軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青色の世界を眺めて*2

「上空君もここ、来てたんだ」

「うん。ごめんね、そちらの誘いを断ってしまって、結局行く先が同じだったとは……」

同じクラスの美術部の子……重垣さんに謝る。何と言っても、彼女、僕を誘ってくれてたわけなので。それを断って、なのに同じところにいるっていうのは……その、非常に気まずい。

「あはは。さては上空君も美術室の前に置いてあったパンフ見てここにしたなー?」

「うん。そうなんだよ」

学校には時々、美術館や博物館、水族館なんかからパンフレットが届く。ついでに高校生割引券なんかもついていることが多いので……。今回僕らが使ったのもそれだし、重垣さん達もそれでここに来たらしい。

うーん……これだけ僕らが来ているんだから、パンフレットを学校に置きに来た人、大喜びかもしれない……。

「……あれ?そっちの人は?」

それから、重垣さん、ひょこ、と覗き込んで、僕の後ろに居たライラに目を留めた。すると、なんだなんだ、とばかりに他の同級生達もライラを見に来てしまう。

ライラは案外人見知りするところがあるから、こういう時にはちょっと緊張してしまうんだよ。大丈夫かなあ、と思いながらライラを振り返ると……。

「ライラ・ラズワルドです。最近、日本に来たの。よろしくね」

ライラはちょっと緊張気味ながらも、そつなく自己紹介してくれた。おお、流石ライラだ。ここぞという時にはちゃんと肝が据わっている……!

「おおー……上空君、外国の知り合い、多いんだね」

「うん」

重垣さん達はラオクレスやクロアさんやフェイも見てるから、そういう感想になったらしい。まあ、うん。外国というか、異世界の知り合い、だけれどね。

「ええと、ラズワルドさん?私は重垣友美です。上空君のクラスメート。同じ美術部なの」

「正確には僕、部員じゃないんだけれどね……」

「侵入部員も部員の内だよー」

僕と重垣さんのやりとりを聞いて、ライラは『美術部、ねえ。楽しそう』なんて楽し気にしていて……それに重垣さんが『ラズワルドさん、日本語上手だね』なんて言って、ライラもライラで『一応、言葉は生まれた時からこの言葉だから』とそつなく嘘じゃないけど意図的に勘違いを招くラインのことをサラッと言ってのける。

……と、そういうやりとりがあった後。

「ね、ねえ、上空君。ラズワルドさんって、もしかしてさ……」

重垣さんが、目をきらきらさせながら、聞いてきた。

「上空君の、彼女?」

……えっ。

か、かのじょ、っていうのは……『恋人』っていう意味での『彼女』だ、よね?

「ち、違うよ!そういうのじゃないんだよ!」

なので慌てて、僕は否定する。うわうわうわ、どうしよう!変な勘違いをされていそうだ!

「ええとね、ライラは絵のライバルで、趣味を同じくする同士で、ご近所さんで……ええと、そういうかんじ!」

「そ、そうよ!私がこいつの恋人だなんて、そんなことないからね!?」

僕は慌てて、ライラも慌てて、2人で重垣さんに弁明する。

「大体、こんなちんちくりんのふわふわ、私の好みじゃないし!」

……かと思ったら、ライラが僕の悪口を言ってきた!ち、ちんちくりんって……僕は竹林じゃないんだぞ!森です!

「そんなこと言ったらライラだってツンツンだし……いや、でも、僕、別にライラのそういうところ、嫌いではないな……うーん」

「ほらあ!そういうこと言うから!そういうこと言うからあんた鈍くさいったらありゃしないのよ!」

僕が何か1つ言い返そうと考えている間に、ライラはぽこぽこぽこぽこ、悪口を5個ぐらい言ってくる。ひどいよ!手数が違いすぎる!

……いや、でも、これで誤解は解けたはずだ!とにかく僕らはこういう関係です!という意思を込めて、重垣さんを見ると……。

「……すごい。上空君がこんなに人と打ち解けてるの、初めて見たかも」

重垣さんも他のクラスメート達も、何故だかきらきらした目で僕を見ていたり、珍しいものを見つけたような顔をしていたり……。

「2人とも、すごく仲良しなんだねえ」

そして重垣さんにそう言われてしまうと……その……ちょっと嬉しい。

「まあ、仲良しは仲良しです……」

「だぁから!あんたは否定しなさいっての!益々誤解を招くでしょうが!」

けれどライラが手厳しい。いたいいたい。ほっぺつままないで!つままないで!

そうして僕がライラにほっぺを伸ばされていたら、重垣さんは目をきらきらさせて……言った。

「……なんか2人とも、彼氏彼女っていうよりは夫婦っぽいね」

……そ、そういうこと言う!?

それから重垣さん達は先へ進んでいってしまって、僕らだけ取り残された。

……うう、なんというか、ものすごく疲れた。あと、ほっぺ痛い。ライラが伸ばすから!

「ううー……あんたのせいで変な誤解されたじゃないのよお……」

そしてライラが頭を抱えていた。いや、そう言われても……。

「重垣さんだって揶揄ってるだけだったと思うし、多分大丈夫だと思うけれど……その、ごめんね。嫌な思いをさせた」

「いや、それは別にいいけどさ。はあ……」

ライラが嫌な思いしてなきゃいいんだけど。心配しつつライラの言葉の続きを待っていると、ライラはなんとなく気まずげに、ぼそぼそ、と言う。

「……その、あのエガキ・トモミさん、だっけ?あの子、あんたに興味があるのかもしれないしさ。なのに私とあんたがそういう仲だって勘違いしてたりしたら申し訳ないし……ちゃんと言っといてよ」

え?あ、うん……うん?

「重垣さんはそういうのじゃないと思うよ」

要は、ライラはどうやら、僕を気遣ってくれているようなのだけれど……でも、重垣さんの興味、って、多分、異性に対する恋愛、みたいなものじゃないと思うし、僕としてもそういう気は特に無いし。

「僕のこと珍獣だと思ってると思う」

ということで、そう解説すると。

「……ちんじゅう」

ライラは目が点になる、というか、鳩が豆鉄砲食らう、というか、そういう顔をした。

「うん。珍獣」

……いや、重垣さんに限らず、クラスメート達は皆、僕のことそんなものだと思ってるんじゃないかな。事件に巻き込まれる前は特に誰と仲がいいっていうこともないはぐれ者だったし、事件以降は今までの分を取り返すように美術部に侵入したり休み時間も隠さず絵を描いていたりするようになったし。まあ、観察のし甲斐はあるのかもしれない……。

珍獣、珍獣……と呟いていたライラは、やがて……けらけらと笑いだした。

「……っふふ、だとしたら私、あの子と多分、気が合うわ!」

「……ライラも僕のこと、珍獣か何かだと思ってる?」

「まあね!」

なんだか複雑な気持ちだ。そっか、僕、珍獣か……。いや、いいけど。ライラがそれで元気になってくれるんだったら、全然いいんだけどさ。

「……ま、変なやつ、よね。あんたってさ」

まあ、うん。そうそう。僕、変なやつです。ということで、これからもよろしくね。

それから僕らは気を取り直して、またのんびりと水族館を見物していった。

水槽の底の筒の中に潜り込むアナゴを眺めたり、ヒトデの鮮やかな色と造形に見惚れたり、悠々と泳ぐ鮭を見て2人揃って『綺麗だね。あとお腹空いたね』っていう感想になったり。

……そして、今、僕らはちょっとした映画館のような場所に居る。階段状に並ぶ座席の真ん中を占拠して、スケッチブックを取り出して……スクリーンではなく、目の前の巨大水槽を見つめた。

壁の一面がほとんど丸ごと水槽、みたいな、そういう場所なんだ。映画でも見ているような気分になれる。部屋の明かりはごく弱くにまで落としてあって、水槽を通ってきた青っぽい光に照らされて……幻想的な光景だなあ、とぼんやり思う。

早速、水槽を前に水筆と水彩で簡単な着色をしつつ絵を描き始めたライラを横目に、僕も絵を描き始める。

……只々、綺麗だなあ、と思いながら。

「……ねえ、トウゴ」

「何?」

そうして、ライラの絵が一段落したころ。

「なんであんたは……水槽じゃなくて私描いてんのよ」

ライラは僕の手元を覗き込んで、呆れた顔をした。いや、確かに僕はライラの横顔、描いてたけどさ。……だって、水槽からの光に照らされながらじっと水槽を真剣に見つめる顔が、なんだか綺麗だったものだから。つい。あと、絵に集中している時のライラは表情が動かないから、描くには丁度良くて。つい。

「綺麗だなあと思って……あ、動かないでほしいんだけれど」

お願いすると、ライラは渋々ながら、ちゃんと元のポーズに戻ってくれた。流石、分かってるなあ。

「……あんた、ここに何しに来たのよ」

「ええと、綺麗なものを描きに。そうしたら当初の予定とは違う綺麗なものも見られてしまったので、つい……」

ライラが何とも言えない表情になる。あっ、やめてやめて、さっきの表情に戻って!描けない!

「それに、水槽の絵もちゃんと描いたんだよ。ほら」

「……あんた、日ごとにどんどん速筆になってくわね」

ちゃんと魚や水槽を描いた方のスケッチブックを見せると、ライラはそれを見ながら複雑そうな顔を……だから元の真剣な顔に戻って!描けない!

たっぷり時間をとって描いて楽しんだ僕らは、そのまま最後の方の展示スペースも見て回って、そうして水族館を出ることになった。

「面白かったわ。綺麗なものも変なものも沢山見られたし……何よりあの雰囲気がすごくよかった。水の底って、ああいうかんじなのね」

ライラは水族館からの帰り道、ライラは少し興奮気味に話してくれた。やっぱり彼女からしてみたら水族館は中々新鮮だったらしい。まあ、そうだよね。普通、人間は水の底の景色なんて見られないわけだし。アクリル板越しとはいえ、あんな間近に魚を見られることだって、まず無いんだし。

「僕としても水の中の光景はなんだか新鮮だったなあ」

「あはは。あんたは森だもんね」

うん。そうなんだよ。僕が海の精霊とかも兼任していたら、水の中の景色も見放題描き放題だったのだけれど、残念ながら僕は森っていうだけなので。いや、それにしたって、馬や鳥や兎や鹿や、色んな生き物を間近に見て描けるわけだし、大分恵まれてるんだけどさ。

「ありがとね。連れてきてくれて」

「ううん。僕としても、描く仲間と一緒にここに来たかったんだ」

ライラがお礼を言ってくれるけれど、お礼を言いたいのは僕の方だ。

「やっぱり、絵を描く仲間と一緒にこういうところに来ると楽しいな。意見交換もできるし、同じものを見て『描きたい!』ってなれるのはすごく幸せなことだと思う」

水の底の光の表現に相応しい画法はどれか。常に動き続ける水の歪みをどう描けばいいか。魚の鱗はどこまでデフォルメして描くべきか。水の底の石にはどんな特徴があるか。

そういうことって、多分、ライラとぐらいしか話すことができない。予備校の人達とも話せば話せるのかもしれないけれど、まだ、そちらとはそこまで仲がいいわけではないし……。

「それだったら、それこそさっきのエガキ・トモミさんあたりと一緒に来ればよかったんじゃないん?」

「いや、重垣さんは多分、僕に付き合って数時間同じ水槽の前でデッサンする、みたいなことはしてくれないと思う……」

「え、あ、そうなの?」

ライラは不思議がるけれど、多分、そう。……僕だって、自分が他の美術部員の人達とはまた違った具合に絵を描くのが大好き、っていう自覚はあるんだよ。他の人達は僕みたいには絵を描くのが好きじゃない、というか。水族館は水族館で楽しみたいと思うので……。

「だから、ライラと来られてよかった。すごく楽しかった!あと、たくさん描けた!」

ということで、僕としてはライラと水族館に来て大成功。すごく充実した一日でした。

「……そう?ま、それならいいんだけどさ。もし楽しかったっていうなら、また誘ってよ。あんたに付き合うの、私もちょっと楽しいから」

ライラもそう言ってくれているし……今度は植物園とかどうだろう。こっちの世界の植物を描くのも楽しいかもしれないよね。

……考えていたらわくわくしてきた。

同じ趣味の仲間がいるって、いいなあ。

「ちなみに、私以外の人達もこっちの世界、来てるじゃない。その時はどうだったの?あんまり描いてなかったわけ?」

「ええとね……フェイと動物園に行った時には絵の感覚よりもっと別の感性が磨かれた気がした」

「ええー……何よそれ、気になるわね……」

「あと、動物に興奮するフェイを描きたくなる」

「あっ、それはちょっと想像つくわ」

……今度は皆で来て、異世界旅行を楽しむ皆を僕とライラで描く、っていうのも楽しいかもしれないね。

そうして先生の家に到着した僕らは、まあ、特にやることも無いので向こうの世界へ帰る。

「ねえ、トウゴ。あんた明日の予定は何かある?」

そこでライラに聞かれて、ちょっと考えて……。

「カフェのマスターに魔王をお届けする仕事があるけれど、それ以外は特に無いよ」

「あ、そういやそういう約束、してたわね……」

うん。忘れちゃいけない。カフェのマスターは割としょっちゅう、鍋だのフライパンだのオーブンだのを焦がす人らしいので……。

「……ええとさ。じゃあ、それが終わってからでいいわ。ちょっと付き合ってよ」

「うん。いいよ。ところで、何に?」

ライラが僕にこういうことを言ってくるのは珍しくない。つまり……。

「今日見たもの、スケッチだけで満足できるわけないでしょ!描くのよ!」

こういうこと。うんうん。僕もそうしたいって思ってた!