軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.

くるりと踵を返して自分のデスクに戻ろうとすると、ロイドさんに引き止められた。

「スミレさん、これ忘れてるよ。」

そう言って差し出されたのは、今返却したばかりの頼まれていた仕事だった。

「これ、急ぎじゃないからお願いしたいんだよね。スミレさん。計算式綺麗であとから読んでもわかりやすいし。」

「でも、私はクビになるんじゃ…。」

ああ、とロイドさんは笑って首を横に振った。

「言ったでしょ、引継ぎ書類なんか必要ないって。そもそも公私混同して迷惑かけたのはノエルでしょ。

スミレさんは何も悪くないし、これだけ仕事ができて色々と融通の利く人材をそう簡単に手放さないよ。少なくとも俺は、もしノエルが君を解雇しようとするなら全力で阻止するよ。」

良かった。そんなに評価してもらえていたなんて初耳だけど、おかげで最悪の事態は免れるかもしれない。ほっとして書類を受け取ると、ロイドさんはため息をついた。

「まぁでも、ノエルのことあんまり悪く思わないでやってくれないかな。やり方に難アリとはいえ、アイツはあれで真剣なんだよ。昔から放っておいてもご令嬢の方から寄ってくるからさ、自分からどう追いかけていいのか分かんないの。あんなに軟派な癖に、昨日スミレさんが帰った後でここに戻ってきて、死ぬほど落ち込んでたよ。俺からも忠告しておいたし、もう無茶はしないと思うから。」

目の前にいるのは、副室長ではなくて、困った友達を放っておけないひとりの若者だった。

きっと、オルブライトさんの人柄なんだろう。

「わかりました。私は、いつも通りに仕事ができればそれで良いので。」

「ん、じゃあこの話はこれでおしまい。ノエルも明日からここに出勤するから、よろしくね。もし困るようなことがあれば、すぐ俺に相談して。」

オルブライトさんの方が立場が上なのに、ロイドさんはお兄ちゃんのようでちょっと和んでしまった。

それから、オルブライトさんはいつも通りに戻った。少なくとも、表面上は。

時々苦しそうにこちらを見ているけど、気付かないふりをした。珍妙な異世界人のことなんて、きっとすぐに忘れるだろう。どこかの令嬢と結婚して、笑い話のひとつになるかもしれない。それでいい。

「スミレちゃんさぁ。最近変わったことない?」

逆壁ドン騒動から一週間後、冒険者食堂でそう声をかけてきたのはクラトさんだった。いつものように一人でふらりと入店して、日替わりランチを頼んだ後のこと。

「え、変わったこと…?」

「うん、例えば誰かに付きまとわれてるとか。」

探索者として活動するクラトさんは、街を歩いていても悪意のある気配に敏感になるらしい。

先日私とポテトチップス談義をした帰り、ふとそんな気配を感じたという。

「それって今もありますか?」

「店の外からかすかにだけど、多分見られてるよ。」

「怖っ…!」

「まぁ、厳密に悪意かどうかまでは俺にも分からないから、もしかしたらスミレちゃんのことを気になってる男が陰から見てるって可能性もあるけどね。変な奴に付きまとわれるような心あたり、ある?」

突然家にまで押しかけられたアレは、カウントしていいのだろうか。なんて答えたものかと悩むけど、その顔でクラトさんは察してくれたらしい。

「なるほど。なんて言っていいかわかんないけど、まぁ、気を付けてね。心配ならギルド通してくれれば護衛につくよ。」

「そこは東横線ユーザーのよしみじゃないんですね。」

「そ、フリーの冒険者はそのへんきっちり線引きしないとね。まぁ、少し安くするよ。」

ゆるっとしていそうで、意外としっかりしているクラトさんの金銭感覚にちょっと和んでしまった。

「ありがとうございます。でも、相手の目星はついているので、大丈夫です。」

私はクラトさんに頭をさげると、ちらりと窓の外をみた。

外交総務室ももう退勤している時間。ここにオルブライトさんがいてもおかしくない。もしそうだとしても、相手にして希望を持たせてはいけない。私はそのまま気付かないふりをして店内を駆けまわった。

「お疲れ様でした。」

明日は休み。クローズ当番じゃない私は、早く帰ろうとして食堂裏口のドアを開けたところでベッティに引き止められた。

「ねぇスミレ、さっきクラトさんとの会話が聞こえちゃったんだけど。変な男につけられてるって大丈夫?私フロアのゴミまとめたらあがりだから少し待っててくれれば一緒に帰るよ?」

心から心配してくれるベッティに、その変な男は王宮のエリート書記官ですなどと言えるはずもなく。

私は言葉を濁す代わりに笑って首を横にふった。

「大丈夫だよ。クラトさんも悪意かどうかわからないって言ってたでしょう?本当にヤバかったらもっと気配が強いはずだと思うんだ。それに明日の休みのためにどこにもよらずにまっすぐ走って帰るから。」

「分かった。男がらみじゃなかったとしても、異世界人はトラブルに巻き込まれることがあるっていうから、本当に気を付けてね。」

「ありがと。それじゃ、お先に失礼します!」

私は食堂の残りもののパンを大事に鞄にいれると、夜の街を急いだ。

明日も気合を入れて朝寝坊するぞとわくわくしていたから、本当に私のあとをつけている人間がいるなんて思ってもみなかったのだ。