作品タイトル不明
2話:半分取材旅行*1
とりあえず、一通りお菓子を食べて、お茶を飲んで、アージェントさんは見知らぬ餅菓子には手を付けずにお茶だけ飲みながら、注意深く僕らを見ていて……。
「……では、そろそろ本題に入ろう」
そう言って、居住まいを正した。僕らもそれに倣って座り直したり、お茶のカップを置いたり。
僕ら全員がアージェントさんを見つめる中、アージェントさんは落ち着いた表情で、切り出した。
「今回持ち掛けたい話は、ずばり、魔王討伐について、だ」
「……あの、魔王を討伐されたら困ります。魔王は森の仲間なので」
早速困ることを言われたのでそう伝えてみたところ、アージェントさんは明らかに困った顔をする。
「いや、その魔王ではなく」
「どの魔王ですか?」
魔王というと、うちのふにふにのやつしか居ませんよ、という気持ちを込めてそう言ってみると……。
「……君達がカチカチ放火王と呼んでいるあれのことだ」
アージェントさんは、ものすごく言いたくなさそうに、そう、言った。
あ、うん。そっか。カチカチ放火王討伐の話か。ならいいや。
「……して、魔王」
「カチカチ放火王ですね!」
「……カチカチ放火王討伐について、と言わせてもらったが」
早速、アージェントさんはものすごくやりにくそうな顔をしている。でもしょうがない。あれはもう魔王じゃなくてカチカチ放火王なんです。同じ名前だとうちの魔王が嫌がるから、あれはカチカチ放火王。
「諸君らには、あれを討伐する理由があるように思うが、どうかな?」
……うん。
まあ、そう言われてしまうと、そう、なんだよ。
あのカチカチ放火王、僕を殺そうとしているらしいので……そして僕はあまり死にたくないので……となると、カチカチ放火王を討伐する、っていうことになる、んだろう。まあ、話して分かる相手なら話して何とかしたいけれど、そうできないならしょうがない。
僕らが『まあ、多分討伐します』みたいなかんじに目配せし合って決めて、アージェントさんに頷いて見せると、アージェントさんはニコリと余裕たっぷりの笑顔を浮かべて、言った。
「もし、諸君らがあれの討伐をしたいというのならば、こちらが持つものが2つほど、そちらにとって必要になると思って馳せ参じたというわけだ」
「……持つもの、が、2つ?」
何のことだろう、と思って、続きを聞いてみる。すると……。
「こちらが独自に手に入れた情報と……勇者の力だ。どうだ?興味があるだろう?」
アージェントさんは、そう言って笑みを深めた。
「情報、というと」
「無論、タダで出すわけにはいかないとも」
「……勇者の力、って、必要ですか?」
「結論だけ言ってしまえば、間違いなく必要になるだろうな。だが、その理由まで話せというのならばそれ相応の対価をそちらから出してもらいたい」
なんだか雲を掴んでいるような気分だ。実体が無くてよく分からないかんじ。アージェントさんの気持ちが見えないというか、何を望んでいるのかがよく分からないというか……。
「私が君達に望むものは、ずばり、友好条約の締結だ。レッドガルド領とアージェント領の、ではなく、ソレイラとアージェント領との友好条約の締結を提案する」
……成程。確かに、フェイがこの場に居ることをちょっと嫌がっていたわけだ。レッドガルド家の人の前で言いたいことじゃないよね、これ。
「どうしてレッドガルドじゃなくてソレイラなんですか?」
けれど、僕としては色々と……思うところはあるにしろ、気になることもあるんだよ。
別に、レッドガルドとの友好条約でもいいと思うんだ。ソレイラはレッドガルドの一部だし、レッドガルドだって悪い人達じゃないし。
何なら、レッドガルドって貴族連合のリーダー格みたいなところだから、仲良くしておいたら利益になりそう、っていうのはソレイラ以上じゃないかな。
「ふむ……まあ、色々と理由はある。だが、今伝えられることは……そうだな、『ソレイラにはそれだけの価値がある』ということが1つ。ソレイラは農業地区でありながら商業都市としても発展を遂げている。それこそ、レッドガルド家の屋敷があるあたりより余程、こちらの方が栄えているように思えるな。それは勿論、若くして町長の座に就いた……トウゴ・ウエソラ。君の功績なのだろう」
褒められているのかもしれないけれど、別に嬉しくない。僕、特に何もやってないから。自分が頑張ったわけでもないことを褒められても、困ってしまう。褒めるなら妖精達とか、森の皆とか、何より、ソレイラの人達を褒めてほしい。
「まさか、画家としてだけではなく、政治にも才覚を発揮するとはな。いよいよ、あの時勧誘できなかったことが惜しいが……何も、遅すぎるということはないだろう」
アージェントさんの目が、じっと僕を見る。……なんだか嫌だなあ、と思った。僕は商品じゃないから値札はついてないんだけれど、そういうものを見るような目で見るんだよ、この人。
「2つ目に……この町は精霊の町、だからだな」
「……精霊の力が欲しいんですか?」
僕はアージェント領には行きませんよ、と思いつつ聞き返してみると、アージェントさんは苦笑した。
「欲しくないわけはない。ソレイラの発展は君の功績だろうが、それにしても、精霊の力無しには語れないだろう。精霊の力があってこそ、レッドガルドをはじめとした貴族連合は王家を凌ぐ力を手に入れた。それは間違いないことだ。そんな力が欲しいか欲しくないかと言われれば、当然、欲しいとも」
そっか。僕が欲しいのか。困ったな。僕は貰われたくないんだけれど。
「だが、私が言っているのはそのように単純な話ではない。……精霊の力、というものをより間近で見せてもらいたいのだ。もし可能であるならば、是非、精霊に直接お会いしたいものだな。そこから解明される魔法や技術があれば、この世界の発展に大きく寄与することになるだろう。幸いにして、我がアージェント領では魔術の研究が盛んだ。精霊の魔法を解析し、世に広めることは十分に可能であろう。無論、時間はかかるだろうがな」
どうしよう、という思いを込めてフェイを見てみると、フェイはちょっと難しい顔で腕組みしつつ、『ちょっと考える』というようなジェスチャーをしてくれた。フェイも困っているらしい。だよね。僕も困ってる。
……精霊の力、つまり、僕の、絵を描いて実体化できる魔法を解析できる、っていうのなら、それはそれで、いいことなのかもしれない。この世界の技術のことを考えれば、間違いなく起こしたいブレイクスルーだろうし、それによってこの世界はより良くなっていくのかも。
……けれど、技術があればあっただけ、悪いことにだって使える、というのは、分かり切った話だ。そして、アージェントさんが『何に』技術を使いたいのかは分からないし……『アージェントさんなら大丈夫だろう』とは、到底思えないんだよ。
「そして3つ目。……魔王の」
「カチカチ放火王ですね」
「……カチカチ放火王の攻撃を受けたのは、この町、ソレイラだけだ。そして、カチカチ放火王討伐のため、君達は動くという」
うん。それはそうなると思うよ。
「というところで……是非、君達に協力させてもらいたいのだ。そしてその時には、ソレイラと我々との友好関係が定まっていた方が、何かと不要な面倒を避けられるはずだと思ってな」
うん……。まあ、アージェント家にはルギュロスさんが居るわけだし、魔王討伐の為に一枚噛みたいところだと思うから、それは分かる。
「貴族連合ができてしまって以来、貴族連合の貴族達とそれ以外の貴族達の間には大きな溝ができてしまった。これは実に良くないことだな。物品の流通は滞り、技術や文化は断絶しかねない。力を合わせれば発展していけるものが、停滞していきかねない。そしてこのままでは、やってきた脅威への対策が万全に行われないということすら、あり得る」
アージェントさんはそう語って、じっと僕を見つめた。自信と余裕に溢れた、頼れる大人の顔で。
「そこで、アージェント領とソレイラ、という、ごく限られた区域のみでの友好条約を締結し、今の貴族連合と王家や他の貴族達との勢力の均衡を大きく崩すことなく、互いに利益を生み出すような関係を築ければ、と思ったのだ。どうだろう」
うん……アージェントさんの言いたいことはなんとなく、分かるんだ。そこにある種の正しさがあるっていうことも、分かる。完璧な間違いじゃないし、アージェントさんの言う通りにすれば幸せになる人だっているんだろうな、と、思う。
「勿論、条約を締結するならば、文字通り友好的に接していきたいところだ。こちらが持っている情報は君達の役に立つであろうし……いや、必要不可欠と言ってもいいだろう。ルギュロスについても同じことだ。君達は、勇者の力無くしてはあの魔王を」
「カチカチ放火王ですね」
「……カチカチ放火王をどうにかすることはできないのだ。であるからして、この契約書に……」
アージェントさんは『カチカチ放火王』の訂正にちょっと顔を顰めつつも、それでも概ね笑顔で、鞄から紙を取り出して僕の前に置いた。
まあ、つまり、僕の前に置いてあった餅入りバスケットの蓋の上に、ということなのだけれど。……これ、応接間の立派な机を挟んでの会話とかだったら、結構絵になるシーンだったのかもしれない。
「さあ、どうだ。君達にとって、特に不利益は無いだろう?」
……アージェントさんが出してきた契約書には、然程おかしな点は無いように見える。
本当に、友好条約なんだな、っていうかんじの。そういう、ただそれだけの、契約書、なのだけれど……。
「……僕、あなたが何を考えているのか、分からないんです」
僕は、困っている。すごく、困っている。
「どうして今、ここで、ソレイラだけとの友好条約なんて締結しようとしているのか、分からない」
「何。ただ、今君達にとって価値の高い情報を持っているのだ。情報の値が上がったこの機会にこの情報を買ってもらいたくてね」
アージェントさんは特に表情を崩さずにそう答える。でも、これも『ちょっと汚い面も見せましたよ。裏はこれだけです』とアピールしているみたいに見えてしまう。
「あなたが望んでいるものって、なんですか?アージェント領の発展?」
「それは勿論だとも。願わくば、この世界全体が発展していけばそれが何よりだとも思っているが」
よく分からない。彼の今までの行動との矛盾が多すぎる。アージェントさんは何を考えているんだろう。
「あの、本当のところを全部、話してもらえませんか。あなたが望むものは本当にそれだけ?裏に隠している思惑があるんじゃないですか?」
結局、分からないから、そのまま自分の気持ちを伝えることにする。
「何を考えているのか分からない相手と、協力はできません。だから、教えてください。あなたが考えていることを全部分かった上で、サインしたい」
……これが精いっぱいだ。『こちらからサインする前にそちらの情報を出せ』というのは、アージェントさんにとっては受け入れがたいものなのだろうけれど、でも、中身の分からない商品を買うわけにはいかないし……やっぱり、僕にはどうにも、納得がいかないんだ。
「ふむ……まあ、1つ、年長者の立場、領主の立場から、助言をやろう」
少し悩んだアージェントさんは、そう、言った。
「ここでは私が何を考えているか、というのは、君には知る手段が無い。他人の考えを全て知らねば不安だ、というのは、このような交渉の場においては特に、少々行き過ぎた我儘のように思える」
……相手が何を思っているかが分からないと厭だっていうのは、我儘だろうか。僕が子供だからだろうか。
なんとなく、漠然とした不安や漠然としたもやもやを抱えてしまうのは、僕に思い切りが無いからなんだろうか。
「感情ではなく、理性で物事を見たまえ。そもそも、私が何を考えていたとしても、君にとってはさしたる問題ではないのだ。君にとってこの契約が良いものか、悪いものか。それを考えて、ここにサインするかどうかを決めてくれればいい」
感情ではなく、理性で。
……それは、分かってるつもりだ。アージェントさんは怪しいし、僕と相容れない考え方の人だし……けれど、それはそれとして、この友好条約はソレイラとアージェント領のものだ。ちゃんと吟味して、おかしいところは特にないよな、と、思えるものだ。それは、分かる。
けれど、どうにも、納得がいかない。
そもそもどうして、こんな友好条約を出してきたんだろう。情報と勇者の力を差し出す代わりに友好条約を締結しろ、っていうのは、こちらに対してあまりにも、有利すぎないかな。
いや、確かに、ソレイラが占有できる精霊の力をアージェント領や世界中で使わせろ、っていうのは、相応のことなのかもしれない。けれど……それにしても、なんだか、不思議に思える。
なら、友好条約は、囮?本当の狙いは、僕らに情報と勇者の力を渡すこと?いや、それもなんだか変だけれど……じゃあ、情報が嘘の情報だっていう可能性も考えられるかな。ええと、それから……。
……駄目だ。考えれば考える程、分からない。
そして、分からないっていうのが、完全に感情から切り離された理性だけで弾き出した結論なのかも分からないんだ。
そもそも僕は、理性と感情を完全に切り離して物事を考えられるんだろうか。そもそも、感情って、何だろう。アージェントさんを怪しいと思うのは、感情によるものなのかな。それとも、理性でそう、判断しただけ、なのか……。
「さあ、どうだ。この契約は、君にとって……いや、この世界にとって、悪いものかな?」
アージェントさんはそう言って、少しだけ身を乗り出した。
彼の、明るい灰色……銀色とも言えるだろう目を見ながら、僕は……『ちょっと時間をください』と、言おうと、思った。
「あー、もうこういうのナシにしましょう」
……思ったのだけれど、僕より先に、フェイがそう、喋っていた。
フェイは、がしがし、と頭を掻きながら、ちょっとだけ、怒った顔をしている。
「俺達、別に腹の探り合いも駆け引きも、好きじゃないんですよ。めんどくせえ。そちらの思惑が隠されっぱなしっていうのはいただけないですね。答えはできるだけ単純な方がいい」
……これに、少しだけ、アージェントさんはたじろいだ、ように見えた。ほんの少し、表情が曇っただけなのだけれど。
「それは何とも短絡的なことだが……ふむ。まあ、お互いに何を求めているかを全て明かすわけにはいかないだろう。必要最低限、隠すべきものはある。それは分かるな?」
「いーや。分かりませんね」
けれど、強硬なフェイの言葉に、今度こそ、アージェントさんはたじろぐ。
「俺達を乗せたいなら、全部ぶちまけることです。洗いざらい、全部だ。情報もそっちが先に出してください」
「何を」
「誰から情報を得たのか。誰がその情報を知っているのか。結局あなたは何がしたいのか。そういうの全部ぶちまけた上で、俺達と共同戦線張りたい、っつうんなら、俺達は乗ります」
フェイは真っ直ぐアージェントさんを睨む。緋色の目が燃えるようでいて、それでも、はっきりと落ち着いていた。
「ただ、俺達を出し抜きたいとか、誰かに割を食わせたいとか、そういうことを欠片でも思ってるんなら、そっちはそっちでやってください。俺達は俺達でやります。取引もクソもねえ。一部の利害の一致だけで動いたら失敗するってことは、あんた達がもう証明してる」
「……証明?何を」
アージェントさんの目が、少し泳いだ。
「魔王の使いにまんまと乗せられやがって人間辞めた奴らが今、困って敵に商談持ち掛けてるんですからこれが正に証明でしょう」
そこに追い打ちをかけるようにフェイがそう言うと、アージェントさんの表情が凍り付いた。