軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

築いた自信は煙のように

* フランシス=アクシア=ルードブルク *

まだ自分が走れるということが驚きだった。

フランシスは息も絶え絶えに森を駈けながら、先ほど響いたクマの咆吼を思い返す。

あれは悲鳴のようだった。ということはソーンマルクスがダメージを与えたことになる。いや、そんなことできるわけがない。アイツは勉強しかできない、スキルはからっきしの平民——。

「……違う……!」

ソーンマルクスの言葉が耳元によみがえる。

——来いよクマ公。お前の相手は騎士様だぜ!

知り合いでもなんでもない農民を逃がすために。

——俺なら勝てる。

フランシスを逃がすために、 ウソ(・・) まで吐いた。

「……彼が、彼こそが本物の騎士、 真実(ほんとう) の騎士なんだ……! 僕は、僕はなんてことを——」

あのまま残っても足手まといにしかならないことをフランシスは知っていた。だからソーンマルクスに言われるがままに走っている。

武器も持たない、隷属の術も使えない自分は囮にしかなれない。

「——囮になるべきだった……囮になるべきだった!」

自分がレッドアームベアの注意を引きつければ少しはソーンマルクスだって傷をつけることができたかもしれない。闇の中で見た彼の素振り、そして「打ち込んできて」と言われ、まさか樹上で攻防の型をやらされるとは思わなかったが——防御の姿勢は見事だった。武技の教官とも遜色がないほどだ。

フランシスが囮にならなかったのは、ソーンマルクスに言われなかったからだ——いや、「騎士」ならば自ら志願するべきだった。ソーンマルクスだってその選択肢を考えなかったはずがない。だけれど彼は、自分を逃がすことを選んだ。

「僕が、僕が臆病だからだッ……!!」

涙があふれてくる。喉が渇いてたまらないというのに目から水が出てくるのだから始末が悪い。

よろめきながらも、自分の太ももに拳を叩きつけてフランシスは走る。

たったひとつ、彼から託されたこと——救助隊を探せ、というそれだけは果たさなければという思いに突き動かされて。

「誰か、誰かッ! 誰かぁぁぁあああああ!!」

しんと静まり返った森に、フランシスの声が響いた。レッドアームベアを恐れたのだろう、動物や昆虫の気配が途絶えている。

木の根っこにけつまずいてフランシスは転んだ。口に土が入る。今までの生活であれば考えられないくらい身体は汚れ、ひどい格好だ。だがフランシスは落ち葉を握りしめて立ち上がる。

「誰か……誰か!!」

転んだときに足をひねったようだが、足を引きずりながらフランシスは走り出す。小川を目指せとソーンマルクスは言った。その言葉だけを頼りに走る。

「誰か——」

声がかすれる。自分の声はこんなにも響かないのかと情けなさのあまり死にたくなる。

だが、運はフランシスに味方した。

——おぉーい。

男の声だ。男の声が聞こえてくる。

「……こ、ここっ、ここだ……げほげほっ」

応答したいのに声が出ず、代わりに咳が出る。

「ここ、ここだッ……ここだ……!!」

フランシスは走る。声の聞こえた方角へと。

——おーい、誰かいるのか。

声はハッキリしてくる。

「ここだ……!」

向こうに人影が見える。

「——おーい! 遭難者か!?」

身なりこそ汚れていたが、きっちりとした武器と防具に身を包んだ男たち——冒険者を見て、フランシスは生まれて初めて安堵の息を漏らした。今まで冒険者を見ては「下賤な連中」だとバカにしていたのに。

彼らに保護されたフランシスは、自分の名前を聞かれるがそれよりも先にこう言った。

「この先で、仲間が戦っているんだ。黒髪の少年だ。レッドアームベアがいるんだ。助けて……お願い、お願いです、助けてください……助けてください……!」

藁にもすがる思いで、フランシスは言葉を吐き出した。

(黒髪の少年?)

聞いた冒険者——短い茶髪は天然パーマでくるんとしている男——パーティー「山駈ける鉄靴」のリーダーであるブラウンは、驚いた。

「案内、僕が案内します……!」

「わかった。頼む!」

ブラウンは、フランシスが走ってきた道をたどっていく一方で、仲間のひとりを伝令として走らせる。

街道で魔物の咆吼を聞いたという農民の訴えで、たまたまサウスロイセン州都へと帰る途中だった「山駈ける鉄靴」が偵察を請け負った。

憔悴している少年の言うことだから怪しいが、もしも本当にレッドアームベアが出現したというのならとんでもない。遭遇したら最悪、命を落とすことも想定しておく必要があるが、出現を確認することこそが偵察の任務と言えるだろう。

(前回は結局、本物を見ることもなかったがな——幸運にも、だが)

レッドアームベアが出たと言っている少年は、背中にひどい傷痕があった。モンスターにつけられたものかと思ったが、よくよく見ると傷は古い。背中を隠せるボロ布を差し出すと、ためらいながらも彼はそれをまとった。

「——ブラウン、近いぞ。血のニオイだ」

現場(・・) へと着くにはさほど時間はかからなかった。

鼻が利く仲間が言い、彼らは全身に緊張をみなぎらせる。

最初、ブラウンは目を疑った。

「あれが……!?」

それしか言葉が出なかった。

想像していたレッドアームベアよりもずっと大きい。なんなら倍近くはあるだろう。

だが次に彼は目に留める。レッドアームベアの 腕がない(・・・・) 。

両腕が不自然なところで切れ、血が垂れているのだ。

そしてレッドアームベアの全身が血まみれだった——。

「あ」

誰かが声を発したが、誰だったのかわからない。みんながみんな呆然とそれを見守っていた。

レッドアームベアがゆっくりと、こちらへ向けて倒れたのだ。

どすん、と低い音とともに巨体が地面に沈むと、落ち葉が舞った。

その向こうにいたのは、黒髪の少年——ブラウンも知っている少年だった。

「……ソーンマルクス……!」

ぼろきれをまとった少年が、走り出した。

痛めたらしい足でひょこひょこと。

ソーンマルクス=レックは身体中、血と泥にまみれていた。

かろうじて右手に持っていた剣は やたらと短く(・・・・・・) 、ぽとりと地面に落ちた。

彼もまた力の限界と言わんばかりにその場に倒れ——る直前、ぼろきれをまとった少年が抱き留めた。

* リット=ホーネット *

黒鋼クラス1年60名を引き連れ、クラス対抗戦の会場である訓練場へ向かったのはリットだった。ソーマの捜索で実質的に指揮を執っていたのでなんとなくそういう流れになっていた。

ソーマがいない。まだ見つかっていない。その事実がクラス全員にのしかかっていた。

訓練場は、ふだん使うだだっ広いグラウンドとは違い、多くの障害物が設置された、初めて訪れる場所だった。

訓練場の前で黄槍クラスと出くわした。

当然のように黄槍クラスを率いているマテューがずいと前に出る。

「おい、オリザ=シールディア=フェンブルクはいるか」

「ここだよ」

「……その様子じゃ、ソーンマルクスは見つかっていないようだな」

マテューもあまり眠れていないようで、目の下にはクマができている。ちらりとオリザの横にいるリットへと視線を向けたが、リットはフードを目深にかぶっていたのでそれが誰だかわからないようだった。

「2クラスそろったか!」

クラス対抗戦を取り仕切る教官がやってきた。

教官はクラス対抗戦に関する説明をした。基本的なルール——4人1組で戦うがそのうちの1人の大将を倒すことが目的であることや、実戦により近い障害物を利用したものであることなどである。

やがて9時半の鐘が鳴り、このとき初めて 戦場(フィールド) の地図が配布され、マテューとリットがそれぞれ受け取った。試合に参加しない黒鋼クラスの生徒たちが離れていくと、教官が言った。

「——む? 黒鋼クラスの責任者は誰だ?」

「ボクです」

「ここには39人しかいないではないか」

「……1人、遅れています」

それはソーマのことだ。彼が来るはずだと考えて——ギリギリまでリットたちのチームは、リット、スヴェン、オリザの3人だけで止めていたのだ。

「たわけッ、この対抗戦に遅れるとは何事か! すぐに1人補充しなさい! さもなくば対抗戦不成立とする!」

「…………」

教官の言うことはもっともだった。「1人少なくていいからやらせてくれ」と言って通るものではない。これは「4人1組での戦いを見る」試験なのだから。

リットは歯ぎしりする。

ここまでか。

頭の中では誰を入れるかいろいろと考えていた——だけれどソーマの代わりなんているわけもなかった。

(ああ……ダメだ)

ソーマがここにいない、ということが今さらながらに思い知らされる。

ソーマが間に合わないことは想定済みだったのに。

しかしその「想定」とやらは、大丈夫だと自分を誤魔化してここまでやってきただけのことだったのだ。

1人補充しろ——ソーマの代わりを出せ、という教官の言葉は、この場にいる全員が聞いていた。

顔をうつむける者、どうするのかとリットに不安げな目を向けてくる者、唇を噛んでいる者、様々だ。

(みんな、同じなんだ。みんな、不安なんだ……不安なんだよ、ソーマ……)

ここまで鍛えれば黄槍クラスにも負けないはずだとソーマは言っていた。彼の言葉は、彼が統一テストで結果を出してくれたから信じられた。だからみんな自信を持っていた。

だけれど、そのソーマがいなければ——自信はあっという間に、煙のように消えてしまう。

リットの目には、黄槍クラスにコテンパンにたたきのめされる黒鋼クラスが見える。

やっぱり黒鋼はダメだ、と嘲笑される未来が見える。

このときに至るまでは歯を食いしばれば大丈夫だった。だというのに、今は、本番を目の前にした今は——歯を食いしばっても涙が出てきてしまう。

「…………」

マテューは険しい顔でこちらを見ていた。

黄槍クラスは1人補充したのだろうか。

「……リット、もういい」

リットの肩に手を載せたのは、スヴェンだった。

「お前はよくがんばった」

「……スヴェン」

卑怯だ、と思った。ふだん無口なくせに、こんなときに口を開くなんて。

「そうだよ、アンタに任せすぎたね……アタシたちは外れよう。1チーム、入れ替えよう」

「オリザ嬢……」

声が震えているのがわかる。

ふたりの提案は、あまりにもうれしい提案だった。

ここですべてを投げ出せればどれほど自分の心は楽になるだろうか。

「ありがとう……」

涙を拭って、リットは言った。

「……でも、まだがんばれる。ボクだけじゃなかったんだよね、黒鋼クラスは。みんなでがんばれる」

「そうか」

「……そうかい」

リットが言うと、スヴェンもオリザも、うなずいてくれた。

そう。仲間がいる。

だからあと少しがんばろう——。

「——よく言った、リット!」

そのとき——声が、聞こえた。

幻聴かと思ってしまうほどに、待ち望んでいた声が。