軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2話:孤独な魔物*1

「……これは、一体」

「……すみません、アージェント卿。私もまさか、これほどの大所帯になるとは思っていませんでした」

そうして僕らは、アージェントさんの家に来た。

カタカタキョンキョンまおんまおん。ぴいぴいきゅるきゅるばさばさふりゃー。

……何かと騒がしい、人間よりそうじゃない奴らが多い集団を前に、アージェントさんはただただ、固まっていた。

まあ、でしょうね。

そうして僕らは応接間に通された。黒檀のローテーブルと黒革のソファのセット、そして床に敷かれたシルバーグレイの絨毯が印象的な部屋だ。あと、それから、天窓。いぶし銀の枠に綺麗に平らなガラスの、シンプルながら高い技術力を感じる天窓だ。この世界、歪みのない板ガラスってすごく珍しいんだよ。

……ちなみに、鳥は当然、この部屋に通せなかったので、恨めしそうに応接間の窓にびたんと貼り付いて、じっとアージェントさんを見ている。僕らは窓を背にして座る位置だからいいけれど、もろに鳥が見えるアージェントさんは落ち着かないだろうなあ……。

「ええと……本日はお招きいただき、どうもありがとうございます」

代表してラージュ姫が挨拶すると、アージェントさんは、うむ、とか何とか言いながら、落ち着かなさそうに窓の方を見ている。うちの鳥がすみません。

「して、ご用件は。封印の宝石について、とのことでしたが……」

けれども、アージェントさんも本題を切り出されたら、これ以上鳥に意識をやっている訳にはいかないらしい。

「そうだ。諸君らが捜しているという、封印の宝石。あれの最後の一つが、我が家にある」

アージェントさんはそう言って、少し尊大な態度をとる。ふんぞり返る、というか、堂々として見える振る舞いをしている、というか……。

「ほう。そしてアージェント殿はその宝石から現れるカチカチ放火王によって屋敷を全焼させるおつもりであられる、ということか。成程……」

「アージェントよ!封印の宝石を今すぐ供出せよ!これは国王からの命令だぞ!」

「わにゃ?とうごー、じ、めーぬ、わーてぃ、びえ、たんぽーぽ?たんぽっぽ?」

……そしてこっちはこっちで好き勝手騒いでいる。ああ、アージェントさんがものすごくやりづらそうな顔をしている……。

「ラージュ姫。その……本題に入る前に、少し、そちらの面子を減らしてはもらえないかね?私はあなたをお招きしはしたが、その他は……」

「申し訳ありませんが、どの方も身分の高い面々ですので、私が口出しできるものでは……」

まあ、貴族連合の代表と王様と、夜の国の親善大使だもんなあ。うーん……。

「……あの鳥もかね?」

「あちらは精霊の森の神鳥にあらせられます」

まあ、鳥は……裁判所に出没した前科があるので。

「……そうかね」

アージェントさんはものすごく頭の痛そうな顔をしつつ、眉間を揉んでいた。まあ、うん。ごめんなさい。

それから、流石に部屋が狭いということで、骨の騎士団と魔物達、それからクロアさんとライラと王様は退出した。隣の部屋でお茶を出されて、優雅にティータイムをしているらしい。

が、人間数名と精霊とドラゴンは残っているので、相変わらずこっちの部屋ではアージェントさんが頭の痛そうな顔をしている。

「……して、封印の宝石のお話でしたね」

ラージュ姫が改めてそう言うと、アージェントさんは気を取り直したように咳払いをして、一つ頷いた。

「そうだとも。……そちらは、魔王封印の宝石を探している。間違いないな?」

「いえ、カチカチ放火王封印の宝石ですが」

……そして早速、真剣な顔でラージュ姫に訂正されて、アージェントさんは深々とため息を吐きつつ、眉間を揉んでいる。

「……その、カチカチ放火王封印の宝石、とやらを、我が家が所有している」

元々そういう話だったから、そこには疑問は無い。ラージュ姫も、まあそうでしたね、というように頷いて、少しだけ鋭い目をアージェントさんに向けた。

「そうですか。でしたら、速やかにご提出ください。このまま放っておけば、カチカチ放火王が復活し、周囲に大災害をもたらします」

「断る」

アージェントさんの言葉に、ラージュ姫は眉を顰めた。

「何故?」

「何故、と?……それは勿論、お互いにとって有益な取引をしたいからだとも」

「今更、ですか?」

心底軽蔑する、みたいな目でラージュ姫が睨むけれど、アージェントさんはむしろそれで調子を取り戻してきたらしい。

「今回、ラージュ姫にお越しいただいたのは、王家の許しが欲しかったからだ」

「許し、ですって?」

「ああ。……アージェント領独立の許可を頂きたい」

王様がこの場に居たらものすごく怒っただろうなあ、と思う。アージェントさんがラージュ姫に手紙を出した理由が何となく分かる。

「独立、か。ふむ……アージェント殿。それは結構なことだが、カチカチ放火王封印の宝石と引き換えに、というのは少々愚かしくはないかね?私なら我が領にあれを置いておこうとは思わないが」

「今、私はラージュ姫との取引中だ。勝手にご同席頂くのは結構だが、口出しはしないでもらおう」

フェイのお父さんがそう言うと、アージェントさんは明らかに気分を害した、みたいな顔をする。フェイのお父さんはそれを気にした様子もなく、そうかそうか、と言ってため息を吐いて見せたけれど。

「……独立、ですか。それで、霊脈を閉じるおつもりですね?」

「ふむ。それについてはまた別途……そうだな、『我が国』の霊脈をそちらの国へ流し続けることを条件に、今後50年間、食料品をこの価格で融通していただきたい」

ラージュ姫が眉を顰める中、アージェントさんはあらかじめ用意していたらしいリストを机の上に出した。ラージュ姫はそれにさっと目を通して、ふう、とため息を吐く。

「法外な価格ですね。これではこちらの民の生活が立ち行かなくなります。少し不作があれば間違いなく民が死ぬ。こんな条件は受け入れる訳にはいきません。……これならばまだ、アージェント領が火の海になってから、カチカチ放火王を倒すことに注力した方がよさそうです」

ラージュ姫がそう切り捨てても、アージェントさんは気にした様子もなく話し続ける。

「ふむ……ならば、もう1つ、情報をお出ししよう」

身を乗り出して、いよいよ楽し気にすら見える笑みを深めて、言った。

「こちらに封印の宝石がある、と言ったはずだ。つまりそれは、我々が魔王とも契約ができるということ。……奴に魔力を提供することで、我が領に一切の被害を及ぼさないように国を焼け、という条件を付けることも十分に可能なのだが?」

「アージェント卿。私はあなたを心底軽蔑します」

ラージュ姫はそう言って、冷たい目でアージェントさんを睨む。

「……あれの目的は、世界を滅ぼすことです。この世界が滅んでしまった中で、アージェント領だけ生き残れるとでも?」

「まあ、仮にそうだとしてもそちらには関係ないだろう。我々だけ生き残るか、はたまた、世界諸共滅ぶのか。いずれにせよ、あなたは死ぬ側でしかない。ああ、勿論、貴族連合の諸君も同じことだな。そして、そこに住まう民もまた、あなた方の判断によって死ぬことになる」

ラージュ姫は普段の穏やかさが影を潜めてしまったようにピリピリした気配をしているけれど、それはラージュ姫だけじゃない。こっちは全員、そういう気持ちだよ。

「……世界を人質にとったおつもりですか?」

「まあ、そういうことになるか。どうだ?まさか、私が気に食わんからといって、世界が滅ぶのをよしとするつもりはないだろう?」

アージェントさんはこっちにどう思われていようとも何とも思っていないような様子でそう言って、更に身を乗り出してラージュ姫を覗き込むようにする。

「ラージュ姫。あなたは聡明な方だ。あなたとなら、互いに利のある未来を得ることができると思っているのだが」

「こちらに利があるとは思えませんが」

「だが、わざわざ損を取る必要もないだろう?魔王が復活すれば、必ずや、そちらの民が数多、死ぬぞ?」

……そんな、ぴりぴりした応酬の、最中。

「……とうご」

レネが、僕の袖をついつい、と引っ張ってくる。

「レネ、どうしたの?」

どうしたんだろう、と思いつつレネを見てみると……レネは、ちょっと怒った顔をしながら、アージェントさんを指さして、言った。

「……たんぽっぽ」

……うん。あの、それは……もうちょっと待ってから。

たんぽぽはさておき、こっちもこっちで出すところは出さないといけないわけだ。……やっぱり、寛容のパラドクスっていうものはあるわけだから。

「あー、すみません、アージェントさん」

早速、フェイが発言し始める。発言を求める挙手はしておきつつ発言の許可は特に待たないのがフェイらしくていいと思うよ。

「向こうの部屋に居る魔物達、覚えていますかね。あいつら、全部こっちの召喚獣ですよ」

フェイがそう言った途端、アージェントさんは少しだけ、表情を険しくした。

「あんたが世界を人質にとるっていうんなら、こっちはあんたを人質にとれる準備があるってことです」

「……そちらこそ、何か勘違いしていないかね?まさか、そちらの兵力をわざわざ屋敷の中に招き入れておいて、優雅にお茶会をさせていると、本当に思ったのかな?」

けれどもアージェントさんは少し険しい表情のまま、そう言って僕らをわざとらしく嘲笑う。

「私が合図すれば、向こうの部屋には毒薬が流される。そうすればそちらの兵士も、それに美しいお嬢さん方も、国王陛下も。皆、死ぬことになるかもしれないな」

……まあ、そんなことだろうと思ったよ。だから、向こうの部屋にはクロアさんが居る。彼女なら……まあ、最悪の事態にはならないように、してくれると思うから。

「まあ、やりたきゃどうぞ。ご自由に。ただ、それをやった瞬間……何なら、毒なんざ流さなくっても、今すぐにでも、あんたは襲われるかもしれねえ」

フェイはそう余裕たっぷりに言って、応接間のソファの背もたれにどっかりと体重を預ける。

そして、にこにこと満面の笑みを浮かべた。……この笑顔、見たことあるなあ、と思ったら、そうだ。ええと、密猟者の人達に捕まった時。あの時も、密猟者の人達に対してこういう笑顔だった。

「まあ、当然のことですよね。あんたはただ思ってりゃそれで済むことを、俺達にわざわざ伝えた。『こういう事情があるから協力してくれ』じゃなくて『こっちの思い通りにならないなら全て壊してやるぞ』って伝えてきた以上、俺達は伝えられた通りにあんたを扱ってやらなきゃならねえ」

フェイはそう言って、にっこりして……ふと、その表情を変えた。

燃えるような怒りの表情に、アージェントさんも、横から見ていたラージュ姫やレネも、ちょっとびっくりした様子を見せる。

「お前は敵だ。……今までも散々やらかしてくれた挙句、今日、こうしてわざわざ喧嘩吹っ掛けてきたんだ。俺達の敵になる覚悟はあるんだよな?」

牙を剥いたドラゴンのようなフェイを見て、ああ、確かにドラゴンの子孫なんだなあ、と思う。

「……なら、今からレッドドラゴンでも出すか?その程度はこちらとしても対策済みでね。出せるものならどうぞ、出してみるがいい」

けれどもアージェントさんはそんなことを言う。

嘘かはったりか、はたまた本当に何か対策してあるのかはさておき……うん。

僕はちょっと振り返ってみた。

すると、その窓にはさっきまで貼り付いていたはずの鳥が、もう居なかった。

動こうとしたフェイの前に手を出して止めながら、何事か、と思っているらしいフェイやアージェントさん、そして他の人達に注目されてちょっと居心地が悪くなりつつ……。

……頼むぞ、と思いながら、言う。

「アージェントさん。窓の外に居た鳥、覚えていますか」

……アージェントさんは、ちょっと不審げな顔をした。彼が見ている窓の外には今、鳥が居ない。……けれど。

「……あいつは、一番目立つところで、来ますよ」

ふっ、と、部屋が陰る。けれど、部屋の照明には変化が無い。窓の外も相変わらずのお天気だ。つまり……。

「……上か!」

アージェントさんが天窓を見上げる。天窓から見える景色は空模様ではなくて……オレンジの胸毛と、緑がかった深い灰色の、頭。

それが、ぐっ、と天窓に接近してきて……ぱりーん、と、勢いよく天窓が割れた。

そして。

キョキョン、と元気に鳴く鳥は、見事、アージェントさんの上にででんと乗っていたのだった。

僕、信じてたよ。君は、リベンジマッチには必ず成功する奴だって……!