軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話:踊る魔物*3

フェイとラージュ姫を僕の家にご招待して、そこでお茶を淹れて、出す。出すお茶はミルクティーだ。ちょっと甘いやつ。元気が無い時はこういうのが美味しいと思うから。

マグカップにミルクティーを入れて、どうぞ、とラージュ姫の前に出す。フェイが『俺のは?』みたいな顔をしたので『無いよ』みたいな顔をしておいてから、フェイがちょっとしょんぼりした顔をした後でフェイの分もミルクティーを出す。『このやろ』みたいな顔をされたけれどそれもちょっと楽しい。

「……あたたかい。ほっとする味ですね」

「うん」

ラージュ姫は両手で大事そうにカップを包んで、手を温めている。僕も似たようなことをやるから、気持ちが分かる。美味しくて温かい飲み物のカップは、カイロに丁度いいんだよ。指先もお腹も温まるし、何より、気持ちが温まる。

ミルクティーは、僕の好きな飲み物だ。……先生と『コーヒー以外はとても美味しいカフェ』に行った時は、大体いつもミルクティーだった気がする。だから好きなのかな。

しばらく、僕らはミルクティーを飲んだり、カップで手を温めたりしていて、でも、やがてラージュ姫が話し始める。

「父から……ソレイラに、魔物を向かわせた、と、聞きました」

「うん。来たよ」

僕が頷くと、ラージュ姫は目を伏せて、カップを握る手に、ぎゅ、と力を入れる。

「本当に、何と、お詫びを申し上げればいいのか……罪のない人々の町を襲うのみならず、魔物と、手を組むなんて」

「ラージュ姫が謝ることじゃないと思うけれど」

只々申し訳なさそうなラージュ姫にそう言ってみるけれど、ラージュ姫はそっと、首を横に振った。

「近くに居ながら、父を止められなかった私にも責任があります。……見張っていたはずなのに、一体、いつの間に、どうして、と思いはしますが……それも言い訳に過ぎませんから」

ラージュ姫を見ていて、辛そうだなあ、と、思う。

どうしていいか分からなくて、何もかも自分で背負い込んでしまって、只々辛くなっている人の顔だ。逃げ場がない人の顔、というか。

「あの、ラージュ姫」

このままじゃ駄目だ、と思って、ラージュ姫に声をかける。

「森は無事だよ。見ての通りだ。フェイのおかげで、森の守りの結界も万全だし、調子もいいんだ。だから、何も問題なんて無いよ」

僕は大丈夫だ、というアピールのために両腕と羽を広げて見せると、ラージュ姫はちょっと申し訳なさそうにしながら、じっと僕を見つめてくる。

「申し訳なく思うことなんて無いんだ。だから、大丈夫。あなたは……ええと、その」

広げてしまった腕と羽をそっと元の位置に戻しながら、僕は、これ言ってもいいのかな、と思う。

思うけれど……でも、先生だったらきっと、僕にこういうこと、言ってくれる気がしたから、言う。

「……森の心配じゃなくて、お父さんの愚痴、とかを、話してくれればいいと、思う」

「……父の」

「うん」

「愚痴、を……?」

「うん」

どきどきしながらラージュ姫の反応を待つ。

ラージュ姫はぽかん、としながら、目を数度、ぱちぱちとやって……そして、泣き笑いみたいな顔をする。

「……考えたこともありませんでした。そんなこと。思うばかりか、人に零すなんて……」

「そっか」

なら、これから考えればいいと思う。僕らは親のことを愚痴ることができるし、そもそも、親のことを好きである必要は無い。家族のことは個人的なことかもしれないけれど、個人的なことを言っちゃいけないっていうこともない。

「愚痴……そう、愚痴、ですね。私が、そんなことを言っても、許される、のでしょうか……」

「ここでなら大丈夫だよ。僕は気にしないし、フェイだって気にしない」

僕が頷いて、フェイも力強く頷く。さあ来い。ラージュ姫のお父さんの話でも、国王陛下の話でも、どんと来い!

「あなたが1人の人間であっても、王女様であっても、魔物と手を組んだ人の子であっても、関係無い。もしあなたが思っていることを言葉にできるようなら、聞かせてくれると、嬉しい。ええと、その……友人として」

ラージュ姫はまた俯いて、ぎゅっとカップを握る。大丈夫かな、と、フェイと一緒にラージュ姫の顔を覗き込むと、厚く涙の膜が張った紫水晶の瞳と目が合う。ラージュ姫は僕らに目を見られたことに気づいてすぐ、気まずげに笑顔を繕った。

「ごめんなさい、その、上手く言葉にできなくて」

少し、分かる気がする。言葉を探すより先に、感情が後ろから追いついてきて自分を呑み込んでしまうかんじ。そうなると溺れてしまって、余計に言葉が見つからなくなる。……僕も大概、そのタイプだ。

……うん。

「まおーう!おいでー!」

なので僕は、気持ちが分かるかもしれない者として……魔王を呼んだ。

窓の外から、まおーん、と気の抜けた返事が戻ってくると、それから少しして、ぽてぽて、と魔王が走ってやってくる。

窓の外にやってきた魔王に手を差し伸べると、魔王は、うにょん、と伸びて僕の手の中に収まった。それを抱き上げて、そのまま部屋の中に入れて……。

「どうぞ」

「……え?」

ラージュ姫の顔に、ふに、と、魔王を押し当てた。魔王は、まおんっ、とちょっと悲鳴っぽいものを上げた。多分、ちょっとしょっぱくてびっくりしたんだと思う。

「じゃあ5分くらい休憩ということで……」

「あ、あの、これは一体……」

「いや、顔が見えない方が落ち着くかな、って思って……」

魔王はちょっとの間、まおーん、まおーん、と鳴いてじたばたしていたのだけれど、ちょっと考え直したらしくて、今はまた、まおーん、まおーんと鳴きながら、尻尾の先でラージュ姫の頭を撫でている。この魔王、ライラに撫でられ慣れてるから、人を撫でることを学習しているらしい。まあいいか。

「……じゃあ、俺はお菓子を分けてもらってくるかな!疲れた時には甘いもの欲しくなるだろ!」

「ええと、じゃあ僕は鳥を連れてくる。埋もれてるとちょっと暑いけれど落ち着くから。あ、でも家の中に入るかな、あいつ……」

ということで、僕らは一時退散。ラージュ姫はどうぞごゆっくり。

……僕らが部屋を出る時、ラージュ姫はまだちょっと迷っていたようだけれど、その内、そっと、魔王にすりすりとやるようになっていた。魔王はなんだかそれが嬉しいらしくて、まおーん、とのんびりした鳴き声を上げる。

……こうして、一国のお姫様がふにふにして不定形の猫みたいな生き物に顔埋めて突っ伏している状態になってしまった。まあいいか。

「ただいまー」

15分くらいしてから僕らが戻ると、ラージュ姫は膝の上に魔王を抱いて、魔王の手を持ってふにふにとやって遊んでいるところだった。

「お帰りなさい。……ごめんなさい、すっかり取り乱してしまって」

「ちょっと落ち着いた?」

「ええ。もうすっかり。まるで、この子が嫌な気持ちを全部食べてくれたみたい」

照れ笑いのような顔で、ラージュ姫は魔王の片手を持って持ち上げた。魔王はよく分かっていないような顔をしながら、まおーん、と元気に鳴いた。

……ちなみに、この間も鳥が玄関のドアにつっかえた状態でじっとこちらを見ている。やっぱりこいつを家の中に入れるのは無理があった……。

「……父を見ていると、どうしてこの人はこんなにも愚かなんだろう、と、思うことがあります」

そうして、ラージュ姫は話し始めた。すっかり落ち着いた様子で、魔王を膝の上でふにふにと撫でながら。

……場所を移動して、玄関先に椅子とテーブルとお茶とお菓子を持ってきて、ラージュ姫には玄関から突っ込まれた鳥のお尻に埋もれるようなかんじに座ってもらいつつ、僕らはそれを眺める位置に座りつつ、時々、玄関の外からキョキョン!と抗議の声を聞きつつ……。

「周りが見えていなくて、利己的で、それでいて、どうしようもなく愚か。私の父はそういう人間ですね」

はっきりとそう言って、ラージュ姫はため息を吐く。ちょっと自分を落ち着けるためのため息だと思う。がんばれ。

「一度目標を定めてしまったら、そこに辿り着こうと躍起になるんです。病的なまでに。……今回も、レッドガルド領を制圧しようとして、ゴルダ領と手を組み、そちらの当てが外れたとなったら今度は、いよいよ、魔物と……」

ラージュ姫は、悲しそう、というよりは悔しそうな顔をしていた。憎々し気、というか。

……それを見上げた魔王は、まおん、と鳴きながら、尻尾でつまんだクッキーをラージュ姫の口元にずいずい押し当てた。そこでラージュ姫は、またちょっと冷静になれたらしい。ありがとう、とお礼を言って、魔王の尻尾からクッキーを受け取って、さくさく食べ始めた。……すると鳥が外でうるさくなったので、窓から外に出てクッキーをあげた。鳥は大人しくなった。

「その、魔物と手を組んだ、ってのは、どういうことだ?国王陛下が直接魔物を操ってる、ってことか?」

「ええ。その通りです。父は……今、王城の中で、魔物を呼び出し、或いは生み出しているのです。そして、それらの魔物を操っています」

ラージュ姫の言葉がよく分からない。それ、どういう光景がお城の中で繰り広げられているんだろうか。ちょっと見てみたい。そして描いてみたい。

「……私にも、詳しいことは分からないのですが」

ラージュ姫はそう前置きしてから、話してくれた。

「どうやら、王城の中に突如として、魔物の手の者が現れたらしいのです。いえ、そうとしか思えません。父の私室にでも直接、現れた、としか……」

「経緯は不明、と」

「ええ」

それはなんとなくわかる。僕の防寒着になっているふわふわとか、幾らでも人の目につかずに移動できそうだし、魔物ってそういうことができるから魔物なんだろうし。

「魔物の手の者は、父に魔物を呼び出し、生み出し、操る術を与えたのでしょう。それによってソレイラを滅ぼす、というところまでが魔物側の筋書きのようです。父は、『ソレイラさえ滅ぼせばこの力は私のものだ』と言っていました。何か、そういった契約を行っている可能性が高いかと」

「それは……結構ヤバい状況だなあ」

フェイが唸る。僕も唸る。ソレイラを滅ぼされたら困るので、王様とは真っ向から対立することになるね。

「国王陛下の契約内容によっちゃあ、本当にヤバいぜ、それ。もし『ソレイラを滅ぼせなかったらその時はこの国を譲る』とかそういう契約内容になっていたりしたら、とんでもねえことになる」

「そういうこと、できるの?」

フェイが深刻な顔をしているので聞いてみたら、フェイは苦い顔で頷いた。

「まあ……何かの対価として自分の持ち物をかける、ってことはできちまうんだよな。ある程度。で、国って今、国王の持ち物とも言えるわけで……今の状況だと、そういう契約も可能なんじゃねえかと思うぜ。まあ、よっぽどあくどい契約だし、絶対に真っ当なモンじゃねえけど」

成程。まあ、『国』って個人のものじゃないし、そこに多くの人々が乗っかってるわけなんだから、そうそう簡単に譲渡されたりしたら困るわけなのだけれど……つまり、フェイの言う通り、『絶対に真っ当なモンじゃねえ』っていうことなんだろうな。

「人の国の王が魔物と手を組んで人を殺そうとするなんて。父は、本当に……誇りも何もかも、失ってしまったのですね」

ラージュ姫はそう言って、首を振った。

「……ああ、どうして私、あんな人の娘なのかしら。もしかしたら……本当の娘ではないのかも。むしろ、そうだったら、よかったのに」

ラージュ姫の言葉は、ちょっと急ぎ足に彼女の口から出てきた。思い切って出してしまった、というような言葉は、彼女の本心で、でも、きっと今ここで初めて出すものなんだろうな、と思う。言葉を出して、ラージュ姫が少しほっとしたような、或いは何かを乗り越えたような、そんな顔をしているのを見て、そんな風に思う。

「血を分けた者同士であるはずなのに、どうしてか、父が何を考えているのか、まるで分からないんです。諫めても聞き入れませんし、それどころか私こそが間違っているかのように父は言います。長兄は父を諫めていましたが、他の兄や姉の中には、父こそが正しいなどと言うものも居る始末で……王城にいる間、まるで、頭がおかしくなってしまったのは私の方なんじゃないかとすら、思えて……」

息を吐いて、吸って、また吐いて、ラージュ姫は、震える声で言った。

「……どうしてこんなにも、違うのでしょうか。私達は」

「まあ、血がつながっていたって、一緒に暮らしていたって、彼らは結局、他人だから……」

途方に暮れたような、心配がぶり返してきたような表情のラージュ姫にそう言うと、ラージュ姫は驚いたような顔をして僕をじっと見る。

「……トウゴ様も、そのようにお考えになることがあるんですね」

「うん。まあ……」

意外だと思われた?僕、結構こういう人なのだけれど……。

「……僕、自分が突然変異のミュータントみたいだ、って、よく思ってた」

折角だから、ちょっと話させてもらおう、と思って、そんな話をしてみた、のだけれど、ラージュ姫もフェイも、きょとん、としている。

「みゅー……?」

「みゅ?なんつった?みゅ?みゅなんとか?」

あ、ミュータント、は通じないか。ええと……。

「ええと、僕だけ別の生き物のような気がした。僕は、人間の両親の間に生まれてしまった、魔物、なんじゃないか、っていうか……そういう気持ち」

言葉を言い換えてみたら、2人に通じたらしい。2人とも『みゅ……みゅ……』ってぶつぶつ言っているのはなんとなくおかしいけれど。

「……だから、あなたもそれでいいんじゃないかな。あなたは、突然変異の魔物だから。だから、王様とはまったく別種の生き物なんだよ。それはしょうがないことだと思う」

「魔物……ですか。私が……」

ラージュ姫が困惑した様子なのだけれど、ええと、やっぱりこの世界では『魔物』の話ってタブーなのかな。いや、でもフェイは『成程なあ』って言ってるし、まあ、大丈夫か。

「人間、全員魔物だよ。全員、違う生き物なんだって、僕は思ってる。……ただ、魔物みたいには姿かたちの差が無いから、なんとなく、自分と同じようにものを考えるのが当然だ、って思ってしまったり、自分の気持ちが無条件に受け入れてもらえるって思ってしまったり、するのだと思う」

僕の両親は多分、僕が彼らとは違う生き物だということを、受け入れられずに居るんだと思う。確かに、自分達の子が生まれてみたら人間じゃない生き物でした、っていうのは、受け入れがたいことなのかな、とは、思うけどさ。

「だから……お互いに、違う生き物であるって諦めなきゃいけないこと、たくさんあるし、違う生き物同士なんだから上手くいかないことだってあると思う」

話せば分かる、なんてことは少ない。話しても分からない人の方が多い。それを、どうして分からないんだ、って嘆いてもしょうがない。別の生き物だから、しょうがない。

「ま、人間同士、分かり合えることなんてそう多くねえしな。家族の間でだって、そうなんだろ。……まあ、うちはそういうの、あったことねえけど……」

「フェイの家は実に理想的だよなあ……」

「おう。自慢の家族だぜ」

その点、フェイの家はいいなあ、と思う。皆が前向きで、似た性質で、それでいて、差異はあってもお互いに『そういうもんか』と受け入れてしまえていて、それでいて彼らは困ることがあまりないみたいだし。うーん、実に理想的。羨ましい……。

「……私、父に対して、いい思い出もあるんです」

フェイの話を聞いていたラージュ姫は、ちょっと眩しそうな笑みを浮かべながら、言う。

「愚王ですが、優しさの欠片も持ち合わせていない、というわけではないんです」

「うん」

「王としても、人としても、愚かで、どうしようもなく憎くも思いますが……それでもきっと、彼は彼なりに、それなりには、私のことを愛しているのだろうと……そうも、思うんです」

ラージュ姫はそう言って、もそ、と、背もたれ代わりの鳥に深く埋もれた。埋もれれば埋もれるほど埋もれられる鳥の羽毛は柔らかくラージュ姫を包んで、それからちょっと、ふるふるん、と揺れる。鳥なりに励ましてくれてるのかな。それともお尻が痒かったのかな……。

「でも、やはり私は父を止めなければ。……殺してでも」

鳥に埋もれて、魔王をきゅっと抱きしめて、ラージュ姫はそう、言った。

強く勇ましい言葉だけれど、声は静かだ。

それでも、悲しみよりは怒り、そして憎しみと悔しさが強いんだろうな、ということは、分かる。

僕は……家族関係のことでは、悔しい、と思うより先に、悲しくなってしまったりどうでもよくなってしまったりするタイプなのだけれど、ラージュ姫はちゃんと悔しくなれたり怒れたりするらしい。えらいな、と思う。……ちょっと羨ましい、とも、思う。

「ま、殺さなきゃいけねえと決まったわけでもねえ。案外、平和になんとかなるかもしれねえ。なんてったって、こっちにはふわふわの精霊様が居るんだぜ!」

フェイは元気よく、かつ勢いよくそう言った。

……ん?あ!

「フェイ、僕は」

「いや、トウゴ。前から俺、言おうと思ってたけどよ、もうそろそろ、ラージュ姫相手に精霊じゃないふりするのは難しいと思うぜ……」

僕は精霊じゃないよ、と言おうとしたら、フェイに申し訳なさそうな、それでいて『もう俺は諦めた』みたいな、そういう顔と言葉を向けられてしまった……。

ちら、とラージュ姫を見てみると、『すみません』みたいな顔でラージュ姫はそっと僕から目を逸らした。……ああ、もう、バレている……?

「トウゴ改めふわふわの精霊です。どうせふわふわの精霊です」

「まあ森っぽいって言やあそうなんだけどよ、たんぽぽの綿毛の精霊とか、萱の穂の精霊とか、そう言われたらそういうかんじするんだよなあ、お前」

精霊だとバレてしまったからには仕方ない、もう開き直るしかない。ついでに拗ねるしかないので拗ねている。

……ここでは僕がちょっと拗ねてみせたとしてもそれを笑って小突いてくれる親友が居るので、僕は安心して拗ねられるというわけなんだよ。

「ふふふ、ふわふわの精霊様、ですか……どうしてかしら、なんだかすごくしっくり感じます。確かに、トウゴ様とお話ししていると、なんだか、ふわふわしてくるというか……落ち着くんです」

「ほら見ろ。やっぱりお前、ふわふわの精霊様だな!」

「どうせふわふわです」

ついでに、こうやってちょっと笑ってくれる人が居るから、拗ね甲斐があるっていうものなんだよ。