軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

にゃあにゃあ、にゃあにゃ?

緋色のスカートを穿いていることから、それが緋剣クラスの女子だということはすぐにわかった。ちょうどお昼時——ランチタイムで授業の合間なのだろうということも大変よくわかった。

だが問題は、なぜ四つん這いになって白猫を懐柔しようとしているのか、だ。

俺は彼女を後ろから見ているので、あ……もうちょっとでパンツ見えそう……。

「あっ!?」

すると白猫は俺をじろりと見るや、とととっと走り出し庭園の茂みに飛び込んでしまった。そして彼女もまた気がついたらしい——背後にいる人物、つまり俺に。

「!?」

がばりと立ち上がってこちらを見た。

鮮やかなピンク色の髪は長く、同じピンク色の目は切れ長である。

元は白い肌だったのだろうけれど、耳まで真っ赤だ。

信じられないくらい整った容姿——だからこそ俺も覚えている。リエルスローズ=アクシア=グランブルク。俺と同じ新入生で、累計レベル268でありながら白騎や蒼竜ではなく緋剣クラスになった女子生徒だ。

「み、み、み、見ましたの!?」

「見てない見てない!」

パンツなんて見てないよ! 13歳のパンツなんてそれにお前、ほら、ついこないだまでおねしょしてたパンツみたいなもんだから、うん。ほんとほんと。

「ウソでしょう!」

「ウソじゃないって! ほんとに見てないって! 俺の目も白猫に釘付けだったから!」

「むう……」

ちょっと涙目になってる。あと5年くらいしたらめちゃくちゃ美人になりそうだな。俺のストライクゾーン的にもそれくらいでようやく低めいっぱいって感じである。

「ならば、許してあげますの……ここには近寄らないと約束してくださるなら」

「え、ええ……それは困る」

キールくんと密会するのにちょうどよさそうだし、この庭園。

「あ、あなたもリュリュちゃんを狙っているのですねっ!?」

「——って名前つけてんのかーい!」

「ハッ」

「いやいや『ハッ』じゃないから。あんな猫なで声出してたらそりゃネコのことだろうってわかるよ」

「やっぱり見ていたのではないですか! 語るに落ちるとはこのことですもの!」

あ、「見てた?」って質問はネコちゃんを懐柔しようとしているほうか。

「それは見てたわ。つーか、ぷぷっ、人間の声でニャーニャー言っても通じないって」

「…………」

「あ、ごめんごめん! 大丈夫俺もやるから! ネコ見かけるとついニャーニャー言っちゃうから! だからぷるぷるして泣かないで!?」

「……許せませんもの」

「わ、わかった! じゃあこうしよう、俺があの白猫を捕獲する!」

「ほか、え?」

「で、そうしたら君はあの白猫をなでなでし放題。どうだ?」

「え、え、え、ええええっ」

今度は頬を両手で押さえてふるふるしている。喜んでいるらしい。

「や、約束ですよ! 破ったら承知しませんもの!」

「……お、おう」

今さらながら安請け合いしたかも、と思ったが、女の子に泣かれるよりはマシか……。

うん、変なことは言ってない。言ってないよな?

「この剣にかけて誓ってください」

「…………」

と思っていたらそばのベンチに置かれていた剣が出てきたぞ……。

なんか鞘とか鍔に紋様が描かれてるヤツ。なんだか話が大事になっていませんかねえ……?

「えっと……?」

「私、リエルスローズ=アクシア=グランブルクとともに、あなたも剣の誓いを。破ったら決闘です」

ひええ! やっぱり大事になってる!

結局、誓った。名前までゲロしてしまった……。これで知らない振りしてバックれることはできなくなった。

まあ、ネコくらい余裕だろう。焼き魚で釣ろう。あるいはマタタビか。……マタタビってこの世界にあるのかな……。ま、まあ、なくても余裕だ、余裕……。

なんか考えれば考えるほどフラグになっていく気がする。

とりあえず学園の売店でお昼用のお弁当を買って、寮に戻った俺はすでにキールくんから届いていた教科書の包みに驚いた。小間使いの仕事早すぎィ!

「あれ、もうソーマ戻って……ってなにその量の本!」

「おーっす、リット。お前も手伝ってくれない?」

「手伝うってなにを」

「筆写」

「あ、ボク用事思い出し——」

「同室のよしみでさあ!」

くるりときびすを返したリットの襟首をつかんだ俺は、ヤツのデスクに1冊ドンと「科学講義」の教科書を置いた。

「ソーマ、あのねぇ……本気で授業やるつもりなの? 確かに教科書をそろえてきたのはびっくりだけどさ。ていうかどこから手に入れた?」

「……ナイショ」

「うわあ、ヤバイ筋のニオイがするんだけど!」

「ヤバくないヤバくない。とりあえず頼む! 10ページ筆写したら銀貨1枚やるから!」

お、リットの耳がぴくりと動いた。

「……5ページで銀貨1枚」

「9ページ!」

「6ページ」

「8ページ」

「はぁ……わかった、7ページでいいよ。これ以上はまけないからね」

「サンキューリット! 頼むよ!」

「あーあ……まあちょっとした小遣い稼ぎと思えばいいか。ていうかソーマってそこそこお金持ってるわけ?」

「んー? どうだろうね、平民にしては持ってるほうなのかな」

実のところ俺はお金には困っていない。田舎の村にいたとき、さんざっぱら野獣を狩って肉を卸していたからだ。食い飽きるほど食ったし。

リットにバイト代を払うくらいは余裕である。

え? そんなら狩人として生きていけば安定高収入だろって?

いやいや。身体を張る仕事はいつまで続けられるかわからないからねえ……。

「あー、そう言えばリットさんや」

「なんだいおじいさん」

「誰がおじいさんだ!」

「今そういうノリの話しかけ方だったろ!? ——で、なによ」

俺が渡した白紙のノートに筆写を始めていたリットがこちらをチラリと見る。意外とノリのいいヤツである。

「リエルスなんとか……アクシア……なんとかって子知ってる?」

「リエルスローズ=アクシア=グランブルク。『吹雪の 剣姫(けんき) 』のことか」

なんかたいそうな二つ名がついてるぞ……。

「そんなに有名人なのか」

「まーね。この学年だとキルトフリューグ様の次に有名じゃないかな。……まさかとは思うけど、吹雪の剣姫にまで手を出す気!? だったらさすがにボクも部屋を替えてもらう——」

「ああ、違う違う。手を出す気なんてないよ」

すでに接点を持ったあとなので、「(これから)手を出す気はない」という意味において、俺はウソを吐いていないはずだ。潔白である。

「あ、そうか。そうだよね。いくら無謀のソーマでも『吹雪の剣姫』と知り合いになったりはしないか。あははは」

「ハハ、ハハハハ……」

これ「もう会話した」とは言えない流れじゃね……。

「えーとそれで、どんな子なんだ?」

「リエルスローズ嬢? ボクの知ってる範囲だと、めちゃくちゃ他人に厳しいってことかな。常にむっつりした顔だし、せっかくの美形なのにもったいないよね」

「ふむ……?」

ネコに向かってニャーニャー言ってる姿を思うとちょっと印象が違う気がするが。

「俺、貴族の礼儀作法には疎いんだけどさ」

「そりゃあそうでしょ。礼儀作法のレの字でも知っていたら公爵家の御方を『くん付け』で呼んだりするもんか」

キールくんのことか。キールくんのことかー!

やっぱそれほどマズかったんかな……? キールくんが一気に俺との距離を縮めようとしてくれたあたり、やっぱ結構なことをしでかしたんだろうな。だからこそ「コイツは見込みがあるぞ」って思ってくれた可能性。

でも俺も、第3王子とキールくんの会話を聞いてなかったらさすがにあそこまで最初からはなれなれしくしなかったよ。たぶん。

いやあ、年齢差があると思ってどうしても子ども扱いしちゃうんだよねえ。

「その礼儀作法で『剣に誓う』みたいなのがあるのか?」

「……急になに、その質問」

非常に疑わしそうな目でこちらを見てくるリット氏。

俺への信頼度は地面にめり込むレベルでマイナスだな。

「まあ、教えてあげてもいいけど——簡単に言えば『剣に誓う』とはすなわち、『誓いを破ったら剣で斬られてもいい』ってこと。ただ破った側も剣で応戦する権利があるから、決闘になったりもする——古い作法だよ」

「古いんだ」

「古いね。今どき命を賭けて決闘なんてバカみたいでしょ……」

そのときふと、リットが目を伏せたような気がしたけれど、すぐに元の調子に戻った。

「ま、よほど自分の剣の実力を信じている人間にしかできない誓いだよね」

そりゃそうだ。

リエルスローズ嬢との決闘は避けたいものである。