軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話:暗黒街の昼下がり*3

……ということで、翌々日。のどかな昼下がり。

昼下がりだというのに薄暗いような裏通りに、僕らは来ている。

「……大きな都市のどこかだろうとは思っていたが、まさか王都にあるとはな」

「意外だった?」

「……大方、王都かアージェント領、もしかするとグリンガル領か下手をするとゴルダかそのあたりか、という程度には思っていたが」

「あら、結構カンがいいのね。そうよ。丁度今あなたが言ったあたりにそれぞれ、組織のアジトがあるわ。ここにあるのは、私が主に使ってた場所ね。本店、って言ってもいいのかしら」

クロアさんとラオクレスの会話を聞きながら、僕は周囲の見慣れない景色を眺めて歩く。

そう。僕らが来ているのは、王都。王都の、王城がある区画から大分離れた位置の……その裏通り。

『暗黒街』と呼ばれているらしいここに、密偵の住処があるらしい。

暗黒街、と呼ばれるだけのことはあって、通りは薄暗い。

建物と建物の間が詰まっていて、道も細い。だから日の光が届きにくくて、更に、そこに天幕が張られて露店が出ていたりするものだから、ますます暗い。

「どうかしら。あんまり綺麗な場所じゃないけれど」

「うん……異国情緒、っていうかんじがする」

確かに、『綺麗な場所じゃない』。道には割れた空き瓶や紙屑が転がっているし、もっとひどいものも時々落ちている。石畳を赤黒く汚しているものは何だろうか。……ワインとかだったらいいな。

「くれぐれも離れるなよ」

「分かってるよ」

ラオクレスがさりげなく警戒しながら進んでいるのは、周りの人の目が僕らに向いているからだ。

……この通りをもう1つ『暗黒』たらしめているものがあるとすると、それはここに居る人達の生活の様子だろう。

道の端に蹲ったまま動かない人。座り込んでぼーっとしたまま虚空を見つめている人。喧嘩らしい怒声の応酬。露店に並ぶ怪しげな骨董品。妙に煌びやかな宝石や絵皿、銀細工の燭台なんかが並ぶ露店に目を留めていたら、クロアさんが僕の耳元でそっと、「あれ、盗品よ」と教えてくれた。

……そんな様子の通りなので、なんというか、その、如何にも治安が悪い、というか、そういうかんじだ。

「でも、面白い場所だね」

ラオクレスが警戒する理由も、クロアさんがちょっと申し訳なさそうなのも、分かる。……けれど僕はそれでも、この通りを中々興味深く思ってる。

「あの露店の天幕の布。変わった織り模様だ」

異国情緒、っていうかんじ。その感想は紛れもなくそのままだ。

天幕に使われている布の織り模様はなんとなくエキゾチックなかんじがする。色褪せて煤けてしまってはいるけれど、元は鮮やかだったんだろう布の様子を見るのは中々面白い。デザインの勉強をする機会はあまり無いから、こういう時に色々な図案や色の組み合わせを見て覚えておきたい。

「それから、さっきの露店で売ってた色硝子の香水瓶。あれ、綺麗だった。ちょっと歪んだかんじがガラスの滑らかさをより表現している、っていうか……。あと、香辛料を売っていた店も面白かった。いい匂いがして、色とりどりの粉が入った壺があって」

他に何があったかな、色々あったな、と思いだしながら話すと……ふと、クロアさんの手が僕の頭をふわふわ撫でていた。

「……こんな場所でも、トウゴ君の目には綺麗なものがちゃんと映るのね」

なんだか嬉しそうなクロアさんは、ふわふわふわ、と僕の頭をもう少し撫でてから、ちょっと笑って言う。

「かくいう私も、さっきから妙なものに目が行くわ。石畳の間から生えてる雑草とか、ね」

クロアさんが指し示す方には、確かに、小さな雑草が顔を出している場所があった。ハート形の葉っぱがなんとなく可愛らしい雑草だ。

「そんなもの、森に住む前は気づくことすらなかったのに。……どうやら私、本当に森っぽくなっちゃったみたいね」

くすくす笑うクロアさんが何とも嬉しそうなので、僕も嬉しくなる。

……やっぱり、クロアさんが森に住むことになって、よかった!

「それにしても、お土産、これだけでいいんだろうか」

ただ、僕は心配だ。

裏通りを歩いていると、『盗品』とか『違法なもの』とかがたくさん並んでいる。それらは煌びやかで、妖しい美しさがあって……それに比べて、僕らが持ってきた『お土産』は、ちょっと素朴な気がする。

「あら、いいのよ。ソレイラの『妖精洋菓子店』は、今や王都にも名前が轟く人気店よ?そこのお菓子なら誰でも喜ぶわ」

そう。僕らがお土産として持ってきたのは、妖精洋菓子店の焼き菓子の包みだ。クッキーとマドレーヌが入った小さな紙袋がいくつも大きな紙袋に入っていて、僕はそれを持って歩いている。

「それに……まあ、お菓子以上に、喜ぶでしょうから」

何を?と思ってクロアさんを見ると、クロアさんは……森っぽくない笑顔で、ちょこん、と僕の頬をつついた。

「大丈夫よ。トウゴ君、ちゃんとおめかししてきたから」

……何が?

何が大丈夫なんだろうか。確かに僕、朝からクロアさんにいじくり回されてファッションショーみたいになっていたけれども……それがお土産と何か、関係があるんだろうか?

僕の疑問はさておき、やがて僕らは1つの建物の前に到着する。

裏通りの建物は大抵どれも古びているのだけれど、この建物は古びて薄汚れるんじゃなくて、古びて重厚なかんじが出ている、というか……少し他の建物とは違う気配がした。

クロアさんは慣れた様子でその建物のドア……ではなくて、そのドアの横から建物の横、建物と建物の隙間へと進んでいく。僕らもそれについていくと、そこでクロアさんから説明があった。

「ざっと建物の説明をしておくわね。この建物、ずっと奥へ伸びている造りになってるの。その奥は普通の通りに面していて、そっちは普通のお店をやっているわ。表向きは、昼はカフェ、夜はバー、ってかんじかしら」

成程。どうやら密偵の住処は、『世を忍ぶ仮の姿』を持っているらしい。

「だからこっちは関係者用の入り口だけれど、もし万一、逃げる必要があるようなことがあったら、表の方から逃げてもいいわ。特にトウゴ君1人で逃げなきゃいけないことがあったら、表の方へ逃げた方がいいと思うから覚えておいて」

「分かった」

僕1人で逃げなきゃいけないようなことが起こらないことを祈りつつ、でも、その万が一の時にラオクレスやクロアさんの足を引っ張らないためにも、ちゃんと覚えておこう。

「それで……ここにあるのは、まあ、『本店』と言うべきものと、あとは私みたいな密偵が利用している窓口、っていうかんじかしら。だからここに来るのは魅了が得意なタイプでそれなりに優秀な密偵か、或いは本店の方に来られるくらいには腕のいい密偵、ってことになるわね」

成程。つまり、ここに来る密偵の人達は、クロアさんみたいな人達、と……。

「それで、『お土産』だけれど」

「うん」

お土産の話となると僕の出番だろうな、と思って頷くと、クロアさんはにっこり笑って、言った。

「トウゴ君は女性に配ってあげて。男はそんなに多くないと思うけれど、そいつらには私が配るわ」

「うん……うん?」

「その方が相手が喜ぶでしょう?」

そう、なんだろうか。まあ、クロアさんの言うことだから、そうなんだろうけれど。

「……そのためにトウゴを着飾らせたのか」

「まあ、1つにはそうね。トウゴ君、かわいく仕上がってるでしょ?」

ちょっと待ってほしい。僕はかわいく仕上げられてしまっていたのか!確かにシャツの襟につけたのはネクタイとかじゃなくてリボン結びにするやつだったけれど、でも、この世界ではこういうのが普通なんだと思ったのに!

「やっぱりサスペンダー、似合うわね。うふふ、かわいい」

……僕はすこぶる不安になりつつ、クロアさんが僕の胸のあたりでサスペンダーを引っ張ってみょんみょんとやって遊ぶのを眺めている。

「それに……まあ、一応ね?折角だから、トウゴ君が『ものすごい大物』に見えるようには、したわよ。その方が舐められないから」

「確かに宝石、いくつか着けてるけど……」

僕が身に着けている宝石は4つ。リボンタイの結び目と、腕時計みたいな腕輪。あと、サスペンダーに引っ掛けてあるやつが1つと、鞄のポケットから見えるように出ているやつが1つ。全部、召喚獣を入れてある宝石とは別のやつだ。出がけに、クッキーの空き箱からクロアさんが選んだ宝石を描いて加工してつけてきた。

「ええ。『トウゴ君のクッキーの空き箱』のやつだもの。こんなのが無造作に身につけられていたら、そりゃあ大変よ?」

クロアさんは面白そうにくすくす笑っているけれど、僕としてはちょっと気が気じゃない。つまりそれって、僕がカモに見えるっていうことではないだろうか……。

「さて、行きましょうか。いい?トウゴ君は私の雇い主なんだから、よろしくね?」

「うん……」

なんというか、ますます自信が無くなってきたけれど、がんばろう。うん……かわいい仕上がり……うう。

「こっちよ」

クロアさんに案内されるまま、僕らは建物の横側の、いかにも物置っぽいところを開けて……その中にあった下り階段を下りていく。こういうの、ちょっとどきどきする。

階段は狭くて暗い。なんだか不安になるような場所だった。足元が見えないので、魔法の光を出す。ほら、僕が魔法の制御の練習をするためにフェイから借りてた、蝋燭みたいな道具。あれに近いやつを1つ持ってきていたので、それを握って光らせながら、足元を照らして進む。

かつ、かつ、と靴音を響かせながら、僕らはひんやりした石の階段と石の壁の間を進んでいって……。

「おい」

ぬっ、と、暗闇から急に、人が現れた。

僕は思わず声が出そうになるのを押さえて、びっくりをやり過ごす。

「ああ、久しぶり。元気?」

クロアさんはそう挨拶しているけれど……相手に向ける目は、ちょっと冷たい。

相手……金髪の、ちょっと軽薄そうな男性は、クロアさんを前にしてどこか、やりづらそうにしていた。

「本当に、戻って来てたのか……」

「ええ。少しだけ、ね」

「……何しに来たんだよ」

「お父様に会いに」

「何のためだ」

「それはあなたが知らなくていいことよ」

クロアさんは短く会話すると、男性を押しやるように、一歩前へ進み出た。金髪の男性は少し怯んだような様子を見せたけれど……ふと、クロアさんの後ろ、僕とラオクレスに目を付けた。

「おい」

そして、金髪の男性はクロアさんの横をすり抜けるようにして僕ら……いや、ラオクレスに近づく。そして、ラオクレスの間近に迫って、ラオクレスを見上げるようにしながら、言った。

「てめえ、カレンの何だ」

「……カレン?」

ラオクレスが聞き返すと、金髪の男の人は、へっ、とバカにするように笑う。

「なんだよ、こいつの名前も知らねえのか」

何のことだろう、と僕らが思っていると……。

「あら、そうよ。だってその名前、もう捨てちゃったもの。ね?」

クロアさんがにっこり笑ってやってきて……そして、するり、と、ラオクレスの腕をとる。

そして。

……背伸びして、ラオクレスの頬に、ちゅ、と、口付けた。