〜〜〜〜! せっかくリットが教えてくれたってのに全然活かせてねえ!)

実は内心で頭を抱えていた。

リットが調べた、ウェストライン州では高値で売れるという情報。冒険者ギルドではなく薬師ギルドのほうが一般的に高値で買い取ってくれること。薬剤卸の専門商会もあるが、リットの実家であるホーネット商会とつながりがあったりなかったり、味方だったり敵だったり、結構面倒なのでできればギルドのほうがいいこと。

これらを考えると薬師ギルドで売るのがいちばんなのだが……。

「うう、リット大先生は情報料として販売値が上がったぶんの10%をお望みだしなぁ……」

さすが守銭奴。

リットの読みでは大金貨2枚(200万円相当)は下らないということである。

「……ねえ、ソーンマルクス=レック」

「うわあ!?」

いきなり真後ろから話しかけられて、俺はのけぞった。

「お、おまっ……」

目元まで隠れる髪、袖の長さがあっていない上着を着た、背の低い少年がそこにいた。

俺は、コイツを知っている。

「テムズ!?」

ウェストライン州騎士養成校在籍の、騎士見習い。秋期国内統一テストで俺、キールくんに続く3位に入ったという秀才だ。

「どうしてソーンマルクス=レックがここにいるの? 薬師ギルドでケンカを売った理由は? 制服を着ていないところを見ると正体を隠してかく乱したいのかと思ったけれどわざわざ名乗りを上げたからそれは違うよね? さっき出していた素材は本物?」

「待て待て待て待て。一気に言うな、一気に」

そういやコイツはぐいぐい来るタイプだったな。

「…………」

俺がきょろきょろしていると、

「リッカはここにはいない」

「俺の考えを読むなよ」

双子の姉がいるんだよな。ちっちゃいギャルみたいな。

「察するに、ソーンマルクス=レックは素材を売りたいのか?」

「えっとまあ、そうだよ」

「ではちょっと怪しいけど買い取りしている業者を紹介しよう」

「自分から『ちょっと怪しい』って言うのってどういうことなん?」

「見ればわかる」

「いや、ついてこい、みたいな顔されてもついていかないから。怪しいってわかってるところなんて」

「まあ、構わないだろう。僕とソーンマルクス=レックの仲だ」

「初対面に毛が生えた程度のものだよな!? あといちいちフルネームで呼ぶのってなに!?」

「その業者は僕の知る限りこの州都で最も買取額が高い」

「…………」

止めろ、その殺し文句はめっちゃ俺に効く……。

「行こうか」

「……はい」

俺はテムズについてその業者のところへと行くのだった——。