作品タイトル不明
24話:たんぽぽ色の国
それから2週間。
季節はすっかり秋めいて、暑さはどこへやら、というかんじになってしまった。まあ、元々この世界はそんなに暑さが厳しくないし、森の中では特にそうなのだけれど。
僕は暑いよりは寒い方が好きな性質なので、秋が来てちょっと嬉しい。
……そしてそんな中、今日でアンジェが妖精の国の女王様として就任してから10日になる。
……アンジェはどうやら、上手にやっているらしい。夕食の席で一緒になると、『今日はこんなことがあったの』と楽しそうに教えてくれる。それを聞いている限り、アンジェは妖精達と上手くやっているらしいし、妖精達を助けて妖精達からも感謝されているみたいだ。
妖精の国の女王様の仕事は多岐に渡るらしい。妖精達の悩みを聞いたり、喧嘩を仲裁したり、一緒に解決方法を考えたりする仕事が主なのはそうらしいんだけれど、花の花粉を集めたり、光る木の実を集めて紐を通してぶら下げる照明を作ったり。更には、妖精カフェで学んだ簡単なお菓子を一緒に作って妖精達と食べたりもしているらしい。
更に、アンジェは通訳としても優秀とのことで……妖精語の本を人間語に翻訳する仕事もしているらしい。妖精の国の歴史書とか、妖精の魔法の経典とか、妖精のおやつのレシピとか、妖精式の花の育て方とか。
そういう本を人間語に翻訳しては妖精達が一生懸命書いて製本して、人間語の本が妖精の国で誕生している。そうすれば人間ともっと交流できるんじゃないか、って、妖精達は期待しているみたいだ。
実際、翻訳された本はフェイが開発したコピー機によってコピーされて、複写がソレイラの図書館に蔵書されている。結構興味深い内容が多くて、僕も楽しんで読ませてもらった。
……ただ、『寒い日にも体がぽかぽかする魔法!ただし副作用として頭のてっぺんに髪の毛が一房立ち上がったままになります』とか『とびきり美味しいケーキのレシピ!ただし食べると猫の耳が生えて1日そのままです』とか、そういう……そういう、実に妖精っぽい内容のものが多いから、実用的かと言われると今一つなところはある。まあ、異文化交流にはそれ自体に意味があるから……。
……レネに教えてみようかな。『体がぽかぽかするけれど髪の毛が一房頭のてっぺんで立ち上がったままになる魔法』。
それから、アンジェは今、人間語の勉強をしている。アンジェの先生はリアンだ。リアンはもうこの世界の文字を不自由なく読めるようになったので、アンジェに文字を教えて、妖精語と人間語の翻訳の助けになろうとしている。
もしかするとこれ、妖精の国の歴史の中でも相当にすごいことなんじゃないだろうか。今まで妖精って、『人間の言葉はなんとなくわかるけれど人間に言葉を伝える手段は持っていない』っていう生き物だったので……双方向のコミュニケーションが取れるようになったら、それはすごく革新的なことなんだよ。
現に、アンジェが居ると遊びに連れてきた人間の子供達と意思の疎通がしやすいということで、妖精達は『やっぱりアンジェに女王様になってもらってよかった!』とにこにこしているらしい。まあ、そういうところも考えてみると、確かに妖精の国の新しい女王様にはアンジェが適任だったかもしれない。
……ところで、今まで妖精達って言葉が通じない子供を連れてきて遊んで帰してたのか。言葉が通じないのにコミュニケーション能力が高いなあ、妖精。ちょっと羨ましい。
さて。
アンジェが妖精の国の女王様として頑張る傍ら、森にはちょっと変化があった。
まず、妖精の行き来が増えた。
……妖精の国からソレイラに遊びに来る妖精が増えたし、オースカイア領に住んでいる妖精達が妖精の国を通ってレッドガルド領に遊びに来る、っていうことも増えた。
妖精の国は森の『門』みたいなかんじに使われているらしい。まあ、森が賑やかになるので僕は嬉しい。
次に、サフィールさんとローゼスさんの行き来が増えた。
2人は行き来したい時には事前に僕宛ての手紙をくれて、待っているとその内、妖精カフェの裏手のフェアリーローズの茂みから妖精の国を通ってお互いの領へ移動していく。そして大抵、妖精カフェで一服していく。
……だから、ローゼスさんが森へ遊びに来ることが増えたし、サフィールさんの顔を見ることも多くなったし……この間は、サフィールさんが奥さんとお子さんを連れてソレイラへ観光に来てくれた!
天使が大好きだというサフィールさんのお子さん達は、ウェイターをしていたリアンを見て、きゃあきゃあと大喜びだった。リアンはちょっと困っていたけれど、乳幼児2人を相手に遊び相手をしてあげていた。やっぱりこういう時のリアンはちょっとお兄ちゃんっぽいね。
あとは、水の妖精が琥珀の池に移住した。ええと、例の水の女の子。先代の妖精の女王様、ってことになるのかな。
彼女、「ケルピーにも、あの藻の塊だった生き物にも謝らなきゃいけないわ……」って言っていたので、なら折角だから、っていうことで琥珀の池に連れていってみた。
もし彼女と会いたくないようなら琥珀のコカトリスが琥珀の池までの道を塞ぐだろうし、と思って押し掛けてみたら、すんなり琥珀の池まで入れてしまったし、入ってみたらすぐ、池で泳いでいたケルピーと、同じく池で泳いでいた琥珀のコカトリスが出迎えてくれた。
……コカトリスが鴨みたいにスイスイ泳いでいたので、僕はちょっと不思議な気分になった。
それで……水の妖精は2匹に謝って、ケルピーとコカトリスは『どうでもいい』みたいな顔で首を傾げていた。あっさりしていて水辺の魔物っぽいなあと僕は思った。
ただ、水の妖精はそれだと気が済まなかったらしくて……お詫びに魔力の譲渡をして消えようとした。
……水の妖精って魔力で生きている生き物だから、魔力を全部他人にあげたら、死んじゃうんだよ。妖精や水の精の感覚だとそれは『死ぬ』ではなくて『消える』っていうことらしいんだけれど……それはさておき。
琥珀コカトリスがすぐさま水の精の表面だけ琥珀にして、ケルピーがそれを蹴り飛ばして、水の妖精の行動を止めて……それから3匹で何か話し合うことになったらしい。
僕らにはケルピー語もコカトリス語も分からないので、3匹がばたばたぷるぷるしているなあ、と思いながら見守ること30分。
結局、普通の妖精サイズよりちょっと小さめになった水の妖精は、琥珀の池の隅っこ……水溜りめいた池の欠片があるところに住むことになったようだ。
そこで、池の琥珀を磨いたりコカトリスにくっついている藻を取ってやったり花を育てたりしながら暮らすことにしたらしい。うん、いいと思うよ。ケルピーにはコカトリスにくっついた藻を取る器用さは無さそうだし、このままコカトリスを放っておくと、また藻の塊になってしまいそうだし。その点、妖精は手先が器用だから、コカトリスを綺麗にしてくれることだろう。
それから、水の妖精が妖精の国で貰ったらしい花の種をせっせと植えては泥まみれになっていたので、ろ過装置を描いて出して置いてきた。時々ここを通って自力で綺麗になってください。
……ちなみに、ケルピーとコカトリスは『まあどうでもいい』みたいな顔をしつつ、池の周りに花が咲くのはちょっと楽しみらしいよ。僕も楽しみにしてる。花が満開になったらまた遊びに来ようと思う。
それから……これが一番大きな変化なのだけれど。
「ソレイラの一角がすっかりたんぽぽ畑だなあ」
「うん」
ソレイラの一角、空いていた土地が、たんぽぽ畑になりました。
「たんぽぽ生えて、調子はどうだ?」
風に揺れるたんぽぽをつついてさらに揺らしながら、フェイはそう聞いてくる。
「うん。すごくいい。森の魔力が増えたかんじ」
そして僕はそう答える。
……そう。このたんぽぽ、カチカチ放火王の封印の宝石に生やした奴だったんだけれど、そのたんぽぽの種をここに蒔いたんだ。そうしなきゃ綿毛がフワフワしちゃって収拾が付かなかったので。
たんぽぽを森というかソレイラに植えることを提案してくれたのは、ローゼスさんだった。
ローゼスさんは以前、僕に羽が生えたあたりで色々考えて、森と森の間、ソレイラに木を生やして森同士を繋げるっていう案以外の案を出してくれていたらしくて……その1つが、この『森と森の間に根を深く張り、かつ魔力が多い植物を植える』っていうものだった。
木だとどうしても、ソレイラの人々の暮らしに影響が出る。今も出てる。ソレイラの人達は心が広いから受け入れてくれているけれど、あんまり木だらけになってしまったら人が住めなくなってしまうし、そこは流石に加減してる。
だから、ソレイラに生えている木は、ソレイラの外側の森から中央の森まで魔力を運ぶための最小限だ。普通の人間の町と比べたら大分木が多いんだろうけれど。
……そこで、森と森の間、ソレイラに、『木よりはずっと小さくて邪魔にならない植物を植えて、魔力の伝導の助けにする』っていうのが、今回のたんぽぽ畑だ。
カチカチ放火王の封印から魔力をたっぷり吸ったたんぽぽは、吸った魔力をすっかりたんぽぽ色に染め上げて、自分のものとして活用していた。
つまり、たんぽぽが綿毛になって種ができて……その種が魔力たっぷり、っていうことで、その種から生えるたんぽぽもまた、魔力たっぷりの特別なたんぽぽだったんだ。
妖精の国で子供達が綿毛たんぽぽの花束を持って移動している間に種がふわふわ飛んでしまったらしくて、妖精の国にも魔力たんぽぽが生えている。ローゼスさんはオースカイア領との行き来の時にそのたんぽぽを見つけて、今回のアイデアを思いついたらしい。
魔力の多い生き物は、暮らす土地に魔力を増やす役割を果たしてくれる。だから森はまた少し潤ったし、森と森の間に魔力の多い植物の畑ができたから外側の森との魔力のやりとりがよりスムーズになった。
……あと、ソレイラに暮らす人々、特に子供達に、人気だ。たんぽぽ畑。
子供達は優しい黄色のたんぽぽを摘んでは花冠を作ったり、たんぽぽの茎に切れ込みを入れて水に浸けてたこさんウィンナーみたいにして遊んでいたり、草花遊びを楽しんでいる。
そして、魔力たっぷりのたんぽぽ畑で遊ぶことは、子供の成長に良いらしいので……作ってよかった、たんぽぽ畑!
「なんつーかよお、トウゴって」
「うん」
「たんぽぽ、似合うよなあ」
「……うん?」
……ただ、フェイの言葉にはちょっと疑問を呈したいところではある。なんだよ、たんぽぽが似合うって。
さて。
こうして森の子が元気に頑張っていたり、森の様子がちょっと変わったりしている中なのだけれど、そんな中でも変わらずカチカチ放火王は復活しようとしている。
ということで僕らは当然、次の封印を探しに行かなきゃいけないんだけれど……。
「……クロアさん、大丈夫かな」
「……あいつなら大丈夫だろう。心配するな」
夕食を煮込む大きな鍋をかき混ぜつつ、ラオクレスもちょっとそわそわしている。
……今。クロアさんは1人、森を出ている。
それは、カチカチ放火王の封印の宝石を探すために。
どうしてクロアさん1人でなのか、というと、これにも事情があるんだよ。
「クロアさんの育った場所って、どういうところだろうか……」
そう。
クロアさんが、密偵として育てられたその場所へ、クロアさんは行っている。
ある種……彼女の里帰り、っていうことに、なる、のかな。