軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2話:暗黒街の昼下がり*1

結局、僕らは毎日そわそわしながら数日間過ごした。

ただ……子供達は妖精の国のことを頑張ってくれていたし、妖精カフェwith骨の運営の方も頑張っていたので、あんまりそわそわしている暇が無かったらしい。

それでも一応、子供達の前ではあんまりそわそわしないように気を付けた。大人が不安がっていたら子供達も不安になってしまうだろうし、ということで、それは僕とラオクレスとフェイの約束になった。

……のだけれど。

「あんたさあ……そんなにそわそわしたってクロアさんは帰ってこないわよ」

「分かってるんだけどね……」

今、僕の家にはラオクレスとライラしか居ないので、思う存分そわそわしている。そわそわ。そわそわ。

「……ま、気持ちは分かるわよ。私だって、妖精カフェの事がなかったらあんたみたいにそわそわ……いや、ないか」

うん。ライラは僕よりしっかりしているので、カフェの事がなくても僕ほどにそわそわはしない気がする。

「けど……トウゴがそわそわするのは分かるんだけどね。ラオクレスも結構、そわそわしてるの、面白いわ」

ライラはそう言ってラオクレスに向かって笑顔を浮かべているのだけれど、ラオクレスはこれについて黙秘の構えだ。ただちょっとだけ顰め面をして、腕組みしたままじっと黙っている。……要は、照れ隠しの表情と、『図星なので喋りません』の構え。

「でも、ありがたいよ。僕1人だけそわそわしていたら、もっと落ち着かなかったかもしれない。でも、ラオクレスがそわそわしてくれるから、気持ちのやりようがあるっていうか……描いていて楽しいし」

そんなラオクレスをありがたく思いつつ、僕はライラに今日のスケッチを見せる。今日のスケッチはほとんど全部ラオクレス。というか、昨日もその前も、クロアさんが出ていってからのスケッチはほとんど全部ラオクレス。

なので僕のスケッチブックは、そわそわラオクレス集が作れそうなくらいになっている。

「へー。あ、ほんとだ。……よく描くわねえ」

ライラはスケッチブックを覗き込みながら、ふふ、と笑う。

「これなんてよく描けてるじゃない。そうよね。こういう、ちょっとした重心のズレがそわそわ感の表現になるのよね」

「うん。そう。それを記録しておきたくて、このスケッチを描いた」

「こういう微妙なかんじって、人体の表現に欠かせないけど微妙だから難しいのよね。ちょっと油断するとそわそわしてないラオクレスになっちゃいそう」

「そうそう。こちらがその失敗例。油断していたら重心のずれを見誤って普通のラオクレスになってしまったやつ」

……ということで、僕とライラがスケッチブックを見ながらああでもないこうでもない、と意見交換していると。

「……おい」

ラオクレスが、ひょい、と僕らを摘まみ上げた。

「もう寝ろ」

「まだそこまで遅い時間じゃないよ」

「そうよそうよ」

「だとしても寝ろ」

僕らが抗議の声を上げるも、ラオクレスは断固、寝かしつけの構えだ。

珍しいなあ、と思っていたら……ラオクレスは、深々と、ため息を吐いて、顰め面をした。

「……そんなにそわそわしていると言われ続けたら、居た堪れん」

僕とライラは顔を見合わせて……笑顔になるしかない。

さて。

そんなこんなで、僕はそわそわしつつ、そわそわしているラオクレスを描くことでそわそわを発散させて、なんとかやり過ごしていた。

そうして、僕らが妖精の国から帰ってきて、3週間近くが経った頃。

「トウゴくーん!ただいま!」

「クロアさん!」

アレキサンドライト蝶の羽を広げて、クロアさんが帰ってきた!

「……ああ、やっぱり私、この森が好きだわ」

帰ってきたクロアさんは僕を引っ張って妖精カフェへ入ると、そこで子供達とライラと再会の喜びを一頻り分かち合い、そして、期間限定欲張りさんセット骨風味を頼んで、お茶と一緒に優雅なティータイムを楽しんでいる。僕もお茶を頂きつつ、ラオクレスに鳳凰を飛ばして手紙を届けてもらう。教えてあげないとラオクレス、ずっとそわそわしっぱなしで申し訳ないので。

……ちなみに、期間限定欲張りさんセット骨風味はカルシウム多めのお菓子セットだ。チーズケーキとか牛乳たっぷりのブランマンジェとかアイスクリームとか黒ごまプリンとか。ちょっと変わったところで、ほうれん草みたいな青菜を使ったパウンドケーキとか。

「久しぶりに呼吸したような気分、っていうのかしら。うーん……向こうでも生きていけない訳じゃないけれど、でもやっぱり、私の生きていく場所はもうこの森なのよね。帰ってきて深く実感したわ。まさかこれほどとは思っていなかったけれど……私、やっぱりちょっと寂しかったみたい」

骨の形の飴細工が乗ったチーズタルトをつついて、クロアさんはにっこり笑う。その笑顔がとても森っぽくて、僕はとても嬉しい。

「戻ったのか」

「ええ。とりあえず、ね。ただいま」

それから少しすると、ラオクレスがアリコーンに乗ってやってきた。

ラオクレスはちょっとため息を吐くと、僕らのテーブルの余っていた椅子に座る。そこへカーネリアちゃんがやってきて、「ご注文は何かしら!」とやっている。ラオクレスはお茶だけ頼んだのだけれど、カーネリアちゃんが「あら!もったいないわ!今日のクリームチーズのアイスクリームはとってもいい出来だってリアンが言ってたのよ!」と言ったものだから、注文はお茶とアイスクリームになったらしい。カーネリアちゃん、商売上手だなあ。

ラオクレスが席に着いて少し落ち着いたところで彼の注文が届いて、ラオクレスがお茶を飲み始めたところで、それをにこにこ見ていたクロアさんが、話しだす。

「それで、今回の任務なんだけれど」

クロアさんはデザートフォークを指先でふりふりやりながら、ちょっと拗ねたような顔をした。

「失敗したわ」

失敗。

クロアさんが、失敗。

ものすごく似合わない言葉に、僕らはものすごくびっくりする。

「あ、あの、怪我があったら言ってほしい。鳳凰もフェニックスも鸞も居るし描いて治してもいいし」

思わず腰を浮かせて中腰ぐらいになりながらそう言うと、クロアさんは笑いだす。

「やだ。流石に怪我するほどのヘマはしなかったわよ。大丈夫」

……なら、いいんだけれど。僕はクロアさんにくすくすやられつつ、それでもなんとなく心配になりつつ、席に戻る。

「それで、どういうことだ。失敗とは」

ラオクレスは僕より落ち着いているので、お茶を飲みつつちゃんと聞く。僕にもこの落ち着きが欲しかった。

「ええとね。うーん……どこから説明したらいいかしら……」

クロアさんは何やら唸りつつ額に指を当てて考え込んで……それから、困ったような顔を僕らに向ける。

「封印の宝石はくれてやる。密偵の仕事を抜けたことも許す。が、その代わりに今の雇用主を見せてみろ、って、言われちゃったのよね」

「……つまり、トウゴを見せろ、と?」

「そう。あ、大丈夫よ。トウゴ君が精霊様だって知っていての発言じゃないと思うから。ただ……単に、好奇心から言ってるわね、あれは」

クロアさんは深々とため息を吐いて、小松菜パウンドケーキを切り分けて口に運んだ。すると、への字だった口が、ふにゃりと緩んでいく。美味しかったらしい。

「トウゴの安全は保障されるんだろうな」

「どうかしら。あの人のことだから、トウゴ君を見ればすぐ『人間が飼えるような生き物じゃない』っていうことには気づくでしょうから、まあ、大丈夫だとは思うけれど」

ちょっと待ってほしい。僕ってそういう生き物に見えるんだろうか。異議を申し立てたい気持ちでいっぱいだ。

「そもそも、封印の宝石は誰かの所有物なのか」

「ええ。あの人……私達に密偵の仕事を仕込んだ人の宝物庫にあるものだから、一応、ね」

クロアさんが説明するにつれて、ラオクレスの眉間に皺が寄っていく。

多分、ラオクレスは僕の心配をしているんだと思う。けれど僕は……そこよりも気になるところがあるんだよ。

「……あの、クロアさん。『密偵の仕事を抜けたことも許す』っていうのは……」

まるで、密偵の仕事を辞めてしまったことでクロアさんに何か多大なる不利益がある、もしくはあった、というような言葉だった。僕のせいでクロアさんが大変な目に遭うのなら、何か埋め合わせをしたいと思った。

けれど、クロアさんはちょっと笑って軽やかに説明してくれた。

「そのままの意味よ。ええとね、私が居たところって、『野垂れ死にしそうな子供を育ててやる。子供は育てられた以上は密偵として働いて利益を組織に還元しろ』っていう方針なのよね」

結構ハードだね。まあ、この世界、ストリートチルドレンになるよりは奴隷になった方が生活が安定するような世界のようだから、そういうものなのかもしれないけれど。

「ほら、私、シェーレ家で無理矢理退職して、そのまま雲隠れしちゃったじゃない?だから……まあ、その間、私を使って利益を得られなかった訳で、それで、まあ……ちょっとは小言を言われたわね。お土産兼手切れ金を出したらそれであの人も兄弟達も納得して黙ったけれど」

「……何を出したんだ」

「『トウゴ君の紅茶缶』よ。缶1つまるごと持って行ったわ」

ラオクレスが、ちら、と僕を見て、成程な、と言ってアイスクリームを掬い始めた。

……うん。僕、クロアさんの出立に先立って、宝石を持って行ってもらっている。ええと、普通に出した宝石はクッキーの空き箱に入れてあるのだけれど、できるだけ魔力を込めずに作った宝石は紅茶の茶葉が入っていた空き缶に入れてあったんだよ。その中間ぐらいのやつは、飴の空き瓶に入れてある。

それ以来、クロアさんは宝石の魔力の量に応じて『トウゴ君の紅茶缶』『トウゴ君のキャンディ瓶』『トウゴ君のクッキーの空き箱』『戦争が起きるやつ』みたいに呼んでいる。

「だから今、あそことはそんなに険悪じゃないわ。話せば話が通じるし、恐れるようなことは特に無いの。無いのだけれど……」

クロアさんは表情を曇らせて、困ったように僕を見る。

「ということで……どうしましょう。もしトウゴ君が嫌なら、連れていかないわ。上手く潜入して盗み出せないか、やってみる」

「それ、危険ではないだろうか」

「かもね。でも、トウゴ君が嫌なことは全力で避けたいのよ、私」

クロアさんの言葉はありがたいけれど、でも、僕、そこまで心配されるような奴ではないと思うんだけれどな。

「僕は大丈夫だよ。クロアさんの実家、興味があるし、行ってみたい」

「そう?どちらかというと私はあまり見せたくないのだけれどね……でも、トウゴ君が生きていく上で多少は必要な知識なのかしら、こういうのも」

「どうだかな」

ラオクレスは渋い顔をしているけれど、でも、僕はもうクロアさんの実家に行って挨拶してくる気でいる。

「行こう。急いだ方がいいよね。あ、クロアさんの実家に行くんだから、菓子折りぐらいはもって行かないと駄目か。ええと……」

「落ち着け」

慌てていたら、ラオクレスにちょっとつつかれてしまった。はい。落ち着きます。

「……カチカチ放火王の封印が解けるまでにはどれくらいの猶予がある」

「そんなに無いと思うわ。私自身、フェイ君みたいに目が良い自信はないから、何とも言えないけれど」

ラオクレスは、そうか、と言って、ちょっと考えて……それから、言った。

「なら俺も行こう。急ぐべきだが、護衛は必要だろう」

「そう、ね。……ちょっと悔しいけれど、あなたが居てくれた方が安心だわ。私1人だと、トウゴ君を守りながらトウゴ君の支えになれるかはちょっと自信が無かったの」

クロアさんはそう言って少し複雑そうな顔で笑って……それから、ラオクレスに、更に複雑そうな顔を向けた。

「……だから、ね?私、あなたまで守れる自信はないわよ」

「問題ない」

ラオクレスは即答して、涼しい顔でアイスクリームを食べる。

けれど。

「……美女数人に囲まれて誘惑の魔法を掛けられても、あなた、大丈夫?」

……クロアさんがそう言うと、流石のラオクレスも、ちょっと、固まっていた。