軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話:依頼と雷*9

小さい女の子が居る。蜂蜜漬けのオレンジみたいな子だ。

ドレスの裾がフワフワしていて、その目は好奇心にキラキラしていた。

そんな子に、「あなた誰?」と聞かれている。……僕としては、この子が誰なのかを先に聞きたいくらいなのだけれど……。

「……僕は上空桐吾。お客様……なのかな?ええと、ここの人と契約して、この部屋に来たんだけれど……」

女の子の目の高さに合わせて屈みながらそう答えると、女の子はパッと表情を明るくした。

「そうなの……?じゃあ……すごい!」

そして女の子はぴょん、と飛び跳ねて……それから『こんなはしゃぎ方は行儀が悪い』と自分で気づいた、みたいな顔をして、そそくさとドレスの裾を直して改まった。ちょっとおしゃまな子らしい。

そしてその子は、改めて、聞いてくる。

「ね、ねえ。あなたはサントスお兄様の召喚獣?」

……あれ?

「いや、違うよ?」

「そうなの?じゃあ、お父様の?『契約』はしたんでしょう?」

……あれ?何か、何か……すごい齟齬が発生している。

「あの……僕は、召喚獣を召喚する人、であって、召喚獣、ではないよ」

「ごめんなさい!私、あなたのこと、フェアリーか何かだと思っちゃったの!ごめんなさい!」

そして女の子は大慌てしながらそう言って必死に謝っていた。

「いいよ。怒ってないよ」

多分、この子にとって『お客様』というのは、『召喚獣として契約する前の生き物』ぐらいの意味だったんだろう。もしかしたら、前にもこの部屋で生き物の召喚を行った事があったのかもしれない。

「失礼なことを言ってしまったわ……」

女の子はすっかりしょげてしまって、見ていてかわいそうなくらいだ。うーん……小さい子にこういう顔をさせておくのは、ちょっと。

「……そんなに僕、その、『フェアリー』に似てるの?」

なので、少し気を逸らそうと、話を振ってみる。

「ええ。あなた、図鑑に載ってるフェアリーにそっくりなの。……本当にフェアリーじゃないの?人間?」

「うん。人間」

「そうなの?でも、あなたみたいな雰囲気の人、初めて見るわ。やっぱりフェアリーみたい」

……その『フェアリー』って、一体どういう生き物なんだろうか。全然想像ができない。

それから少しして、女の子はハッとしたように顔を上げた。

「そういえば私、あなたのお名前を聞いたのに、こちらは名乗るのを忘れていたわ!」

うん、そうだね。

彼女はいそいそとドレスの裾をつまんで、ぺこり、とお辞儀をした。

「私、カーネリア・リリ・ジオレンです!」

にっこり笑って顔を上げた彼女の頭の上で、大きなリボンがふわふわ揺れた。

「ジオレン?ジオレン家の令嬢か」

僕より先に、ラオクレスが女の子に質問する。うん、苗字を聞く限り、そうなんだけれど……。

「そうよ。私、ジオレン家の娘だわ!今年で9歳よ!」

そっか。こんなに小さい妹さんが居たのか。サントスさんの方はどう見ても僕よりは年上に見える。多分、19歳か20歳くらいじゃないかな。多分。……ということは、10歳くらい離れた妹さん、なのか。

……色味は確かに、似通っているところはある。この子の方が全体的に薄くて鮮やかな色味だけれど。

けれど、顔立ちはそれほど似ていない、ような気がする。この子の、金柑の甘露煮みたいなぱっちりした目も、さらりとした蜂蜜色の髪も、お父さんともお兄さんとも似ていない。

「そっか。サントスさん、妹さんが居たんだ」

「ええ!表向きは妹ってことになってるわ!血は普通のきょうだいの半分しか繋がってないけれど!」

……えっ。

一瞬、すごく重い話が出てきた気がしたけれど、カーネリアちゃんは特に気にした様子もなくニコニコしているので、僕も気にしないでおこう。

「どうぞよろしくね!妖精みたいなお兄様!」

それからカーネリアちゃんはそう言ってニコニコしているのだけれど……なんだか、すごい呼び名を付けられてしまった。妖精、みたいな、お兄様、って……。

「あの、トウゴ、でいいよ。皆そう呼ぶから」

「そう?なら、トウゴお兄様。よろしくね!」

そういえば、この世界に来てからは一度も『上空』の方で呼ばれていないな、と気づく。

……主にフェイのせい、というか、フェイのおかげ、というか、まあ。彼は最初から僕のことをトウゴと呼んできたので。

「ねえ、トウゴお兄様。少しお話相手になってくださらない?私、あんまりお話する相手が居ないものだから、トウゴお兄様みたいなお客様が居たら見逃さないの!」

「……あの、カーネリアちゃん。その『お兄様』っていう呼び方は……ちょっと落ち着かないんだけれど」

さて、カーネリアちゃんは目を輝かせながらそう言ってきたのだけれど、僕はちょっと、まだ気になるのでストップをかける。

だって、『お兄様』って。……そうそう呼ばれないよね、これ。『妖精みたいな』が外れればいいってもんじゃない、と思う。

……でも、カーネリアちゃんは少しばつの悪そうな顔をして、言った。

「そう?気になるならやめるわ。トウゴ、ね。分かったわ。……こういう呼び方、初めて。私、年上の男の人は皆、『お兄様』か『おじ様』って呼ぶことにしてるの。そうすればサントスお兄様が『本当のお兄様』かどうかなんて気にならなくなるわ」

……うん。

やっぱりそれ、重い話になる?

重い話にはならなかった。彼女も『望まない相手にこういう話はあまりするべきじゃない』くらいの認識があるらしい。けれど、本人は至って気にしていない様子なので……うーん、複雑な家庭環境なんだろうな、としか言えない。

僕としても、初対面の9歳の女の子にそんなことは聞きにくいので、今は聞かない。

「ねえ、トウゴ。私、もう少しここに居てもいいかしら?」

「君のお父さんやお兄さんが気にしなければ。僕は構わないけれど」

「そう!ならよかった!ああ、お父様やサントスお兄様は、私がどこに居ても気にしないと思うわ。私、放っておかれてるもの。……私のこと気にするのは、この家ではインターリアぐらいだわ」

カーネリアちゃんはそう言って、少し寂しそうな顔をした。

……そういえば、インターリアさんは玄関に入る時、『私はカーネリア様の護衛です』って言っていた。そうか。インターリアさんは、この子の護衛をやっているのか。

ということは……うん、多分、今回、ラオクレスの顔を見てラオクレスの事を覚えていたジオレン家の領主の人が、『なら、元々雇っていた中に元同僚が居たはずだからそいつを人質にしよう』っていうことにしたのかな。

だとしたら運が悪かった、というか、良かった、というか……。うん。

……それからカーネリアちゃんは、他愛もない話をして去っていった。

彼女は話し相手が居て楽しかったらしい。『また来てもいい?』と聞いてきたので、いいよ、と返した。

すると『次に来るときは私の宝物を持ってくるわ!見せてあげる!』と言って、随分と嬉しそうに去っていった。

彼女が楽しんでくれたようだったので、僕も少し、嬉しく思った。

「……彼女のことだが」

「うん」

そしてカーネリアちゃんが去った後の地下室で、僕とラオクレスはまた画用紙を出す。絵の準備を始めないといけない。

「恐らくは不義の子だな」

「そっか」

ラオクレスはそう言って、小さくため息を吐いた。

不義の子。意味は分かる。要は、正妻の子じゃない、っていうことだろう。多分。だから、サントスさんとは『普通のきょうだいの半分しか血が繋がっていない』んじゃないかな。

「だから放っておかれているのだろう。何か用ができたとしても精々、政略結婚の道具としての用だ」

「……そっか」

彼女が少しだけ寂しそうな顔をしたのは、そういうことだったんだろうか。他所の家の事情に首を突っ込むのもどうかとは思うけれど……なんとなく、僕も寂しくなる。

「俺は、この家の事情が気になっている」

あまり他所の家に首を突っ込むべきではないかな、と思っていた矢先だったので、ラオクレスの言葉に少し驚く。

……けれど、その後に続いた彼の言葉を聞いて、納得した。

「連中はあまりにも急ぎ過ぎている」

うん。そうだ。

確かに、『急ぎ過ぎている』よなあ、と、思う。

レッドガルド家に強盗みたいに押しかけてきたし。そんなことしなくても、と、思う。うん。流石にもうちょっとやりようはあったんじゃないだろうか、と。

「そして今も、監視はほとんど無い。強いて言うなら、カーネリア・リリ・ジオレンが唯一の監視だが……あれは監視ではないだろうな」

「うん」

カーネリアちゃんが僕らを監視している、とは到底思えない。あれで監視役だったら、相当な役者だと思う。女優さんになれるよ。

「……お前を攫おうとしたことといい、何か引っかかる」

「そうだね。余程、急ぎの用事があったのかな」

すぐにでもレッドドラゴンが必要だった?何のために?

うーん……考えても分からない。分からなくてもいいのかもしれない。けれど、少し気になるのは確かだった。

その日、僕は画用紙の水張りだけ終わらせた。

本当なら下描きを終わらせてから水張りをしたかったんだけれど、今回はまだ、何を描くか決めていない。だから、先に画用紙の準備だけ終わらせてしまうことにした。

「問題は、何を描くか、なんだけれど……」

「レッドドラゴン以外のものを描くのだったな」

「うん」

レッドドラゴン以外、というところだけは決めている。うん。レッドドラゴンはフェイのものだ。ラオクレスにはあまり似合わない気がするし、サントスさんにはもっと似合わない。

「……何にしようかな」

そもそも僕は、この世界にどんな生き物が居るのかをよく知らない。

僕の世界で『架空の生き物』とされていた生き物はいくらか知っているけれど、それだけだ。だから余計に、何を描いていいか、とっかかりが無くて困っている。

「実物を見て描けるのが一番いいんだけれど」

「その実物が無いから描くのだろうが」

うん。困った。

せめて、『どんな生き物が居るのか』を知ることができればいいんだけれど。

悩んでいた時だった。

「……おい、来るぞ」

ラオクレスがそう囁いたのを聞いて、僕は動く。

扉の向こうから、足音が聞こえてきていた。カーネリアちゃんの軽い足音じゃない。もっと重くて、大股に近づいてくる音だ。僕は水張りした画用紙をベッドの下に隠した。

それから、扉が開く前に部屋の真ん中へ移動して、そこで体育座りをして待つ。

……そして扉が開いた時、そこに居たサントスさんは体育座りをしている僕を見て訝しんでいた。

「……何をしているんだ?それは何の儀式だ?」

「儀式じゃなくて、単に座ってました」

座る以外の事は何もしていなかったので堂々と答えたら、それ以上は聞かないことにしてくれたらしい。特に何も言われなかった。よかった。

「ま、まあ、何をしていても構わないが……契約通り、召喚は行ってもらうからな。ところで、召喚までにはどれくらいかかる?」

サントスさんはそう言いながら、苛々した様子を見せた。こちらの準備が全然進んでいないことに焦っているのかもしれない。

「何か用事があるんですか?」

「質問しているのはこちらだ。答えろ」

これはやっぱり何かあるんだろうなあ、と思いながら、僕は少し考えて、答える。

「うーん……あと3日くらい貰います」

すると、サントスさんは……明らかに驚いた顔をした。

「……始めに聞いた時も思ったが、そんなに早いものなのか?」

あ、3日って、早いんだ。これはまずかったかな。

「準備は進めているので」

「そうだったか……いや、ならいいんだ」

ちゃんと理由を説明したら、サントスさんは納得してくれた。

……うん、準備はしている。水張りとか。だから嘘は吐いていない。

「それで、何か用事があるんですか?」

「それは……」

さて、彼の質問に答えたんだから、今度は彼が質問に答える番だ。僕は改めて聞いてみる。

「……来月、王城でパーティがあるだろう」

知らない。

「そこに僕も招かれている。当然、そこでの評価はジオレン家の評価へと繋がる」

そうなんだ。

「……そういう理由だ」

「全然分からない」

分からないものは分からないので正直に言ってみたら、『察しの悪い奴め!』と怒られてしまった。

でも何かまだ絶対に隠している気がする。うん。

その日は画用紙が乾かないことにはどうしようもないので、作業はここまで。

いくらかメモ用紙に『どんな生き物を出そうか』という空想を描き起こしてはみたけれど、今一つしっくりこない。

……そうこうしている間に食事の時間になって呼ばれて、僕らは食堂で食事をご馳走になった。貴族の家のご飯はどこも美味しい。

ただ……食卓に、サントスさんも領主の人も、それからサントスさんのお母さんらしい綺麗な女性も居るのに、カーネリアちゃんは居なかったのが、気になった。

その日の夜。

「……進まないなら寝ろ」

「うーん……まだ早くないかな」

ラオクレスに呆れられながら、僕はメモ用紙に向かい合っていた。

『何を描くか』が全然決まらない。これはまずい。

ラオクレスにぴったりな生き物を描かなきゃいけないのに、何も思いつかない。

「おい」

「いや、もうちょっと……」

「悩めば解決するのか?」

……しない。

うん。このまま悩んでいても、解決の兆しは見えないと思う……。

「うん、寝る。寝る……」

思いつかないまま寝るのはどうかという気もしたけれど、早速、僕はラオクレスによってベッドに連行されかかっていた。うん、諦めよう。力では彼に絶対に勝てない。なので、連れていかれるより先に、自分で動いてベッドに入る。

……このまま寝ようとしても、『何も決まっていない』という不安で寝つけない気もするけれど。

そして僕はベッドに寝転がった。地下室にあるベッドだからどうかとも思ったけれど、思いの外、フワフワとしていて寝心地は良かった。やっぱりつい最近、運び込んだものなんだろうな。

ベッドの上でごろごろする。頭の中には架空の生き物の切れ端がフワフワ浮いていて、でも、それらはちゃんとした形になってくれない。

どうしようか。これ、このまま決まらなかったら本当にどうしよう。

ラオクレスの召喚獣にする生き物だ。ちゃんとしたものを出したい。

それでいて、ジオレン家との契約に違反しないようなものを出さなきゃいけない。

……うーん。

寝転がりながら全然寝付けない。そんな時だった。

軽い足音が、密やかに近づいてくる。それを聞いて、僕は飛び起きた。

「……おい」

ラオクレスは呆れたような顔をしていたけれど、僕としては願ったり叶ったりの来客だ。

どうせ寝付けないなら、彼女の話し相手になるのも悪くないだろう。

「こんばんは。少しだけ、いいかしら」

こっそりやってきたカーネリアちゃんは、遠慮がちに扉を開いてこちらを覗いていた。

「どうぞ!」

なので僕は、喜んで彼女を招き入れる。うん。やっぱりまだ、寝るには早いよ。

「ありがとう!……うふふ、こんな時間にお客様を訪ねちゃいけないって思ったのだけれど、でも、やっぱりすぐに見せたくて!」

カーネリアちゃんは嬉しそうにやってきて……そして、その胸に抱いていたものを、見せてくれた。

「これ!私の宝物よ!」

そこにあったのは、一冊の本だった。分厚くて、とても古びている本。……そして表紙のタイトルは、案の定、僕には読めない。

「見せてあげるわ!これを見てから寝ると、素敵な夢が見られることがあるのよ!」

けれど、カーネリアちゃんがそう言ってページを開いた時……その本が何なのか、僕にも分かった。

ページいっぱいに色々な生き物の絵が描いてあって、その横に細かな文字で何かが書いてある。

……多分これは、この世界の生物図鑑だ。