軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ケジメの付け方は人それぞれで

* マテュー=アクシア=ハンマブルク *

イスに深く腰を下ろし、膝に両肘をつけて正面をにらんでいるマテューの姿は、まるでラウンドとラウンドの合間に休憩を挟んでいるボクサーのようだった。

彼は、クラス対抗戦で最下位というとんでもない失態を犯したクラスのリーダーである。

今や黄槍クラスには反マテューを口にするヤツもいて、それはそれで腹立たしいのだがある意味当然のことでもあった。結果を出せないリーダーなど要らないとマテュー自身も思うのだから。

だがそんなマテューであっても、ダンスの誘いは引きも切らない。

クラスの女子もいれば、他のクラスの女子、上級生までもマテューの「パートナー」になろうとしてやってくる。

それが——余計に腹立たしかった。

(結果を出せなかった俺に群がる女は……俺ではなく俺の背後にある実家を見てるだけだ)

散々噛みついて、追い払い、今やマテューに話しかける女子はいない。みんな遠巻きに見ている、と言ったほうがいいかもしれない。

いつもの取り巻きメンバーはそれぞれパートナーを作り、あるいは探しに出て行っているのでここにはいない。

マテューは、ひとりだった。

(……思えば、久々だな。ひとりは)

部屋や寮でひとりになることは当然あったが、こうして、多くの人間がいる場でたったひとりというのはあまりにも久しぶりだった。ちょっと思い出せないほど、最近経験していない。

うなだれたマテューはひとり、自嘲する。

(くっだらねぇ……これが俺の本来の姿なんだ。実家に抗うと決めたらこうなるってことは、わかっていた……わかっていたつもりだったんだがな……)

そのときふと、ひとりの少女の声が耳元によみがえった。

——世の中を何にも知らない君が貴族を辞めて、なにをするっていうの? なにになれるというの? いえ、そもそも生きていけるの?

自分を中心に世界が回っていると思っていたマテューにとって、彼女の辛辣な言葉は——今まで唯一思いを寄せた少女の言葉は、身体の中心にずんと響いた。

——人間としてお父様を超えるの。貴族としても超えるの。そうしたらそのとき、君を止められる人なんて誰もいないわ。

彼女の言ってくれたことが、目の前をパッと照らしてくれた。

生きる目標になったと言ってもいいかもしれない。

「はっ……だってのにこのザマだ……」

彼女が死んだという一報は、マテューをたたきのめした。

数日は寝込んで動けなかった。

だけれどそんな彼が起き上がり、動けるようになったのもまた彼女の言葉のおかげだった。

今の自分を見られたらきっと笑われる——と、そう思ったのだ。

それからマテューは「貴族として」成長するべく努力した。学園入学前から仲間を作り、派閥を作り、最大権力を持つ第1王子クラウンザードと接触することもできた。

すべては父を超えるためだった。

なのに——今、舞踏会場の片隅で、うつむいている。

——俺が……親父を超える……?

——自信がないの?

——あ、あるに決まってる。絶対超えてやる。

——そうそう、その意気よ。持っている武器を使わないまま捨てるなんて、そんな もったいない(・・・・・・) こと、してはいけないの。

超えられないのだろうか。

ふと、浮かんだ疑問はマテューの心に広がっていく。真水に落とした黒いインクのようにじわりと広がっていく。

父親とは違う方法で、のし上がっていきたかった。

だからこそ実家からの指示や干渉を退けようとしてきた。

だけれど彼に待っていたのは、対抗戦での「大敗」だった。

(だったら、俺はどうすればよかったんだよ……俺は間違っていたのか……?)

コツ、コツ、コツ、とヒールの足音が聞こえる。

うつむいているマテューの視界に、ピンクゴールドのヒールが目に入った。

「ふふっ、どうしたのよ? あなたらしくもない——そんなふうに地面を見つめてるなんて。なにか面白いことでも書いてあるの?」

「————」

そんなふうに頭からバカにされたら、マテューは烈火のごとく怒り、反撃するのがふつうだった。

だけれど彼はそうしなかった。いや、顔を上げることすらできなかった。

冷水を浴びせられたように凍りつき、なにも考えることができなかった。

「ふーぅ、やっぱりこういう会は苦手よ」

彼女は、同じ色をしたドレスの裾を翻し、彼の隣に腰を下ろした。

「ウソ、だ……」

かすれたような声が、マテューの喉から出た。

だけれど横を見ることはできなかった。

見てしまったら、消えてしまいそうで。

消えてしまったら、自分は二度と立ち直れなさそうで。

今この瞬間、それが幻覚なのだとしても、永遠に続いて欲しいとマテューは願ってしまったからだ。

「……マテュー」

彼女は——記憶よりも少しだけ大人びた声になった彼女は、言った。

「一度くらい、踊りましょう? せっかくの舞踏会なのに踊らないなんて、そんな もったいない(・・・・・・) こと、してはいけないの」

「————」

呆然と顔を上げた彼は、そこに彼女を見た。

赤みがかったハチミツ色の髪は長く、結い上げられている。耳の上につけた白の花は小ぶりながら花弁を大きく開いていた。

うっすらと化粧をした彼女は——ファーリットは、手袋をした手を差し出した。

「エスコートをお願いできる? マテュー」

* オリザ=シールディア=フェンブルク *

こいつはバカだ。いや、こいつ ら(・) はバカだ。全員バカだ。

オリザは確信していた。

舞踏会が始まってから「黒鋼男子」と書いて「はらぺこキッズ」と読ませる連中は一斉に食事に群がった。

他のクラスや上級生からは「意地汚い」という目で見られているが知ったことではないという感じで一心不乱に食べている。

それは、いい。

想定の範囲内だ。色気より食い気の連中だってことはよーくわかっていた。

「だけどなぁ……ここまで女子を放っておいて食い続けるとは思わなかったよっ!」

「す、すんません……」

今、オリザたち黒鋼女子10名の目の前では、ソーマたち男子がこぞって正座である。

会場内だと目立つので、開け放たれたテラスでやっている——テラスでも十分、目立つのだが。

さすがの男子も食に走りすぎたことを反省しているようだ。一方でオリザもまた、わかっている。彼らは育ち盛りの男の子で、食欲が旺盛なのだと。女子寮は食肉停止騒動の際もちゃんと食事が提供されていたから恵まれていたのだと。

「……久しぶりにオリザ様の蹴りが○」

「……味わえるな×」

「……舞踏会に来た甲斐があった◇」

まったく反省していない3名もいるが。

「食事とは言っても、ソーマは食事の研究をしているのだから、そこまで怒る必要はないんじゃないのかな?」

とか言ってくる黄槍クラスのフランシス。なぜかコイツがここにいる。

さっきからソーマにまとわりついて、ソーマに聞かれるがままにあの料理は××、この料理は○○などと説明していた。

どうやらソーマは次の金儲けを画策中らしく、特にデザートについてフランシスに聞きまくっていた。フランシスはソーマに「構ってもらえる」と思ったようで傍目から見てはしゃぎすぎなほどに喜んでソーマの質問に答えていた。

その姿は、どう見てもソーマの「パートナー」がフランシス、という感じである。

「……アンタ、パートナーはどうしたんだよ」

女を放っておいてこんなところにいるな。さっさと消えろ。という意味を込めてオリザは言った。

「残念ながら女子よりも男子のほうが数が多くてね、あぶれてしまったんだよね〜」

このウソつきが! アンタを狙ってる肉食獣の目をした女なんて1ダース以上いるだろうが! と言いたくなるがさすがに舞踏会場での口論は御法度である。ソーマたちを正座させたが「教育」と「口論」は別物である。別物だと言ったら別物である。

「マジかよ? フランシスがあぶれるなんてことあり得るのか?」

立ち上がりながら膝をぱんぱんとはたきながらソーマが言うと、フランシスはうれしそうに「そうなんだよねえ。だからこうして男子がいっぱいいるところに紛れに来たってわけ」なんて言ってる。「おお、友よ!」とか喜ぶ黒鋼男子たち(パートナーなし)よ、アンタたちはその「友」から散々嫌がらせ受けてたんだけど? 忘れたの?

一方で、豪華夕食から目が覚めたらしい男子は、それぞれ黒鋼女子のパートナーにダンスを申し込んでいる。トッチョから申し込まれたルチカは「え〜〜〜〜!」とちらりちらりとソーマに視線を送っているが、すでにソーマはフランシスやその他男子たちと肩を組んで歌を歌い出している。ルチカの瞳からハイライトが消え、トッチョに手を引かれてダンススペースへと向かった。

「このバカ……」

ここまで雰囲気的にいいシチュエーションで、しっかり視線も送られているのに気づかないソーマ。

(まあ、それがソーマなんだけど……)

ひとり、イスに座ったオリザはため息を吐いた。ここにもひとりぼっちの女子がいるんだけど? とは絶対に言えない。これはプライドの問題だ。

ダンススペースを見ると、下手くそながらも踊っているクラスメイトたち。そしてその向こうに——マテューとファーリットの姿も見える。さすがのふたりは美しいステップを踏んでいた。

「……ちゃんと話すんだよ」

オリザはつぶやいた。

リットから相談を受け、ドレスを都合したのはオリザである。「女子3人による同盟」があるから、協力に否やはない。リットは、マテューと話してケリをつけたい——そう、言っていた。このまま彼から隠れて過ごすには5年は長いし、ここまでソーマが注目されてしまうとすぐそばにいるリットもまたマテューの目に留まる。

そして——リットはそう言いはしなかったが、ひとり虚勢を張り続けるマテューを見ていてつらくなったのではないか。

「……でもそれは、逆効果だと思うけどね」

マテューがこれでファーリットをあきらめてくれる、とリットは考えているようだ。ファーリットがリットであることは言わないまでも、身を隠して暮らしたい、と言えばマテューは納得してくれるだろうと。

だが納得と、あきらめることとはまったく関係ない。

遠目にも、ファーリットを支えるマテューの腕に力が込められているのがわかる。

ま、そっちはそっちでがんばりなさい、と無言のエールを送った——。

「えぇっ!?」

という声がすぐ近くで聞こえてきて、オリザは意識を引き戻された。

なんだろう、と思って見ると、黒鋼男子とフランシスのいるところへ——ひとりの女子生徒が、黒鋼クラスではない女子がいる。

「ソーンマルクス様、わたくしと一曲、お付き合いいただけますか?」

オリザも見たことのない少女が、足を引き膝を曲げ、見事なカーテシーでそう申し込んだのだ。