軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話:さよなら絵に描いたような世界*3

描いた。描いて、描いて……ひたすら描いた。

1人1人を描いたし、皆揃った絵も描いたし。風景画も、静物画も、たくさん。

フェイを描く時は、夕暮れのレッドガルドの街並みを背景に。ラオクレスは朝陽が強く差し込む冬の森で。カーネリアちゃんは琥珀の池で。クロアさんはクロアさんの自宅で。リアンは冬の王都の裏通りで。アンジェは妖精の国の花畑で。ラージュ姫は王城の中庭で。あと、ルギュロスさんは夜の雪景色の森の中で。(ルギュロスさんからは寒いと不評だった。ごめん。)

……他にも、マーセンさんとインターリアさんご夫妻をソレイラの町の中で描かせてもらったり、牢屋の中のアージェントさんをたんぽぽに囲まれた状態で描かせてもらったり(牢屋がたんぽぽだらけになった。ラージュ姫の許可は貰ってるのでオーケー。)、妖精カフェに妖精おやつ券を使いに偶々来ていたルスターさんをその場で描かせてもらったり、喋る花を描いたり、鳥を描いたり馬を描いたり、骨の騎士団の演習の様子を描いたり……。

更に、鳳凰と鸞とフェニックスがふくふく集まって暖を取り合っているのを描いたら単なる毛玉みたいになってしまったり。管狐がクロアさんの襟巻きになっている様子を、ちょっと気取った表情のクロアさんとともに描いてみたり。魔王が鳥に乗って勇ましくちょっぴりキリリとしている様子を描いたり。……龍を描きにいったらいつもの如く虐められてお腹の中がそわそわむずむずするような状態のままにされてしまったり……。

……その途中で、1枚、先生の絵も描いた。棺に入っている先生が、静かに寝ている絵。……生きているようには、描けなかった。そもそも、なんとなく、こんな気はしてたんだよ。先生を描いても取り戻せないのは、何となく、分かってた。

……僕は、人間を描けない。見本無しには人間を描けない。

この世界に来てずっと思っていたそれは、多分、先生を描けないっていうこと、だったんだろうなあ、と、思う。取り戻せない予感があったから、描けなかった。或いは、それがこの世界の……先生が創り出した世界の、決まり事みたいなもの、なんじゃないかな。多分ね。

まだ、あまり先生についてはじっくり考えられない。考えると、胸の奥が締め付けられるみたいに苦しい。だから、これ以上はあまり考えないようにした。

まあ、とにかくそういう風にひたすら描いて描いて描いて……でも、どこかでは終わりにしなきゃいけない。

描きたい気持ちは無限大。でも、時間は有限で、この世界が崩れてしまうのは、今の僕にとって何よりも嫌なことだから。

そういう訳で、僕らは今、封印の地の棺の前に居る。

のだけれど……。

「なんか既視感があるんだけれど……あっ、僕が魔王を縮めた後のあれだ!」

「あー、あの時もレネがお前に花飾ってたもんなあ」

今、レネがせっせと、棺の中に柔らかい花弁を敷き詰めているところ。『トウゴの寝心地が悪かったらかわいそうです!』とのことだったので、まあ、ありがたく、寝心地を良くしてもらっている。うん……。

「レネ、あんまり詰めすぎるとトウゴが入る隙間、無くなっちゃうわよ。この大きい花はトウゴが入ってから飾る方がいいんじゃない?」

「しー!すうぇーちぇ、じー、りろーら!」

……着々と花で飾られていく棺に、若干の不安を覚えないでもない。いや、なんかこう、僕が入る隙間はちゃんと担保されてるんだろうか、とか、先生は棺に入りっぱなしなので先生がやたらと可愛くされていないだろうか、とか……。

心配だなあ、と思いつつもなんだかおもしろいなあ、と思って、わくわくとそわそわの混ざったような、そこにちょっと寂しさを振りかけたような、そういう気分で僕はレネとライラの作業を待つ。

「トウゴ!さあ、お茶をどうぞ!美味しく淹れられたと思うわ!」

「ありがとう」

待つ傍ら、カーネリアちゃんからティーカップを渡された。ほこり、と湯気を立てるお茶は、綺麗な琥珀色だ。

「それからね、お手紙書いたの。もしよかったら、後で読んで頂戴ね」

更に、カーネリアちゃんはそう言うと、手紙が入っているらしい上品で可愛い封筒を、棺の中に入れ始めた。

「リアンとアンジェの分もあるのよ!3人分、読んでね!」

「うん。分かった」

カーネリアちゃんが更に、可愛くてふわふわした色合いの封筒と、飾り気のない薄い水色の封筒を取り出すと、それも棺に詰め始めた。

「……トウゴ」

カーネリアちゃんがせっせと棺の中に封筒を詰めているのを眺めつつ、リアンがそっと、寄ってきた。

「その、元気でな」

「うん。リアンもね」

「……ん」

リアンは言葉少なにやりとりをして、それから、アンジェの手を引いてやってきた。アンジェは今日は妖精の女王様業をお休みしてくれている。妖精達も全員ありとあらゆる仕事をお休みして見送りに来てくれた。国が丸ごと休業日、らしいよ。……妖精の国は、ええと、こう、こういう柔軟さがいいと思うよ。

「トウゴおにいちゃん、おわかれするの、やだよ……」

「そっか。ありがとう」

アンジェはべそをかきながら僕の服の裾を引っ張って俯いている。こういうのを見ると、ああ、申し訳ないなあ、という気持ちになると同時に、なんだか嬉しくもある。別れを寂しく思ってもらえるくらいに、大切に思ってもらえていたんだなあ、と。

「妖精の国、よろしくね。それから、できればレッドガルドの森も」

「任せろよ。妖精の国はアンジェがきっと上手くやるし……森の方は、俺も、カーネリアも、他の皆だって居るし」

「うん。安心できるね」

リアンはそっぽを向きながら、何か言おうとして、やめて……そして。

「……トウゴにいちゃん、ありがとな」

……そう、呼んだ。

「いや、やっぱ、変なかんじだよな。うん。トウゴはトウゴだ……」

「えー」

そして、一瞬でこれだよ。いいよいいよ、どうせ僕は兄ちゃんってガラじゃないよ……。

「ああ、そうだ。リアン。君に僕のふわふわ預けたいんだけれど」

「は?」

「ほら、これ」

それから、忘れないうちに……リアンには、白いふわふわを預けることにした。ふわふわは僕の懐から飛び出していって、リアンをくるんと巻いて、ふわふわ。……まあ、このふわふわは気のいい奴だから、リアンの手伝いをしてくれると思うんだよ。寒かったらアンジェやカーネリアちゃんと一緒に包まってふわふわすればいいし。

「……本当にトウゴ、居なくなるんだな」

「うん」

ふわふわをちょっと撫でながら、リアンがちょっと寂しそうに、そう言った。

そうだね。僕も、じわじわ実感してきているところだよ。この世界からいなくなるところなんだな、って。

「ええと、入り方ってこれでいいんだろうか……」

それからいよいよ、僕は棺の中に入ってみる。

寄せてある先生の横、花がたっぷりの中に体を横たえるのって、なんか、こう……変なかんじだ。

「あーあ。トウゴ君をこういう風に飾りたくなんて、なかったわね」

先生の横にそろり、と入ってみた僕の髪に、クロアさんが何かの花を飾った。

「どうせ飾るなら、結婚式とか、そういうおめでたいことであなたを飾りたかったわ」

寂しげにそう言って、クロアさんが僕の頭をそっと撫でる。壊れ物を撫でるみたいな手つきで、なんだか、撫でられてちょっと寂しくなった。

「……ね、トウゴ君。あなた、私に色んな事、教えてくれたわね」

それから、クロアさんはふと、そう言った。

「木漏れ日の温かさも、花の美しさも。あなたが教えてくれたことだわ」

クロアさんの言葉を聞きながら、クロアさんと出会った頃のことを思い出す。彼女が森っぽくなっていく過程。その前の、心が餌不足ですっかり死んでいた時の彼女の様子。……あの頃から比べると、クロアさん、随分変わったなあ、と、思う。

「私を生き返らせてくれてありがとう、トウゴ君」

「……どういたしま……えっ」

クロアさんにお礼を言われて、また頭を撫でられて、それから……クロアさんの目が、ふるん、と震えて、瑞々しい果物みたいに潤んで……するっ、と一滴、涙が落ちてきたものだから、ものすごく驚いてしまった。

「あら……やだ、私ったら」

クロアさんは一拍遅れてから涙に気づいて、困ったような顔で笑って、慌てて涙を拭きとった。ぱちぱち、と数度瞬きして、それで、もう元通り、完璧な笑顔のクロアさん。

……こういう風に完璧な笑顔を浮かべられる人が涙を零したことが結構衝撃的で、なんだか、僕までつられそうになってしまう。でも、最後の最後にそんなところは見せられないので……。

「そうだ。ねえ、クロアさん。これ」

寂しさを紛らわすついでに、ちゃんと用件。忘れてた、忘れてた。

僕はクロアさんの手に、管狐が入った宝石を乗せる。すると、ぽん、と管狐が出てきて、不思議そうに僕の手の上に座る。でも……ええと、僕の世界に管狐を連れていくわけにはいかないから。

「管狐はクロアさんに預けたいのだけれど、いいだろうか。襟巻きとしても諜報員としても、きっと役に立つよ」

そうお願いしてみると、クロアさんはきょとん、として、それから、ちょっと寂し気に、でも、とびきり綺麗に笑って頷いてくれた。

「ええ。分かったわ。お預かりしておきます。丁度寒いから、襟巻きさんが居てくれると助かるわ」

クロアさんが、ね、と話しかけながら管狐をつつくと、管狐は困惑しながらも、でも、やがて僕の鼻の頭を尻尾でふさふさと撫でて、それから、クロアさんの腕と肩を登っていって、やがて襟巻きみたいにくるりと巻き付いて落ち着いた。

「それから、がしゃどくろ達はラオクレスに預けたいんだけれど、いいだろうか……」

「俺でいいのか」

「うん。森の騎士団の団長さんにお預けします」

がしゃどくろ達の宝石をラオクレスの手に乗せる。骨の騎士団達はラオクレスとも仲がいいし、特に問題は無いだろう。

「……また、戻ってくるか」

「え?」

後は鳳凰だなあ、と考えていたら、ラオクレスが急にそう、話しかけてきた。

「トウゴ。お前はまた、この世界に戻ってくるか?」

……また、この世界に。

帰りっぱなしじゃ、なくて……そういうことができたら、きっと、すごく幸せだろうな、と、思うけれど……。

「できたら、また戻ってくるよ」

そんなことできるんだろうか、とは、考えないことにした。ただ、『できたら』戻ってきたい。僕は、この世界とこの世界に住む皆が大好き。それだけ。

「……一度ならず二度までも、主を失うことになるとはな」

ラオクレスは僕を見てすごく複雑そうな顔をしていた。ああ、そうか。僕、彼にまた嫌な思いをさせているなあ……。

「だが、俺は幸福だ。嘘偽りなく、そう思っている」

「……そう?」

「ああ」

けれどラオクレスは目を閉じて、それから目を開いて寂しげな笑顔を浮かべて、僕の頭を撫でた。

「達者で暮らせ。そして、いつか戻ってこい」

「うん」

いつか。……それが、いつになるか分からないけれど。何なら、その『いつか』は永遠に来ないかもしれないけれど。

でも、戻ってきたい、なあ。いつか。

「鳳凰はライラに任せたいんだけれど、いい?」

「いいけれど……うん。そうね。預かるわ。よろしくね、鳳凰」

そして鳳凰はライラに任せる。ライラは移動手段になる召喚獣を持っていなかったから、きっと丁度いいと思う。

……それから。

「あと、龍と鳥と魔王もライラに任せる」

「は?何て?」

「龍と鳥と魔王もお願い。あ、あとルギュロスさんも引き続きよろしく」

まあ、こちらもライラにお願いしようかな、と。

「ちょ、じょ、冗談じゃないわよ!なんだってそんな……荷が重いわよっ!」

「いや、でも、彼らをどうにかできるのは多分、君しかいないので……」

ライラは表情を引き攣らせていたけれど、でも、うん、よろしく……。

龍はライラのことを気に入っているみたいだからきっと龍との対話役にはライラが丁度いいし、鳥も何となく、フェイやクロアさんに怒られても素知らぬ顔をしているけれど、ライラだったらちょっとは言うことを聞きそうだし、魔王は僕とライラの合作な訳だし。うん。丁度いいと思う。ルギュロスさんはまあ、ルギュロスさんだしさ。ね。

「ええと、あと、画材。水彩絵の具とか魔石絵の具とか、一通り整頓して僕の部屋に置いてあるから、好きなの持って行って自由に使ってほしい。本物の空の色とかもあるよ」

「わあい、やった。じゃあありがたく……魔王とか鳥さんとか龍とかで迷惑掛けられる分だと思って遠慮なく使わせてもらうから」

「うん。よろしくお願いします」

柔らかい棘にちょっとツンツンつつかれるような感触の言葉を聞いて、ああ、ライラだなあ、と思う。ライラのこのかんじ、落ち着くんだけれどな。もう聞けないのか。……寂しいなあ。

「……あんたさあ」

「うん」

僕が勝手に寂しくなっていたら、ライラもちょっと寂し気な顔をする。

「また、絵、描きに来なさいよね。それで、ふわふわぽやぽや過ごせばいいじゃない。描いた絵、添削し合ってさ。ほら、私、あんたの他に、絵描きの知り合い、居ないし……困るのよ、あんたが居ないと」

「……うん」

ライラとの言葉はライラらしい。つんつんしていて、どこまでもあったかくて、頼もしくて。あと、綺麗だ。すごく。

「だから、ラオクレスの言う通り、帰ってくるのよ。ね?」

「うん。できたら、帰ってくるよ。絶対に」

「あんたが帰ってくるまでにもうちょっと絵の腕、上げとくから。まあ、あんたも頑張ってね」

「楽しみにしてる」

ライラはひらひら、と軽く手を振って、背中を向けてさっさと離れていってしまった。格好いいなあ、ライラ。

また次に会うことができたら……その時はきっと、楽しいだろうな。そう考えるのは楽しくて、思い出すとちょっと寂しい。そんなかんじだ。

「ええと……ラージュ姫、これからもどうか、森と仲良くやっていってくれると、嬉しいです」

「勿論。勿論です。父が愚かなことをしようとしたら、全力で止めてみせます」

次にラージュ姫が来てくれて、彼女は僕の手を、ぎゅ、と握ってくれた。

「……この国はあなたのお力で、随分と変わりました」

「うん。ごめんなさい……」

そうだね。大分、変えてしまった。……それが良かったことなのか悪かったことなのかは、分からない。

本来、この世界には僕が居なかったんだろうから、だとしたら、僕が本来の姿からこの世界を捻じ曲げてしまった、っていうことになる。

……けれど。

「いいえ。これでよかったのです。どうか、謝らないで。あなたが変えて下さった世界は、こんなにも美しいのですから」

ラージュ姫がそう、言ってくれるので。僕はそれに、甘えようと思う。

この世界に関わってしまったことで、色々なものが変わったと思うけれど……良くはなくても悪いことじゃなかったって、思わせてもらおう。

「アージェントの牢の素晴らしさを讃える声は、城の兵士達からも聞こえてきます。『この発想は無かった』と!」

「……それは、好評なんでしょうか」

「ええ、勿論!現在、城の地下牢を全てピンク色に塗り替える案を会議に通そうとしているところですよ!」

そ、そっか……。ええと、僕が変えてしまったもの、本当に、よかった、だろうか……?悪くなかった、だ、ろう、か……?

……ごめん、アージェントさん。どうか、たんぽぽと一緒にピンクの地下牢で、健やかに過ごしてください……。

「ええと、ルギュロスさん、どうか、お元気で」

レネの後にちょっと近づいてきたルギュロスさんにそう言ってみたところ、彼は僕を鼻で笑って、軽く手を叩くようにして、ごく短い握手をした。

「まあ、報酬は既に得ているからな。私としては文句はない。お前の能力は非常に有用だからな、そういった意味で、お前を失うのは中々惜しいが」

「そっか」

ルギュロスさんの損得勘定は、なんというか、聞いていて安心する。これが彼の持ち味なんだよね。

「そういう訳だ。まあ、戻って来たらまた私に利を齎せ」

「あ、はい」

ルギュロスさんとの別れはあっさりしたもので、これで終わり。まあ……こういう人が混ざってくれていた方が、なんとなくいいなあ。

「そうだ。アージェントさんにもよろしくお伝えください」

「承った。精々、伯父上が歯ぎしりする様でも楽しませてもらうことにしよう。土産にあの喋る妙な花の鉢植えでも持っていくか」

……まあ、それはそれでいいかな。うん。ルギュロスさんは楽しそうだし。

うん。彼は何の心配もない。非常に安心できて、とてもいい……。

「とうご」

続けて近づいてきたレネが……ちゅ、と僕に口付けてきた。そして、僕の髪の花を崩さないようにしながら、僕の頭に翻訳機を乗っけて……スケッチブックに書いた文字を見せてくれた。

『トウゴは夜の国を救ってくれました。魔王も救ってくれました。みんなを救ってくれて、なのに、トウゴを救えなくてごめんなさい。』

「そんなことないのに」

泣きそうなレネの顔を見て、それからスケッチブックの文字を見て、僕は慌ててスケッチブックを受け取って文字を書く。

『そんなことない。僕も、皆に救われてきました。ずっと。それに、これからも。』

きっと、レネが思っているよりずっと、僕はレネや他の皆に救われてきた。何度も助けてもらって、支えてもらって、傷を癒してもらって、それでなんとか、生きてきた。

『本当にありがとう。僕はレネに会えて、本当によかったです。』

そう書いて見せると、レネは、きゅ、と唇を引き結んで、僕からスケッチブックを受け取って……それから、文字を書いた。

『ずっと大好きです。トウゴ、どうか元気でね。』

うん。僕も、大好きだ。皆と過ごしたことは、僕にとって決して無駄なことじゃなかった。救われて、育てられて……それで、随分と幸せに過ごさせてもらった。

「……ふりゃ」

僕と握手して、レネは泣きそうな笑顔を浮かべた。

レネの手はちょっとひんやりしていて、でも、それってつまり、僕の手で暖を取ってくれるっていうことなので。

最後になってしまうから、どうかたっぷり暖を取ってね、という気持ちで、僕はしっかり、レネの手を握った。

「よし!俺の番だ!トウゴー!」

そしてレネが場所を譲ったと思ったら……フェイがやってきた。棺の中に既に横たわっていた僕をぐいっと引っ張って起こして、ぎゅっ、とやってきた。

「……元気でな、親友」

「うん。そっちも元気でね、親友」

僕らの挨拶は、これだけ。

この世界に来て最初に会った人で、僕の初めての親友。別れてしまうのはとても悲しいのだけれど、でも、フェイなら、別れた後も元気に格好良く生きていてくれるって思えるので。

だから……フェイは大丈夫。フェイが大丈夫だから、僕も大丈夫。そんなかんじ。

さて。

こうして僕は皆に見送られて、棺の中に横たわった。

先生と一緒に詰まっているので、まあ、狭い。先生は横向きにして端っこに寄せてあって、先生と向かい合うみたいな形で僕も横向きに寝るのだけれど……狭いなあ、これ!

それでもなんとか隙間にぎゅっと収まって、敷き詰められた布や花の柔らかさが結構心地よくて、まおんまおんと鳴きながら魔王が僕らの隙間に更に詰まろうとして来たのはライラに回収してもらって、魔王が出た隙間に入ろうとした鳥の子達もライラに回収してもらって、横からくちばしを突っ込んできた鳥もライラに回収してもらって、龍が覗きに来たのもライラに回収してもらって……早速ごめんね、ライラ!よろしく!ごめん!本当にごめん!

「……ええと、じゃあ、さようなら」

ひら、と手を振って、さあ、いよいよだ、と思って、ぎゅ、と目を閉じて……。

……うん。

何も、起きない!

「あの、ちょっと、トウゴ君。本当にこれでいいのかしら?」

「いや、あの、戻れないとちょっとまずいんだけれど……」

何も起きないのはちょっと困る!色々とお別れの挨拶を済ませて、ちゃんと元の世界に戻らなきゃいけないぞ、っていうところで、これは困るよ!

「えーと、あー……蓋、閉めてみるかぁ?」

「それだ!それだよ、フェイ!」

けれど慌てかけた僕らにフェイがそう提案してくれたため、とりあえず落ち着く。

「そうだそうだ、先生だって蓋の内側に文字を書いておいたんだから、つまりそれって蓋を閉じて完全に中に入らなきゃいけないってことだよね……」

「しっかりしなさいよぉ、トウゴぉー……」

はい。ごめんなさい。しっかりします。いや、でもしっかりしようと思ってしっかりできるんなら誰も苦労はしないんだよ……。

……と、まあ、なんだか締まらないかんじになりつつ、ラオクレスがよっこいしょ、と蓋を持ち上げて僕の棺の上に乗せてくれて……。

それで、僕は今度こそ、目を閉じた。

石同士の擦れる重い音が聞こえて、瞼越しに感じる光が細く弱くなっていって……。

ごとん。

完全に蓋が閉まって、真っ暗になった。

これでよかったのかなあ、本当に元の世界に帰れるんだろうか、と心配になりつつ、しばらくそのままじっと待つ。

花弁越しに、石の冷たさがじんわり体に染み渡ってくる。音は一つも聞こえない。

静かだ。

棺の中って、とても、静かだ。

静かで、暗くて、冷たくて、時間がゆっくりゆっくり、流れていって……そして。

「楽しかったかい、トーゴ」

急に、そんな声が耳元で聞こえて、はっとして目を開けた。

目を開けても真っ暗な中では何も見えないのだけれど、でも。

「……先生?」

向かい合って棺に詰まっている先生の、微かな息遣いも、微かな鼓動も。触れている部分の体温だって、分かる。

どうして、という気持ちと一緒に、もっと色々なものが一気に膨れ上がって、何も分からなくなってしまう。

そうしている間に、もそ、と先生の腕が動いて、もさ、もさ、と僕の頭を撫でた。

……それで、もう、駄目だった。なんとか溢れないように押し込めて耐えていたものが、零れてきてしまった。

先生が小さく笑う気配があって、それからまた、もさ、もさ、と僕の頭を先生の手が往復する。

僕はしばらくそのまま先生に撫でられていて、そうやってようやく落ち着いて、僕はやっと、言えた。

「……楽しかったよ。すごく、楽しかった!」

楽しかった。

心の底から、そう言える。

別れは辛くて悲しいけれど、それでも、ならば出会わなければよかった、なんて、思わない。

……楽しくて、幸福だった。

「そうかい。それはよかった!」

先生は僕の拙い感想にもきっと満面の笑みを浮かべていて、それから……こう、言った。

「じゃあ……おやすみ、で、おはよう、だ。トーゴ。……どうか、いい夢を!」