軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話:甘い罠と罠破り*11

僕らは即座に宿を引き払って外へ出た。

「……あ、ちょっと隠して頂戴」

けれど、通りの角を曲がろうとした瞬間、クロアさんはさっと、道の脇にあった建物と建物の隙間に滑り込んでしまった。ラオクレスは心得たとばかりにその隙間の前に立って、クロアさんをそれとなく隠す。

……すると、ちょっと人相の悪い人が通りの向こうから出てきて、ちら、と僕らの方を見て、それからまた去っていった。

ええと、今の人は……。

「……今のはね、シェーレ家が使っているチンピラよ」

そ、そういうのがあるのか。そうか、ちんぴら……。

「行きましょう。急がないと、連中、こっちの方まで来るかもしれないから」

うん。急いだ方が良さそうだ。クロアさんが大変なことになってしまう。

そうして僕らはなんとか、王都の外へ出た。

結局、さっきのちんぴらの人以外はクロアさんを探している人に出会わなくて、無事、僕らは王都を脱出できたことになる。

そして、王都からある程度見えなくなるまで歩いて……そこで初めて、アリコーンとレッドドラゴンとで、飛び始める。

最初は低空飛行だ。王都から見つかってしまったら厄介だから。

……低く飛んでいると、不思議な感覚がある。高く飛ぶと、夢の中を飛んでいるような、そういうふわふわした感覚があるのだけれど、低空飛行だと地面がどんどん後ろへ飛び去っていくのが分かって、こう、スピード感がある。

それからしばらくしてすっかり夜になってしまった頃、僕らは高度を上げる。

流石にここまで来たら王都からは見えないだろうし、この先には林や丘なんかもある。暗い中で低空飛行するには少し危ないので、だったら障害物の無い空へ出てしまった方がいい。

……高度を上げると、夜闇に紛れて景色はほとんど見えなくなった。ただ、明るい月が辺りを照らしていて、地形はぼんやりと見て取れた。

そして何より、月と星が綺麗だ。さっきの低空飛行もいいけれど、空が近いような、そもそも空の中に居るような、そんな気分になれるこの高度の飛行も、僕は気に入っている。

「……で?円満退職じゃなかったってのはどういうかんじだよ、クロアさん」

アリコーンとレッドドラゴンの飛行が安定したところで、フェイがクロアさんにそう聞き始めた。僕とラオクレスが乗っているアリコーンもそれを聞いて、レッドドラゴンに近づいて飛ぶことにする。

「密偵の退職なんて、円満に行くわけないでしょう。シェーレはあいつらの秘密を漏らされたくないから私を手放したくなかったみたいね。まあ、報告内容としては、任務は失敗、ってことにしたわ。坊やとは相性が悪すぎて魅了できなかった、って。レッドドラゴンに関する報告は適当なことを適当に言っておいたから、シェーレ家はさぞ困っていることでしょうね」

成程。強かだ。

「任務失敗だから報酬は無いけれど、これで足を洗う、ってことで口止め料にこの絵を貰って、それに加えて当面の資金も貰って、それで終了。……けれど、『味方ではなくなった』相手に私刑を加えるのは連中の得意分野ですものね。追いかけられたわ、随分と」

……それは大変だ。退職は認めるけれど殺す、っていうことか。物騒な。そんなの、退職は認めないって言っているようなものじゃないんだろうか。この世界に労働基準法とかがあったら間違いなく違法だと思う。いや、この世界にそういう決まりがちゃんとあるのかは分からないけれど……。

「というわけで、そいつらを撒いていたら遅くなっちゃったの。ごめんなさいね」

「ううん。大丈夫です。あなたが無事でよかった」

「……シェーレ家の兵士や裏の連中を撒いて逃げてこられるなら、お前の腕は確かだということか」

「あら。あの程度を逃げてくるくらい、簡単よ」

……クロアさんは涼しい顔をしているけれど、すごい。この人、僕が思っていた以上にすごい人だった。綺麗で魅力的なだけじゃなかった!

「でも、安心してね。あいつらはきっと今頃、王城の方に探りを入れていると思うわ。まさか私がトウゴ君のところに雇われることになっただなんて、思ってもいないでしょうね」

そして、クロアさんは夜風に靡く髪を掻き上げながら笑う。

「『クロアはレッドドラゴンの情報を掴んで、それをシェーレ家に持ち帰るよりももっと金になるところへ持っていった』。その方がしっくり来るでしょう?」

「つまり、そう思わせて、あんたの実際の行き先がトウゴの森だなんて思われないようにしてきた、ってことか?」

「ええ。自信はあるわ。絶対に連中の目は誤魔化せた、ってね。……だって私が『森っぽく』なっちゃっただなんて、あいつら知らないんだもの!」

……そうか。クロアさんがこういう顔で笑うんだって知っている人は、すごく少ないんだ。それは……ちょっと嬉しいような悔しいような、それでいてやっぱり嬉しいような、そういうむずむずする気持ちになる。

「そういうことで、しばらくは私、森で隠遁生活になると思うわ。よろしくね」

うん。クロアさんはこれからしばらく、シェーレ家の人達に見つからないように、森でこっそり生活する。……願ったり叶ったりだ!

そうして僕らは深夜、森に到着した。夜遅くだから、フェイにも森に泊まっていってもらう。僕の家に、僕とクロアさんとフェイ。ラオクレスは久しぶりに彼の家に帰れた。うん、なんかごめん。やっぱり、ちゃんとお客さん用の家を一軒、用意しておくべきかな……。

……そうして僕は、何もかもがすっかり上手くいったことを嬉しく思いながら、ベッドに入った。

ベッドに入って、なんだかいい夢を見たようなかんじがして、それから。

朝、目が覚めたら、なんだかいい匂いがした。

あれ、と思って居間の方へ行ってみると……。

「おはよう、トウゴ君」

そこでは、クロアさんが朝ごはんを作ってくれていた。ふんわりしたオムレツと、野菜のスープ。パンにはハムとチーズ。そしてクロアさんが淹れているらしいお茶が、ふんわりいい香りをさせている。

……なんだか、こういう、人の手がちゃんと入っている朝ごはんって、すごく久しぶりだ。

それがなんだか嬉しくて……ちょっと、反応が遅れた。

「……まあ、私、当面はこの森に居ることになるんだもの。このくらいは働くわよ」

するとクロアさんはそう言って少し気まずげな、拗ねてみせたような顔をする。この顔も描きたい。

「うん。ありがとう」

僕がお礼を言うのとほとんど同時に、家のドアが開いた。どうやら、僕より先に起きたフェイがラオクレスを呼びに行ってくれていたらしい。2人揃って入ってきた。

全員揃ったらご飯になる。……こうやって沢山の人と一緒にご飯を食べるのは、本当に久しぶりだ。3人以上って、ここ数年、ほとんど無かった気がする。大体、僕の食事は1人だった。

……朝ごはんはなんだかとても美味しかった。美味しい、と言ったらクロアさんが嬉しそうに笑っていた。

うん。なんというか、僕も嬉しい。

なんというか……平和だ。

朝ごはんを食べたら、僕は早速、次の家を建てるための場所を考え始める。

クロアさんだって、いつまでも僕と同居じゃ嫌だろうし。彼女の為の立派な家を建てるって約束したし。

「どのあたりがいいだろうか」

「そうね、特にこだわりは無いけれど……花が多いところだと、嬉しいわ」

「そっか。じゃあ、クロアさんの家は花の多いところで……客室はどこに建てようかな」

クロアさんの家の位置も大切だけれど、お客さん用の家も大切だ。突然の来客や突然のモデルさんが泊まる場所はちゃんと確保しておきたい。

「……ところで、こんなところに家を建てるの?大工を呼ぶのかしら?」

「うん、まあ、そんなところ」

……なんとなく、言いだす機会が無くて、クロアさんにはまだ、絵が実体化することを話していない。

どうしようかな。クロアさんを信用していないわけじゃないんだけれど、でも、この人は密偵だったわけだし、もしかしたら王都での騒動も仕組まれたもので、実はまだ密偵を続行している、っていう可能性も、無い訳じゃない。

……うーん、どうしよう。

とりあえずその日から、クロアさんの家を建て始めることにした。

クロアさんには家に居てもらって、その間に僕は沢山の馬を呼んで、僕が何をやっているのか、そもそもそこに居るのかよく分からないような状態にして……その中で、家の絵を描く。

小さな家なら魔力切れせずに描けるだろうな、と思ったけれど、クロアさんの家をこぢんまりとさせるのは約束に反する。

だから立派な家にしたくて、やっぱりまずは土台から描くことにした。

森は地面がでこぼこだから、高床式にして水平をとる。地面に柱を立てて、その上に高床を乗せて、そこに家を建てていくイメージだ。

……ただ、僕の家を描いた時よりは多分、魔力の量も多少は増えたんだろうし、制御も上手くなってる自信がある。だから、前みたいに分割しては描かない。土台、柱や骨組み、壁と屋根、の3分割にすることにした。こうすると随分と余裕をもって家を出せる。

けれどここでは終われない。クロアさんにぴったりのインテリアで部屋を整えたいし、あと、機能面も必要だろう。

僕の家よりも使いやすいように設計したキッチンや、魔石とやらで灯る照明。あとお風呂。うん。お風呂は特に大事だ。この森の中、女性は1人だし……男と同じお風呂は、やっぱり嫌だと思う。うん、今までごめん。

そういうわけで、インテリアやその他設備まで整えていたら、結局、1週間以上かかってしまった。

本当は、どんな家具がいいか、一緒に町の家具屋さんに行って選んだりした方がよかったんだと思うけれど、今のクロアさんを町へ連れて行くと、その、厄介なことになりそうだから……ほとぼりが冷めるまでは、申し訳ないけれど僕が描いて出した家具で我慢してもらうことになる。

……けれど、インテリアは、僕としては満足のいく出来になった。

家具はしっとり落ち着いて品のあるダークブラウン。脚がある家具は、大体猫脚。なんとなく、クロアさんのイメージが曲線だから。うん。クロアさんは、アール・ヌーヴォーの人だ。

それから、床のフローリングもダークブラウンの木材で仕上げて、その上には深い緑のラグを敷く。

カーテンはレースのカーテンと、薄緑のカーテン。薄緑の方にはアンティークゴールドっぽい色で蔓草模様が織り込んである。床のラグや絨毯も同じ模様だ。

部屋の壁紙はアイボリー。こちらの模様も、曲線をあしらった蔓草模様。部屋の天井にあるランプは、ミルク色のガラスでできたスズランの花みたいな、そういう形だ。

ベッドは……僕が作ってしまっていいのか少し迷ったけれど、ベッドが無いと困るだろうから、出した。大きめのベッドにはふわふわの布団と滑らかな肌触りの毛布。それから、深い緑の布と薄緑の薄布で天蓋をつけてしまった。……うん、クロアさんのイメージが、天蓋付きのベッドだった。

……全体的に色数を抑えて、落ち着いた色合いにしてみた。家具も色を揃えて、ワンポイントに金象嵌があるくらいの、あまり飾り気のないかんじに。

それから、全体的に曲線だ。カーテンや壁紙、ラグの模様は草花の模様。家具のフォルムや照明器具の形なんかも、曲線。……クロアさんは直線でパッキリしたデザインよりも、曲線をたっぷり使ったデザインの方が似合う、と思う。

「どうだろうか」

「……一体いつの間にこんなに用意したの?」

ここしばらく、僕はずっと家や家具を描いていたし、その間、クロアさんは一部の馬達に任せて森を案内されていたので、あまり会っていなかった。けれど家が大方完成した今日、やっとクロアさんを誘って、クロアさんの家になる予定のこの家をお披露目することになった。

「素敵な部屋だわ。こんなに素敵な部屋、そうそう見られないわね。……わ、すごい。このランプ、私の好みにぴったり!」

クロアさんはしばらく、家の中を見て回っていた。そしてはしゃいで、目を輝かせて、全部の部屋を見ていく。

そして、全部の部屋を見終わったところで、僕はちょっと心配になって、一応、言ってみる。

「もし、違う家がよければ、この家は客間にしようと思うんだけれど……」

……すると。

「とんでもない!私、絶対にここに住むわよ!」

クロアさんはそう言って、嬉しそうに笑う。よかった。気に入ってくれたみたいだ。

「ただ……」

けれど、クロアさんは今度は少し難しい顔をして、部屋中を見回して……。

「あの絵、どこに飾ろうかしら?」

……うん。そういえばあの絵、飾る場所を考えてなかった。

それからラオクレスに手伝ってもらって少しだけ模様替えして、そして無事、空いたスペースに絵を飾ることができた。壁1面をほとんど空けたから、もう数枚、小さめの絵を飾ったりできるんじゃないかな。

「どう?」

「うん。いい」

落ち着いた色のシンプルな額縁に入れた水彩画が部屋の壁に飾られて、これでいよいよ、クロアさんの家が完成した。よかった。

「本当に素敵なお家をありがとう」

「ううん。あなたを雇うって決めたんだから、これは当然のことなんです」

「こんなに素敵なお家が貰えるなんて思わなかったわ。……本当に食わせ物の坊やだこと。ねえ、あなたもトウゴ君にこういう素敵な振り回され方をしてるんでしょう?」

「……素敵かは知らんが、振り回されてはいる」

クロアさんの新居からの帰り、僕らはそんな会話をしていた。うん、振り回してる。ごめん、ラオクレス。

「まあ……ここでの暮らしが気に入りそうなら、逃げたり裏切ったりするなよ」

「やだ。裏切るわけないじゃない。こんなに待遇がいい仕事、他にある?王城で雇われたって、こんなにいい条件、出ないわよ」

ラオクレスはクロアさんを警戒した言葉を発したけれど、クロアさんはそれを受け止めた上で、『絶対に裏切るメリットが無い』と言ってのけてくれた。嬉しい。

「それに、もし裏切るにしても、もっと沢山貰ってからにするわ。それでいて……多分、この森に居る限り、私はきっと、どんどん欲張りになっていくと思うの。きっと果てが無いわね、これ」

クロアさんはそう言って笑って……僕の顔を覗き込んだ。

「私の心、ずっと食べてなかったせいか、ちょっと食いしん坊みたいなの」

……うん。そっか。なら、沢山、色んなものを食べてもらおう。フェイじゃないけれど、クロアさんを心の餌で餌付けしてしまおう。

うん、そういうの、よくない考えかもしれないけれど……。

……そんなことを考えていた時だった。

空が突然、暗くなった。

さっ、と日が陰る。

……そして。

「トウゴ君!」

クロアさんの悲鳴が聞こえた一瞬後。

ガシリ、と。そんな音がしそうな勢いで、それでいて、痛くないくらいの強さで、僕は、しっかり掴まれて……。

……そのまま、離陸していた。

僕に抱卵させたり、泉を我が物顔で使ったりしている、あの巨大なコマツグミが。僕を掴んで、離陸していた。

……うん。どうしようか、これ。