軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

時には昔の姿を

晩夏の日差しが木漏れ日となって落ちて、揺れている。

そんな日に、僕はいつものように森へ遊びに来て、浴衣に着替えて、龍の湖でちょっと絵を描いていた。

……浴衣を着るのはね、これが案外涼しくて居心地が良いから、っていう理由もあるのだけれど、それ以上に、僕がこれを着ていると龍の機嫌がいいからだ。

あの龍、なんでか知らないけれど、僕が和装だとご機嫌なんだ。そして、不機嫌だと僕のお腹の中を弄ってくるから……あそこの絵を描きたい時には、龍の機嫌は良いに限るんだよ。

まあ、そういう訳で、今日も僕は満足いくまで絵を描けて、龍はちょっとご機嫌な様子で僕の背もたれになってくれて……それで、魔力の実を1つ採って、中身を飲んで、すっかり元気になった僕は、一度家の方へ戻ることにしたのだけれど……。

……そこで、とんでもないものを見つけてしまった。

「くそ、ここはどこだ……!俺は確かに、訓練場に居たはずで……」

……なんと、そこには見慣れない人が居る!

どうしたんだろう、迷子だろうか?なんだか困惑したように、うろうろしながらぶつぶつ呟いている様子だけれど……。

「え、あの……あなたは?」

なのでその人に、声を掛けてみる。

振り向いた彼は、年頃は僕と同じくらい……に見える。身長は僕より高い。フェイと同じか、それより高いかも。

引き締まった体つきで、如何にも戦うことを生業としているような具合。それでいて、鋼のような色の髪と、朝陽のような金色の瞳で……。

……あれっ。

なんだかこのカラーリングは見覚えがある……いや、この顔立ちも、見覚えがあるよ。僕の記憶にあるより、大分若々しいというか、少し幼さがあるというか、そういう違和感があるのは確かだし、肉体美もやっぱり、僕の記憶よりずっと控え目だけれど……。

……でも、ちょっと呆然としながら僕を見つめてくるその瞳には、やっぱり見覚えがあるんだよ。

「あの、もしかして……ラオクレス?」

きっとそうだよね、と恐る恐る聞いてみると、相手は、はっとして我に返ったらしいのだけれど、僕の言葉には返事をくれなかった。

あれ……もしかして、違う?ということは、ラオクレスのご親類の方だろうか。

……と、僕が考えていたら。

「俺は、バルクラエド・オリエンス。ゴルダの領主様に仕えて、騎士見習いをしている者だ。その……無礼を承知で、お尋ねしたい。ここはどこだろうか」

……どうやら彼はやっぱり、ラオクレスだったみたいだ。

ただし、若返っちゃってるし……記憶も当時の状態まで、巻き戻っちゃってるらしい!

流石にちょっとショックだったのだけれど、でも、僕の目の前には僕と同い年くらいのラオクレスが居る。……それでも僕より身長が高いのだけれど、その顔がなんとも不安そうに見えるものだから、放っておくこともできない。

「ええと……ここは、レッドガルド領にある森の中だよ」

なので結局、僕はそう答えることにした。頭の中では『どうしようどうしよう』と考えが渦巻いているのだけれど、でも、今の僕には正しい対処法なんて何も思いつかないんだ!

「レッドガルド……その、失礼だが、あなたは、レッドガルド家のご子息だろうか……?」

「え、あ、ううん。僕はその、違うんだよ。僕はトウゴ・ウエソラ。この森に住んでて、それで、レッドガルド家のお抱え絵師もやっているんだけれど……その、うーん、何と言ったらいいんだろう……」

ラオクレスの困惑を前に、僕もまた、困ってしまう。『森の精霊もやっています』『ついでに異世界人です』っていうことを、今の彼に伝えるべきだろうか?余計に混乱させちゃうんじゃないだろうか?ああ、どうしたらいいんだろう!

僕が少し悩んでいると、ラオクレスは、はた、と気づいたような顔をして、それから、慌て始めた。

「い、いや、すまん。あなたが貴い身分の御方なのだということは、俺にも分かる。その、人には言えない事情があるんだろう?」

「え、あ、うーん、別に、貴い身分、ということでもないのだけれど、その……うーん」

……ラオクレスはすっかり恐縮しきってしまっているし、僕は僕で、どうしていいのか分からないし。ああ、こういう時、先生やクロアさんだったら上手に解決できるんだろうになあ!

「で、では失礼する」

僕が困っていたら、ラオクレスはわたわたと慌てて、さっさと立ち去ろうとしてしまう。ああ!彼にとって彼は今、『ゴルダの騎士見習い』だから、ゴルダへ帰ろうとしてるんだ!困った!今の彼は森の……僕の騎士なのに!

「待って!」

少なくとも、今の彼をゴルダに行かせるわけにはいかない。今のゴルダは領主様も代わってしまっていて、彼の知るゴルダではないんだから!

「あの、行っちゃ駄目だよ」

なので、僕は必死にラオクレスを引き留める。ラオクレスはびっくりした顔をしていたのだけれど……それはそうだよね。彼の立場だったら、こんなの絶対に困ってしまうよ。でも、やっぱり彼をゴルダへ行かせるわけにはいかないから……。

「今から森を出ようとしても、ここから森の端っこに辿りつくまでに日が暮れてしまうよ。道に迷ったら、夜になっちゃう。だから……その、どうか、一晩泊まっていって」

だから僕は、なんとかそれらしい言い訳を捻り出した。ああ、先生!先生だったらきっともっと上手に言い訳できたんだろうに!

「いや、しかし、その」

「お願い。行かないで……」

先生の言い訳の力が僕にもあったらよかったのに!ああ!僕も言い訳の練習をもっとしておくんだった!

そうして、ラオクレスは困惑していて、僕は必死で、ラオクレスのシャツの裾を掴んでなんとか行かないでもらうために頑張っていて、そしてお互い、困惑しながらただ見つめ合っている……というような、そんな中。

「あら?トウゴ君、来てたのね?」

……僕らに差し伸べられる救いの手!

ああ!クロアさん!待ってた!待ってたよ!来てくれて本当によかった!助けて!助けてー!

「……あなたは?」

一瞬、クロアさんの目が警戒に鋭くなった。けれど……そんなクロアさんを見たラオクレスは、ぽかん、としてしまっていて、全く警戒に動じる気配が無い。

「……あら?もしかして……」

そしてクロアさん、そんなラオクレスを見て、訝し気な顔をしつつ、『もしかして、もしかして……』というような、心配半分、面白がる気持ち半分くらいの顔で近づいてきて……。

「あの、クロアさん。彼はバルクラエド・オリエンスさん。『ゴルダの領主様のところで騎士見習いをしている』んだって」

「……あら、まあ」

なのですかさず、情報伝達。こういう風に言えば、クロアさんも『ラオクレスはどうやら、その記憶ごと時間が巻き戻ってしまっているらしい』って気づいてくれると思うから。

「その、このまま森を出たら、出る頃には日暮れになってしまうから……その、一晩、泊まっていってもらおうとしていたところなんだけれど……」

どうしましょう、という気持ちでクロアさんを見つめると、クロアさんはちょっと考えて……。

「……そうね。うん。それがいいと思うわ」

クロアさんはにっこり笑うと、ラオクレスにもその笑顔を向けて、一歩、近づいた。

「そういう訳で、ゴルダの騎士見習いさん?今日は泊まっていって頂戴な。大丈夫よ。ゴルダの領主様には連絡しておくから」

そのまま、ラオクレスの目を見て、クロアさんは何か、多分、魅了の魔法を使おうとして……そこで、ふと怪訝な顔をした。

「……ごめんなさい、何か、気に障ることをしてしまったかしら」

……というのも、ラオクレスがさっきから、あまりにも動かないものだから。僕も少し心配になってしまう。それとも、もしかして、今、ラオクレスが元に戻りそう、とか、そういうことだろうか……?

「いや、違う!そ、その……戸惑った、だけだ」

けれど、ラオクレスは弾かれたように二歩くらい後退りして、目を泳がせて……そして。

「……あなた達のように、これほどまでに、美しい人を……その、初めて見たものだから……」

……僕は衝撃を受けています。

そっか……ラオクレスって、若い頃は、照れちゃった時に渋い顔をするんじゃなくて……照れた顔をしてたんだ!

ああ、なんてこった!これは描かないわけにはいかないよ!よし!描いた!

さて。

そうしてラオクレスは無事、『今日はここに泊まる』と頷いてくれた。ああよかった!

そしてその間、クロアさんが『ちょっと準備してくるから、トウゴ君、彼の話し相手になってあげてね』と言い置いて去っていったので、僕はラオクレスとお話しして待つことにした。

「ええと、あなたは何歳くらいなんだろうか。僕は19になったところです」

「……俺は16だ」

「えっ……年上かと思った……」

……なんと、今のラオクレスは16歳らしいよ。16歳……16歳か。高校生の年齢だ。でも、背がすらりと高くて、筋肉が付いていて、寡黙なかんじだから、どうも年下だと思えない。

ラオクレスはすごいなあ。16歳でもう、こんなに大人っぽい。僕は未だに子供っぽいかな、と自分で思うくらいなのに……。

「その……騎士見習い、というのは、どんなことをしているの?」

「訓練だ。戦う訓練と、騎馬を操る訓練……それから、騎士の身分に恥じない教養を身に付ける」

「すごい……」

淡々と答えるラオクレスはやっぱり年下には見えない。只々、すごいなあ、と思わされる。

……のだけれど。

「……その、俺はまだまだだ。先輩方のようには戦えないし、乗馬も上手くない。教養は、本当に、何をやっても駄目で……」

ラオクレス自身は、自分にあまり自信が無いのかもしれない。ちょっとそっぽを向いて、なんだか傷ついたような、そんな顔をしている。

……うん。

「そっか……じゃあ、あなたの先輩方は、本当にすごい人達なんだね」

だから僕は、そういうことなんだろうなあ、と思いながら、ちょっと恐る恐る、喋る。

的外れじゃないかな、とか、余計なお世話じゃないかな、とか、思いはするのだけれど。でも。それでも。

「すごい人達の中に居たら、自分が埋もれてしまうようなかんじ、しない?自分がそれなりのものだったとしても、もっともっとすごい人がたくさんいたら、自分に自信が持てなくなることって、あると思う」

僕がそうだから、そう言える。

……お恥ずかしながら、大学に入ってすぐ、そんな気分になったよ。自分が積んできた訓練なんて、まだまだ中途半端なもので、もっとすごい人は幾らでも居て……。

「でも、それでも時々は、自分自身を褒めてやらねば。『先月の自分よりは出来がいいぞ。お前も中々悪くないぞ』って」

……先生に言われたんだ。『例え周りが自分のことを愛していないように感じられたとしても、ならば猶更、自分のことは自分で愛してやった方がいいぞ』と。

それから、ラオクレスにも言われたんだ。『比べるなら周囲ではなく、過去の自分自身と比べろ』って。

「……そう、か。過去の、自分と……」

「うん。受け売りだけれど、僕にとって大事な言葉だから」

他ならぬあなたからの受け売りなんですよ、とは、言わないけれど。でも、ラオクレスが教えてくれたことだから、今の彼をちょっぴり励ます役に立つんじゃないかな、と思う。

……落ち着いていて、大人っぽく見える彼だけれど、それでも彼は16歳で、僕より年下なんだから。

ちょっとくらい、こういうことを言っても、いいよね?

改めて、16歳のラオクレスを観察してみる。

……ラオクレスの面影は、そこかしこにあるんだよ。けれどやっぱり、若い……というか、幼い、というか。

精悍な輪郭は少しばかり丸みを残しているし、首筋や手足に、細さが感じられる。鍛えてあって、体も大きいけれど……少年から青年になる途中の体つきだ。まだゴルダの領主様のところに拾われたてほやほや、なんだろうなあ。

それからやっぱり、表情が違う。ラオクレスといえば、どっしりとした岩のようなかんじのする人だけれど……今の彼はじっと見つめられることに慣れていないらしくて、僕の視線に気づいたら、ふい、と照れたように視線を逸らしてしまった。それでも顔を背けようとはしないのは、失礼にあたると思ってるからかな。

……うーん、よく考えたら、僕、普段のラオクレスをよく観察させてもらって、描かせてもらっているのだけれど……普段のラオクレスは僕の視線に動じることが無い。この森に来てすぐの頃は、戸惑った様子もあったし、『開き直った。好きにしろ』みたいなやけっぱちなかんじもあったのだけれど……。

そうか。普段のラオクレスを見つめても彼が動じないのは、僕がそういう風にしちゃったからだ。僕があんまりにも観察して描くものだから……ラオクレスがそれを許してくれちゃっているものだから……。

そう考えると、なんだか嬉しいような、ちょっと申し訳ないような、そんな気分になってくる。ラオクレスは僕が育ててしまいました……。

ちょっと笑いを漏らしていると、今の、目の前の若いラオクレスが僕を見て、『何か楽しいのだろうか』みたいな、不思議そうな顔をした。うん。あなたのことを考えていたら、ちょっぴり楽しくなってきてしまったんだよ。

「ねえ、少し触らせてもらっても、いい?」

「は?え、あ、ああ……うん。構わない、が……」

ラオクレスは戸惑っている様子だったけれど、ちょっと触らせてもらう。まだ柔らかさの残る頬も、鍛えきれていない首筋も、触り心地があんまり変わらない髪も、なんだか新鮮で不思議な気分。

……そうして一頻り触らせてもらって、『ああ、鍛えるとこういう風に筋肉が変わっていくんだなあ』とか、『骨ってこういう部分は変わらないんだなあ』とか、そういう勉強をさせてもらって……。

「……あっ!ごめんなさい!つい夢中になってしまった!」

「い、いや、構わない……」

ついつい夢中になって触っていたら、ラオクレスはすっかり緊張した様子で顔を赤くして固まってしまっていた!ああ、なんてこった!

「ごめんね。なんだか愛おしくなってきてしまって……」

なんだか、愛しい森の子が僕よりも年下だった頃の姿なんて見てしまったら、その、愛おしいなあ、という気持ちも湧いてきてしまって……ああ、僕、森になっている!

ああ!よく見たら、僕……手だけじゃなくて、花の蔓も伸ばして、蕾でラオクレスをつついてしまっていたみたいだ!あああ!おまけにラオクレスの手首に柔らかい蔓が巻き付いてる!こんなんじゃ、ラオクレスも困惑して当然だよ!

本当に!僕って奴は!もう!あーもう!

「お待たせ。準備、できたわ」

そうしていたら、クロアさんが戻ってきてくれた。ありがとう!ありがとう!

「準備、っていうと……」

「ええ。ウヌキ先生に事情をお話しして、事態の解決をお願いしてきたの。……もう、アンジェが相談しに行っていたみたいだけれど……」

「ああ、やっぱりアンジェと妖精さんの仕業か……」

ということで、クロアさんは手短に、今のラオクレスの状況を説明してくれた。

……やっぱり、今回のラオクレスのこれは、アンジェと妖精さんの魔法の失敗から始まったことだったらしい。アンジェが『これは大変だ』と慌てて先生の家へ駆けこんでいたので、先生が既に対処中とのこと。

「そういうわけで、妖精さんの魔法は朝には効果が切れるそうよ。ウヌキ先生が色々と細かいところまでちゃんと『描写』してくださっていたから、そんなに深刻に考えなくてもいいわ」

「そっか。よかった」

ラオクレスが若返ってしまっているのは、新鮮だけれどやっぱりちょっと寂しいんだ。僕のことを知らない彼と話していると、じわじわ寂しさが浸食してきてしまうような、そんな気分。

……この人がこれからゴルダの領主様を喪って、酷い環境におかれることになって、それで……人を殺してしまうんだ、と思うと、本当に、本当に、寂しい。まるで、冷たい北風に吹き晒されているような気持ちになってきてしまう。

今のラオクレスにそんなこと言っても、どうにもならないんだけれどね。若い頃の彼がタイムスリップしてきたわけじゃなくて、今、僕と一緒に過ごしてきたラオクレスが一時的に、記憶喪失になってしまってついでに若返ってしまっている、というだけみたいだから。

……もし、過去のラオクレスがタイムスリップしてきてしまったのだったら、その、僕は彼を止めただろうか。

ちょっと考えてしまう。ラオクレスには幸せであってほしいけれど、でも、彼の色々な経験があったからこそ、僕は彼と出会えたし、その後、ラオクレスが居てくれたおかげで色々な人が救われたし……。

「さあ、考えていてもしょうがないわ」

そんな僕の思考を断ち切るように、クロアさんがパンと手を打ってにっこり微笑んだ。

「それから、彼が泊まるお部屋の準備もしてきたわ。ねえ、バルクラエド君。今日は私の家に泊まりなさいな。お部屋が1つ、空いているから」

「なっ」

そしてクロアさんの言葉に、ラオクレスが真っ赤になって固まってしまう。

「そ、その……女人の家に、泊まる、というのは」

「私は気にしないけれど……」

クロアさんは『何か問題でも?』とばかり、首を傾げているけれど……ええと、その、ラオクレスが緊張してしまう気持ちは分かるよ。だって、クロアさんはあんまり綺麗なものだから……。

「あ、あの、バルクラエドさん。だったら僕の家に泊まるのはどうだろうか。客間が1つ空いているよ。僕は男だから、そういう遠慮は要らないよ」

なので僕から、そういう提案をした。ラオクレスに助け船を出すつもりで。けれど……。

「いや、俺は野宿させてもらえればそれで……その、あまりにも、恐れ多い……」

「えっ」

……なんだか不思議なことを言われてしまった!そんな、恐れ多い、と言われても!

「ええと……トウゴ君。その、ね?森の精霊様のお家に泊まるのも、緊張すると思うわよ?」

えっ。あっ。そ、そうか……ラオクレスが最初から僕に対して緊張気味に見えるのは、僕の魔力が多いとか、雰囲気が人間じゃないとか、そういうことなのかな……。それに加えて、さっき、花の蕾やら柔らかい蔓やら、出してしまっているし……。

「かといって、ライラの家っていう訳にもいかないでしょ?子供達のお家もちょっと。……レッドガルドのお屋敷となると、それはそれで彼が遠慮するでしょうし」

うん。まあ、そうだよね……。ライラの家にラオクレスが泊まるのはよくないし、子供達の家には客間が無いし。でも、今のラオクレスを森から出すのはちょっと嫌だし……。

「ええと、先生の家は?」

「……トウゴ君。ウヌキ先生もね、半分くらいは精霊よ」

「そうなの!?」

「魔力が多いし、ちょっと『この世ならざる』かんじがあるもの。それから、雰囲気があまりにもトウゴ君と似てるのよねえ……」

今、僕の頭の中で先生が『そうなのかいクロアさん!?どうか嘘だと言ってくれ!』と嘆いている。ああ、でも確かに、先生って……浮世離れしているところがあるし精霊……うん、精霊かもしれない……。

……あっ、今、僕の頭の中で先生が『僕は精霊っていうよりは幽霊だぜ!』って堂々としている。うん。でもね、あなたは幽霊というには、あんまりにも元気すぎると思うよ。やっぱり僕と一緒に精霊、っていうことにしておこうよ、先生。

……ということで、ラオクレスはクロアさんの家に泊まることになった。

クロアさんの家には、実は客間があるんだよ。というのも、『トウゴ君の家にもウヌキ先生の家にも泊めたくないけれど、森の中に入れておかなきゃいけない……っていう人が今後現れた時は私の家が適するでしょうから』ということで、増築したんだよ。

あと、『気に入った家具があるのだけれど置く場所が無いのよね』とのことで。なら部屋を増やそうね、ということになった。クロアさんにはとびきり贅沢させなきゃいけないので!

……結果、時々、クロアさんの家でお酒を飲んでいたラオクレスがクロアさんの家に泊まっていることもあるみたいなので、まあ、クロアさんにとってはラオクレスを泊めるのは『よくあること』の一部なんだろうし、慣れたものなんだろうなあ。

「そういう訳で、よろしくね。明日の朝には元に戻してあげるから、安心して過ごして頂戴」

「あ、ああ……その、お世話に、なります……」

……ラオクレスが、ぺこ、と頭を下げている。全く洗練されていない所作で、堂々としているわけでもなくて、ちょっと尻込みした具合の……ああ!新鮮だ!

僕が『新鮮!』と思っているのと同時に、どうやらクロアさんも同じことを感じていたらしい。『新鮮!』っていう顔をしている。

「……かわいい!」

えっ!?でも僕、流石に『かわいい』とは思わないよクロアさん!ああ、ほら!ラオクレスが困惑してしまっているよ!ねえクロアさん!クロアさんってば!

「ということがあったんだよ」

「えっ!?じゃあ何!?今、若いラオクレスがクロアさんの家でクロアさんと2人きりなの!?」

「うん。でも晩御飯は皆でご一緒にどうですか、ってことだったから、君を誘いに来たんだけれど」

そうして僕はライラの所へ。ライラは一角獣が沢山集まる花畑で、一角獣の角を磨いてやっていたらしい。ちなみに一角獣の角を磨いた時に出る角の粉は、薬の材料になるからソレイラの薬屋さんに卸している他、絵の具にもなるので僕やライラに使用されています。

「そんなの行くに決まってるでしょ!わあー!若いラオクレス……ねえ、どんなかんじだった!?」

「こんなかんじでした」

「やっぱりもう描いてる!いいなあー!いいなあー!」

ライラはちょっと興奮気味だ。まあそうだよね。森の仲間がちょっと不思議なことになっているとなったら、絵描きとしては描きたくなるものだよね。分かる分かる。

「へえー……若いラオクレスはちょっと照れ屋さんなかんじ?」

「うん。そんなにどっしりしてないかんじ。がんばってつっついたら、ぐらぐらすると思う」

「ってことは今頃、クロアさんにぐらぐらされてるわね、きっと」

……うん。僕もなんだかそんな気がするよ。だってクロアさん、若いラオクレスを見て『かわいい!』なんだから!

「私もつっついてこようかしら」

「ご飯の時にでも、存分にどうぞ。でも困惑させない程度にね」

ライラもそういうところがあるから、ちょっと心配になってきた。ラオクレス、大丈夫だろうか……。

……そうして、あちこちに声を掛けて回って、晩御飯。

『若いラオクレス!?見ない訳にはいかねえ!』ということで、フェイも来てくれたよ。

フェイも、自分より年下のラオクレスに興味津々だった。『うおおー、ラオクレスが!ラオクレスが若い!』と大興奮。

子供達も、『なんだかとっても新鮮だわ……』『ラオクレスがトウゴより落ち着いてねえかんじ珍しいな……』『若くしちゃってごめんなさい……』と、それぞれの反応。

そしてライラは案の定、『ラオクレス!ラオクレスが若い!描くわ!これは描かなきゃダメでしょ!』と描き始めちゃった。なので僕も描き始めちゃう。僕ら、描く生き物なので……。

先生はそんな僕らを見ながら、ラオクレスに『色々困惑してるだろうが、まあ、楽しんでいくといい。こういう時はな、とりあえず楽しんじゃうのが一番だぜ』と教えていた。ラオクレスは困惑しながらも、こくんと頷いていた。……ああ!こういう反応も、ラオクレスらしくなくて、新鮮!

「……で、まあ、彼にはもう、彼の状況を伝えちゃったのよね。じゃなきゃ、あんまりにも不安でしょうから」

そうして晩御飯の席で、クロアさんからそう説明された。どうやら、『あなたは私達とこの森に住んでいる仲間なのだけれど、今は妖精の魔法で一時的に若返ってしまって、記憶も失ってしまっているのよ』と教えてあるらしい。

今の若いラオクレスにとって、ここは未来なのだけれど……僕らは、『過去』のことは教えない、ということで約束済み。

ゴルダが一度、滅びに面してしまったことも、ラオクレスが人を殺してしまうことも、教えない。そういうことに決めたんだ。

ラオクレス本人も、そこは同意してくれたらしい。『俺にとってそれは、変えられない未来のようなものだろうから』とのことだそうで……うーん、若くてもやっぱり、しっかりしてるなあ、ラオクレス……。

「それにしても……俺は10年後か20年後かに、こんな暮らしをしているのか……」

晩御飯のシチューを食べつつ、ラオクレスはなんとも不思議そうにそう漏らした。

「まあ、不思議だろうね。うーむ、どんな気分なのかなあ……僕も体験してみたくはあるね。アンジェ、今度、僕にも例の魔法を掛けてくれないかな」

「妖精さんとそうだん、してみるね!」

先生はラオクレスにも、この状況にも興味津々だ。まあ、そうだよね。あらゆる経験が僕らの『かく』力になるので……。

「急に10年だか20年だか先の世界に来ちまったようなもんなら、そりゃ困惑するよなあ。ま、折角だし楽しんでくれよ!な!」

フェイがにんまり笑ってラオクレスの肩を叩くと、ラオクレスは少し嬉しそうに頷いた。……フェイが貴族だってことは伝えてない。伝えたら多分、恐縮しきってしまうと思うから……。

「今のあなた、食べ盛りでしょう?たくさん食べて頂戴ね。はい、こっちも美味しくできたと思うから食べて」

クロアさんがラオクレスのお皿に、ひょい、とキッシュを一切れ取り分けてあげている。そっか。今のラオクレスは食べ盛り……うーん、僕自身は食が細い方なので、『男子高校生はよく食べます』みたいな話とは無縁だったのだけれど……確かに、このラオクレス、実によく食べる。見ていて気持ちいいくらいよく食べる。

「あ、ああ……ありがとう、クロアさん」

そしてラオクレスったら、クロアさんのことを『クロアさん』って呼んでる!ああ!とても新鮮だ!クロアさんも『あらまあ』って顔だ!

……そんなラオクレスを見たクロアさん、ふと、何か悪戯を思いついたような顔になった。

「……いつもみたいに、『クロア』って呼んでくれていいのに。ちょっと寂しいわね」

途端、ラオクレスがぴしりと固まってしまう。ああ、ああああ……。

「い、いつも……みたいに……!?」

「ええ。いつもはあなた、私のことは『クロア』って呼んでくれるのよ」

クロアさん、ちょっとだけ寂しそうな笑顔でそんなことを言う!その何より綺麗な翠の目でラオクレスを見つめている!……ああ、ラオクレスがまた、真っ赤になってしまった!いけない!これはいけないよクロアさん!

「その……もしかして、俺は、あなたの……」

そしてラオクレスは、ふるふる震えながら、ちょっと上擦って掠れた声でそんな言葉を零しかけて……きゅ、と口を噤んだ。

「い、いや、なんでもない!」

「あら、聞かないの?」

「聞かない!」

遂に、ラオクレスは真っ赤になってそっぽを向いてしまった!ああ!見ていてとってもそわそわする!まさか、ラオクレスを見ていてこんなにそわそわする日が来るだなんて!

クロアさんはこんな調子のラオクレスを見て、ころころ笑う。笑って……そして。

ちゅ、と。

……実にスマートに、ラオクレスの頬にキスしてしまった!

ああああああ!ほら言わんこっちゃない!ラオクレスから湯気が出そうだよ!クロアさん!笑っていないで事態を収拾してくださいクロアさん!青少年をあんまり揶揄うものじゃないよ!駄目だよ!もう!

……ということで、リアンが『冷やすぞー』と氷の小鳥をラオクレスの頭にぴよぴよ乗っけてやって、『扇いであげるわ!』とカーネリアちゃんが団扇でぱたぱたやってあげて、アンジェが『あのね、これもおいしいよ』とラオクレスの前に妖精印のクッキーを積んでいった。

そんな様子を見て、ライラは目を輝かせて描いてるし、フェイは『おおう……こいつは刺激が強いぜ』とちょっとそわそわしてるし、先生は『きゃー!』って無言で叫んでるし、いつのまにやらやってきていた魔王は『まおーん!』と小さな声で叫びながら伸び上がっている。

……そして、クロアさんは。

「ふふ、かわいい」

クロアさんは、そんなことを言ってラオクレスを見つめているのだけれど……うーん。

……クロアさん、もしかしたら、ラオクレスを揶揄っているわけじゃ、ない……のかもしれない。

だってクロアさんの目が、あんまりにも、愛おしいものを見る目なものだから。

うーん、もしかして、クロアさんも森、ですか……?

そうしてラオクレスがちょっとひんやりしてきたところで食事が再開して、クロアさんは何事も無かったかのようにラオクレスのお皿に食事を取り分け、ラオクレスは黙々と、そしてもりもりと食べた。うーん、もりもり食べる、という表現がこれほどまでに相応しい様子を、僕は今までに見たことが無かったよ。

そうしてラオクレスが実に沢山食べて、食べて、すっかり満腹になって満足気になったところで、皆それぞれ寝る支度。

……さっきのことがあったから、ラオクレスがクロアさんの家に寝泊まりするのを嫌がるだろうか、とも思ったんだけれど、クロアさんに案内されて、ラオクレスは大人しく付いていっていた。うーん、その後ろ姿の、のそのそと歩くかんじがちょっぴり、僕のよく知るラオクレスに似ている。

そんな彼らを見送って、僕らもそれぞれに帰宅。フェイは『帰るのめんどくせなあ……』なんて言ってるけれど。じゃあ僕の家、泊まる?

「あーあ、本当に『ご馳走様です』ってかんじね」

そしてライラは、なんだかにまにま嬉しそうにそんなことを言った。

「うん。お腹いっぱい。美味しかったね」

「……なんかあんたと話がかみ合ってない気がするわ」

え、そう?ご飯、美味しかったよね?……美味しくなかった?いや、そんなことは無いと思うよ。ライラもたくさん食べてたよ。ライラはね、クロアさんが作るキッシュが大好きだから。僕は知ってるんだぞ。

「あーあ。今回の妖精の魔法、他の人も掛かったら面白いのになあ」

ライラはなんだか楽しそうにそんなことを言う。ラオクレスにとっては実に災難だったと思うんだけれど、でも、まあ、僕ら全員、新鮮な気持ちになれた。それは間違いない。ラオクレスにはちょっと申し訳ないけれど。

「そうだね。僕もライラの小さい頃には興味があるよ」

「えっ!?私!?なんでよ!」

「いや、なんでって言われても……」

ライラって、こういう時に自分のことを勘定から外してしまいがちなんだよなあ。うーん……。

「……私はあんたの小さい頃、気になるけど」

「そう?……うーん、小さい頃の僕は、きっと、この森に来たらものすごく喜ぶと思う。確かに、やってみてもいいのかもしれない」

僕はちゃんと僕のことを勘定に入れているので、ちょっと考えてみる。

……小学生か中学生か、その頃の僕がこの森に突然来てしまって、ここの仲間達に囲まれて、『好きなだけ描いていいよ』って言われたら……きっと、とっても幸せだろうなあ、と思うよ。

……うん。まあ、かつての僕じゃなくて、今の僕だって、この森に来られて、皆と出会えて、幸せなんだけれど。

でも、過去の自分に今の自分の幸せをちょっぴりお裾分けしてやりたいような、そんな気分には、なるんだよ。

「あと先生のことも気になる……」

「あー……うん。それは私も気になるわ……」

……うん。やっぱり妖精の魔法、アンジェに詳しく聞いてみようかな……。

そうして、その日はフェイが僕の家に泊まっていった。一緒に寝て、一緒に起きて、朝ごはんを食べて、鳥に一部、朝ごはんを奪われて……。

家の外に出たら、クロアさんの家から出てくるラオクレスの姿が見えた。ラオクレスは魔法の効果が切れたらしくて、無事に元の姿に戻っている。よかった、よかった。

「ラオクレスー!」

ほっとしたついでに呼んでみたら、ラオクレスもすぐに気づいて僕らの方へ来てくれた。おかえり、おかえり。

「……今回はどうも、迷惑をかけたようだな」

そして開口一番、ちょっと渋い顔でこれだ。ということは、クロアさんからもう聞いてるんだろうなあ。

「ううん。迷惑じゃなかったよ」

「そうそう!年下のラオクレスってのも、ちょっと新鮮で面白かったぜ!」

僕らがついにこにこしてしまいながら答えると、ラオクレスはちょっと恥ずかしそうに『そうか』と顰め面をした。うーん、やっぱりラオクレスが照れている時の顔はこれだなあ。なんだかちょっと残念なような、ほっとしたような……。

「ところでよぉ、ラオクレス。若返っちまってた時の記憶って、どうなってんだ?」

それから、フェイがそう尋ねる。ああ、それは僕も気になっていたところだよ。その……僕が森になってしまっていた時のことは忘れてくれているといいなあ、と思うので……。

「忘れた」

けれどどうやら杞憂だったらしい。ああ、僕の恥ずかしい行動を忘れてくれているなら、それはありがたい。

「そっか」

「ああ。忘れた」

……でも、うん。

ラオクレスの耳の端がちょっと赤いので、もしかしたら、ちょっと覚えてるのかもしれない。

うーん……できれば忘れていてほしい。僕のところだけでいいから……。

「ところでクロアさんは?」

「まだ寝ている。当分起きない」

「そっか」

クロアさん、若いラオクレスとあの後も色々話したと思うから、ちょっと聞いてみたい気もしたんだけれど。まあ、寝ているならしょうがない。

なら、クロアさんに感想を聞くのはまた後で、ということで……。

……ところで、最初にアンジェが掛けた妖精の魔法。あれ、例の如く、いつもの喋る花に掛けるつもりだったらしいんだよ。それを、喋る花が踊っていて、ひょい、って避けちゃってラオクレスに掛かっちゃったらしい。

ということで、改めて喋る花にも例の魔法が掛けられたんだけれど……その結果、喋る双葉が生まれていた。

そっか。うん……まあ、森には不思議がいっぱいですね、ということで……。